43 今はまだだとしても。




 ズキリ。頭に走った痛みに、両手で押さえた。


「――ッあ!」


 目を開けば、庭園の煉瓦の道を目にする。


 戻ってきた。

 光魔法で、【影映し】の魔法を消し去った?


 でも、害を受けないはずなのに……! 痛みを受けるなんて……。


「リガッティー!? 大丈夫!?」

義姉上あねうえ!?」


 ルクトさんとネテイトの声。

 少し、痛みが引くのを待つために、目を瞑る。


「大丈夫です……」

「どうしたの? 何があった?」

「カッとなって罵倒したら、光魔法で反撃をされてしまって…………


 意識を丸ごと持っていって、ジュリエットの影から姿を現して話をした。

 闇魔法だから、光魔法を浴びれば、消し去られる。

 消し去られれば、意識は戻ってくるのは当然。


 でも……痛みまで受けるなんて……。

 意識を丸ごとあったから、強制的に消された反動?


 いや……今残ってるこの気持ちの悪さ…………なんだか、神殿にいる時のものに思える。


 光属性の魔法の残骸の魔力が残って満ちているせいか、強力な闇魔法を使う私では、気分が悪くなる場所。


「リガッティー?」

「嫌な予感がします……調べないと。――――えっ」


 ルクトさんであろう手が、右肩に置かれる。

 目を開けば、ネテイトが左斜め前に立っていた。隣に座っていた彼が何故そこにいるのかと思えば、座ったままではいられない人物が、来ていたからだと知る。


 慌てて、スッと立ち上がった。それから、ドレスを摘まみ上げ、膝を軽く折り曲げて、頭を下げて挨拶をする。



「テオ殿下。挨拶が遅れて、申し訳ありません」



 ネテイトの後ろの位置で、私が戻ることを待っていたであろう人物。


 第二王子テオ・ディエ・ハルヴェアル殿下。

 兄と同じく母親譲りの真っ赤な髪を持っているけれど、瞳は父親譲りの青色。キリッとした印象の目付きではあるけれど、柔らかい雰囲気を持っている少年だ。

 今年、王都学園に入学する15歳になる。アリエットの婚約者。

 小柄なネテイトと同じくらいの身長で、白を基調にした王子の正装姿。

 キリッとした形の青色の瞳は、悲しげに伏せられた。



「――――リガッティー……」



 私を呼ぶ、その声もまた、悲しみがこもっている。


「申し訳ございません……ちゃんと、頭を下げて、謝りたいのですが……」

「だめですよ。あなたは王族ですから」


 王族であるテオ殿下は、自分より身分の低い相手に、頭を下げてはいけない。

 そう静かに告げれば、苦しげに顔を歪めて、視線を落とす。


「でも……それでも……兄様が。兄様の仕打ちを……謝りたくて。どんなに謝っても、足りません」

「泣いてもだめですよ、テオ殿下」


 青い瞳に涙が浮かんだから、悲しみは呑み込んでほしいと、その言葉に乗せて告げる。

 グッと奥歯を噛み締めて、堪える様子は、痛々しい。


「なんでこんな……兄様は……っ。リガッティー姉様は、幼い頃から、王城に通って、王妃教育をこなして……王都学園だって、いつも兄様やハールク様と一位を競い合ってて……とても優れたお方なのにっ。兄様の王妃になるはずだったのにッ」

