第五話 鋼鉄委員長芳城胡桃

 五時間目の授業が終わって、僕の席に来て、きゃいきゃい騒ぐ天使と悪魔の相手をせずに、水を飲みに行った。

 絶対に彼女らと関わり合いになるまいと思っていたのに、どっぷりと関わってしまい、とてつもない敗北感があった。

 水を出してゴクゴク飲んでいたら、芳城胡桃がハンカチで手を拭きながら女子トイレから出てきた。


 胡桃は僕の前で足を止めた。


 水を止め、目を上げると、なんだか、軽蔑したような冷たい視線で、胡桃が僕を見ていた。


「な、なんだよ」

「馬鹿を見てるの」

「馬鹿ってなんだよっ!」

「なんで、あんな異次元生物にかかわっちゃうわけ? あの二人が可愛いから、モテモテで嬉しいの?」

「ち、違うよっ!! そうじゃない、たまたまだよ、成り行きでっ!」

「いっつも文平ってそうだよね、つまんない事で意地はっちゃって」

「天使が番をはるクラスも、悪魔が番をはるクラスも嫌だろっ!! 胡桃だって」

「やっぱり底抜けの馬鹿ね。実権のない番長なんて肩書きに何の意味があるのよ? どっちが番長になったって、『それは、番長の権限にありません』の一言でつぶせるわよ」


 あ……。

 そ、そうだったのか……。


「阿弥陀如来で上手に逃げたけど、ほっといたら、あのふたり、文平のご両親を殺す所だったのよ」

「いや、確かに、そうだけど……、でも……」

「文平一人が棄権したから、天使も悪魔も文平に構ってくるわよ。あの常識の無さで」

「ま、間違ってる事を適当にすます事なんかできないよっ!」

「文平はいっつもそうっ、世界の中で自分一人が正しいって顔で強情を張りまくるのよ。納得出来なければ梃子でも動かないよね」

「わ、悪いかよっ!」

「融通が利かないにもほどがあるわよ。どこの江戸っ子の頑固親父なの?」

「し、死んだじいちゃんが、男は自分を曲げるなって……」

「いいじゃないの、みんな適当に誤魔化して生きてるのよ、なんで、文平ばっかり強情はって損したがるのよ?」

「そ、そんな考え方は間違ってる!! 適当に自分を騙すような生き方は僕は嫌いだっ!」

「ええ、死んでも怪我しても、文平は正しくて本望でしょうよ、だけどね、相手は馬鹿の上にもの凄い力を持った異次元生物なのよ、 文平の責任でクラスの誰かが殺されたり、家族が死んだりしたら、責任取れるの?」

