46 今日の調べ物は終了。




 最初の一歩を伝える。


 それは私達の関係の進展を示す、踏み出すための告白だろう。


 ルクトさんが、先に言いたいから。

 それから、私達は、同じ時間を進む。



 ギュッとルクトさんのジャケットを握っている手を、そろそろ放さないと。


 ずっと視線が痛い。


 ルクトさんと一緒に、皆から離れたけれど、残った彼らは話を中断したまま、こちらを見ている。


 声はひそめていたので、内容は聞き取られていないはずだけども。

 真っ赤になりながら、恥ずかしげに顔を直視し合わないで話している様子は、はっきり見えているだろう。


 ルクトさんの手が上に重なっている手を開いて、離そうとしたけれど、ルクトさんはその手を自分の口元に持っていき、そして手の甲に唇を重ねた。



 ひえっ。

 白銀の髪がサラッと動いて、キラキラとした神秘的な光りで艶めく。整った顔の想い人からの口付け。


 速すぎないでって、言った矢先に……!


 いや、でも、手の甲にキスは、かなり、譲歩、してる……のか?

 それでも、顔に熱を灯して、固まってしまった。


「あれ? なんか違う? 身分的に、やっちゃダメだっけ?」


 ルクトさんは、自分の認識が曖昧で、自信がないもよう。


「あ、いえ……別に、一般的に問題ありませんが。ただ、後学のために言うと、貴族女性相手には、許しを得てからするものです。大抵は、その貴族女性が手の甲を差し出した時ですね。あと……唇は、触れてはいけません。フリだけです」


 身分的に、ということは、大叔父様達の手前、貴族令嬢としての私にうやうやしくしてくれたのだろうか。


「一般的には、確かアプローチを意味してるって、クラスメイトから聞いたことあるんだよな。なら、問題ない」


 ふむ、とルクトさんは納得したように、軽く頭を縦に振ると、そのまま持ち続けた私の手の甲に、また唇をつけた。


 ちゅ。


 今度は、リップ音付き。


「これをやるのは、リガッティーだけだから」


 目を細めて微笑みかけた。

 熱を込めたルビー色の瞳が向けられたまま、見せ付けるように、またちゅっと唇を重ねられる。三度目。


 顔全体が、さらに熱くなった。



 ひやあ〜ッ。

 だから! 距離の詰め方! 速いッ!

 我慢はどうしたんですか! 頑張るって言ったのに!

 我慢を頑張った結果、これなんですか!?


 我慢しなかったら、どう…………いや、想像だけでも、卒倒しそうだから、考えないようにしよう!

 


「ほ、本気だっ……! ぼ、僕は……一体どうするべきなんだ……!? 教えてくれ、スゥヨン!」

「え。普通に応援すればよいのでは? 本気ですし」

「いいわけあるか! 普通に出来れば、訊いてないんだよ!」

「そんな、理不尽に怒られても……」


 ネテイト……聞こえてるわ。スゥヨンが困ってるわ。


「ネテイト兄様。応援の一択でしょう? 本気で恋に落ちているお二人を、応援しない理由がありません」

「いや! テオ殿下には酷でしょうが、僕は! 破滅を防ぐために動くか、ちゃんと見定めないと!」

「はぁ。これだから、


 ネテイト……年下のテオ殿下に、呆れられている。

 恋愛経験は、テオ殿下の方が上。だって、10歳から、一目惚れした婚約者がいるのだから。しかも、両想い。


 それを、スゥヨンに「フッ」と噴き出されて笑われた。

 スゥヨンは、ファマス侯爵家に後継者としてやってきた9歳のネテイトを支えるべく、従者に任命されたのだ。それから、すぐそばで相談役も担っていたのだから、ネテイトの恋愛事情だって、知っているのだろう。事実、初恋は、まだ。


 しかし、当然、笑ったことは許されるわけなく、主人に襟を掴み上げられるスゥヨン。身長差があるけど、十分絞まっているので、少々苦しげなスゥヨンだけど、紛れもなく、言葉通りに、首を絞めたのは自分である。


「いいですか? 婚約者がいながら、他の異性と親しくなり、挙句に心を奪われたり、婚約者がいると知りながら、擦り寄って親しくなる方々とは違います! 婚約解消まで、節度を守って今まで我慢していたと、ギルドマスターが言ったではありませんか!」


