山口沙雪side
新也が家につくちょっと前。
「ふふ、ふふふふ!兄さんカッコいい…汗も滴るいい義兄とはこのことか…!」
病院の一室で不気味に笑う沙雪がいた。巨大なモニターに映る新也を観ながら興奮し、自分が作った掲示板に本能のままにフリック入力していく。
ベッドの上にはポテチとコーラ3ℓが常備されており、それをバリバリと貪りながら、ゴクゴクとコーラを一杯飲む。
「かあああ!兄さんで飲むコーラがうまいのなんのって!」
酩酊中のおっさんのようにコーラを飲む沙雪は、それでいて魅了されてしまいそうなほど美しく見えてしまった。すると、
「あの、沙雪さま、そんなにコーラを飲むと健康によくないですよ…?」
「うるさい。ハゲ」
「ハ、ハゲ。ありがたきお言葉…!」
沙雪からの罵倒の言葉を受けて、胸を抑える医者。心なしか興奮しているようだった。沙雪はそんな愚物からすぐに興味を失くし、画面に映る新也を観る。
「まさかこんなにうまくいくなんて思わなかったなぁ。スマホはおろか電話すら知らないなんて…まぁおかげで今、こうして兄さんの素晴らしい映像を見れてるからいいんだけど」
村の中は本当に遅れている。電子機器らしきものはほとんどない。あるのはうちにある扇風機くらいだ。後は掘りごたつかな。とにかく人間社会から隔絶された田舎だ。
兄さんの配信にコメントを打ち込みまくる。兄さんはコメントを読むなんて高尚なことはできない。だから、私は兄さんのコメント欄に『だいちゅき♡』『結婚して』『抱いて欲しいな♡』と打ち込みまくる。
兄さんにバレたら羞恥心で爆発するかもしれないけど、それはそれ。一向に構わん!むしろ私の愛に気付いてほしい。
『なんじゃこりゃぁ(笑)おっさんに対するラブレターでコメントが溢れているんだが』
私が立てた掲示板から来てくれた人間がいるらしい。同接がちょっと増えてきた。
銀髪美女:『観てくれてサンクス。ワイの兄さんを堪能することを許すで?』
一応歓迎の言葉をかけておこう。
『いや、いらんわ』
『おっさんが自転車を漕いでる動画って需要はどこにあるんや』
『もう飽きたわ。帰る』
…殺すか?
思わず殺意が漏れたが、それは良くない。むしろ兄さんの素晴らしさが分からないやつらが可哀そうだ。よっぽど育ちが悪いのか、良いものを食べてこれなかったのだろう。
兄さんが自転車を漕ぎ終わると久しぶりに我が家を見た。私が住んでいたころに比べるとだいぶ痛んでしまっているが、それでも懐かしいモノは懐かしい。家に帰った気分だった。
銀髪美女:『ワイ、久しぶりの帰還だわ』
『そうか…十五年ぶりだもんね』
『兄さんを騙して配信をやってよかったね』
『兄さんを騙して…?どういうことや?』
『配信から観ている人もいるのか。URL貼るからこっちからみてみ』
『サンクス』
配信の同接数が十人くらいになった。あっ、減った。悲しいなぁ。と、思ったのも束の間。すぐにとんでもないシーンが流れてしまった。
銀髪美女:『に、兄さんのお着替えシーンや!なんてエッッなシーンを流しとるねん!このドローンは!』
私は上半身裸になった兄さんで鼻血が出かける。しかし、兄さんはすぐに着替えを終えてしまった。全裸も見たかった気がするけど、それを見たら命が危なかった。好奇心は身を滅ぼすというがまさにそれを体験してしまった。
『義妹ちゃんが嬉しそうでよかった。だけど、俺らはあんまり興奮せんのよ』
『それな。なんならワイの裸を見せてやるで?』
『いらんわボケ』
兄さんとそこらの自宅警備員を一緒にするなよ。カスが。
『おっと可愛い義妹を思い出している場合じゃなかった』
「兄さん!」
配信で動いている兄さんが私のことを言ってくれた。もう濡れ濡れだ。ベッドでバタバタと暴れてしまう。近くにいた配下、ハゲがおろおろしているが、どうでもいい。
「はぁ、生き返るわ…」
『良かったね銀髪美女さん』
銀髪美女:『サンクス。結婚式に呼んだるわ』
兄さんが私を想ってくれている。それだけで配信をやってよかったと思うものよ
合間合間にネットを巡回している自宅警備員たちの相手をしてあげた。兄さんの配信を観てくれないと、嘘をついたことになってしまう。そうなると、兄さんに怒られてしまう。いや、待てよ?兄さんに怒られたことが一度もないので、それもありなのでは?