「……テオ殿下。テオ殿下のせいではありません。テオ殿下が謝ることなど、ないのです」


 そっと声をかけるけれど、きっと割り切れないだろう。


「なんでですか。身内の不祥事です。兄様が、リガッティー姉様を傷付けました。何もかもです。積み上げた努力も、名誉も、未来も、全部傷付けたではありませんかッ……」

「……怒ってくださり、悲しんでくださり、ありがとうございます。でも、苦しまないでください」

「ですが……ですが、リガッティー姉様……」


 震える声を絞り出すテオ殿下は、涙を拭ったのか、俯いて、袖で目元を擦る。



「私にとっては……リガッティー姉様も、ネテイト兄様も……もう家族なのに……っ…………兄様が、裏切ったのですっ……! ごめんなさいッ」



 リガッティー姉様。ネテイト兄様。

 テオ殿下は、もう出会った日には、そう呼んでくれていた。


 私が10歳で王妃教育を受けに通っていた時には、8歳のテオ殿下は、顔を合わせる度に天使のような笑みで話しかけてくれて、よく懐いてくれていた。

 オモチャ代わりに魔術師長から習得させてもらった【影映し】の魔法だって、テオ殿下に使って、楽しませて笑わせたものだ。ネテイトと一緒で、彼はだった。



 テオ殿下は、実の兄のミカエル殿下のことだって、尊敬して慕っていた。

 ミカエル殿下だってそうだ。

 いい手本になろうとしていたし、テオ殿下だって手本にしていたくらいだ。

 将来、国王と王妃になる私達を、王弟殿下として支えると、息巻いていた幼い姿が鮮明に浮かぶ。



 ネテイトに、ちらりと目を向ける。顔を曇らせているネテイトは、私と目を合わせたけれど、言葉がないのか、俯いた。


「テオ殿下の罪ではないです。気持ちは、罪悪感や悲しみでいっぱいで苦しいでしょう。でも、どうか、そうやって謝らないでくださいませ。私達も、つらくなります」


 びくり、と小さくテオ殿下の肩が震える。


「私達の未熟さでこうなってしまいました。そのせいで、テオ殿下が苦しんでしまっては……」

「リガッティー姉様達のせいではないでしょう……!?」

「大小とありますが……皆が未熟だったので、皆のせいです」


 スン、と鼻を啜るテオ殿下は、押し付けた腕を目元から離そうとしない。


「では、償いとして……」


 テオ殿下に向かって、身を乗り出して顔を寄せる。


「これからも、身内だけの時には必ず私とネテイトを、姉様や兄様と呼んでください。絶対ですよ? 家族と思っている証拠を、ずっと見せてください」

「っ! ……うぅっ……リガッティー姉様~っ!」

「まあ! まだ苦しむつもりですか? では、あなたの愛おしい婚約者様も道連れです。ちゃんと姉様と兄様と呼ばせてください」

「っ~~~!」


 笑わせたかったけれど、逆効果か。

 でも、微笑ましいと姿勢を直して、彼を見つめた。



 本当に、この子は、私の義理の弟になるはずだったのに……。

 そんな未来がなくなった。ちょっと痛みを覚える実感を抱かせる姿だ。


 これからも、変わらず、家族と思っていてほしい。

 義理の姉と弟になれなかったけれど、ただ、思っていてほしい。そう扱ってほしい。


 それを償いだなんて思えないだろうけれど、そうしてほしいから、強制みたいに言っておく。



 テオ殿下が、余計泣いて震えている気がする。



「……テオ殿下。アリエット様にも言いましたが……これからの変化に立ち向かわなくてはいけません。心を強くしてください」

「……っ、はい……」



 涙声で、テオ殿下は頷いて見せた。


「テオ殿下には、アリエット様がいます。彼女のためにも、もっと強くなってください。そして、二人で支え合ってください。私とネテイトも。出来ることをします。他の方々だって、支えてくれます。一人ではありません」

「はい……はいっ……!」


 これから、彼は兄の代わりに期待を背負うだろう。

 国王になるべき王子だと、責任がのしかかる。


 そうだとしても。


 テオ殿下なら、大丈夫。婚約者のアリエットだって、テオ殿下となら大丈夫だ。

 一緒に頑張れる仲だもの。昔からそう、だからこれからもそう。


 微力ながらでも、私達も支えるから。




「みっともない姿を見せてしまい、すみません。今日は、無事解決させたと聞きました……ご苦労様でした」



 やっと顔を上げてくれたテオ殿下の目元は少し赤くなっていたけど、悲しみでかげっても、決意を固めた瞳で見つめ返した。

 シャンと背筋を伸ばし、上に立つ人間として、気丈に労いの言葉を告げる。


 私は安堵の笑みを浮かべて、ネテイトと一緒に胸に手を当てて「ありがとうございます」とお辞儀した。


 まだ悲しみを引きずってはいるけど、やっとテオ殿下は笑みを返してくれる。

 まだまだ幼げが残る顔。

 ちゃんと支えてあげなくちゃ。

 そう思うのは、だった。



「…………ところで……その……」


 一息ついたところで、気まずげに視線が泳ぐテオ殿下。

 いや、恥ずかしげ……? 頬が赤らんでいる?



