第2話

自転車で二時間、なんとか日が暮れるまでに家に帰れた。季節は真夏だ。日が暮れかけているとはいえ、熱いものは熱い。じっちゃんたちに氷菓子をせがもうと思ったが、沙雪の医療費が何よりも大事だったので、俺は我慢して作業服に着替える。


作業服といっても大したものではない。父親の残した『つなぎ』と言われる服装でこれが頑丈なのだ。今日はそんなに深く潜る気はないので、武器も必要ないだろう。


軽く準備体操をして、首を回して音を鳴らす。準備は整った。


家の裏手に行くと、大きな穴が空いている。この村にはダンジョンが複数あるが、俺が今回潜るのはミミズがたくさんいるダンジョンだ。畑の肥料にもなるし、売ればそこそこのお金になる。ついでにゲートボールの時に近所の人たちに配ろうと思う。


ちらりとドローンを見ると、俺をジッと見ていた。自転車に乗っている時といい、俺をぴったりと捉えて離さなかった。ダンジョンに潜った時にもちゃんと俺を離さないだろう。後は沙雪からもらったスマホを常備しておく。


沙雪には「私だと思って離しちゃダメだよ?」と言われていた。なんともいじらしく可愛い義妹を思い出して、鼻の下がむずがゆくなる。


「おっと可愛い義妹を思い出している場合じゃなかった。行くぞ」


俺は穴に飛び込んだ。十メートルくらいの深さだが、スチャっと着地。遅れてドローンも降りてきた。気のせいかもしれないけど、潜るときにドローンが少しだけ揺れていたような気がした。落下にはあまり対応できないのかな?となると、次からはもう少し丁寧に降りるか。


ダンジョンの内部はうっすらと明かりが点いている。じっちゃんたちが言うには、太陽の光を吸収して、それを発光させているらしい。魔物も明かりが欲しいのかね。


目の前には一本道がある。馴れ親しんだ道とはいえ、一瞬の油断が命取りになる。細心の注意をしながら、ダンジョンを潜る。


「ミミズいるかなぁ。沙雪のためにも最低でも五十匹は取りたいんだよなぁ。まぁ、前回から二週間経ってるし、うじゃうじゃいるか」


ミミズの繫殖力はとてつもないので、乱獲しても、すぐにいっぱい増える。一応ダンジョンにも生態系があって、あまりにも一種のモンスターを倒し過ぎると、生態系が崩壊する。今回狙っているミミズはダンジョンで言うと最弱の魔物なので、繁殖力だけは凄い。生き残るためには数を生むしかない弱者の戦略なのだ。


「そろそろ現れる頃合いだと思うんだよなぁ」


地面に耳を当てる。すると、ボコボコと地鳴りがしてきた。俺を獲物と認識したミミズが近づいてきたようだ。そして、俺が軽くジャンプして避ける半径五十センチくらいの大きさの穴を作ってミミズが現れた。


「出たな、ミミズ!」


地表に現れている身体の大きさは二メートルほど。地面に埋まっている大きさも含めると、五メートルくらいはある。地上でいうクワガタのような牙があり、大きな袋のような口元からは酸の液を垂らしている。そして、身体にはナイフのような体毛が生えている。これもすべて毒付きだ。


全身からあふれ出る毒で地面を溶かしながら進むのがこのミミズの特徴だ。だから地中でも水の中のようにスイスイと掘り進める。


村の住民曰く、『スキル』なかった時代はミミズが一匹地上に現れるだけで大パニックだったらしい。当時の地上の武器は脆弱だったようだ。今は『スキル』があるから、そこまでの被害にはならないけど。


「おっと」


ミミズが俺を飲み込もうと襲ってきたが、俺は一歩後ろに下がって躱す。ミミズは不発だったが、流れるように地面に潜る。再び、地面から俺を狙っているのだろう。


ダンジョンの魔物はスキルを使わないと倒せない。ということで俺もスキルを使おう…と普通はなるのだが。俺はスキルが発現してから十五年、いついかなる時もスキルを使い続けている。


