20 驚愕の連続は毒。




 剣を鞘に納めることなく、座った足の中に立てたまま、ルクトさんが差し出してくれた携帯食をモグモグと食べた。

 生地をミニブロック型に硬く焼き上げたそれは、ちょっと大きなビスケット感覚で、モグモグと食べてしまう。


「これ普通にお菓子では? 非常食とか、嘘では?」

「いや、マジで、旅とかの携帯食品」


 真剣に疑う私に、ルクトさんは苦笑交じりに答えた。


「アーモンドも、クルミも入っていて……なんならチョコチップにチョコでデコレーション? お菓子では???」

「うん、まぁー……旅に携帯食品も、お洒落になったもんだな」

「本当に騙してません?」

「騙さないって」


 普通に美味しい。普通にお菓子。甘い、美味い。

 こんな危険地帯の魔物の寝床の前で、アーモンドでカリカリしたチョコレートコーティングされた焼きお菓子を食べるって……。


「他に食べ物がない長旅には、単調な携帯食にならなくていいですね……。どこの店ですか?」

「あ。これ、新発売の限定物だから、当分は売れ切れだと思う」

「どこのスイーツ店ですか? 騙しましたね?」

「ククッ! 騙してないって!」


 いや、本当に美味しいな、このお菓子。


 ガリガリモグモグと食べ続ける私を、ルクトさんは愉快そうに笑っては眺める。


 こうしている間も【探索】魔法で、周囲の警戒は怠らない。わかっている範囲にも、生き物はいるけれど、こちらに気付いていないのか、近付きたくないのか。目立った動きはしない。


 つい先程、倒したオークルナスの寝床は、ちょっとした洞窟の中にあった。小山程度の洞窟は、以前はクマのものだったはずだと、ルクトさんが推測したので、私も地面に敷かれたようにあるクマらしき毛皮を見て、同意見だと頷く。


「今までは、余裕で対処出来てるな」


 ガリッとルクトさんも歯で噛み砕いて、モグモグと咀嚼する。


「ルクトさんも、いてくれますしね」

「逆に対処しづらいんじゃないの?」


 言い当てるルクトさんが、意地悪な笑みを浮かべているから、ムッとしてしまう。

 もう一個、食べてやる。ガリガリモグモグ。


「ははっ。ソロで、群れに囲まれれば、周囲に魔法を放って一網打尽の方法もあるもんな。オレのこと、ちょっと気にしたのは、そんな魔法を使おうとしたからだろ?」


 全く以て、意地悪である。


 戦闘中に、ちょっと数が多い魔獣に挟まれた時に、自分を中心にして放つ魔法を使おうとした。

 でもルクトさんも攻撃範囲にいるから、やめたのだ。その視線に、彼は気付いていた。

 ソロが長いルクトさんとしても、一対多数の戦い方は、そう考えるはずだから、よくわかるのだろう。


 ゲーム内ではないので、広範囲の攻撃魔法を放ったら、そこにいた仲間がダメージを受けるのは当たり前。


「一人なら、その手を使うべきですよね? いえ、でも……わざわざ魔法を使わなくても、対処は出来ますか……」

「そうだな。まだ敵は、剣を一振りで倒せるから、いいんじゃないか。今んところは問題ないが……敵の強さと数が上がった時に、冷静でいられるかどうかだな。焦ってそんな魔法を放たれたら、味方が痛い巻き添えだ」

「その焦った状態で放つ魔法って、痛いでは済まないと思うのですが」


 ルクトさんが冗談で笑っているうちに、乾いた笑いでツッコミを入れておく。


「ルクトさんからしたら、どうですか? ちゃんと冷静に戦えてますか? 初戦でも、躊躇なく動けてはいましたが……やはり窮地に陥れば、冷静さを欠いてしまうでしょうか?」


