38 婚約者どもに真実を。




 いきなり大罪の濡れ衣を吹っ掛けられて、冒険者活動をこんな場で公けにされてしまったけれど、その絶望した様子に、胸がすく思いだ。

 溜飲も下がってきたので、また一口水を飲む。


 あとは涙を滂沱させて、床の上に崩れ落ちて、声が枯れるまで泣き縋って許しを乞えば、許してやるわ。フン。



「すでに王族殺害未遂の事件は、調査されております。自分もその一人です。こうして、闇魔法を放ったのはリガッティー・ファマス侯爵令嬢ではないということも確かめさせていただいたので、調


 フン、といい気味だと言わんばかりに、ディアス様まで鼻を鳴らす。


 王室魔術師長のオオスカー侯爵も、私が魔法で危害を加えたという罪に憤怒していたとは次男から聞いていたけれど……。長男のディアス様も、オオスカー侯爵様と同じく、憤怒してくれているのだろうか。

 私の人望の高さ……素晴らしいわぁ……。ありがとうございます。



「お待ちください」


 緊張で強張ってはいたけれど、私の右隣のネテイトが、右手を顔のある位置まで上げて、引き留めた。


「これからの会談の中には、我が義姉上あねうえのリガッティー嬢が、犯人に仕立て上げられた罪があります。断言は出来ませんが、関連があるかもしれません。断言する自信がないので、王室魔術師長の補佐官であるディアス様が直々にこの場で聞かなくても、代理人だけでも、聞いていただきたいです」


 ネテイトは、真剣に話して頼む。


 つまり。

 ネテイトが集めた証拠に、私の姿をした犯人の手掛かりがあるかもしれないと?

 もうずいぶん前から、姿を、ジュリエットは、操っていたこと?


