25 美味しい甘い話。




 噂をしていたら、すぐそばに当事者がいたなんて、軽くホラーよねぇ……。

 しかも、王子の婚約者という身分高すぎのご令嬢。

 ……いや、立派なホラー、ね?


 青ざめて震えるメアリーさん達は、手を取り合って怯えている様子。

 Aランクパーティーメンバーに、そこまで怯えられてしまうものなの……?



「そう大袈裟な反応しなくていいじゃないですか。ここにいるのは、新人冒険者のリガッティーですよ」



 見かねたように、ルクトさんが大したことないみたいに、メアリーさん達に声をかけてくれた。


「いや、割り切れるわけないでしょ!? いや! その前にっ!! それ以前にっ!! ちょっ! 何!? どゆこと!? どうして!!?」


 メアリーさんが代表して声を上げるけど、情報過多と不明さと衝撃で、混乱している。

 ブンブンと勢いよく、ルクトさんと私に顔を交互に向けた。


「大丈夫ですよ。噂なんて、そういう風に話すものですから。意地悪みたいに、自分の噂を聞いてしまってごめんなさい」


 微笑んで柔らかい声で言うと、少し顔色が良くなり、強張っていた身体も力が僅かに抜けたみたいだ。咎めたりしない。


「いや……噂以前に……噂の侯爵令嬢でしょうが。なんで新人冒険者になってるのよ」


 戸惑いながらの鋭いツッコミをするシャーリエさん。

 ごもっともな疑問である。

 ここはやはり、キリッと言い退けないとね!



「噂の通りの騒ぎなので…………とりあえず、!」


「いや、意味わからんわ!」「いや、何故!?」「どうしてそうなる!?」「わからんわ!!」



 四人して、バラバラな声を上げてのツッコミ。

 うんうん。

 その反応は、理解出来る。


「ほ、本当に、侯爵令嬢サマなの、ね……」


 そろーと、メアリーさんが恐る恐るの足取りで、元の位置に戻ろうと試みる。


「はい、そうです。言いふらさないでいただけたら、助かります。冒険者になったことを知っているのは、ルクトさんとギルドマスターと、あと登録担当してくれたレベッコさんだけでして」

