24 女冒険者の一大事。




 今日引き受けた依頼を達成して、ギルドマスターと話をするために、早めに戻って来たけれど、肝心のギルドマスターは、不在。


 確認したいだけだから、今日中でなくてもいいと、自分に言い聞かせる。

 あのアラビアンな王子が、未だにルクトさんを捜していようが捜していまいが、今は大丈夫に違いない。


 ついつい、気にする私を、ルクトさんは気遣いげに見つめ続けたが、明日、ギルドマスターと一緒に聞いてほしいと笑顔で約束をして、今日のところは帰ることにした。


 ……ルクトさん。周辺国でも、活躍しているのね。

 モンスタースタンピードでも活躍し、下級ドラゴン討伐数を考えれば、どの国もルクトさんに首輪をつけようと躍起になるだろうに……。

 予想される被害を防いだ功績を考慮して、それ相応の報酬を与えては、爵位を授けて、その国に縛り付ける。

 そんな話を、今まで王城を出入りしていた私も耳にしなかったということは。



 冒険者ギルドは、相当、冒険者を守る傾向にあると予想が出来る。



 自分で依頼や目的地を決めて、冒険する職業だ。

 中には護衛依頼や下働きの手伝いという、なんでも屋扱いをされることもあるが、一番は冒険が目的のための人達が、冒険者と名乗っていた。

 冒険者ギルドは、冒険しながらも誰かのために討伐や採取をする冒険者と、依頼人を結ぶために作られたと、幼い頃に聞いたのだ。



 だから、今でも、冒険者は自由なのでは?



 Sランク冒険者は、名誉貴族になれる。

 そうは言うが、あくまで、本人が望めば、だ。



 それまででも、ルクトさんのように実績次第では、国の英雄と祭り上げられてもおかしくない。むしろ、されないのが、おかしいのだ。



 Sランク冒険者でもあるギルドマスター。

 陽気な性格に見えたヴァンデスさんは、冒険者の自由を守っているのかもしれない。

 ルクトさんの自由を、守っているのかも。



 そうなると、今日の接触には、ルクトさんの肩書き以上の実績が、王家とも付き合いが深い私から、漏洩する危惧も、見極めたかもしれないわ。

 今日、達成報告を担当してくれたギルド職員の年上の女性は、ルクトさんへの熱い眼差しも、私への嫉妬や疑いの眼差しも、全然隠せていなかったけれど……。



 ギルドマスターは、存外、やり手だったのかしら。



 ルクトさんは、尋ねれば、私の反応を楽しみにして、自分の武勇伝を話してくれる。でも、あまり自己申告はしないし、自慢はしない様子。

 好ましいとは思うけれど、ちょっと危うい。

 いや、かなり危うい。


 そのうち、ポロッと、あの隣国の王子に見付かって、専属冒険者にすべく、口説き落とすためにあれやこれやと貢がれるだろう。

 ルクトさんがなびきそうな貢ぎ物は想像が出来ないけれど、とにかく、迷惑に発展するとしか思えないので、阻止せねば。



 ギルドマスターと、要相談である。

 ルクトさんの自由のために。

 結託すべき!

 ルクトさんは、ルクトさん自身に、自分の未来を選択してほしい!



 ……まぁ、私は、私の身分に釣り合う選択を願っているから、なんとかしたいと焦っているのだけれどね。下心がありあり。





 帰宅したら「学園にいなかったじゃないですか!」と騎士に半泣き気味な苦情を言われたけど、一瞬なんのことかわからなくて、首を傾げてしまった。

 そうだったわ。モンスタースタンピードを学園で調べるかも、という匂わせ発言を囮のために口にしたんだった。


 学園はかなり厳しく出入りを本人確認によってチェックしているから、生徒の家の騎士でも予め許可証を得ないと入れない。でも、出入りの有無くらいなら、なんとか聞き出せたのだろう。