「リガッティー姉様が、冒険者になられたとか」



 ひえっ……!

 悲鳴をなんとか呑み込んだ。


 思わず、ルクトさんとヴァンデスさんを振り返って見てしまう。

 見守っていた位置に立っているルクトさんが、首を横に振る。


「ネテイトくんに、ちょっとだけ安心する材料になる、常識範囲の冒険者についての話をしてたら、来て…………先に、もう知ってたよ?」


 !? !?


「すみません……王族殺害未遂事件まで起きて、それが姉様の罪になりそうだと噂を……」


 テオ殿下の後ろに控えている同い年の側近くんが、顔をサッと背けた。

 何かの拍子で聞いてしまって、テオ殿下に耳打ちしたのね?


「母様がちゃんとアリバイがあるから、姉様は大丈夫だって仰るけれど……心配で心配で……ねばったら、冒険者活動をしていたというアリバイがあると……」


 ひえっ……!

 王妃様から重大な情報を聞き出すなんて、相当頑固にねばったに違いない。


 前にミカエル殿下と口論になって、かなりの頑固さを露わにしたことがあった。


 あれはミカエル殿下の方が折れるべき話だったけど、我の強くて自分の意見を曲げたくないという、これまた頑固なオレ様王子な兄が頑なだったのだ。にも関わらず、弟という下の立場であろうと食ってかかるような姿勢で、自分の意見を頑固として譲らなかった。

 まぁ、いつものように、私が、ミカエル殿下に進言して、しぶしぶ折れさせたのだ。私がそうしなかったら、夜まで続けそうなくらい、兄弟の頑固対決が激しかった……。



「最年少のAランク冒険者のルクト・ヴィアンズさんに指導を受けて、新人なのに『黒曜山』で実力を発揮するほど強いと認められたのですよね!? 流石、リガッティー姉様です! 何をやっても凄いのですね!」



 めちゃくちゃ憧れの眼差しでキラキラ見てくる。


 やだ、そんな……英雄勇者を見る男の子の目で見ないで……。

 急遽、王族に冒険者活動を明かす羽目になった傷が、抉れるから……。


「え、ええ……まぁ。……えっと、テオ殿下も、ルクトさんの噂を聞いていたのですか?」


 ルクトさんからテオ殿下と知り合いなんて話は聞いてないし、ルクトさんの事情を考えれば、ギルドマスターのヴァンデスさんが話すとは思えないのだけど。

 チラッと、ヴァンデスさんに横目をやれば、違うと、ぶるっとするように小さく首を振った。


「はいっ! ハリーが冒険者に詳しくて」


 また後ろの方で、側近くんが顔を背けた。

 ハリーくん? 君、余計な情報をテオ殿下に与えすぎてない? テオ殿下、大丈夫?


「今年で四年生だから、まだ在学中と聞いたので、実は王都学園で会えたらいいなって、楽しみにしていたのです。会えて光栄です」


 はにかみながら、テオ殿下は、ルクトさんに憧れの眼差しを注ぐ。


「いや、オレの方が光栄です。……そうか、殿下も一年生で学園の後輩……つまり、テオくんって呼んでいい?」

「「だめですよ!?」」

「えぇ……冗談だよ。ごめんて」


 今日会ったばかりの王子に対して、それは馴れ馴れしい!

 ここは身分に隔たりない学園じゃなくて、彼の住まいの王城です!! お、う、ぞ、く!!


 ネテイトと声を合わせて叱れば、しょぼんと謝るルクトさん。

 でも、ケロッと。



「いいですよ」



 テオ殿下が、許可を出してしまう。


「なっ……!?」

「殿下っ……せめて、学園内で! 入学してから、学園内でお願いします!」


 百歩譲って、正式に学園へ入学してからだ! まだ王都学園の先輩後輩ではない!

 ま! だ!