「えっ。秘匿情報じゃないの? 言いふらしたら、どうなるの?」

「言いふらされると、毎日私に出し抜かれて、一人外出されてしまった家の騎士団が、連れ戻しに来るので……困ります」


 しおらしく、私は微苦笑で答える。

 別に言いふらしても、本当に罰することではない。


 それよりも「毎日出し抜いて?」とか「家の騎士団?」と気になるワードに、放心しかけている。


「そ、それで……事実なの? パーティーで婚約破棄を受けちゃったって」

「ええ、はい。残念ながら」


 また恐る恐ると尋ねるメアリーさんに、微笑んで頷いておく。

「そんな、のほほんと微笑んでいられることじゃないだろうに」と、困惑と呆れの表情のシャーリエさんが、厳しく指摘した。


「でも、嫉妬で他の令嬢に危害を加えたとか、思えないわ…………嫉妬した女は怖いけども、あなたも?」


 近くまで戻ってきたメアリーさんに答える前に。


「ここにいるんだから、濡れ衣なんでしょ? 証拠があれば、罪人として拘束されるはずだもの」


 ルーシーさんも、そばに来ては、推測を言う。


「こうして……気晴らしに冒険だなんて……」


 と、ルーシーさんは、そっと私を見上げて顔色を窺ってきた。


「いい子にしか、見えないものね……」


 ダリアさんも、右頬に手を当てて、そう言ってくれる。

 実物の私を見ての結論としては、噂のような罪を犯すことはしていないだろうという意見で一致。

 会ったばかりだけど、そう思ってくれて嬉しい。


「ありがとうございます。でも大騒ぎになってしまっているので、解決する日までは、家に引きこもらず、気晴らしに冒険者活動をすることにしたのです」

「いや、貴族令嬢サマの気晴らしが冒険者活動だってことに、理解が追いつかないのだけど」

「うふふ」

「うふふ、じゃなくて」


 呑気に笑う私に、脱力してしまったようで、メアリーさんは元の位置であるカウンターに片肘を置いた。


「噂が王都のみならず、他にも広がっちゃってるじゃない。しかも、あなたが罪を犯したって噂なのよ? 大丈夫なの?」


 ダリアさんがそばに立って、心配げに眉を下げて、尋ねてくれる。


「ええ、それでいいのですよ」

「「「?」」」

「緘口令を敷くことなく、王子様の婚約破棄宣言を、王国中に広めれば、それが覆ることは、まずありません。一国の王子の決定ですもの。です」


 カウンターに両肘をついて頬杖をついて、少しだけ不敵に微笑んでみせた。


「保留中ではありますが、もう王妃になる予定はなくなりましたから、今が冒険者登録出来るチャンスだったのです。国王も親も不在で、戻るまでは、本当に保留なので、我が家で私を止められる者は現在いないのです」

「とんでもない大物令嬢ね。


 感心しつつの呆れも含んだ声を出すシャーリエさん。


 侯爵令嬢だし、元王妃予定の王子の婚約者だし、婚約破棄されておいて、その隙に冒険者登録しているし、という意味で、


 呆れられようとも、めげることなく、目の前で、ドヤ顔を保つ。

 これくらいでめげるようなメンタルでは、侯爵令嬢で冒険者なんてなれないのである。キリッ。


「自由の身が望みなの? 王妃になるはずだったのに?」

「はい。長年支えてきたのに、裏切られれば、そのまま夫婦になるとか……あり得ません」

「「「全く以て、理解した!!」」」


 激しく理解したと首を縦に振るメアリーさんとダリアさんとシャーリエさん。

 詳細を聞かずとも、裏切り男とは結婚出来ない気持ちは、わかってくれる。


 女の敵。裏切り男、お断り。復縁、断固拒否。


 生理的に受け付けないと拒絶感を露にする真っ当な女性で、よかったよかった。


「もうの話はいいでしょ。と、冒険者服の話を進めてくださいよ。出来れば、四日目の冒険に行きたいんで」

「知ってて冒険に連れ回すルクトが、ホント信じられないわ〜。しかも、新人指導三日目で『黒曜山』よ? あなた、大丈夫なの?」


 ルクトさんは背凭れに腰を乗せたまま、床に足を伸ばして、つまらなそうにやんわりと急かす。

 全て承知の上で、ハイスピードな新人指導をするルクトさんのことは、理解出来ないとしかめたメアリーさんが、真面目に問う。


「はい。初日から、ルクトさんには、丁寧な指導で、積極的に気晴らしの冒険者活動に付き合ってもらっています。まぁ、確かにスパルタ感は多少ありますが、楽しませていただいています」


 ルクトさんを知る人は、やはり指導に疑問を抱いてしまうのか。


「いや、『火岩の森』から『黒曜山』だなんて……新人冒険者が行くところじゃないし! 気晴らしに該当してない場所だし! あなたはね!!?」


 多少のスパルタ感だけでは済まない新人指導に対しての驚きから、青ざめる驚愕の事実を改めて感じて、メアリーさんは言い放つ。


 ……。

 反論したいが、よくよく客観的に分析すれば…………気晴らしの加減が、おかしい、わね?

 でも、まぁ。規格外最強冒険者のルクトさんが、指導担当だし。それについていけている私に、手応えと経験を味わわせたいルクトさんの判断だし。


「リガッティー、嬢? と呼ぶべき?」

「いいえ。どうぞ、後輩の冒険者リガッティーとして、接してください」

「じゃあ、遠慮なく、リガッティーって呼ぶ」


 ルーシーさんが迷った様子だけど、私がそう答えれば、すんなりと呼び捨てを受け入れた。


「リガッティーも破天荒すぎる令嬢だけど、ルクトも似たようなものなのよね。だから、ルクトに誘われて、冒険者になったの?」

「やだ、ルクトが悪い道に引き込んだのね!」

「悪い子!」

「人聞き悪いな! 冗談でも冒険者を悪と言わないでくださいよ!」


 ルーシーさんとメアリーさんとダリアさんが、ルクトさんの誘いで冒険者になったと思い込んで、冗談を向ける。

 冗談を言えるくらい、余裕が戻ったらしい。


「リガッティーは、パーティーの翌日の春休み初日に、登録しに来て、レベッコさんに紹介されて、初めて知り合ったんですよ。オレはパーティーで目撃してたんですぐわかったけど、本当にリガッティーはオレのことは知らなくて、四日前が全くの初対面です」