 今日は行かなかったもの。当然、いないわ。


「我が領地でモンスタースタンピードの可能性は、限りなく低いそうよ」


 どこで調べたかは言わず、ただ一応その情報を得たことを、私は家令に向かって言っておく。

 以上。もう何も言うことはない。


 また明日も、出かけるので、家は頼んだわ。




 冒険者になって四日目の朝。


 本日は、家からの脱出方法を、変えてみた。

 別の部屋へ移動して、【探索】で人がいないことを確認してから【テレポート】の連発で敷地外へ。


 お一人外出を阻止したかった副団長達に会うことなく、お出掛け成功。



 今日の服は、短パンデザインのツナギ。袖はちょっとダボッとして緩い感はあるけれど、袖口はゴム素材でキュッとしているので、激しく動く際には気にならないだろう。

 チャックを大きく開いて、ブイネックのシャツを堂々と見せつける感じ。鮮やかな青色に染めた長い髪は、そのままにしておく。

 黒いニーソとブーツは、身軽さを覚えるから、冒険者ギルド会館に向かう足取りは弾む。


 途中で、左の耳元が熱くなったので、ルクトさんからの着信に気付く。


「ルクトさん」

〔おはよう、リガッティー〕

「おはようございます」

〔ギルドマスター、捕まえたから、中に入っておいで。階段前に待ってるから〕

「あ、はい! ありがとうございます。すぐに行きます!」


 先にギルドマスターを捕まえて、私を待ってくれたルクトさんに感謝を伝えて、一度通信を切る。


 人とぶつからないように、しっかり見定めての【テレポート】で冒険者ギルド会館の階段を飛び越えて、中に入った。


 本当に階段前に、大きな大男のギルドマスターと、白銀髪のルクトさんが待っている。

 ルクトさんもヴァンデスさんも、手を上げて見せてくれたので、私も手を振り返す。


「おはようございます、お二人とも」

「おはよー」

「おう、おはようさん。リガッティーさん」


 今日のギルドマスターは、私を冒険者リガッティーさんとして接していくようだ。


「何か大事な話なんだって?」

「あ、はい。すみません、お忙しいでしょうに」

「まぁ、ストーンワームのこともあるからな。そこそこ忙しいさ」


 げんなりと顔を歪めたけれど、冗談だと笑って見せるヴァンデスさん。


「ストーンワームは、専門家がなんとかして、何か聞きたいことあれば、聴取されるだけじゃないですか」

「いや、『ダンジョン』から来たかもしれないストーンワームとなると、もっとややこしくなりそうで、昨日はそれで忙しくてな」


 ルクトさんが怪訝そうに言えば、スキンヘッドの頭をさすりながら、ヴァンデスさんも困ったように言葉を返す。

 レア魔物の異常な出現については、レインケ教授とはまた違うタイプの魔物研究者の機関が、調べるらしい。元々、そういう異常な魔物出没を見付けるのは、その機関の調査隊なのだ。

 発見したら、冒険者に討伐依頼をして、討伐した冒険者に情報を得たい時に、聴取をすることもあるとか。

 昨日のうちに、しっかりとルクトさんから、それは教えてもらっていた。


「とりあえず、上で」


 今日もギルドマスターの部屋で話そう、と言いかけたと思う。

 けれども、その前に。



「ルークートー!!」



 女性の声が、ルクトさんを呼んだ。


 瞬時に、反応したルクトさんは、ひょいっと私の後ろに移動した。


 突進した女性は、ヴァンデスさんの筋肉が引き締まった胸に、顔を衝突する羽目となる。


「いったぁい!! ギルマスめ!!」

「えぇー」


 べしっと、胸をはたかれるヴァンデスさんは、八つ当たりに苦笑だけする。


 鼻をさするのは、美女だ。

 ダークレッド色のスレンダーなドレスを着た魔女のよう。スリットからは蠱惑な太ももを晒して、網デザインのニーソを合わせている。

 頭の上には、先が折れたとんがり帽子を、ちょこんと乗っていた。きっとピン留めで、しっかり留めているはず。

 左側に、クルクルンに巻かれた薄茶色の髪を垂らしている色気ムンムンな魔女さん。


「ルクト! 冷たいじゃない!」

「何がですか」


 ルクトさんは私の後ろで、とぼけた。


 敬語を使っていると気付いて、ちょっと目をパチクリしてしまう。

 今まで絡んできた冒険者と違い、ルクトさんは敬っている相手。


「フン。あなたね。噂の新人ちゃん」


 胸を押し上げるように腕を組んだ魔女さんは、私をじとりと見下ろしてきた。

 大きなお胸は、本物に違いない。

 この前のロリ女とは違う。胸にパッドは入れていないみたいだし、ルクトさんを媚びるような声で呼んでいない。


 見下ろしてくるブラウン色の瞳だって、嫉妬らしき負の感情は感じられなかった。

 見定めているような……ん? 観察をされているような……?