「はい……。それで、その……。ネテイト兄様に、Sランク冒険者は、名誉貴族になれるという説明をしてて……しかも、リガッティー姉様の新人指導期間が終われば、Sランクにランクアップになるからという話を……リガッティー姉様と肩が触れ合いそうな距離で座って、それを話していたので…………」


 ソワソワさせたテオ殿下の頬を赤らめた一番の原因がそれだと、今知った。



「そ、っ?」



 めちゃくちゃキラキラした目で見てくる。期待。めちゃくちゃ期待している眼差し!



「Sランクでもまた最年少だから、最強冒険者ですよねっ? リガッティー姉様をのですよねっ!?」



 鼻息荒い。興奮状態で、詰め寄ろうとするテオ殿下。

 ミカエル殿下とは恋愛感情がなかったものだから、期待が最高潮。


 新しい組み合わせで、憧れの二人が結ばれる。大興奮。


 自分も恋愛婚になるのだから、想い合ってのゆくゆくの恋愛婚による幸せに、目から溢れている期待の輝きが増す。



「まだです! まだなんです!! ま、だ!!」



 バッと腕を差し込んで割って入るネテイトが、テオ殿下の興奮を宥めようとする。


「も、申し訳ございません、テオ殿下。とても複雑な事情が絡まってしまっていて……このことはどうか、他言しないでください。


 人差し指を立てて、申し訳ないけど、広めないように頼む。

 そして、広めそうな側近のハリーくんにも、きつく念を押す笑顔と威圧を向けておく。

 カクカク、と青ざめたハリーくんは、首振り人形のような頷きで承諾した。


「そうですか……わかりました……。いつになったら、新人指導期間が終わるのですか?」


 引き下がったかと思いきや……!

 現時点で聞き出せる情報を、引き出せるだけ引き出すつもりか。ここで、頑固にねばらないでほしい。


「テオ殿下。春休みが明けて、正式に入学したら、学園で会って話しましょうよ。その時点で、出来る範囲で話しますんで」


 ルクトさんが笑いかければ、テオ殿下はぱぁっと顔も雰囲気も明るくさせた。

「はい!」と嬉しそうな元気な声で返事をするテオ殿下。


 ルクトさんのおかげで、テオ殿下が明るくなってくれてよかったけども…………その頃に、話をまとめられるかしら。



「話戻すけど、本当に大丈夫? 痛そうに頭を押さえたじゃん? 反撃されたって……」


 ルクトさんに顔を向ければ、気遣う目で見つめてきた。


「そうでした。それが、

「光魔法の使い手なら、闇魔法を撃退されたってことですよね? 闇魔法は光魔法に極端なくらい弱いですから、別におかしくないでしょう?」


 腕を組んだヴァンデスさんが、怪訝な様子で確認する。


「いえ。【影映し】の魔法は、本当に影から姿を現して会話するだけの魔法です。光魔法で消されるだけならまだしも、痛みを受けました……」

「【影映し】って、昔、私に見せてくれた、影からリガッティー姉様の映しの姿が出てくるアレですか? 確かに姿を現して、会話が出来ましたが……触れることは出来ませんでしたよね?」


 覚えていてくれたテオ殿下も、確認してきた。


「はい。今回は身体の方が抜け殻状態で、意識を飛ばすという、いつもとは違う力の入れようでしたから、それで消された反動で痛みを受けてしまっただけという可能性はなくはありません。ですが……追い込みすぎて、暴走のような発動を引き起こしたようで」