 私がネテイトからジュリエットに目を向ければ、青白い顔を僅かに上げた彼女は、信じられないと驚愕した顔をしていた。


「……わかりました。問題ありません。はつけられているので、追い込み捕まえるのも、時間の問題。続けて、この会談の立ち合いをさせていただきます」


 ディアス様の冷たい鋭利な視線が突き刺さったと、感じたのだろう。

 ジュリエットが、カタッと震えた。


 もう追跡者に狙いを定められている。当然だ。

 状況的に見れば、最早ジュリエットが関与しているとしか思えない。


 だって、この会談の要因だ。


 リガッティー・ファマス侯爵令嬢が、ジュリエット・エトセト子爵令嬢に危害を加えた罪による婚約破棄騒動。

 リガッティー・ファマス侯爵令嬢は、無罪と主張していた。

 けれど、またジュリエット・エトセト子爵令嬢に危害を加えられる事件が起こり、しかも私の姿を見せるという丁寧に目撃証言を作らせた。

 もうリガッティー・ファマス侯爵令嬢に、罪を着せたくてしょうがない犯人がいるとしか思えないだろう。



 第一容疑者は、もう、ジュリエット・エトセトだ。



「おいっ! どういう意味だ! ネテイト!」


 ディアス様が国王と宰相に許可を得るために頭を軽く下げていると、耐え切れなかったように、ミカエル殿下が口を開く。


「襲撃事件と、これからのことは関連があるとは、っまだ断定は出来ないだろう!」


 動揺しているミカエル殿下の中には、もう疑惑が湧いているはず。

 認められない意地によって、手のひら返しをしたようなネテイトを責め立てる。


「ええ、だから、関連があるとは断言出来ないですが、ないとも言い切れないので、留まって聞いていただくように頼みました。を、持っているので」


 最初に持ち出された王族殺害未遂の事件で、反撃材料を用意出来ていなくて、躊躇っていたネテイトは、もうそれは済んだので、これから心置きなく反撃が出来るのだ。


 ここで、私の味方だと、明るみにしてもいいと確信したらしい。


「なんだとッ!? お前! オレの側近なのに、裏切っていたのか!?」


 私と敵対していたミカエル殿下は、側近を味方につけて一緒に対立していたつもりなのだろう。


 その構図を思い浮かべるだけでも、卑劣としか思えない。

 ミカエル殿下と三人の側近、そしておまけに新しい女。

 対する敵は、私一人。

 正義感が取り柄のミカエル殿下は、本当に目が曇っていたのね。卑怯。


 顔が真っ赤になっていて、怒りの形相を向けている。


……ですか」


 ネテイトは、静かな声ではあったが、強い目でミカエル殿下を見据えた。


「僕達からしたら、裏切ったのは殿下です」

「なっ! オレがいつお前を裏切った!? 達って、誰のことだ!」

「僕と義姉上を代表で挙げますが、

「っ!? ネテイト・ファマスッ!!」


 侮辱と受け取ったミカエル殿下が、名前で怒鳴る。


「僕も義姉上も代表して、あなたの間違いを進言してきました。何度もです。それなのに、あなたは一度も聞き入れることもなく、そしてこうして、ファマス侯爵家を攻撃したのです。僕は側近としても、ファマス侯爵家の人間としても、殿下に裏切られたと思っております」

「っ……!!」


 はっきりと言い放つネテイトに、ミカエル殿下は絶句した。

 ミカエル殿下だけではない。

 ハールク様も、ケーヴィン様も、衝撃を受けた顔だ。


 それほどまで、ネテイトは上手くなりをひそめられたのか。

 まぁ、間違いだという進言も諦めて黙って、大人しく公務だけ手伝っていれば、この件に関しての敵だとは感じ取られなかったのだろう。


 または、やはり三人揃って、目が曇っていたか、だ。



「義姉上の婚約者としても、裏切りました。ああ、その様子では、もしや僕や義姉上の苦言すらも覚えていらっしゃらないですか? 構いません。僕はファマス侯爵家の人間として、いえ、跡取りとして、身内のリガッティー義姉上の無実を証明いたします」



 宣戦布告。

 なかなかの攻撃的な姿勢。


 そんな義弟を見ていれば、感心した様子で眺めているルクトさんとヴァンデスさんに気付く。


 目が合ったルクトさんが、目配せしてくる。


 義弟くん、やるね。


 って、伝えてくるほど余裕なんですね!?


 ええ、そうですね!

 とは、思うけれど!

 ルクトさん達は、もう退室よ!

 でしょ!?



「それでは、王族殺害未遂の事件に関する証言のために来てくださった冒険者ギルドの方には、ここで退室していただきましょう。証言は終えましたので。次の話に進みます」


 宰相に顔を向ければ、彼も気が付いてくれて、要請に応じた冒険者ギルドのギルドマスターと指導担当の冒険者のお帰りを催促。


「ええ、そうですな。協力が出来て満足です。では、自分達はこれにて、失礼させていただきます」


 残念がる表情をするルクトさんを、自分の頭をさすって笑い退けるヴァンデスさんは背中を押す。


 キラリ。

 ルクトさんの左の耳飾りをさりげなく手で撫でるように揺らした仕草を見た。


 連絡をしてくれ、って念を押す仕草か。


 きっと三階の中央庭園辺りで待っていそうだ。そこは自由に回っていい区画だもの。

 解決したら連絡して会おうって…………そのまま王城で会う気満々だったのね……。


 二人の退室を見送って、会談は進行を再開した。



 ドドーンッ!