「初めまして。リガッティーと申します」


 じぃーっと見てくる魔女さんは、私の顔を凝視したあと、体型を確認するみたいに視線を走らせる。

 さらには、眇めた目で、着ている服を細かく見ているような……? ん? ファッションチェックされてない?


「ガン見してないで、自己紹介を返してくださいよ」


 小首を傾げてルクトさんに目をやれば、間に入ってくれた。


「んまあー! ルクトが美少女の新人指導してるって、本当だったのね!」


 低い声が聞こえてきたものだから、思わず、身体が強張る。


 横を見れば、がっしりした体型の人物が来ていた。

 金髪のおかっぱで、垂れ目と真っ赤な紅の唇が印象的な……男性……?

 ピンクの半袖ワイシャツが、少しピチッとしているくらい、体型がいい。絵に描いたような筋肉質なオカマさん。

 下半身は、ズボンとスマート。肩幅が広くて、腰が細い、逆三角形体型か。


「ふうん。……で? 『火岩の森』で『デストロ』パーティーを一人で瞬殺したのは、本当なの?」


 そのオカマさんの横には、ちょこんとおさげの少女……ではなく、私よりもさらに小柄な女性が佇んでいた。

 ぱっつん前髪は、青色に艶めく黒髪。短いローブの下には、白いブラウスと、サスペンダーを合わせたバルーンデザインの黒の短パン姿。ニーソと、短いブーツ。

 こちらは……魔法少女、みたいな……?


 ……なかなか、個性的な三人組が、来たものだ。


「初めまして」


 とりあえず、ルクトさんが何もしないので、愛想よく接してもいい相手だと思い、笑みで会釈しておく。


「瞬殺ではなく、正当防衛で戦闘不能にさせてもらっただけです」

「んまあ! 事実だって!」

「へぇー。ルクトじゃなくて、新人のあなたがねぇ……」


 じろじろ、とオカマさんと魔法少女さんも、私を見てくるのだけど…………やっぱり、ファッションチェックされてない?


 ん!? 実は女性冒険者って、ファッションチェックが厳しかったりする!?


「だから、自己紹介してくださいよ。新人冒険者のリガッティー。リガッティー、こちらは先輩方のメアリーさん、ダリアさん、ルーシーさんだよ」

「どうも、よろしくお願いします」


 ルクトさんが私の両肩に手をポンと置いて、三人組に紹介をしてくれた。

 魔女さんが、メアリーさん。オカマさんが、ダリアさん。魔法少女さんが、ルーシーさん。


「よろしく。あたし達は、Aランクパーティーの『藍のほうき星』なの。といっても、五人のうち三人は、まだBランク冒険者だけどね」

「そうなのですか? Aランクパーティーの方には、初めて会いました」


 ルーシーさんが物静かな声で、そう教えてくれた。

 まだパーティーメンバーが、あと二人いるらしい。周囲を見てみるけれど、それらしき人はいなかった。


「やだ。『藍のほうき星』を聞いたことないの?」

「冒険者の界隈の情報に、まだ疎くて……ごめんなさい」


 ムッとした表情になるメアリーさんに、申し訳なく答える。

 Aランクだし、きっと冒険者の界隈では、有名なのだろう。


「同じ学園に通ってても、オレの名前すら知らなかったくらいですからね」

「まー、誰だって、知らんことは知らんさ!」


 ルクトさんと一緒に、ヴァンデスさんは大雑把なフォローをしてくれた。


「同じ学園って。じゃあ、ミッシェルナル王都学園の生徒? そこで学んだ強さを発揮ってこと……へぇー!」


 ルーシーさんが、興味を惹かれたようで、目を爛々とさせて見上げてくる。


「よし。じゃあ行きましょう!」

「はいっ?」

「よし」

「んっ?」


 何故か、メアリーさんの手が左肩をがっしりと掴み、右腕にはルーシーさんの腕が軽く絡んだ。

 なんか、連行することが決まったみたいだけど……何故!?