「え? 光魔法って暴走すんの?」

「極限状態に追い込まれれば……本能的に発動して…………運がよければ、さらに強力な魔法となることがあるそうです」


 キョトンとしてしまうルクトさんに答えて、やはり気になると顔を曇らせる。


 光魔法の使い手として、強いというヒロインの設定。

 痛みのあとに、少し残った気持ち悪さ。今は、もうないけれど……。

 引っかかる。嫌な予感がした。


「暴走を誘発したほどに追い詰めたって……どうやったんですか?」


 恐る恐るながら、微苦笑でヴァンデスさんが、問う。


「ああ、それが……話がなかなか通じないタイプの人間でして。自分が世界の中心で愛されるヒロインだと、信じて疑わなくて、言い続けてたんですよね」

「ヒロイン? 愛されるヒロイン? ……何かの物語のヒロインってこと?」

「そうです。自分はヒロイン。ミカエル殿下が自分を愛してくれるヒーロー。そして、私は悪役の令嬢」


 この時点で、もうルクトさんを始め、テオ殿下も困惑でなんとも言えない表情で、揃って顔を合わせあった。


「私が悪役として、悪事をして阻み、そして二人の恋を燃え上がらせて、最終的には私が劇的に破滅した上で、愛し合いのハッピーエンドを迎える。そういう筋書き通りにしなくちゃいけないと、繰り返し繰り返し言い張って、堂々巡りで……」


 私はベンチまで戻って「支離滅裂な会話をされて、疲れました」と精神的に疲れたので、腰掛けて脱力する。


「何それ、怖いな……」

「そんな令嬢に、兄様が、何故…………」


 ルクトさんが、なんとも言えない感を強めた顔になり、テオ殿下が呆然と独り言を零す。


 よくわからない筋書き通りに、自分はヒロインで王子と愛で結ばれるハッピーエンドだと、思い込んでいる。

 それを実現させようとして、多大なご迷惑をかけた大罪人。なかなか頭がイっちゃっているご令嬢である。


 実のところ、乙女ゲームのシナリオ通りを狙ったヒロインポジションなわけだけれども…………彼女に言ってやった通り、現実的に考えて、ゲームシナリオ通りのハッピーエンドのシーンはあり得ない。あれは、都合のいい締めくくりに過ぎないのだ。

 他者からすれば、彼女が喚くのは、


「ちゃんと現実を教えてあげようとしたのです。現実を見てくれないと、自分の過ちを理解することもなく、死刑を執行されてしまうなんて、許せなくて。罪悪感を持って反省すべきでしょう?」

「うん。わかる。で、どんな現実の突き付け方をしたの?」


 聞きたいとルクトさんも、私の隣に腰掛けた。


「先ず、王子の婚約者を狙うなら、それ相応の教養を身に付けるべきだと告げました。私を貶める悪賢さを、ゆくゆくは王妃になるために使うべきで、子爵令嬢でも受けられる最高の教育を受けて、さらには人脈作りをして、学園の成績だって優秀なものにすべきだったのに……成績は中の下。人脈作りは、味方ゼロな状態。自分はヒロインだから、愛されるヒロインは、なんでも思い通りにいくと言い張ってて…………言葉が届かなかったのです」

「中の下の成績で、人脈ゼロ…………母様を筆頭に、誰も認めませんね……」


 あまりの酷さを聞いて、テオ殿下は青ざめてしまう。

 万が一にも、億が一にも、婚約者になれたとしても、誰もが認めない。天と地が逆になるほどの異常により、彼女が王妃になってしまったら、王国は滅ぶだろう。


「現実でどれほどの迷惑をかけたかを諭すように言っても、悪役令嬢の私を悪事をした悪役として踏み潰して、その上で王子様とラブラブハッピーエンドを迎えるんだと叫び続けるから……我慢の限界に達したので」


 そこで区切る。

 ルクトさんとヴァンデスさんが、身を乗り出すような姿勢で、続きを無言で急かす。


「そんなハッピーエンドの筋書きは最初から実現不可能で、さらにはこれからの自分の末路を、丁寧に丁寧にわかりやすく教えてあげたのです。大罪人で死刑待ちなんだと。彼女がまたガクガク震えるほど、強く責めてて、! ! って罵倒しながら詰め寄ったら、カッと光を浴びて戻ったわけです」


 我慢の限界で、ガクガク震えるほど強く責めて追い込んで罵倒した。

……」と、何故かそこが一番びっくりしているネテイトとテオ殿下。は、かなりのキレ具合だとは、自分でも思うわ。


「ネズミをいたぶり、必要以上に追い詰めて、反撃に噛まれてしまった猫のよう……。あんなイカれた悪行令嬢に、さらなる恨みを抱かれてしまったと思うと……どうにも、気掛かりで」