 リガッティー・ファマス侯爵令嬢のジュリエット・エトセト子爵令嬢の嫌がらせから危害を加えた罪。

 有罪か、無罪か。

 証拠を用意したネテイトと、ハールク様が、テーブルの上に資料を置いた。



 出だしの大罪が大罪すぎて、これはなんともだ。



 国王夫妻を始め、重役な方々に付き合わせてしまって、申し訳なさでいっぱいである。


 ネテイト。軽く捻っておしまい。



「まさか、こちらの証拠に細工していないだろうな?」

「ちらりと拝見しただけです。ハールク様の目の前で。それを基に、リガッティー義姉上の証拠を集めさせていただきました。他にも、聞かされていましたのでね。


 疑うハールク様に、皮肉で一蹴するネテイト。


「では、エトセト子爵令嬢が、第一王子ミカエル殿下と授業によるペアになったことがきっかけで、親しくなり始めたのは、去年の一学期からです。エトセト子爵令嬢への嫌がらせが始まったのは、夏休み前です」

の言う通り。エトセト子爵令嬢は、ミカエル殿下と距離が近すぎるという理由で、ファマス侯爵令嬢が”近付くな”と釘をさした直後、机の中にあった教科書とノートをめちゃくちゃに切り刻まれた」

「犯人は、ハーナ・ケンドリア男爵令嬢です。自白し、学園から然るべき罰を受けました」

「だが、そのケンドリア男爵令嬢は、犯行に及ぶ前に、ファマス侯爵令嬢と話していたと目撃情報がある」

「それで義姉上の指示による犯行だと決めつけるのですね。ケンドリア男爵令嬢も義姉上も、それを否定しました」

「男爵令嬢と侯爵令嬢、上下関係は明白。ケンドリア男爵令嬢は、ファマス侯爵令嬢に憧れていたという証言も、いくつも揃っているぞ」

「第一王子の婚約者にして、同年代で最も身分の高いご令嬢です。憧れているご令嬢など、ほとんどだと言えますよ。ちなみに、義姉上は”近付くな”ではなく、”近すぎる”という言葉で注意しただけだそうです。これは決着のつかない応酬となりますので、次に行きましょう」


 本当に、


 でも、ネテイトとハールク様の手腕の見せ所。

 頑張って白熱してほしい。


 しかし、本当にショボいので、もっとテンポよく、バッサリと切っておしまい、ネテイト。


 ツラツラと、ジュリエットが受けた嫌がらせは二学期に入ってから、あれこれあった。


 学園あるあるのいじめ。


 中にはネテイトが把握出来ていなかった貴族令嬢達からの罵倒を受けていたという嫌がらせがあった。

 しかし、ジュリエットの証言だけであり、私もその名前の挙がった令嬢達が不満を口にしていたことを思い出したが、直接ジュリエットに言おうとしたため止めたのだ。

 そう正直に話しても「言い逃れを」とミカエル殿下は、悪態をつく。


 ショボい嫌がらせなのだ。

 用意した証拠と証拠が相殺し合うだけ。


 結局、私が直接、ジュリエットに注意をした話に行き着く。

 友人達はそばにいたが、私が代表して、ミカエル殿下達の距離感について注意したアレである。


「私は、常識としても、婚約者としても、第一王子殿下と距離が近すぎるので、節度を保ってほしいと伝えただけですわ」

「もっともらしい言い訳をするな。ただ単に二学期もまたペアを組んだから、話すことが多くなっただけのこと。よこしまな目で見て、近付くなと牽制したんだろう」

「そうだ。あの時のジュリエットは、酷く傷ついた様子でした。他の令嬢も従えて、脅しているようにしか見えませんでした……」


 すぐに駆け付けたから、ミカエル殿下達は私に注意されて項垂れるジュリエットを見ていた。


 ミカエル殿下とケーヴィン様が、打ち合わせでもしていたのだろう。

 加勢はするが、やはり内容が内容だけにショボい。


 王族殺害未遂の事件のあとの罪、というか学園内の嫌がらせの話なんて、ちっぽけすぎる。

 そして、その王族殺害未遂の事件で、私の無実は証明された。

 疑惑を抱くケーヴィン様の勢いは、弱すぎる印象。


「そう仰られても、友人といたのは当たり前のことです。ケーヴィン様も側近の前に、第一王子殿下と友人でしょう? だから、行動をともにしていた。それと同じですし、友人達にもなるべく離れてもらっていました。ジュリエット様が一人でいたので、威圧的に感じないように気を配っただけのこと」