「ちょっと! リガッティーを、どこ連れて行こうとしてるんですか!」

よ」

「信用ならないんですけど!? オレとの新人指導の冒険者活動があるんですから、やめてくださいよ!」

「いいじゃない! 一日くらい!」

「一日も奪う気ですか!? 今日も『黒曜山』に行く予定があるんですよ!」

「『黒曜山』なんて、明日に行けば……って、『黒曜山』に新人を連れてくって何!? 聞いたことないんだけど!? 、って、昨日も行ったの!? こんの冒険バカ!!」


 ルクトさんは許すわけもなく、私の右腕を掴んで、止めてくれた。


 のだけれど、メアリーさんと口論。

 今日も『黒曜山』で大量討伐の予定だったのかしら……麓から山に登る気がったのかしら……。

 もっと魔物がわんさか出るのかなー、とぼんやり予想してみた。


「今日は指導何日目!?」

「あ、四日目ですね」

「ハイスピードすぎるわ!!」


 私に問い詰めたあと、メアリーさんの平手打ちが、ルクトさんの頭に落とされる。


「今日は休み! 冒険者活動休み!」

「いや、なんでメアリーさんが勝手に決めるんすか……」


 ルクトさんは頭を押さえていても、痛くはなかったようだけど、不服そうにメアリーさんに小さく抗議する。


「今日は、冒険者交流!!」

「いや、だから、メアリーさんが勝手に決めないでくださいって」

「行くわよ! 新人!!」

「えぇー! やめてくださいって!」


 また連行されかける私。


 ど、どうしようか……。

 ルクトさんにとって、いい先輩方みたいだし、交流を断るのはどうなんだろう。

 でも、冒険者活動はしたいしなぁ……。


「こらこら。リガッティーさんとは、ちょっと話があるんだ。あとにしてくれ」


 宥めるように言うヴァンデスさんが、助け船を出してくれた。

 そうだ。大事な話が、あったのだった。



「手短にしてちょうだい!! 女冒険者の一大事なのよ!!」



 ギッと睨み付けて怒鳴るメアリーさんの気迫に、ヴァンデスさんとルクトさんは、身を引く。


 女冒険者の一大事とは……何事。

 なんだか、断れそうにないわ……。


「えっと、では、詳しい話は後日で。とりあえず、ギルドマスターに一つお聞きします」

「お、おぉう」


 メアリーさんに弱った様子ながらも、ヴァンデスさんは私に耳を傾けてくれた。



「ギルドマスターは、冒険者の自由を守っていらっしゃるのですか?」

「!」



 この質問だけでも、答えてほしい。


 ちらりとルクトさんに目をやって、これだけで伝わることを願った。

 キョトンとしたヴァンデスさんだったけれど、やがてにっかりと笑って見せる。

 彼もちらりだけ、ルクトさんに目をやった。


「もちろんだ! この立場で、出来得る全てをしているつもりさ!」


 腕を組んで胸を張る、豪快さを感じる態度で、答えてくれた。


 うん。きっと大丈夫だろう。

 このギルドマスターならば、何が起きても、冒険者の自由を守ろうと最善を尽くしてくれるだろう。

 規格外最強冒険者のルクトさんのことも、色々考慮してくれているはずだ。


「そうでしたか。ありがとうございます」


 私は、笑みで一つ頷く。

 不思議そうに、そのやり取りを見ていたルクトさん達だったが。


「さー! 行くわよ!」

「ちょ! どこ行くんですか!」


 メアリーさんは、私の肩を押して、連行を再開。ルーシーさんが腕を引く。

 追いかけるルクトさんと顔を合わせて、困り顔で笑うしかない。




 半ば強引に、冒険四日目は、冒険お休みに変更だ。




 女冒険者の一大事。


「……何が、女冒険者の一大事ですか」


 ルクトさんは肩を落として、文句気味に零す。


 連れて行かれた先は、女性用の服から装飾品を取り扱う店だった。

 ありふれた平民向けの衣服店とは違い、応接スペースが設置してある。その一つのソファーの背凭れに腰を置いて、ルクトさんはむくれ顔でこちらを見てきた。