「でも、身柄は拘束したじゃん」

「投獄塔に軟禁しているなら、脱獄は先ず無理です」


 顎に手を添えて、顔をまた曇らせる。

 そんな私に、ルクトさんもテオ殿下も、手出しなんて出来ないと言う。


「ネテイトくんから聞いたけど、リガッティーのフリした偽者だって、あっさり見付けられそうなほどに絞れたから、時間の問題なんだろ?」

「はい。……あ、そうでした。ルクトさんに見向きもしなかった理由はわかりましたよ」

「ん? 何?」

「私が優秀さをひけらかすみたいに冒険者として手柄を立てたことに、ご立腹だったそうです」

「いや、完全な逆恨み……意味わからない」

「本当に、支離滅裂で話が通じないイカれた悪行令嬢でした」


 ルクトさんが勝ち誇った笑みを見せ付けたかったのに、注がれた好戦的な眼差しすら気付かずに、憎しみで私を一点に睨み付けていた理由。


 私がチート無双転生者のようになっていたことが、許さなかったのだ。


 

 普通に昔から学んで、器用さを磨いて、要領よく考え、そしてたくさんの魔法を習得した。それを魔物討伐に発揮しただけのことだ。

 前世の記憶による転生者の知識を利用したのは、ジュリエットとミカエル殿下の恋人になった経緯の告げ口や、魔導道具への意見くらい。

 私が不正したみたいに言いがかりをして、逆恨みを増長させているのだ。理解不能。



「ある種の厄災だったんだな……」



 苦い顔で、ヴァンデスさんが、見た目儚げ美少女のイカれた悪女の厄災に遭ったのだと、それで締めくくろうとした。

 厄災か。うん。厄災ね。


「それで、やはり、嫌な予感がするのですよね。さっきの【影映し】の魔法を消した光魔法を受けたら、痛みまで受けたのは……もしかしたら、追い込みすぎて、さらに強い光魔法に目覚めたかもしれません」


 私はぼんやり気味に、自分の足元に目を向ける。


 影。【影映し】。影……。


「目覚めたとして、何が出来るというのですか? 光魔法ではさして強力な攻撃魔法はありませんし、せいぜい闇魔法の【影映し】を消して、反動でリガッティー姉様に痛みを与えたということ以外には、何も抵抗は出来ないですよね?」


 テオ殿下の言葉を聞いて、ゆっくりと顔を上げて見つめ返す。


 王子。王族。影。王家の影――――。


 足元の影を意味もなく、タンタンとブーツの底で軽く踏む。


「テオ殿下は、王室魔術師長補佐官様の特殊な魔法をご存知でしょうか?」

「補佐官様の特殊な魔法というと……追跡のものでしょうか?」


 どうやら、あまり言い触らしてはいけないようで、テオ殿下ははっきりとは口にしない。


「はい。先程見せてもらったのです。魔力の形跡で魔法の持ち主を特定出来るとか。無属性のものだとは思いますが、とにかく特殊ですよね。他にも、得意属性を極めていき、さらには一点に特化すれば究極な魔法が出来上がります。無属性の【探索】魔法は、周囲を把握することが可能な魔法だとご存知ですよね? 範囲内で生き物の位置から動きを把握出来ますが、その生き物の魔力を感じ取っているから、存在が把握出来るという仕組みなのです。だから、補佐官様のあの魔力の追跡というのは、その【探索】魔法のように他者の魔力を感じ取る効果を一点に特化して、極限的に磨き上げた魔法の一種……ということになるのではないかと思うのです」


 推測でしかないけれど、魔力の特定は【探索】魔法の類の他者の魔力を感じ取る効果を極めて、さらには魔力操作によって、ジュリエットの傷から魔力の残骸を取り出したのだと思う。

 それがディアス様の究極魔法と言える。


 王家の影も、そうだと思う。闇魔法の中にも、姿をくらますものがある。恐らく、姿ばかりではなく存在を隠すことに特化した究極の闇魔法で、常にそばで監視をしていたのだろう。