 ここは、真面目に尋ねる。


 最初に遭遇した魔獣を瞬殺してしまった時も、自分がサイコパスだと思ったくらい、殺傷についても実戦についても、動転も混乱もなかった。

 ルクトさんの持論では、敵相手なら本能的に戦っては勝つ行動が出来てしまう戦士タイプだから。

 それは、どこまで通用するのだろうか。

 ルクトさんの客観的な意見を求めた。


「うん、今んところは、な。実戦経験がなくても、リガッティーは高い戦闘能力を備えた教育を受けたから、無意識であっても、全然余裕なんだろう」

「それもそうかもしれませんね」

「その無意識な余裕を打ち砕くような敵に、遭遇したら……どうなるか。リガッティー次第だ」


 今までの敵は、無意識でも弱者だと理解していて、冷静に戦えていたけれど。

 その冷静を吹き飛ばすぐらいの強敵が、いきなり現れてしまえば……ルクトさんの言う通り、どうなるのか、私も想像が出来ない。

 顎に拳を押し付けて、考えて込んでしまう。


「ルクトさんは、そんな状況に陥ったことがあるのですか? 急に強敵が現れて、不意打ちされて、動転してしまう状況。どんな時で、どうしました?」

「んー……オレだとぉ」


 腕を組んで首を捻ったルクトさんは、当てはまる出来事を思い出して、ポンッと手を叩いた。



「去年の夏休みに、下級ドラゴンのつがいと出くわしちゃって」

「ちょっと待ってください!!」



 両方の掌を突き付けて、全力で制止の声をかける。

 え、なに。という目をしているルクトさんの前で、私は胸に手を当てて、深呼吸をした。


 深く吸って、深く吐いて。

 獣臭が若干漂う、湿った土や潰れた草の臭いと、あまりいい空気とは言えないけれど。


 どうでもいいのだ。

 先ず、落ち着かなくてはいけない。


「ふぅー……。確認させてください。、なんですね?」

「あ、うん」

ですか?」

「うん、そう」

?」

「そう。つがいの」

「…………」


 ギュッと顔を歪めて、とんでもない話を聞き出してしまった衝撃を、じっとやり過ごす。


「ここまで、呑み込めました。……詳しい話を、どうぞ」


 ルクトさんが笑いを堪えて、肩を揺らしている。


 いや、うん……あなたにとったら、笑い事でしょうね!?

 んっ!?

 いやいやいやいやっ! 当時は、笑えなかったのでは!?


「引き受けた依頼の目的地に行くために、近道を突き進んだら、そこに巣を作ってた下級ドラゴンのつがいがいて。流石に、やっべーって焦った」


 絶対に、、って軽く言っていい場面じゃなかったはずだ。


「オスの方が、仕留めたばかりの魔獣を運んできて、メスに渡そうとしてたんだ。……メスがを温めてたから」

「たまご」


 空気が抜けるような声で、オウム返しをする。


 下級ドラゴンのつがいからの卵か。卵、ね。

 そうだよね。つがいなら、卵の一つや二つ、温めてるよね。ハハハッ!


「絶対に、卵を守るだろうから、気が立ってるだろうなーって思ってれば案の定、オレに2体揃って威圧の咆哮を向けてきたんだよ。まぁ、あんまりの状況に、頭まで固まってたから、逆に吠えてくれてよかったな。ビリってきた身体を動かして、なんとか戦闘した」


 下級ドラゴンの番と想定外すぎる遭遇をしたけれど、卵を温めてて気が立っていたから、幸いした?


 それは不幸中の幸いって、言っていいものなの?


 卵のために警戒心と敵意と狂暴さが、最高潮な時の下級ドラゴンの番と会ったのは、最悪と最悪が重なったと言えるでしょ?