 午前中に会った時は、その婚約者がいながらの兄の過ちに、悲しみ苦しんでいたのに、辛辣に言うテオ殿下。


「節度を守っていた理性的なお二人ですが、あの熱量を見れば想いの強さは明白! じゅ、ん、あ、い、です! 見守り、そして応援すべきですよ!」


 同じ恋愛をしている者同士、さらには憧れ慕う二人だ。

 力強く応援する気持ちを露わにしてくれるテオ殿下。

 最初から、期待いっぱいで肯定的だから、嬉しいけれども……。


 だけど、やっぱり、聞こえているので、せめて声をひそめてくれないだろうか。


 こちらが逆に見ていることに気付いていないらしく、三人はネテイトがこちらに背を向けている立ち位置で顔を合わせあった。


「で、ですがっ! 障害があまりにも多いというか、大きいというかっ……苦労が目に見えてます! なんだかまだ複雑な事情があるとかで、ただならぬ予感がしているので、手放しで応援なんてっ」

「なおさら応援すべきじゃないですか! 手放しではありません。手助けして、支えていくのです! あんなに可愛らしい反応をするリガッティー姉様を見たことあります? 正真正銘で恋ですよ?」

「自分、リガッティーお嬢様がよちよち歩きしている時から見ていますが、初めて見ましたよ。過去一番の可愛さです。お嬢様の赤面が一際愛らしくて、眼福ですので、見守り賛成ンンッ! 絞めないで! ください! ネテイト様ッ」


 いや、だから、聞こえているのですよね。

 恥ずかしい姿を見られてしまった……いたたまれない……。ただでさえ、見られただけでもいたたまれないのに……。

 純愛だとか、恋しているとか、可愛らしい反応だとか、はっきりと口にしないでいただきたい。


 もしかして、わざと? わざと、三人の会議内容を聞かせているの?


「リガッティー……あのスゥヨンさんって人、付き合い長いの?」


 同じく聞いているに決まっているルクトさんが、スゥヨンをじっと見ながら、尋ねてきた。


「あ、はい。代々ファマス侯爵家に仕えている家の者でして……後継ぎのネテイトが来るまでは、私の従者候補でしたので…………ルクトさん?」

「ひい!? なんか最年少Aランク冒険者が、自分を見据えている気がしますが!?」


 スゥヨンは、あまり身体を動かすことは得意な方ではないので、ルクトさんに敵認定されたくはないだろう。

 両手を上げて、降参のポーズ。

 やけに見てくるルクトさんに、無害アピール。


「自分はお嬢様を忠誠を誓う主人の一人として慕っているだけで、恋敵ではありませんっ! 自分は、そのっ、あれです! リガッティーお嬢様を観賞しているだけでグエッ」

「お前はもう、義姉上あねうえを見るな」

「そ、そんな……殺生なッ。誰だって、美しいものに、見惚れる権利グエッ」

「お前が義姉上をそう見ていたとは、知らなかった」


 私も初耳である……。

 でも、ネテイト。もう襟を掴み上げて、首を絞め上げるのは、やめてあげましょう? なんとか息が出来るように、彼がさっきからプルプルと爪先立ちをしているわよ。



「自分より、あ、あの人です! に、警戒をすべきです!」

「その話題を出すな!」「その話題は出さないで!」



 身代わりにとんでもない者を差し出そうとするから、私もネテイトも顔色を変えて咎めた。


「猛信者…………そういえば、彼は元気ですか? 旅立ってから、彼の話題を聞いていませんが」


 話題を却下したけれど、ぎこちなく、テオ殿下は確認する。


「す、すみません……連絡は取り合っていないので、わかりませんね」

「強くなって帰ってくるとカッコつけて出て行きましたので……猛進的に一心不乱に鍛えているのではないでしょうか」


 やっと解放されたスゥヨンは、ネテイトに続いて、予想だけを答えた。


「猛信者、か。……近衛騎士団長の跡取りだというのに、彼ときたら……」

「そんなに……激しい猛進的な信者のような騎士だったのですか?」


 大叔父様が口を開けば、ヴァンデスさんが好奇心で尋ねる。


「ような、ではないよ。リガッティー嬢を一目見て、騎士の一生の誓いをしては、近衛騎士を一度辞めて、リガッティー嬢の執事としてそばに仕えると押しかけ、さらには王都学園在学中は、そばにいる時間が少なすぎるという理由だったかな? 卒業後の結婚式までに鍛え上げては、リガッティー嬢の近衛騎士として守り続けるつもりだとのことだ」