 隣でルクトさんが「なるほどな」と感心した様子で頷いた。



「つまるところ、新たな究極の光魔法を、目覚めさせたかもしれないと気がかりなのですね?」



 テオ殿下は、まだ怪訝そうな表情で確認する。

 結局は、光魔法だから、どう特化しようにも、害になるわけがないと思っているのだ。


「はい。あいにく、治癒類の魔法ばかりが目立つ光魔法は、希少故に、あまり知られている魔法が少ないです。だから、私達が知らない効果を発揮する魔法があって、特化されると何かマズいという予感がするのですわ。もっと言うと……どうにも光魔法には、私は身構えてしまうのです」


 腕を組んで、私はスッと腰を上げて立ち上がった。


「神殿には光属性の魔力が満ちているから、そのせいで光が弱点である闇属性持ちは、少々体調不良を覚えると聞いたことは?」

「あ、はい。治癒魔法が行われる場所だから、光属性の魔法による魔力の残骸が、神殿に満ち足りている……そういう説がありますよね」

「はい、それです。強力な闇魔法の使い手だからか、私は神殿にいる間は体調が少しだけ優れなくなります。それと酷似した感覚が、先程闇魔法を消された際に、受けた痛みのあとに味わいました」


 周りにいる彼らが理解して、ハッとした気配を感じる。



「つまり……闇魔法の使い手、主にリガッティーには、なんだな。なんらかの究極の光魔法で、一番イカれた逆恨みで真っ先に攻撃してくるであろうリガッティーに向かって行ったら、、か」



 ルクトさんがしかめた顔で、真剣な声音で重く告げた。


 ジュリエットと私の戦闘能力なんて、天と地だと一目瞭然だろう。

 しかし、勝ち負けの話ではない。

 どんなに私が強くても、だ。

 効果覿面な弱点への攻撃を受ければ、どれほどのダメージになるか、わからない。


「そうです。本当に脱獄という難関すぎることを成し遂げた時には警戒すべきことですが……備えはあるべきですわ」

「備えって? 何を準備するって言うんだ? 義姉上あねうえ


 テオ殿下が脱獄などはないとまた強調する前に、もしもの話だと一同に伝えておく。

 ネテイトが軽く首を捻った。



「情報は武器。せめて、どんな類の効果が害悪になるのかを、調べましょう。それで対策を立てる」



 ネテイトにそう答えてから、私はテオ殿下に向き直る。


「そういうわけで、光属性の魔法について、王城大図書室にて調べてきます。可能であれば、王室特別図書室への入室の許可をいただきたいのですが……テオ殿下、お願い出来るでしょうか?」


 王城大図書室。王城に登城する者なら、入室可能な図書室だ。

 その奥にある王室特別図書室は、禁書まで置かれた貴重な本が保管されてもいる、名前通り特別な部屋。王室というかなり立場の上の方から、許可を得ないと入ることは許されない。

 でもテオ殿下が入れば、厳重な結界なんて素通り可能。


 なので、ちょっと甘えて、合わせた両手を左頬に当てて、にっこりとお願いをした。

 私に頼られたことが嬉しかったようで、ぱぁっと明るい顔になって「もちろんです!」と元気に返事をしてくれる。可愛い。


「王城の大図書室に行けるチャンスですよ、ルクトさん、ヴァンデスさん。よかったら、予定がなければ、お手伝いをお願い出来ますか?」


 同じポーズで、くるっとルクトさんとヴァンデスさんに向ける。


「もちろん。王城大図書室で見れる魔法の本も覗きたいな。何より、リガッティーの危険なら、オレも備えておきたい」


 ルクトさんは軽く笑うと、優しく目を細めて見つめてきた。

 私の危機の可能性でも、一緒に備えてくれる。……嬉しい。


 ヴァンデスさんの方は、なんとも曖昧な笑みを返すだけ。

 嫌なのかしら、と小首を傾げそうになったところで、テオ殿下が提案した。


「もうすぐお昼です。皆さんがよければ、昼食を用意させますので、ご一緒にどうですか?」

「おお! それはいいですな! ぜひ!」


 大きなクマさん、ではなく、ヴァンデスさんはすぐに食らいつく。

 王城で昼食までとれるなんて、こんな機会はそうないし、何より高級素材による王城の腕利きシェフによる料理なんて、飛びつきたくもなるだろう。


 別に急ぎの予定があったわけじゃないとわかったので、安心してみんなで王室大図書室へ向かった。



 

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