 咆哮を浴びて、混乱によるフリーズから立ち直り、戦闘を開始が出来た、か。

 そこだけを聞けば、なんとか理解が追いつく話だ。



 ……ただ、やっぱり、下級ドラゴンのつがいと卵は、パワーワードすぎるっ。



「一体目に討伐した下級ドラゴンと同じくらい小柄だったし、ちょっと手こずっただけで、ちゃんと勝てたさ」


 笑い退けるルクトさんに、もう引きつった微笑を返すしかない。

 下級ドラゴンの普通サイズがわからないのだけど、今は知らない方がいい気がする。


「下級ドラゴンの鱗も、角も、牙も、爪も、目玉まで高額に買い取ってもらえるって知ってる?」

「え、ええ……つがいなんて、かなり儲けたでしょうね?」

「うん、まーね。

「……? あげちゃった? 誰にですか?」


 遠い目で放心しかけた私は、疑問点によって、引き戻された。

 ソロのルクトさんが、一体誰に高級素材を譲ったのやら。



「そのつがいに出くわす前に、商人の一行を見付けたからさ。声かけて、一緒に食べた」

「たべた」

「うん。下級ドラゴンの肉、弾力あって美味いから」

「ドラゴンのおにく」

「真夏だし、腐る前に、食べようってことで……まぁ、大勢いたけど、食べ切れなくて、燻製にしてた」

「……卵は?」

「オムレツにした。腕のいい料理人が何人もいてくれて、ラッキーだったな」



 やっぱり、魂が抜けるみたいに放心しそうだ。むしろ、意識を飛ばしたい。

 でも、頭を抱えて、蹲った。


「……ルクトさん。それ、隣国ですよね?」

「え? なんでわかったの? そうだけど?」


 ギュッと抱えた頭を締め付ける。


「メスのドラゴンの爪……金色でしたよね?」

「えっ! そうだけど、なんで知ってんの?」


「ぎゃあ~~~~~~」


「何、その棒読みで覇気のない悲鳴。大丈夫?」


 大丈夫かな。

 大丈夫ってどんな状況かな。

 うん、わからないわ。



「その金色の爪は、隣国の王子の首にぶら下がっていますよ!」

「マジで? ……あんなにデカいのに?」

「一つの爪を砕いて、爪の形に加工したネックレスにしたのです!」

「あー、なるほどー」

「そんな呑気でいる場合ではないですよ!」



 砕いても中は金のような色で、金ぴかな下級ドラゴンの爪素材をふんだんに使ったネックレスとなった。


 褐色の肌で、アラビアンな格好をした王子には、とてもよく似合っていたものだ。

 大富豪が目に悪いほどにキラッキラした黄金のアクセサリーを身につけるみたいな感じになりそうなものだけれど、あの王子は顔がいい、センスがいい、モテるイケメン、ということで、アラビアンなイケメン大富豪だった。いや。そこのところは、本当どうでもいいか。


「下級ドラゴンのお肉を食べたって商人の話、絶対に酔っ払い王子のホラ話だと思っていたのにぃっ」

「酔っ払い王子から、そんな話を聞かされてたんだ?」

「それよりも!」


 酔っ払い王子から聞かされたのは、それだけではない。



「その冒険者のこと! 王子は捜してるって言ってましたよ!」

「え? マジで?」

「笑い事ではないですっ!」



 下級ドラゴンの番を倒して、お肉と卵を近くの商人一行と、一緒に美味しくいただいた上に、素材さえも譲ったという、名乗らなかった冒険者をいたく気に入ってしまって、見付けてやると息巻いていたと私は、おかしそうに笑うルクトさんに話した。


「ルクトさんが知らなかったということは……まだ知られていないのですよね? 他に言いました?」

「……素材しか売ってないな」


 少しの間、振り返ったルクトさんは、今初めて話したようだ。


 下級ドラゴンの番の討伐。

 いや、報告すべき偉業ではないの……?


「目玉を提出すれば、討伐した数を記録してくれるからさ……わざわざ報告しなかった。オレはの報告の方に、気が散って」

「ルクトさん!? ルクトさん! ルクトさん!!」

「はい! はい!? はいっ、なんでしょうっ!?」


 声を上げれば、ルクトさんはビクッと震え上がって、連呼の分だけ返事をした。


「もっ、もうっ! 今日はお腹いっぱいです!! ルクトさんの武勇伝は、後日!! 後日お聞かせください!!」

「あ、ハイ。わかりました」

「隣国の向こうの海で、巨大魚(ハーヴグーヴァ)の討伐って! 何してんですか~っ!!」

「ギルマスから聞いて、面白そうだったから、あ、ゴメン」


 本当に情報過多である。特大濃厚すぎ。


 頭がいっぱいいっぱいである。


 ルクトさんは、隣国の向こうにある海で、クジラの姿に似ているけれど、あくまで巨大怪獣魚と分類されるハーヴグーヴァを討伐しに行った。

 その道中で、下級ドラゴンの番を討伐。



 普通に50人を乗せられる船を、一回の体当たりで転覆させる怪獣魚を討伐しに、海へ…………どんな夏休みだッ!!