 呆れを込めつつ、大叔父様は、苦笑を零す。


「あれ? そういえば、猛信者の彼は……を、熱狂的に崇拝していましたよね? ……戻ってきたら、どうなるのですか?」


 スゥヨンの疑問に。



    シーン。



 沈黙が降りた。



 猛進的に崇拝していたのは、王妃になるべく王子と婚約した私だった。


 そのために、近衛騎士を一旦辞める形をとり、執事に転職してのそばにつき、結婚をした際には、近衛騎士に戻っての護衛。隙あらば、何から何までの世話すらする気で、執事まで経験をしたのだ。

 猛進的に行動しては、全力的に尽くす気でいた猛信者。


 だがしかし。婚約は白紙。

 王妃になる予定はなくなった。


 彼は、今後、どうするのか。



「戻らず、武装国家に骨を埋めることを願っているわ」


 沈黙を破った私は、自分の希望を口にする。むしろ、それを祈る。懇願する。


「戻ってきてしまったら、アリエット様につくかと」

「え!? やめてください! アリエットには重すぎます! そもそも彼が騎士として一生の忠誠を捧げたのは、です! 、ではないでしょう!?」


 グッ! テオ殿下に言い返せない!

 あんな熱狂的で猛信的な忠誠を押し付けられるアリエットが可哀想だし、その前に彼がその忠誠を誓った相手は、私なのだ。


「誓ったと言われましても……物凄く一方に言うだけで剣を押し付けられただけですわ。彼の忠誠を受け取った覚えはありません。それに、。と常に言っていましたので、婚約とともに白紙です。よって、彼には新しい人生を送ってもらいましょう。出来れば、肌に合うであろう武装国家で」


 あまり取り乱さないように努めて、でも希望していると滲ませる強い口調で告げてやった。


「それは……息子が戻ることを待つ、近衛騎士団長がさぞかしつらいのでは?」

「大叔父様? 私と元近衛騎士のあの方、どちらの味方なのです……?」

「違うよ、君の味方だから。ただ近衛騎士団長が気の毒だと言っただけだよ」


 そうよね。私の味方よね。

 可愛い私の味方でいてくださいっ。



「猛信者が星の裏側で幸せを掴むと信じましょう。それでは、話を…………どこまで、戻せばいいのやら」


 猛信者の話は切り上げ、話を戻そうとしたけれど、どうしてこうなった状態で、どこから再開すればいいのかわからない。


「例の令嬢の裁判について、知りたいな。リガッティーも、当事者として参加しなきゃいけないの? これは、大罪だから、通常の裁判じゃないんでしょ?」


 ルクトさんが抱きついてきた時に、そう尋ねてきたのだった。


「今回は、重臣も立ち会いの元、王国で最も位の高い裁判となります。私も、そしてファマス侯爵家も同席することとなるでしょう。……まぁ、証拠がずらりと並べられて、その場の一同に示し、罪状を明確にして、処罰を話し合い、決定を発表するという流れが通常です。きっと私やネテイトの証言も必要ないほどの証拠が提示されますので、実質私達は傍観して、決定を聞くためだけに座って参加するだけですね」


