3話 兵装

 会議終了後、ボロとアメリアはウィルドマンに言われ兵装管理室に向かってた。


「中尉遺物というのはいったい何なのでしょうね。」


 横を歩きながらアメリアが口を開いた。

 さぁな、とだけボロは言葉を返す


「きっとその話を今からムラキからされるんだろう。ムラキは多分東洋の国の出身だろう、東洋の技術者は研究熱心で優秀と聞くからな、きっと有意義な話をしてくれるさ」


 アメリアはこちらに視線を向けてくる


「よく東洋の出身だと思いましたね、私はまだ彼に期待はできません。こんな時期にしかもあの若さでなんて信じられません。」


「別に東洋の技術者を知っているからな、確かにムラキは普通ならまだ軍養成学校に通っている年齢だろうな。」


 そして二人は兵装管理室と書かれた金属製の扉の前に立つ、ノックをすると扉の奥からムラキの声がした

「どうぞー」


 扉を開けるとそこには数多の兵装と武器、それと研究用と思われる電子機器が置かれていた。

「すいません今色々と調整中でして、散らかっていますが」


 そういいながらムラキの持ってきた椅子にそれぞれ腰掛ける。


「いや大丈夫だ、ところで何の用があって呼び出されたんだろうか?」


「中将殿に頼まれまして、お二人には遺物と各兵装の説明、そしてボロさんの義足の調整を頼まれています。」


 先日の使って以来、脚の調子に違和感があった。誰にも言ってはいなかったのだがどうやらウィルドマンは気づいていたらしい。何も見ていないようで個人の変化にも気づいている。

 厄介な人だとボロはため息をつく。


「調整と説明は同時にできますのでそんなに長くはならないので安心してください、まぁ義足の状態にもよりますが。」


「分かった。」そういってボロはムラキに誘導され、座ったまま少し低い台の上に足をのせ、足を隠すように付けていた腰のローブを外した、そこから鈍く光を反射する黒鉄色の義足が露わになる。

 形は長いブーツのようになっており、膝からつま先にかけて鋭く流れるようなそれは美しく、ただの義足でははく武器として機械としての様相を持ち、そこからは今にも血と火薬の匂いが漂ってくるような気さえもした。


「おぉ、これが第一次世代の兵装ですか」


 目を輝かせながらムラキは義足をまじまじと眺める。


「あっ、すいません。なかなか見られるものではないので、つい技術者の癖が…」


「大丈夫だ、続けてくれ」


 ボロがそう言うと、ムラキは義足を置いている台と電子機器を使いなにかを確認し始める。どうやら足置きだと思っていた台もそれ自体が兵装をスキャンするものであったようだ。


 質問なのですが、とアナスタシアが声を上げる。


「その、第一世代の兵装とは具体的にはどのようなものなのでしょうか?

 もちろん概要だけならわかっていますが、国がここまで警戒し扱うようなものなのでしょうか。」


 ヴァニルの使う兵装にはボロの義足のような第一世代と一般兵士たちが使う第二世代の二種類が存在する。第一世代の兵装に関しては所持者が少なく、その特異性から軍部内でもその詳細を知らないものも少なくない。


「そうですね、では兵装について先に説明しましょうか」


 そういいながらムラキは手際よく作業を続ける。この器用さも若くして技術者として軍に採用された理由の一つなのだろう。


「そもそも兵装というのは通常の装備とは違い、人工筋肉と疑似血液によって装着者の運動能力を向上させるものです。

 第一世代の兵装は現在皆さんの使っている第二世代の兵装のプロトタイプに位置します。

 現存している第一次兵装は11、装備者は8人しかいません。

 まず第二世代の兵装は第一次世代とは違い、着脱のできる独立したものです、そのため損傷した場合は交換、もしくは修復が容易です。でも第一次世代はそうではないんです。

 第一次世代は例えるならば移植に近いんです。」


「移植ですか…?」


 アメリアは困惑した目でボロの義足を見る


「第一次世代の兵装は、体を損傷し戦えなくなった兵士をより強くし、再び戦えるようにと開発されたものです。ただ損傷した部分を補うだけでは元のように体を動かすことはできない、その課題を克服するために兵装と装着者の神経を接続する必要があった。」