「友人だから行動をともにしていた。それが言えるのに、どうしてジュリエットには注意とやらをしたんだ?」

「男女の距離間の問題ですわ。婚約者のいる相手に、必要以上に触れ、そして肩が触れるほどの距離にいる。不適切だと、殿下にも注意をしました。三度。恐らく、ネテイトもそうでしょう。お忘れかもしれないですけどね」


 ケーヴィン様に言い返し、そしてツンとミカエル殿下に言ってやった。


 婚約者と側近の注意と進言を忘れている愚かな王子。


 カッとなった顔をしたが、怒りの形相で見てくるだけで堪えている。

 ミカエル殿下の勢いも、また弱っていた。


 ゲームシナリオの罪でさえ、無実が証明されてしまうと危機に追い込まれていると、肌でしっかり感じているジュリエットは、ずっと顔色悪く黙り込んでいた。

 会談内容を聞いているか、どうかも疑わしい。


「次、エトセト子爵令嬢が、空き教室に閉じ込められた件です」

「あれは窓が黒くなってしまい、ドアも窓もびくともしなかったため、一時的にエトセト子爵令嬢が閉じ込められてしまった事件。闇魔法の一種でしょう。ファマス侯爵令嬢が、闇属性の魔法の使い手だというのは周知の事実。そして、その空き教室のそばを歩いて離れる姿を、目撃した生徒の証言が三つもある。これはファマス侯爵令嬢の仕業」


 やっと、罪らしい罪を出せたハールク様は、反論して見ろと言わんばかりに顎を上げた。


 ゲームシナリオにも、ちゃんとあったわねぇ……。

 そこだけ、光魔法を頑張って使え!

 となんかボタン連打のミニゲームをしたような気がする。



「――!」



 ネテイトが力を込めた声を上げたから、ちょっと驚く。


「その事件の空き教室から離れていく義姉上の姿が、目撃されて、確かに三ヶ所から目撃証言があります。ですが、それとは全く異なる場所、東庭園手前のテラス席にも、義姉上の姿がありました」

「!」


 これか!

 同時刻に、私が二人いる!

 おおー、すごい。ドッペルゲンガー!


 いや、空似ということもある。髪型を似せた黒髪と、アメジスト色の瞳の顔立ちのいい女子生徒の格好。【変色の薬】でもあれば、間に合わせるにも十分。


 瓜二つの姿。

 つまりは、成り代わりの魔術なら存在するのだが。

 それには、なりたい姿の人物の協力が必要だし、変身側は身体の変化により、かなりの苦痛を味わう魔術だ。

 これこそ、影武者の魔法。同意の上で姿に変身するから、身代わりに使われた魔法は、発覚したら犯罪行為に関与していないかと調べられる、厳しい取り締まりをされる類だ。


「そのテラス席のファマス侯爵令嬢は、一体誰が見たと」

「あなたの婚約者ですよ、ハールク様」


 仄かな険しい顔が、驚きの表情に変わった。


「閉じ込められたという事件の最中、東庭園手前テラス席には義姉上と、ハールク様の婚約者であるマティアナ・シグレア伯爵令嬢がいらっしゃいました」

「なん、だと」

「シグレア伯爵令嬢は、、と証言してくれました。エトセト子爵令嬢と図書室で勉強会をして以来、ずっと互いに口を聞かないという内容です」

「ああ、思い出しましたわ。その勉強会で、エトセト子爵令嬢が、またもや男女の距離としては不適切な近さだったため、目にした友人から聞きつけ、問い詰めたところ、口論となり、それから口を聞かなくなったと嘆いておられましたわ」