 ざっくりと言えば、そんな流れの裁判となる。


「大罪が大罪なので、そうなりますね。規則を重んじての裁判をし、処罰を言い渡しての刑執行となります。しっかりと裁判を見届けることも、位の高い貴族の義務ですので」


 テオ殿下も、そう付け加えた。


「絶対にリガッティーの参加は免れないってことですか? 身の安全の考慮は?」

「……裁判場は、攻撃魔法を発動出来ないように魔導道具が設置されています」


 ルクトさんの確認に、テオ殿下が顔を曇らせて言う。


「リガッティー姉様が危惧している光属性の攻撃魔法が……発動しないといいですが……」

「……そうですね。闇属性持ちにのみ、ダメージを与えるという類となると、怪しいところです」


 コクリ、とテオ殿下の不安を、私も同意見だと頷く。


 私に痛みを与えた光魔法を特定して、どう特化されたら害になるか。それを今調べていたのだ。

 それも神殿に立っている間の体調不良の症状まで与えられたので、闇属性持ちに強く影響するだけのものかもしれない。

 攻撃魔法の発動を阻止する特殊な場所でも、判定して防いでくれるとは限らないと私も思う。


 王家の影も、存在を隠す闇魔法を使って、王都学園の厳重な結界を素通りしてしまっているのだ。一点に特化した究極な魔法は、警戒しないわけにはいかない。

 特に、闇属性持ちのみにダメージを与える魔法。さながら、悪だけを光で消し去る魔法みたいに、闇属性持ちだけを狙い撃ちする魔法なんて……。

 特殊すぎる魔法で、魔導道具が反応してくれるという断言も、出来ない。


「リガッティー嬢を、直接害する動機も強く、さらにはその手段を持っているかもしれない……か。現段階では、不参加の承認を得るのは難しいところだが、私が口添えしよう。力になれるかもしれない」


 先代王弟殿下のディベット大叔父様が、身の危険が及ぶ、裁判に立ち会うことを防ぐために、動いてくれるとのこと。


「本当ですか?」

「ああ。だが、期待はしないでくれたまえ。テオの言う通り、貴族の義務として必要なこと。拒むなら、それ相応の理由が要る。だから、引き続き、光魔法について調べ続けて、効果的な答えを見付けておくんだ」


 少々ずるい手を先に使うが、ちゃんと正当の理由も用意すべき。


「それでは、神殿の方の記録書物室で、調べて答えを探します」

「ネテイト様。自分にお任せを。ネテイト様も仕事が落ち着きますので、自分は調べ物に行きます」


 ネテイトが真っ先に言えば、スゥヨンは自分の足で調べに行くと胸に手を当てて見せた。

 そうね。第一王子の公務の手伝いがなくなったのだから、ネテイトはファマス侯爵家の仕事だけになる。かなり負担が軽くなり、調べ物をしている間だけ、スゥヨンがいなくても、楽に仕事をこなせるだろう。

 

「私も、人をやります。可能な限り、神殿側に話を通して、貴重な情報が書かれているであろう書物を閲覧させてもらうために、許可をもらいます。リガッティー姉様は、無理して神殿には行かないでください」