「何よ! テキトーに服着てれば、イケメンでかっこよく見えるルクトとは、違うのよ!! 女冒険者だって、お洒落がしたいのよ!!」


 くわっとした形相で言い放つメアリーさんは、私と一緒にレジカウンターの上に置かれたカタログを見下ろす。


「この美少女冒険者を見て、わからないの!? お洒落で可愛いでしょ!? ねぇ!?」


 メアリーさんが、私の肩を揺さぶる。

 今まで可愛いと言い続けてくれたルクトさんは、親しい彼女達の前で、どう答えるのか。

 ちょっとドキドキした。



「うん。初日から、可愛すぎるくらい似合ってる格好してるけど……なんで、リガッティーが巻き込まれるんですか?」



 安定の可愛い発言。

 さも当然な可愛い発言。


 クッ! イケメンめ!


「あらあら」

「まぁまぁ」

「やっぱりぃ?」


 メアリーさんも、後ろで私が【収納】していた服をチェックしていたダリアさんとルーシーさんも、口元を左の掌で押さえて、ニヤニヤを隠そうとしているようで隠していない仕草をする。


 美青年と美少女のペア。

 仲を勘繰られるのは、特段変ではないだろう。


 ルクトさんは、その反応にへそを曲げたそうに唇を尖らせるけれど、ほんのりと頬を赤らめて、否定をしようとしない。


「「んまぁああー!」」


 メアリーさんとダリアさんが、興奮している。

 私も否定せず、恥ずかしがりながらも、カタログに視線を落とす。


「冒険者の服なんて、動きやすさ重視で、汚れれば捨てやすい安物で済ませることも多いのよ。でも、冒険者だって、お洒落はしたいんだから。そんなに女冒険者は少なくないし、それに冒険者専用じゃなくても、お洒落な服はどんなにあっても困らないでしょ。あたしゃ、そんな店を増やしたいのよ」


 カウンターを挟んだ向こうには、20年も前に引退した元Bランク冒険者だというマダムがいる。ゆるふわなボブヘアーは、グレー。

 しわがあっても上品さがある、まさにマダムな女性の名前は、シャーリエさん。この店の持ち主だ。


「そうですね。冒険者でなくても、他にも自由な服で動き回る職業もありますしね。私は平民向けの店を渡り回って、好みで動きやすい服を身繕って合わせただけですが……」

「いいえ。いいセンスしてるわよ。どうせ、いいところのお嬢様でしょうが、見る目があるわ」

「あはは、ありがとうございます」


 私はファッションセンスのいい女冒険者として、意見を出すように、この店に連行されたわけだ。


「いえ! 本当にいいセンスしてるわよね! 素材がよすぎるけれど、テキトーに服着ているただのイケメンのルクトとは大違いよ!」

「……オレ、そんなにだめ?」


 ルクトさんが、助けを求めるように、困り眉になって見てきたから、慌てて「そんなことありませんっ」と首を横に振る。

 そんなやり取りを、メアリーさん達は笑う。


「んーもう! スタイルよすぎでしょ!」


 ダリアさんに、肩を掴まれて、隣のメアリーさんと向き合う形にされた。


「細身だけど、細すぎない長い足! 胸もいい大きさ! そして、何よそれ!!! そのくびれは、一体なんなの!?」


 メアリーさんに絶賛されているのか、非難されているのか、よくわからない叫びと、視線をビシバシと受ける。


「体型維持の秘訣は?」

「え、えっと……食事はバランスがいいものを管理してもらってますね」

「やだ、本当にお嬢様じゃない。他には?」

「んー……適度な運動もしてますね」

「お肌、つやつや。若いせい? 髪もサラ艶なんだけど」

「あー、えっと、ボディーやヘアーのマッサージエステなどで手入れもしてもらってて」


 ダリアさんの尋問みたいな眼光の質問に答えつつ、絶対領域で肌が露わになっている太ももをつつくルーシーさんに身体を震わせて、髪をさわさわと撫でつけるように触ってくるメアリーさんにも答えた。