 内容からあの時か、と思い出す。


 元々、マティアナはハールク様の無表情すぎるところが不満ではあったが、優秀さは尊敬する婚約者として尊重はしていたのだ。


 だが、ジュリエットに陥落。ハールク様だけではないこともあって、マティアナは、大層ご立腹になっていて、私が止めなければ、タックルするような威勢となっていた。

 進級祝いパーティーでも、ブレザーの袖をまくって、殴り込もうと顔を真っ赤にしていたところを、やむをえず、男子生徒二人で取り押さえていたわ……。


「っ……」


 心当たりが、ありまくるのだろう。今日一番の動揺を、顔に出している。

 浮気男としてつついてやりたいところだけれど、ジュリエットがどこまでイベントをこなしているか、把握しづらいので、ここは下手を踏まない方がいいだろう。


「では……シグレア伯爵令嬢だけでしょうか? テラス席にいたのは。ファマス侯爵令嬢の味方であり、私に不満を抱いている彼女の証言は当てになると言えるか?」

「まあ。なるほど。? ハールク様も。ふふ。

「は? 何を……?」


 信用には値しないだなんてほざくものだから、私はわざとらしく明るい声を出して、笑って見せた。


 


 意味がわからなそうな様子のハールク様から、宰相に目を向ける。


 家同士で決めた婚約者だ。

 親である宰相からすれば、息子が婚約者を蔑む発言をはっきり聞いてしまえば、にこやかな笑みも崩れるはず。

 しかし、笑みは崩れてはいなかった。流石だ。経験豊富な格上は違う。しかし、向ける眼差しは凍てついている。


 私の視線に気付いて、ただニコッとしたので、私もニコッとだけ返す。

 この件は、



「失礼いたします。発言をさせてください」


 気配がないから、またそばに立っていたことを忘れていた魔術師シンと名乗る監視者が声を出したので、びくとしてしまった。

 慣れない……もう【探索】を使って、存在を把握したい。でも流石に私の質では、王室魔術師長と補佐官に気付かれるだろう。

 さらには、きっと王家の影が、護衛目的で多く潜伏していそうなので、混乱しそうだ。この場には、王家の人間が三方もいますもの。


「自分も、ファマス侯爵令嬢が、シグレア伯爵令嬢に、ミッシェルナル王都学園の東庭園手前のテラス席にて、相談を受けていたことを監視者として証言出来ます」

「なっ」

「なんだと! お前はいつからリガッティーの監視をしているんだ!? それに王都学園に、部外者が入れるわけがない!!」


 思わぬ証人が、その場で出てきてしまい、ハールク様が唖然とし、ミカエル殿下は真っ向から噛み付いた。



 スパンッ。



 王妃様が扇子を左の掌に叩き付けて、音を鳴らした。


 大きな音だったけれど、手を痛めていないかしら……。

 かなり息子への苛立ちが募っているに違いない。


「言ったはずです。この。いつから監視しているという質問に対して、。現在のミッシェルナル王都学園の学園長は、先代王弟殿下ですよ。出入りは不可能ではありません」


 笑みも作ることなく言い放つ王妃様は、もう疲れたのかも。

 ショボい嫌がらせについて、子どもが喚いているだけだものね…………付き合わせて、申し訳ない。


 そういえば、どうやって部外者が入って来れたのだろう。

 王家の影の魔法は気になるわぁ。

 【闇の暗視】で見えないものを把握することが出来る闇魔法でも、認識阻害の類もあるようで、存在があるとだけしか把握できなかった。【探索】魔法でも、範囲内にいるとだけしかわからなかったのだ。