 不貞腐れ気味に、ルクトさんは事実を教えて、悪さに引き込んだことを完全否定した。


「うっそ! おんなじ学園に通ってたのに!? ギルドで初対面!? マジで!?」 

「はい。私はルクトさんの一つ下の学年ですし、冒険者については、貴族令息も度胸試しで登録するという話を聞いていたくらいでして……」


 情けなさも少々含めつつ、苦笑で私も答える。

 学園では、出会わなかったのだ。


「でも、ルクトさん、意地悪なんですよ?」

「指導レベルが?」

「それは置いといて。私を知っていたのに、それをおくびに出さず、一人で楽しげに笑ってて、挙句にはわかっていながら、私が気晴らしをしている理由をぼかしたまま聞き出したんです」

「んまあ!」


 私に注目したメアリーさん達は、次にルクトさんに視線を集めた。

 思い出し笑いを堪えたような笑みの意地悪なルクトさんだ。


「学生だって言ってないのに、ルクトさんが学生だって確信していることに気付いて、やっと学園の先輩で、目撃したパーティー参加者だとわかりました」

「いや、うん、ごめん」

「全然悪びれてないですね」

「ククッ、ごめんて」


 ルクトさんは一人、笑い声を出さないように堪えて、肩を揺らした。

 あの時の楽しさがぶり返しているもよう。


「いやいや。王子様の元婚約者だって知らないふりして、冒険者指導して、聞き出すとか……! まったく! アンタって子は!」

「本当に、怖いもの知らずすぎる……」


 呆れ果てつつも、狂気にすら感じているように、引いてしまっているメアリーさんとルーシーさんは、顔色悪くしながらも、ジト目で見た。

 いくら学園の後輩だとしても、王子の婚約者だった侯爵令嬢とわかってて、何食わぬ顔で指導しながら聞き出すのは、恐れ知らずにもほどがあるか。



「でも、気晴らしの手助けしたいって気持ちは本物でして、あれから大変憂鬱になりますが、私の実力を考慮しながら丁寧に指導してくれるルクトさんのおかげで、気晴らしを兼ねた楽しい冒険を一緒に出来て嬉しいですよ」