 高い立場的に閲覧可能なものから情報を得る。テオ殿下はそう告げては、私を気遣う目で見てきた。

 体調不良になるから、私には神殿に行ってほしくない、とのこと。


「私も行きたくはないので、神殿での調べ物をお任せしますわ。お願いいたします」


 ちょっぴり眉を下げて申し訳ないと笑みを見せては、三人に改まって頼んだ。


「決まりだね」

「それでは、今日の調べ物は終わりということですな」


 大叔父様とヴァンデスさんが、満足げに頷く。

 ヴァンデスさんは、やっと苦手な図書室という場所から解放されるとニッコニコ。

「そうですわね。お手伝いをありがとうございました」と、始めた私が、お礼の言葉で締めくくる。


「また来たいな~。この大図書室」

「新しい実用的な魔法を探すのは、かなりの時間と忍耐力が必要になりますね」

「それな」


 無駄に多い本に、ルクトさんはげんなりと苦い顔をした。



「あ。でも、『星創世記せいそうせいき』についての本は、ここだって少ないんだろ? あります?」

「「「!!?」」」



 ルクトさんが思い出した様子で、本棚に本を戻そうと呼び付けた司書の一人に尋ねる。

 そのそばで、私とネテイトとテオ殿下は、驚愕で震え上がった。多分、ハリーもそうかもしれないけれど、見ている余裕はない。


「『星創世記』ですか!? な、なな何故!?」

「もしや、行ったことが!?」

「そうなのですか!?」


 興奮で、ネテイト、テオ殿下、私の順で詰め寄った。

 ルクトさんがギョッとしたような顔で、若干身を引くと、苦笑を見せる。


「『星創世記』の遺跡に、二回行ったことがありますよ。一つは、扉らしき壁の前まで。もう一つは、守護ゴーレムのいる遺跡ですね。手合わせしたくて、一回戦ったんですよ」


 へらりと笑って答えるルクトさん。ちょっと観光した程度の軽い調子の語りに、私達は慄く。恐怖ではなく、感激で、だ。



 この世界の始まりは、1000年がやっと経ったところだ。

 そう1000年前の人々は、今日が始まりなのだと記録を始めた。この星とこの文明の始まり。

 それが一般常識なのだけれど、しかし、1000年以上前に、超古代文明があったと云われている。

 『星創世記』と呼ばれているのだけれど、賛否両論だ。むしろ、否定的な声が強い。

 創造主キュアフローラ女神様が、この世を創ったのは1000年前だ。その主張は、頑なで大きい。


 それでも、『星創世記』の遺跡が、星にそこかしこにあるのだ。

 1000年前以上に。

 今よりも発達している、または全く別物の文明があった。

 そう推測が出来る形跡。


 わかっていることは少ない。でも、今の文明のものとは、異なるものらしい。

 そして、1000年前の人々が創ったものとは、どこにも記されていないのだ。

 そもそも、1000年前の技術で創られたものだとは、考えられないものらしい。



 誰が創ったのか、いつから在るのか。



 解明出来ない『星創世記』については、授業でおとぎ話みたいに語られるだけで終わるくらい、情報が極端に少ないのだ。


 けれども、とある長寿の上級ドラゴンに、ある勇者が尋ねた際に、自分はその『星創世記』から生きていると明かした。というおとぎ話級の情報がある。

 下級ドラゴンと違い、高い知能がある上級ドラゴン。本当にそう明かしたなら、『星創世記』は実在すると、否定的な声が覆るほどの証言となる。

 でも。まだまだ。おとぎ話級の話。



 それなのに! 触れたことのある人物が! 目の前にいる!


 未知のものに、心を躍らせてしまうのも、無理はない。


 今まで散々知識を詰め込まれてはいたが、それに関しての知識が皆無と言える!

 この星の最大の謎! どんな些細なことでも、聞きたい!


「こんなに食いついてくれるとは……。もっと早くに話してあげればよかった」


 なんてルクトさんが、つんっと私の右頬を人差し指でつついた。


「『星創世記』の守護ゴーレムとはっ、ヴェバイア国の深森(ふかもり)の中の遺跡にいる魔物か、魔導道具の類か、全く解明出来ていないっ、不死身の守護ゴーレムのことですかっ……!?」


 テオ殿下の側近、ハリーが鼻息荒く、私達の上で跳ねるように爪先立ちをしてルクトさんに、確認する。過呼吸に見間違えるほど、興奮が激しい。


 ヴェバイア国は、地図だとハルヴェアル王国の下に位置する、小さめな隣国だ。

 ハルヴェアル王国の国境を出てすぐぐらいに、ヴェバイア国内にある『星創世記』の遺跡の守護ゴーレム。


「そうそう。そこ。去年の……あ、春休みだったな。腕試しで、手合わせに行った」


 ケロッと、言い退けるルクトさん。

 去年の今頃。未知の遺跡にいた人~!


「それでそれでっ?」

「ホント、すごかった。強いのもそうだけど、壊しても壊しても、直っていくんだ。武器召喚の闇属性の剣で、ぶっ叩くようにダメージを与えて、損傷させていったし、あと火力最大の魔法も全力でぶつけた。かったくて、半壊が限界だったけどさぁ……それも破片が吸い寄せられて集まって、修復しちまったんだ。体力の限界まで戦って、帰れるうちに帰った」