「と、とれない……。だ、だけど、間違ってないのに、説を曲げるだなんて」

「餓鬼」

「餓鬼とはなんだーっ!!」

「いっつもそう、高橋先生と揉めた時も一歩も引かないで、結局先生が引いた形になったけど、そのあと憎まれてるでしょ」

「あ、あれは先生が理不尽な事をするから」

「先生なんだから立場的に、非を認めます、ごめんなさい、って言えないでしょ、そんな事も解らないの?」

「わ、解るけど、駄目だっ!! 自分が間違ってないのに、相手を思って引くなんて出来ないっ!! それが誰であろうとでもっ!!」

「ヨブなんだわ」

「な、何だよ」

「神様は信じてないけど、自分の中の絶対の正しさがあって、それを死守するんだわ。文平はやっぱりヨブなのよ」


 僕は奥歯を噛みしめた。

 胡桃の言うとおりだと、自分でも解っていた。


「クラスの為に犠牲になってちょうだい。ヨブみたいに」

「ふ、ふさけるなっ!」

「絶対、犠牲になるわ、だって、文平は馬鹿だから」

「胡桃っ!! おまえっ!!」

「じゃあ、今すぐどっちかを選びなさいよっ!! レビィかガルガかっ!」

「そ、それは……」

「あなたの中の正しさを曲げられないからできないわよね」


 僕は唇を噛んだ。

 言い返せなかった。


「あの子達は触れてなかったけど、ヨブ記には、ヨブを心配して、色々説教してあげた三人の友人がいたの。彼ら、どうなったと思う?」

「え? なんかあったのか?」

「神様の罰があたったそうよ」

「な、なんでっ!?」

「しらないわよ、聖書の神様のやることなんて」

「ヨブが財産二倍になって幸せに暮らしたのに、親切な友人は罰を受けたのかっ!!」

「せいぜい気をつけてね。ヨブ君」


 胡桃はすたすたと教室の方に歩いて行った。

 僕は水飲み場で棒のように立ちすくんでいた。

 そりゃないぜ、神様……。


「一緒に帰ろうぜ、よしだ!」

「えー、吉田君は、私と帰るんだよう~~」

 僕は天使と悪魔に引っ張りだこであった。

 どうしてこんなことに……。

 目線で助けを呼んだが、みんな目を逸らして帰って行ってしまう。

 だれか、助けてー。

 だれも助けてくれなかった。

 結局、何が楽しいのかわきわきしている悪魔と天使と一緒に昇降口へ降りて行った。


「今日は楽しかったよう~~」


 レビアタンが可愛いピンク色の靴に履き替えながらそう言った。


「うん、初めてだったけど、学校はいいな」


 ガルガリンがスニーカーの踵に指をつっこんで、タンタンと足を押し込んでいた。

 僕はゲンナリして肩を落とし、のろのろと靴を履き替えた。


「お前達はどこに住んでるの?」

「吉富町!」

「上増町の教会で下宿してるよ」


 僕の家への通り道だった。

 僕らは連れだって学校を出た。

 凄く急勾配の坂道が、駅の方へ下っている。

 遠くに青い海が見える。


「凄い坂」

「急勾配だ、車輪で下りたら気持ちよさそうだよ」

「わあ、今度乗せてー」

「だーめ、悪魔は乗輪禁止、よしだだったらいいよ」

「遠慮します」


 なんかあの車輪は超一輪車な感じで怖い。

 長い坂を三人で下る。

 初夏の日差しが暑い、セミがミンミン鳴いていた。


「私、吉田君好きだよ」


 いきなりレビアタンがポツリと言った。


「そ、そうかよ」

「いきなり誘惑だ、悪魔は卑劣卑劣ー」

「そんなんじゃないよう、吉田君はなんか凄いよ、遠慮がないよ、私、この次元にきて初めて怒られた」


 ガルガリンが笑った。


「うん、ボクも驚いた、座天使を怒鳴りつけるとは! と愕然としたよ」

「さーせん」

「びっくりしたけど、嬉しかったんだ。なんか、本当に中学生になれたんだなあって、思った」

「別に、深い考えは無い」

「そこが凄いよな、ボクは感心したよ」


 これは、あれだ、誉めて感心を惹こうというテクニックだね。

 レビアタンは前へ出てきて、僕の両手をきゅっと握って、目をじっと見つめた。


「どっちを選んでも良いけど、その後もずっとお友達で居てくれる?」

「あ、その、まあ、いいよ」


 ガルガリンがボクの肩を掴んで引き寄せ、耳に顔を寄せた。


「ボクも、ずっと友だちで居たい。駄目かな?」


 なんかガルガリンはパイナップルみたいな匂いがして、これが天使の匂いか! と、思ったのだが、片手にパイナップルジュースのブリックパックがあって、匂いの元が解った。


「いいよ、べつに」


 天使と悪魔は、満面の笑みを浮かべた。

 なんか、胸がきゅっとつかまれたかんじで、こ、こいつらは可愛いかもしれないとか思ったりしたりしたが、そう思ったら負けだとかなんだかそんな思いも浮かんできて、僕はうがうがと暴れ、二人との肉体的接触を断った。


 坂を下りると、右手に大きな教会があって、ガルガリンはそちらの方へ歩いていった。


「じゃあ、また明日ね、よしだー! レビィも!」


 大きく手をふってガルガリンは駆け去った、

 教会の庭には、箒を持ったお婆さんのシスターが居て、ガルガリンが走ってガバッと抱きつくと目を丸くして笑った。

 直截な感情表現するやつだよなあ。


 レビアタンと商店街を一緒に歩いた。


「この国はおもしろいよね~~」

「そうか?」

「いろいろ旅行して、私大好きになったよ。綺麗な所一杯だったよ」

「国費で遊べて良いよなあ」

「うふふ、良いでしょ~~。あ、着いたー、ここにホームステイしてるの~~」


 そう言って、レビアタンが指さしたのは、でっかいお屋敷だった。

 中から黒塗りの高級乗用車が出てきて、ドアが開き、黒い着物のおじいさんが出てきた。


「やあ、レビちゃん、お帰りかい」

「おじいさま、ただいま帰りました~~」


 ぺこりんとレビアタンが頭を下げた。


「おでかけですか? おじいいさま」

「うむ、赤坂でちょっと人とあうのじゃ、おや、もうボーイフレンドを連れてきおったかい?」

「吉田君です、クラスメイトですよ~~」

「レビちゃんと仲良くしてやっておくれ」


 お爺さんは笑って、高級車に乗り込み、行ってしまった。


「おじいちゃんは政治家さん?」

「右翼って職業?」


 僕の顔から血の気がみるみる引いていったのが解った。

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