「ん? あら? リガッティー。あなた、髪を【変色の薬】で変えてるでしょ?」


 ギクリ……。

 魔法薬による、変装のつもりのイメチェンがバレた。


「いいところのお嬢様から、変装のつもりなの? 元は何色?」


 キョトンと見上げてくるルーシーさんが、くびれまでつついてくるので、ちょっと身体をよじる。


「元は、黒髪です」


 それだけを答えて、カタログに目を戻す。



「それにしても、あなた



 メアリーさんが私の左サイドの髪で、細い三つ編みをし始めながら、不穏なことを口にし出した。


「ああ。王子様が、婚約破棄したって噂で、その相手がリガッティー・ファマス侯爵令嬢って話でしょ? 王都を離れていたアンタ達も聞いたのね」

「もう、持ちきりよ! なんか、三角関係なんだって? どうなのどうなの!?」


 シャーリエさんは、しれっと言いながら、内装案のカタログを捲る。

 メアリーさんが、はしゃいで聞きたがった。


「王都の外で聞いたのですか? どちらで?」

「隣の『パトラミの街』に寄ったら、聞いたのよ~。三角関係で、王子様が婚約破棄したって噂だけど、王子様が婚約破棄ってだけでも大騒ぎよね! さらには三角関係だなんて!」


 どこまで広がっているのか、と探ってみれば、あのパフェが美味しいらしい街には、もう広がっていたのか。

 メアリーさんは噂の当事者の髪をいじっているとも知らず、ウキウキした様子で、シャーリエさんに問う。


「なんでも、そのリガッティー嬢が、ジュリエット嬢、だったかしら? その子に危害を加えた罪を犯したって話よ。それで、第一王子様が、自分の婚約者には相応しくないって、婚約破棄を言い渡したって」

「うっわー! 修羅場!? 絶対に、三角関係じゃない!」

「王子様が庇ったとなると、やっぱり、ジュリエット嬢って方に、気移りしたのでは?」

「あらヤダ。そうなると、リガッティー嬢は、嫉妬でやっちゃったわけ?」


 シャーリエさんからの情報で、修羅場な三角形関係の噂にはしゃぎ、予想して、楽しむメアリーさんとルーシーさんとダリアさん。


 まぁ、噂されるって、こんなものよねー。

 このまま、誰が一番悪いのか、という予想が行き着くまで、聞いていようとしたけれど。



「現場を見なかったの? アンタ達。その婚約破棄って、ミッシュルナル王都学園の進級祝いパーティーのど真ん中でされたんでしょ?」



 シャーリエさんが、私とルクトさんに、振ってきてしまった。


「え!? 嘘! パーティーのど真ん中で!? しかもしかも、二人して目撃者!? そうなの!? そうなの!?」

「……まぁ、見たけど」

「見たのー!?」


 ルクトさんの返答に、メアリーさんとダリアさんが「きゃー!」と悲鳴を上げる。


「ということは、噂の当事者達も、王都学園の生徒、で…………」


 ルーシーさんが、次第に、口調を緩めた。


 そう。噂の王子様達も、王都学園の生徒である。

 そーっと、ルーシーさんが、私から身を引く。


「ん? …………髪色を変えないといけない、お嬢様で……」


 その行動を不思議そうに見ていたけれど、三つ編みを終えそうなところで、メアリーさんが私の髪を手放した。



「リガッティーって……同じ、名前…………」



 そーっと。

 そぉーっと。


 そぉおーっと。


 メアリーさんとダリアさんとルーシーさんは、露骨に離れてしまい、店の隅まで行ってしまった。

 目の前のシャーリエさんも、控えめに腰を引いている。


 まぁ……同じ学園の学生で、同じ名前で、同じお嬢様って、そこまで情報があれば…………普通に、バレますよね!


 とんでもない噂の当事者とも知らず、大いにそばではしゃいでしまったせいか、メアリーさん達は青ざめて身を縮めている。



 ……どうしましょう。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る