「スキル『ホイホイ』って本当になんなんだ。ずっと使い続けているけど、結局何も分からん」


ミミズの追撃を躱しながら、俺は溜息をつく。


スキル『ホイホイ』。名前からして既に謎だ。スキルが発現した時、俺は十五歳。丁度両親が死んだすぐ後だったと思う。スキルは村では祝福とされているので、みんなで俺のスキル獲得を祝ってくれた。両親が死んで気落ちしていたからというのもあるだろうけど、盛大にやってくれた。ただ、同時に、全員の頭に?マークが浮かんだ。


『ホイホイ』ってなんなんだ、と


誰だか忘れたとけど、Gを捕まえるときの罠がそんな名前だったと言っていた気がする。そんなものがあるのかと話題が逸れたなぁ。話がズレた。そうなると、俺のスキルはGを捕まえるものなのかと思いきやそういうわけでもなかった。


『ホイホイ』というのは比喩で実は何か物を集めたりするスキルなのではと言った人もいた。とりあえず、


「『綺麗なお姉さんホイホイ!』って叫んだのはやり過ぎた。思春期過ぎて消したい記憶だよぉ」


村のみんなから温かい瞳で見られたし、まだ病気じゃなかった沙雪からはゴミを見る目で見られた。


まぁ結局『ホイホイ』の効果は分からなかった。とりあえずずっと使い続けてみればとの助言をいただき、十五年間『ホイホイ』し続けている。


結局金目のモノは集まらないし、ひそかにお姉さんも『ホイホイ』し続けているんだけど、全くそんなことはなかった。ただ、ここ十五年で村の住人は増えた。


「おっと!」


ミミズが連続攻撃をしてくる。というか数が増えていないか?地面から数匹のミミズが顔を出した。


話を戻すと、俺には使える『スキル』はない。ダンジョンでは致命的なのだ。


「まぁだからといってミミズ程度に負けることはないんだけどね」


地面に潜ったミミズたち。再び、俺に向けて突進の助走をつけているんだろうけど、それは致命的だ。


「ふっ!」


地面に向かって、拳を振り下ろす。地面にクレーターができて、ミミズがうねうねと地表に現れ、全身が現れた。ただ、地表に現れたミミズなど、俺の敵ではない。


全身毒だらけなのに、どうやって倒すのだって?


手刀で事足りる。全部で五匹ほどいたけど、全部手刀でみじん切りにした。


「ふぅ、毒が効かないくらいに丈夫に生んでくれた両親に感謝を」


ミミズの体液が身体に付着したのでタオルで拭き取る。ぐちょぐちょしていて気持ち悪い。


「これが『ホイホイ』のおかげだったら、ありがたいんだけど、元々こんなんだったしなぁ」


『ホイホイ』が身体強化なら分かりやすいけど、そういうわけでもない。物心ついたときから身体は丈夫だった。


「ただ、村の人はそういうと、苦笑するんだよなぁ。決まって食べてるものがいいんだよっていうけど普通のモノしか食べてないし」


まぁ美味しいモノは食べてる自覚はある。ただ、それは村人なりの社交辞令なのだろうと考えている。


「ドローン君も俺にしっかり付いてきているな。偉い偉い」


機械だけど少しだけ愛着が湧いてしまった。ここまでピッタリ俺についてくるなんて本当に凄い。これでお金まで生み出すというんだから、とてもいいものを沙雪はくれた。


「さて、回収回収」


俺には怒りっぽい幼馴染がいるのだが、鍛冶師として今も働いている。俺がダンジョンに潜るとなった時に、くれたものがある。ポケットからそれを取り出した。手のひらサイズで『異空間箱アイテムボックス』というそうだ。


パカっと開くと、千切りされたミミズが吸い込まれる。明らかに許容オーバーな量だけど、異空間箱アイテムボックスには大量にモノを入れておくことができる。


「相変わらず便利だなぁ、『異空間箱アイテムボックス』」


ちなみに限界量は分からない。ていうか溢れたことがない。


「ん、どうした?『異空間箱アイテムボックス』が珍しいのか?」


ドローン君が俺の『異空間箱アイテムボックス』にジッと近づいた。何か意志があるように感じるが、そんなわけがない。とりあえず機械の動作の一種なのだろう。少し経つと黒いレンズのようなものが俺を見ていた。


「まだまだ狩るぞ~」


腕まくりをして俺はダンジョンの奥へと足を踏み入れた。


━━━


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