 そこまで言ってムラキはボロに視線を向ける、

ある種この話の当事者としてのボロに気を遣ってくれているのだろう。かまわないとボロはムラキに目で伝える。

 ムラキは話を続ける。


「正確に言うと損傷した部位をそのまま疑似血液の入った兵装に装着することで、装着者の血液や体に適応させて、実質的に新しい体をつくり上げるという手法を採用していたんです。」


「つまり、それは失った部位を兵装とつなげることで新しい体の部位とするということですか…?そんなこと、本当にできるんでしょうか。」


 そう言ってアメリアはボロに目を向ける、その眼には困惑と動揺が見える。


「たしかにそれができるなら今頃医療の場で多くの人が救われているでしょうね。

 でもそうならなかったのには理由がある。」


「理由、ですか。」


「拒絶反応です、第一世代の兵装用の疑似血液は可能な限り本人の血液に近づけて作ってはいたんですがそれでも適応できたのは4割ほどでした。

 それにリスクはそれだけではなかったんです。


 第一次世代の兵装は使用することで身体能力を向上させ装着者そのものを一種の兵器として使えるようにと作られています。より自然な操作性のために兵装にも血を流す必要があります。先ほども言ったように兵装には疑似血液が流れています、


 そして疑似血液を装着者に普通の血液のように体に流すことで、装着部位だけでなく身体全体を強化します。

 疑似血液は通常の血液と違い、赤血球の量が多く酸素をより多く運びます、また兵装使用時には兵装の発熱反応により温められた血液が流れることで血流を良くし回復力も高めます。」


「では疑似血液は多い方が効果が強いということですか」


「はい、しかし疑似血液を増やすということは元の血液を減らすことを意味します。

 今ではもう一斉改修によってありませんが第一次兵装には当初、排血機構という血液が兵装内を循環する際、当人の血液を排出し自動で疑似血液に変えるシステムが採用されていました。それによって使用すればするほど体を流れる血液は自分のものじゃなくなっていき、それに耐えきれなかった人達は皆死んでいったそうです。」


 そこまで話し切るとムラキは機械の操作を止め、ボロの方へ体を向けた。


「少し緩衝部が削れていたので直しておきました。それとバランス調整がずれていたので修正を、少し立ってもらえますか?」


 言われた通りボロは立ち上がる、先よりも地面との平衡感覚もよくなっている。試しに歩いてみるとより歩きやすくなっていた。


「これはすごいな、ありがとう。これで次の作戦でも使えそうだ。」


 横を見るとアメリアがこちらを見てくる。人体実験ともいえるような話は真面目で誠実な彼女にとっては容認しがたいものであったのだろう。

しかしムラキの話したことは紛れもない事実であった。ボロは椅子から立ち上がりローブをつけ直す。


「少尉、この話に一切の嘘はない。この兵装は多くの犠牲を生んだ、しかしそれで助かった者もいるのも事実なんだ。今はもうこんな人体実験は起きないはずさ。

 そしてこの話は軍内では禁句なんだ、国もこんな歴史を公には晒せないんだろうな。」


 そう言ってボロは苦笑する。


 きっとムラキはこの話をすることはウィルドマンに許可を取っているのだろうと見越して話を続ける。


「話の通り第一世代の兵装は、いま普及しているものとは性能が根本的に違う。第二次世代の兵装は基本装着することで一人で二人分の力を出せるようになるものだが、

 第一次兵装は一つ一つが違うものだから差はあるが、装備者一人で100人部隊を殲滅できるほどの力を持っていると言われている。

まぁこれは何とも言えんがね、少なくとも俺の義足はそこまでの力はない。だがその可能性がある以上敵味方関係なく各国は警戒するだろうな。」


 ボロは歩きまわったり、跳ねたりしながら話をする。アメリアは何とも言えない空気に何とも言えない顔をしてボロとムラキを見ている。


「…なんとなく話は理解できました。まさかそんなことが行われていたとは思いませんでしたが納得はできました。中尉が兵装を使ったときのスピードは異常でしたので疑問には思っていました。