 規格外最強冒険者のルクトさんが、全力で戦ったであろう敵。

 そんな激しい戦いを観戦したかったけれど、不死身に自己修復してしまう守護ゴーレムに意識が傾く。


「はい! 結局、その守護ゴーレムって、『星創世記』の遺物ってことなんですか?」


 好奇心に負けた風に、スゥヨンさんが右腕を上げて、質問する。


「さぁ? オレとしては、やっぱり、魔物でもないし、魔導道具とは言えないと思います。かといって、アレには、魔力がなかったんですよね」

「魔力が、ない……!?」

「そう。だから、魔法による創造物でもないと、オレは思うんだよ」


 驚愕で絶句しかける私に、ルクトさんは笑いかけた。

 魔力がない。恐らく、ルクトさんは【探索】魔法で確認したのだろう。

 その自己修復で破壊出来ない守護ゴーレムは、魔物でもない、魔導道具でもない、魔力が感じ取れなかったのだから。

 つまり、魔法の類の遺物ではない可能性が高い。


「『星創世記』の遺物は……」

「魔法とは、別物……」


 その説は、聞いたことがある。

 しかし、信憑性が増すことを遺跡に行った人物も、言い放った。

 私とテオ殿下は、顔を合わせて、わななく。


 知るには、壮大すぎる事実だ。


 まだ、断定ではなくても。


「冒険者とは、『星創世記』の遺跡の調査までするのかい?」

「うーむ。それはぁ…………過去に、遺跡まで連れて行くという護衛依頼があったりはしますが……。『星創世記』の遺跡に行く冒険者は、物好きと言えますね。このルクトが力試しに守護ゴーレムと戦いに行くような者は、いますよ。相当力をつけたAランク冒険者でないと、ちとキツイ相手ではありますが、守護ゴーレムと言うだけあって、遺跡の奥に繋がりそうな大きな扉らしき壁の前で、広間に入った者を攻撃するんですよねぇ」

「君も経験が?」

「はい、もう昔ですがね。Aランク冒険者が経験したい戦いなのかもしれませんな、ははっ!」


 大叔父様が問えば、ヴァンデスさんが答えて笑い声を上げた。

 遺跡の中の広間。その奥にある扉らしき壁の前に立ちはだかる守護者のようなゴーレム。


「あと。本当に物好きは、自分から調査をしたりしますよ」

「ほう? 専門的な冒険者もいるのか」

「そんな大層なものではありませんよ。未踏地に足を踏み入れたいという欲求の元、閉ざされた扉をこじ開けようとしたい冒険者がいます。もしも、『星創世記』の扉を開いて、何か情報を得られたなら、それだけで偉業。名声ともなります。『星創世記』の研究者などには、ひと財産築ける額で買い取ってもらえるでしょうしね」


 なるほどー。

 大叔父様に答えたヴァンデスさんのそれに、私達一同も納得して頷いた。



「結局のところ、幼い子どもが、小さな冒険に目を輝かせて挑むことと、変わりませんってことですね」

「あはは、何その例え。リガッティーは、表現がいいよね」


 ルクトさんは、私の例えた表現を気に入った様子で笑みを零す。私の頭を優しい手付きで撫でる。


「大人になって、規模が果てしなく広がっても、そんな童心な気持ちで冒険していると思っただけですけど」

「リガッティーの思う冒険者って、めちゃくちゃオレの理想だから、聞いてて嬉しんだよなぁ」


 事実、ルクトさんは嬉しげに口元を緩ませていた。

 確かに、理想的な冒険者だろう。


 中には、金品が目的なだけの冒険者はいる。


 でも冒険を楽しみ、それから冒険者としての名声や偉業を求める崇高な意志を掲げた冒険者だっているはずだ。

 まさに、冒険物語の主人公達のように。


 テオ殿下とハリーが同感だと示して、うんうんと頷く。目を輝かせる幼い子どもみたいな二人。


「『星創世記』の遺跡……行ってみたいですね。見てみたいです」

「連れて行ってほしい? まぁ、見るだけでいいなら、一番近い遺跡に行こう。先ずは『ダンジョン』な」


 笑みを深めたルクトさんは、やっぱり嬉しげだ。


 一番近いのは、その『ダンジョン』より、さらに西、そして北へとハルヴェアル王国の隅まで行くと、冬のような気温で一年中凍り付いているような地に行き着く。極寒の修道院がある。最早、凍死するまで出られない監獄と言ってもいい。それほど寒い地域だ。


 そこの『星創世記』の遺跡は、確かに見るだけになってしまうだろう。

 洞窟の奥に、扉らしき壁があるだけだと、私も聞いたことがある。王国内のことだもの。それくらいは知っている。



「…………義姉上……? 『ダンジョン』に……行くの……?」



 ネテイトの問いが、嫌に響いた。

 誰もが動きを止めている時に、発した声だったからだろう。


 あ。と失態を犯したと気付いたルクトさんが短く声を零したかもしれないが、よくわからない。

 ただ彼は、ピシリと固まってしまった。



 ………………口を……滑らせてしまったわ……。



 

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