 身を隠すことに、かなり特化した闇魔法なのだろう。詳細を教えてもらえないのは重々承知で、尋ねてみたいものだ。


 王妃様が、先代王弟殿下が許可したみたいに、仄めかすけれど、絶対に違う。

 ミッシェルナル王都学園の結界は、かなりの厳重だ。それをも、すり抜けるとは……最強な闇魔法だと思う。


 じーっと尊敬の眼差しを、しれっとした顔に注いだ。

 この人はどれほどの時間、私の監視者を務めたのだろうか。

 証言するということは、その時には間違いなくいたのよね。

 私が知らないだけで、結構長い付き合いだったりするのかしら。そんな人が、今いるのか。不思議だ。

 じーっと、今まで目に出来なかった監視者を、逆に見てやる。


 表情を変えようとしないが、絶対に居心地悪くなっているであろう魔術師シンと名乗る監視者は、言葉を続けた。


「自分は王妃様の命を受け、密かに姿を消しながら、ファマス侯爵令嬢を監視する任をしておりました。そして、実際に、監視していたファマス侯爵令嬢が、テラス席でシグレア伯爵令嬢といたことを証言できます。確かに、自分は部外者です。ミッシェルナル王都学園には、不法侵入など先ず不可能な結界が張られています」


 すり抜けちゃうあなたが、それ言っちゃうの?

 私は小首を傾げてしまった。

 あ、ちょっと眉が動いたわ。


「つまり。自分が監視していたファマス侯爵令嬢が、…………」


 そうだった。

 必要以上には手助けしないのは、あくまで証人のためにいるからだろうか。

 そこで口を閉じた。プロだわぁ。


「はい。その通りです。ミッシェルナル王都学園の中には――――リガッティー・ファマス侯爵令嬢にということです。それも、義姉上と背格好が似ているのならば、女子生徒だと推測出来ます。【変色の薬】で髪や瞳の色を変え、さらには闇魔法の使い手となれば、もあったはずです。そうですよね? 義姉上」

「ええ。あるわ。黒髪、アメジスト色の瞳、そして女子生徒という特徴だけを記憶に残せば十分なのだから、闇魔法によって認識阻害の類で別人の顔だとしても、私になりすませるわ」

「その通りです。つまり、ミッシェルナル王都学園の生徒の中に、リガッティー・ファマス侯爵令嬢になりすます者がいるという、かなり絞られた情報があります。万が一にも、王族殺害未遂の事件の襲撃犯と同じだった場合、役に立つと思い、王室魔術師長補佐のディアス様をお引き留めました」


 ミッシェルナル王都学園に、私のなりすましがいたとは。

 びっくりねぇ……。


 ネテイトの優秀さに拍手を送って、頭を撫で回したいわ。

 小柄を昔から気にしていたから、頭を撫でられるのは嫌だと怒るので、やらないであげるけれど。


「なるほど。黒髪、アメジスト色の瞳、さらには闇魔法を使う。十分怪しい人物ですので、襲撃犯と同一人物かどうかを、見付け出してはっきりさせましょう」


 底冷えした空気が、ディアス様の方から流れてきている気がする。


 それにしても。

 私のなりすましを用意するなんて……。変なところで用意周到と褒めるべき? そう簡単には、なりすましなんて用意出来ないだろうに。

 闇魔法の使い手だって、あまり多くないのだ。


 逆に、こちらとしては闇属性持ちの生徒を調べあげれば、その人物を見付け出せるわけだ。


 同一人物だと、ジュリエットの蒼白の顔が、答えているようなものだけれど。

 冷や汗がよく見えるほど、ジュリエットの動揺は酷い。


 まさか、同じ学園に通わせた私のなりすましがいて、外でも自分を襲わせるなんて。

 いつから手なづけた手下なのだろうか。

 とんでもなく邪道なことをするヒロインである。


 でも、痕跡を消せなかったのだろう。消す必要もないと高を括ったのだろう。

 追跡されている事実に、ジュリエットから絶望感が隠せていない。


 ミカエル殿下もハールク様も、ジュリエットの様子に動揺し、そして疑惑に気付かされていて葛藤しているだろう。

 複雑な表情で、ジュリエットを気にしている。


 ケーヴィン様は、もう過ちだと悟り、口を固く閉じて項垂れていた。



「それでは、最後。婚約破棄を言い渡した進級祝いパーティーで、殿下が仰った私の最大の罪ですよね?」


 ミカエル殿下達の陰湿な思い空気など読まずに、私は明るく次の罪による立証をする。


「私が闇魔法で、ジュリエット様に危害を加えたという罪です。それで私は未来の王妃に相応しくない婚約者だという証拠を掻き集めたのですよね? ……実際、私の罪らしい罪の証拠、ありませんでしたわ」