 ちょっとルクトさんの意地悪を愚痴ってしまったが、酷いとは思っていない。


 そうフォローを込めて、ルクトさんの気晴らしの冒険は、一緒に出来て嬉しいのだという本音を、微笑んで伝える。


 本心ですよ、と目が合うルクトさんに、笑みを深めて見せた。

 ルクトさんも、ルビー色の瞳を細めて、柔らかく微笑み返す。


「あらあらぁ……もうっ! 運命って感じじゃない!」

「同じ学園の生徒だったけれど、冒険者としても先輩後輩として、出逢うとか……!」

「いいわねぇ……!」


 メアリーさんとルーシーさんとダリアさんが、またもやニヤニヤとした。

 で、になっている。

 ニヤけずにはいられないお姉様方。



「……大丈夫なの?」



 怪訝な顔のシャーリエさんのその声を聞いて、三人はピタリと止まる。


「…………」

「……」

「……」


 疑いようもなく、いい雰囲気の私とルクトさん。

 運命の出逢いをして、仲良く二人で冒険しているのは、微笑ましい。


 だが、よくよく思い出せば、手放しで楽しめない恋愛模様。


 サァーッと、顔色が悪くなった音が、三人から聞こえた気がした。



「いやいやいやいやっ!! アンタ! アンタぁ!! だめでしょ!?」



 メアリーさんが私を隠すみたいに腕の中に閉じ込めては、ルクトさんから引き離そうとする。



「いつも大物狙いだけどっ!! 流石に、人間で大物を狙っちゃだめでしょ!!? 大物なら、種類手段、見境なしかッ!!?」

「ひでぇ言い方!! 見境なしって……ちょっと!!」



 ……。


 とんでもないワードに、私もメアリーさんの柔らかなお胸を肩に感じつつ、目を点にしてしまう。

 ムキになった様子で、腰を上げたルクトさんだったが、私の前にルーシーさんが立つ。


「いや! 待って! Sランク冒険者なら、名誉貴族になれるわけだからっ……っ、っ!」

「仕留めるとか言わないでくださいっ!!」


 ルーシーさんが緊張した面持ちで、真剣に告げた。

 ルクトさんが訂正を求める間、メアリーさん達は、可能という言葉に、衝撃を受けた様子でわなわなと震える。


 大物の身分差…………埋めるのは、現実的に可能ですね。



 

 



 って言葉にされると、逃げ腰になりたくなるわね……。


「あなた! それでいいの!? だって、この王国で最高の女性の座に座るはずだったオンナなのよ!?」


 ダリアさんが、カッと目を見開いて、低い声を轟かせる。

 なかなかのバリトンボイスで、びくりとしまいそう。


「こんな一個年上なだけで、最速ランクアップで最年少Aランク冒険者で、冒険一途バカの顔だけいいオトコで、満足なの!?」

「っ! ホントッ……もう、やめてくださいよぉ……」


 ルーシーさんの隣に並び立ち、メアリーさんは仁王立ちで問い詰める。

 ルクトさんは両手で顔を押さえて、俯いた。手に負えないのと、恥ずかしいので、声が消え入りそうだ。


 私はこの王国で女性としては一番の地位に座れるはずだった人間。

 だから、そんな人間が、最速ランクアップで最年少Aランク冒険者が相手でいいのか。


 ルクトさんの現時点の肩書きと実績だけでも、十分、素晴らしい冒険者なのだけれど……。

 それより。



「えっと……ルクトさんは、顔だけじゃなくて、中身も、素敵な、いい方……です」



 もっとしっかりとフォローすべきだと思うのだけれど、今はこれしか、言葉を絞り出せなかった。


 冒険者として、優れすぎているだけのイケメンではない。

 ルクトさんの性格だって、とっても素敵だ。


 そうはっきりと言葉にして伝えるべきなのに、灯る熱のせいで、上手く動けなくなった。

 耳まで熱くって、頬が火照る。



 それを見たメアリーさん達が、ルクトさんを振り返れば。

 両手から顔を上げたルクトさんも、顔を赤らめていた。


 私に顔を戻して確認したメアリーさんは、一つ頷くと、両手で目元を隠す。



「ピュ~ア~!! !」



 いきなりの叫び。

 お、美味しい? 美味しいとは?


「現在進行形の学生恋愛を教えろと言っても、イマイチな話しか仕入れてこなかったルクトが! あの! ルクトが!!」


 ルーシーさんまで、口元を拭っている。

 よだれでも垂らしたのだろうか……。



「まさかの本人からを……! ……!!」



 ダリアさんもうっとりした笑みを零して、夢心地の様子。


 どこに行っても、恋愛話は、女性の甘いおやつになる。


 彼女達の好みの極上の純愛らしい私とルクトさんの話は、どうやら今後、美味しく食べられるらしい……。


 じゅんあい……。


「コ、コホン。……えっと、ですね。シャーリエさん。私が初めて冒険者用として買った服は、平民向けのラフな女性服を扱っていた店でした。確か……店名は覚えていないのですが、ファビリア大通りでした」

「初心ねぇ……。ファビリア大通りは、平民向けと言っても、裕福層よ?」


 私の反応が、心配になるくらい初心だと、小声で零すだけで留めてくれたシャーリエさんに、女冒険者の服の話を戻させてもらう。


「ですが、私が見たところ、ザッとだったのですが、様々なタイプの服を取り揃えていました。裕福層の平民向けにしては、短パンもあると、かなり挑戦的な品揃えとなりますね。抵抗がなければ、そちらの店と話してみるのはどうでしょうか? 気が合いそうに思えます」

「そうなの? ……そうするべき?」

「お店を増やしたいと仰ったではありませんか。手を取り合えたら、理想的ですね。こちらは、女冒険者寄りを考えての品揃えとお見受けします。実用性の高いポーチやベルトも多いですから。でも、完全に女冒険者専用の店としないのなら、例の店を参考にするのもいいと思います。話し合いの結果、あちらのデザイナーも紹介してもらえるかもしれませんしね」