『家の裏に大穴が空いてる…』
『ダンジョンやん…』
『家にダンジョンがあるって中々やな』
すると、配信の中の兄さんはミミズを探しにいくらしい。裏庭にダンジョンがあるのは事実なのだ。
『おお…深くね?お兄さんの脚力どうなってるん…?』
『いや、これくらい普通やろ』
『でも十メートルくらい潜ったやん』
『気のせいやろ』
銀髪美女:『兄さんは私と出会った当初からこれくらいはやってたで』
一応、返信しておく。兄さんが褒められるのは気持ちいいのだ。
『いや、嘘やろ?』
銀髪美女:『マジや。これからそれを兄さんが証明するから度肝抜かれな』
『ハードル上げすぎや』
これは本音だ。というか、なぜ兄さんの盗撮ではなく、盗撮配信にしているのかと関わってくる。
これは私が病院に入院するまで知らなかったことなのだ。私のお母さんが義父さんと再婚する前から私は田舎暮らしだった。そして、マイラブリー兄さんと出会ったあの田舎はさらに田舎だった。何が言いたいかというと、村の常識は文明社会における非常識だということだ。
『え…ミミズ?サンドワーム?』
『違う。普通のサンドワームはもっと小さいし、こんな変態じゃない』
『じゃあ、なんじゃこれ?』
銀髪美女:『ポイズンプレードサンドワームやな。わいの村ではただのミミズとされているけど、Sランクの魔物やな』
『は?』
『嘘やろ?』
おっ、コメントが増えてきた。嘘だとか賞賛だとか色々出てくるが、これはマジだ。
盗撮配信をしたのは私たちの村における普通が通常の世界ではレベルが高すぎるからで、物珍しさがあるからだ。
金も稼げるし、兄さんを毎日観れるし、正直プラスしかない。まぁ兄さんを独占したいという気持ちは少しだけあったが、それより兄さんの素晴らしさを知ってほしいという気持ちが勝った。一応、掲示板でも少しだけ騒がれているから相手してあげよう。
『うえええ!?お兄さんの動きどうなってんの!?』
『死角からの攻撃を軽々と躱してる…?』
『え?お兄さんはSランクの冒険者?』
銀髪美女:『違うよ。ランクなんて概念、田舎にあるわけないじゃろ?』
『じゃあ、誰なんだあれ!?』
まぁ驚くのも無理はない。私も入院するまで、現世とのずれでわりと苦しんだ。まぁそこにいるハゲにスマホの存在を教えてもらうことによって、私は通常の感覚を手に入れた。
『お兄さんの動き、尋常じゃないな。何か強力なスキルを持っていると見た』
『た、確かに。義妹ちゃん、お兄さんのスキルってなんなの?』
いやぁこれに関しては私も半信半疑なのだ。兄さんのスキルが『身体強化』とかだったら、まだ分かる。ただ、
『スキル『ホイホイ』って本当になんなんだ。ずっと使い続けているけど、結局何も分からん』
丁度、画面の中の兄さんがスキル名を呟いていた。そう頭が痛くなるのだが、兄さんのスキルは『ホイホイ』というものだ。マジで意味が分からない。
『『ホイホイ』…?なんやそれ?』
『聞いたことがない。何かの隠語か頭文字だけ取ったものか?』
『聞き間違いじゃね?』
まぁそりゃあそうなる。一応、義妹として推測を解説しておくか。
銀髪美女:『スキル『ホイホイ』っていうのはマジな話や。ただ、一応仮説みたいなのは村であってな、Gを捕まえるときのアレあるやん?それを表しているんじゃないかという推測がされている。それを比喩と考えて、兄さんはスキル『ホイホイ』が何かを集める能力なんじゃないかと考えている。だから、兄さんはスキルが発現してから、ずっとホイホイし続けているんや』
『うん、わかんね(笑)』
『本当に謎スキルなんだな。一応スキル図鑑を見てみたんやけど、それらしいものが全く載っていない』
『ホイホイし続けるってなんやねん(笑)』
銀髪美女:『ワイだって馬鹿なことを言っている自覚はあるねん(笑)でも、本当なんだからしゃーないやろ?あ、そんなわけなんでポイズンプレードサンドワームとは素の身体能力だけで戦ってるんやで?』
『それが一番のニュースや!?』
兄さんがポイズンプレードサンドワームと戦っている。久しぶりに見る兄さんの戦闘シーンに私のよだれが止まらないのだが、
「『綺麗なお姉さんホイホイ!』って叫んだのはやり過ぎた。思春期過ぎて消したい記憶だよぉ』
『綺麗なお姉さんホイホイwwww』
『あかん、わいちょっとお兄さんが好きになったwww』
『欲望に忠実やなwwwなんか好き』
『義妹ちゃんドンマイ』
画面の中の兄さんがそんなことを言っていたことを思い出した。私という者がいながら、なぜ美女を望むのかとブチ切れそうになった記憶がある。まぁその時はまだ恋心は自覚していなかったけど
『まぁだからといってミミズ程度に負けることはないんだけどね』
画面の兄さんが本気の表情になる。惚れるし濡れる。
兄さんが素の身体能力で拳を地面に叩きつけると、クレーターができる。そして、五匹ほどいたミミズを手刀でみじん切りにした。
『うえ!?なんじゃこの威力!』
『ヤバすぎやろ!?』
『ねぇマジで身体強化してないの…?』
『確かに…嘘ついているんじゃ…』
『というか毒は…?』
色々な疑問が湧くだろう。だけど、
『ふぅ、毒が効かないくらいに丈夫に生んでくれた両親に感謝を』
素の身体能力で毒が効かないというチートぶりだった。説明しろというコメントで溢れてきたが、兄さんは本当にアタオカなのだ。だから、説明しようにもみたまんまだということしか言うことができない。
私の入院費は一か月で一千万かかるのだ。しかし、それを毎月兄さんは律儀にちゃんと払えるのだ。ポイズンプレードサンドワームレベルの敵を倒さなければそれは不可能だろう。もしくは村で何か秘密があるのかもしれない。それも含めての盗撮配信なのだ。
まぁ規格外の兄さんの力が愚民共に伝わって、配信の同接数が五十人くらいになった。掴みとしてはいいだろう。
「沙雪さま…そろそろ」
「ちっ、わかってるよ」
『
そして、点滴用の管を外し、ベッドの下に隠してあったスリッパをはいた。そして、スムーズに病室を歩く。兄さんがいたら、『沙雪が立った!』とかいうだろう。
そうそう言い忘れていた。
私の病名は突発性ブラコン症候群と呼ばれるものだ。世間一般の通名で言うと、仮病だ。
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