 体も疑似血液で強化されていたから自分自身の速さにも耐えられていたんですね。禁句ということなら口外はやめておきます。」


 自分の中で割り切れたのかアメリアは少し明るくなった顔でそう言った。


「そうだなそうしてくれると助かる。一つ誤解を正すと俺は脚以外にも第二世代兵装と手にメカハンドを装備している、何もない状態だと速さには耐えられても着地や攻撃の時の衝撃には耐えられないんだ。」


 ヒョロイからなとボロは笑う。少し空気が綻んだのを感じ取ったのかムラキは説明を続ける。


「説明が長くなりましたが、本命の遺物についてです。」


 アメリアは真剣な顔に戻り、体をムラキに向ける。ボロは椅子まで小走りで戻り静かに座って話を聞くことにした。


「正直な話、遺物についてはよくわかっていません。これは僕の意見ではなく現在のヴァニル軍の技術部としての総意見です。技術部長をもってしても何もわかりませんでした。何せ資料がありません。南地区の戦闘記録と今回観測されたデータでしか判断できないんです。でもそれだけの情報でも分かったことがあります。」


 そう言ってムラキは手元の端末に写った画像を二人に見せる。


「これは先ほど会議で見せた遺物から発せられたエネルギー波です。そしてこれが先ほどボロさんの義足から検知したエネルギー波です。」


 端末に映し出されたボロの義足から発せられたエネルギー波は遺物のものと酷似していた。ボロとアメリアは言葉を失う。


「このことから遺物の力は第一次兵装に匹敵すると思われます。僕自身信じがたいことです、でもこれなら南地区での部隊壊滅は納得できます。 

 しかし、もし本当に第一次兵装レベルとなると、今使われている第二次兵装では歯が立ちません。

第二次兵装はご存じの通りすべてがパワードスーツ型です、通常兵器に関してはそれで体への損傷は減らせますし力も倍になります。それでも第一次兵装レベルを相手にすれば、攻撃に1度は耐えられるかもしれませんがその衝撃に体の内部が耐えられないでしょう。」


 ムラキの説明を聞きながらボロはウィルドマンの言葉をようやく理解した。

 接敵したら逃げろというのはあながち間違いではなかった、むしろ的を得ていた。

ボロの所属する兵装機動隊は軍部でも比較的兵装の扱いに長けたものが多く集められた部隊である。

それをパラディンと遺物を相手にして一挙に失うのは損失が大きい。

 そしてボロを部隊長に任命した理由も理解した。

この兵装機動隊において部隊長となることは窮地においてしんがりとなることを意味し、戦闘では誰よりも先に前で戦うこととなる、現状パラディン相手にまともに戦えるとしたらそれはボロだけである。ボロはこの部隊全隊員の命を背負い盾となる決意を迫られていた。


「ですので、もし遺物使い…パラディンと接敵することがあれば、アメリアさんは隊員達の退避命令を早急にお願いしたいです。」


ムラキは強く、アメリアに言葉を伝える。アメリアは少し間をおいて、了解した と返事を返した。

そしてムラキはボロの方を見る。


「ボロさんは、パラディンとの接敵情報があったときすぐにそちらに向かって下さい。今パラディンと戦えるとしたらあなただけです。ですのでもしその時が来たらよろしくお願いします。」


そう言ってムラキは頭を下げた。

ボロの返事は決まっていた。


「もちろんだ、任せてくれ。」


義足が無ければ既に無くなっていた命を今更惜しむことはないと、ボロは皆を守る盾となることを決意した。




 








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