 シャーリエさんが真面目な表情で考え込むと、メアリーさんが食いついた。


「裕福層の服のデザイナーも!? 平民向けだと、ちょっと簡素な感じで、お針子さん達に直接要望を伝えて作ってもらうくらいなのよ? 私達の服も、この店のお針子さん達にお願いしたもの。リガッティーの可愛い服のデザインをしてくれるようなデザイナーがいれば、ぜひとも話し込みたいわね!」

「なるほど。では、やはり、デザイナーは必要ですね。んー……私も知り合いのデザイナーとなると、貴族層相手の方々しかいませんねぇ。例の店がやはり、足掛かりになってくれるかと」


 いいお手本は見習って、いいところどりをしていけばいいと思う。


「貴族となると、お抱えデザイナーがいるって聞いたけれど?」

「我が家にはいませんね。お得意様として、基本優先的に対応してもらえるデザイナーさんが何人かいる形です」

「そのデザイナーには、頼めないの?」

「そうですねー……性格を考えると、ちょっとプライドが高くて、引き受けるとは思えませんね。そういう方も、意識が高い貴族の方が多いので。適材な方がいれば、ぜひとも紹介したいですが」


 ルーシーさんの問いに、悩みながらも答える。物凄く紹介してほしいと期待の目で見上げられるけれど、顔見知りで平民の服のデザインを手掛けてくれそうな人物がいなくて、呻いてしまう。


「リガッティー。あなた、お貴族でしょ? ドーンと店も人材も買って、お金で解決出来ないの?」

「コラ、そこ。堂々とたからないでください」


 ダリアさんがキラリと目を輝かせて、お金で一括解決を提案してきたから、すぐさまルクトさんの制止がかかる。


「あはは。確かに、お金を出して解決出来ればいいですが……それでもちゃんと考えなければいけませんよ。中身が一番大事です」

「それは同感だけど……。なんか、お金は出せるって言い方ね。実際に出せるの?」

「コラ!」


 ダリアさんがまたもや言うから、ルクトさんが強めの声を上げた。


「ええ、まぁ。個人資産から、出せると言えば出せます」

「「「こじんしさん?」」」

「我が家で割り当てられた私が使えるお金です。基本はドレスやアクセサリー、それから誰かのプレゼントなんかで使うお金ですね。お茶会の際の必要経費も」

「「「お、ぁ~」」」


 あはは、お嬢様です。


「ちなみに……どのくらいの額? リガッティーの個人資産」


 ゴクリ、とルーシーさんが喉を鳴らしてから、警戒して問う。


「……一月分の最高級のドレスと似合うアクセサリーを買い漁っても、三分の一も減らない額ですね」

「最高級のドレスがいくらかはわからないけれど、とにかく個人資産がとんでもない額だとは、漠然と分かったわ!」


 下品に値するので、正確な額は言わずに答えると、メアリーさんが苦しげにも受け入れた。


「え? その個人資産って……減る一方? 万が一、なくなったらどうするの?」

「いえ。毎月、補充されます」

「まいつきほじゅう」

「……ど、どこから?」

「ファマス侯爵家の収入です。領地経営による利益は手つかず状態を保っているので、携わっている事業などが中心となっています」

「お、おうち、おかねもち」

「ええ、そうですね。私も領地経営と後継者の義弟の事業投資をちょっと手伝ったことがあるくらいでして。あとは、家族に稼いでもらったお金で贅沢させてもらっている身でしたね。将来のために、教育を受けることに専念していたので」