 スイッと、テーブルの上の資料から、ミカエル殿下に目を戻した。

 かなり窮地に立たされた人間の苦しい顔。それでもプライドで、敗北を認めず、なけなしの意地で、睨むように見てくる。


「ネテイト? その最後の罪に関して、お願い」

「はい、義姉上。エトセト子爵令嬢曰く、左北の三階の階段を上がっていたところ、踊り場に到着する前に、闇のような黒い壁が立ち塞がって、刃がいくつも突き出てきたため、驚き避けようとしたことで、背中から後ろの階段へ転がり落ちたとのことです。身体中に激しい痛みが走ったために、すぐに自分自身で光魔法を使って治したとのことですが……危害を加えられた恐怖により、その場に動けずにいたところ、第一王子殿下が偶然にも発見したそうです」

「なるほど。殿


 わざとらしく、強調して、ミカエル殿下にニコッと笑いかける。


「では、その時、私が近くにいたという目撃証言が用意されているのでしょうか? ハールク様」


 もうネズミをいたぶる猫の気分だ。


「……左北の三階の廊下を、走り抜けるファマス侯爵令嬢を、教師と生徒が、目撃している」

「まあ! ! !」


 驚きで声を出すけれど、もうコロコロと笑っているような声にしかならない。

 明らかに、、という立ち去り方をさせたのか。


 最後の罪だものね。ド派手にしたいわね。

 学園ですら、淑女の鑑だなんて言われているファマス侯爵令嬢が、走り抜ける。目立つわね。


「それでは、ネテイトは、同時刻、私はどこにいたという証言を得られたのかしら?」


 歌うような声で、私はネテイトに促す。


「全く反対の西の空き教室。ケーヴィン様とエトセト子爵令嬢と距離が近すぎてつらいと、ケーヴィン様の婚約者ハーメリン・オルダー子爵令嬢が泣きじゃくっているところを見付けて、ハールク様の婚約者のシグレア伯爵令嬢と、慰めていたという証言があります。空き教室の中には、あとライラ男爵令嬢がいて、その婚約者のガンダリ子爵子息も居合わせたが、彼は外の廊下で大きな騒ぎにならないように見張りとして立っていたそうです」


 呆れを含んだ口調で、ネテイトはサラリと暗記したものを述べた。


 婚約者が泣きじゃくっていたと聞いて、ケーヴィン様は泣きそうな顔を歪ませて、頭を抱える。


 思う存分、後悔をするべきだ。罪悪感で、苛まれてしまえ。

 騎士ともあろう者が、異性を、ましてや婚約者を泣くほど傷付けたのだ。恥じてしまえ。どこまでも。


 グッと眉間にシワを寄せて、自分の息子を斜め後ろから見ていた王室騎士団長は、私の視線に気付くと、顔を伏せた。

 ……はい。



「どうしましょう。ジュリエット様が原因で、婚約者同士に問題が起きてしまっていますわ。ハールク様とマティアナ様。ケーヴィン様とハーメリン様。――――そして、第一王子殿下と私」



 弾んだ声になっているので、心して押さえ込んだ。



殿



 そうしたら、思いの外、鋭利な声となってしまった。

 いけない、いけない。


 第一王子殿下も、苦しい顔を歪ませて冷や汗を垂らす。もう顔は青ざめている。



 さぁ。トドメといきましょうか。


 婚約者様?




 

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