「「「……」」」


 そう考えると、私も今後は事業に手を出すべきかしら。

 学園長に丸投げした新治癒薬に関して、ひとかじりさせてもらう? いや、あれは、私にはひとかじりでも、力不足ね。

 この新しいターゲット層を狙った衣服店について、前向きに事業主になることを考えてみるべきかしら。


 ふむ……。そうなると、ルクトさんも誘って、冒険者に関わる事業に触れることもしてみるか。

 ルクトさんが商売などに興味があるかどうかは全くわからないけど、ルクトさんの冒険者としての経験による知識が活躍するとなるのは、いいことだと思う。

 実績を公開するかどうかは、問題になるだろうし、その点は慎重に決めないといけない。

 でも、貴族の身分を手に入れる将来を考えると、視野に入れるべきだ。


 王妃になるために教育に専念していたけれど、それも今や変わってしまった。

 そのことに顔色を悪くしたと思いきや、三人がバッとルクトさんを振り返った。


「「「逆玉の輿!!」」」

「ちょっ! オレだって、及ばなくても、ひと財産のお金がありますが!?」


 そっちかぁー。考えたことは、そっちだぁー。


「よし、じゃあ……冒険者リガッティーとして、意見をじゃんじゃん聞かせてもらいましょうか」


 シャーリエさんが、カウンターに両肘をついて手を組んだ。


「意見大事。参考、もしくは協力する店の確保も、必要」

「いいデザイナー確保も、必要」

「たくさんの資金も、必要ね」

「バリバリ令嬢のリガッティーにたかる気じゃないですか!!」


 左肩に手を置くメアリーさんも、腰に腕を巻き付けるルーシーさんも、右肩を掴むダリアさんも、バリバリ私をフル活用する気ですね、わかります。


「いや、正直、頼りたい人材だよ。アンタが冒険者として活動し続けるってんなら、顔になるってだけでも、相応しいデザイナーも客も集まるんだろ?」

「前向きに検討したいのは山々ですが、やっぱりまだ処遇が決まらないので、なんとも言えませんね。四日過ぎた頃に、またお話しさせてほしいです」


 シャーリエさんは、本気で、私に頼りたいそうだ。


 確かに、冒険者活動が続けられたら、この顔を貸すだけでも、効果的。誰もが認める美少女が利用する店として、女冒険者も集まりやすいかも。


 でも、問題は、私が本当に冒険者活動が続けられるかどうか。

 傷心を理由にルクトさんとの冒険者活動が出来るように、許可をもぎ取るつもりではあるが……。

 やはり、出来ない約束はしたくない。


「四日? なんで四日?」

「四日後に、噂の解決をするのです。そのあとに、まぁ、そうですね……になるので、ようやく一先ず落ち着く予定ですね」

「へぇー、四日……」

「四日か」

「四日ねぇ……」


 先ずは、きれいさっぱりの婚約解消を済ませないと。

 それが出来るのは、四日後なのだ。


 呟いたメアリーさん達は、ルクトさんを振り返る。

 またソファーの背凭れに寄りかかる形で腰を置いているルクトさんは、その視線に小首を傾げた。



「「「?」」」



 メアリーさん、ダリアさん、ルーシーさんの順番で、人差し指がルクトさんに向けられる。


 今現在は、恋人にはなれない関係であるが、四日後ならば……。


 四日後に、晴れてルクトさんと交際が許されるのか。そういう質問なのだろう。


 ぱちくりとその指を見たあと、ルクトさんが私と目を合わせたかと思えば、あろうことか自分を指差した。



 なっ……!?

 わ、私は、なんて答えるべきなの!?

 よ、四日後に、私とルクトさんはっ、えっと、ええっと!


 今さっき、確かにルクトさんの未来に関して考えて、さらりと私が手伝うとか支えるとか、考えたけれども!

 まだ明確に私もルクトさんも、選択していないわけで! そもそも、まだそれを明言することが躊躇してしまうわけで!


 えっ! 匂わせな言葉を言ってもいいの!?

 いや、本当にっ! まだ! まだ、決定的なことは言うべきでは……!

 でも……!


 ルクトさんは期待してる!? どんな言葉!?

 


 全然当たり障りない回答が、思い浮かばなくて、色んな言葉が頭の中を回る。

 上がりに上がってしまった熱のせいで、顔が真っ赤になってしまった私を。


「愛(う)い~初々ういういぃ~!」

「こんなご令嬢がいるなんて……イイ!」

「美味しいわぁ~」


 個性的なお姉様三人組は、微笑ましそうに眺めて、頬張って堪能したような緩んだ顔だった。



 

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