 向こうで報告を受けたであろうギルド職員は、腰を抜かさなかっただろうか?

 あまりの事実に都合よく記憶を吹っ飛ばしたせいで、隣国の王子に知られずに済んでいるのだろうか……?


 ヴァンデスさんは、隣国の王子がルクトさんを捜していること、知っているのかしら……。

 確認しておかないと……!


 気に入られたなら、ルクトさんが名誉貴族になれるSランク冒険者になろうとする際に、この王国と隣国が、ルクトさんを取り合うかもしれない。


 ルクトさんが、前向きに名誉貴族になることを考えているのだ。両国で、いい条件を突き付け合う。そんな面倒事に発展させないように阻止しないといけない。


 この人は、あといくつ、衝撃を受ける爆弾的な事実を持っているんだ……!



「……ルクトさん。私は、ルクトさんが驚かすことよりも、私を動転する敵の出現って、早々ないと思うのです」

「お、おう……?」





「ちょっと待とうか???」



 深呼吸のあとに、真剣に考えて、結論を出して告げたら、ルクトさんにがしりっと両腕を掴まれた。


「え? ええ……。ルクトさんからすれば、私は敵ではないですよね」


 うんうん。一瞬で負ける想像しか出来ない。ハハッ。


「いや、そういうことじゃなくて」

「とりあえず、油断せずにここは乗り越えますので、早く帰りましょう。ギルドマスターと話したいことが」

「えっ、なんでギルマスっ? って、早速相談!?」

「んんんっ? 何の話ですかっ?」


 流石に私を驚かせて混乱させすぎたと反省したらしく、謝られた。



 指導担当から外されると恐れたのだろうか……。


 私もルクトさんを敵と言って、変に誤解させてしまったので、謝罪しておく。



 落ち着きを取り戻して、二人で一息ついた。


「で? いきなりギルマスに話したいって、どうしたの?」

「いや、それはその……確認したいことがあるだけです」

「どんなこと?」

「それは……」


 モジモジと合わせた手の指を動かす。


「オレには言えないこと?」


 下から覗き込むように、詰め寄ってきた。


 うっ……。出来れば、言いたくない。

 前向きに、名誉貴族になろうと検討しているのに、国同士が取り合うという面倒な展開になると知ったら……。


 嫌になるのではないか。

 ルクトさんが、私と会って、考え直してくれたのに。

 嫌になったら、同時に、私のことも……。



「……すっごく、思い詰めた顔してるよ。初めて見た」



 ツン、とルクトさんに、眉間を突かれてしまった。


「あいた……。すみません。ルクトさんといると、ついつい、感情が顔に出てしまうようで」


 良くも悪くも、表情が豊かすぎている。


 眉間をさすったあとに、頬をこねておく。

 ルクトさんは、気遣う目で見つめてくる。

 ルクトさん自身のことだし、遅かれ早かれ、ね。


「ギルドマスターと一緒に、あとで聞いてくれますか?」


 ここで話したくはない。

 この場で無責任にルクトさんが放り出すわけはないが、ギクシャクと気まずいまま行動は、嫌だ。


「……そっか。わかった。あとで、ね」


 ルクトさんは、引き下がってくれた。


「よし、じゃあ、ギルドマスターがいるかどうかはわからないけど、話すことを考慮したら……やっぱり早めに依頼を済ませるか」


 グーッと、ルクトさんは、立ち上がると背を伸ばす。

 私も身体を軽くほぐすために、動かした。


「そういえば、ルクトさんの討伐対象ってなんですか?」


 少なくとも、ルクトさんはまだ依頼の討伐対象に出くわしていないだろう。ここまでは【核】の回収だけで、まだ剣を一回も振っていない。自分の標的なら、自分で仕留めるはずだもの。


「………………」

「……ルクトさん?」


 答えることに、難しそうに眉間にシワを寄せて躊躇するルクトさんから、ジリジリと距離を取る。


「落ち着いて? リガッティー」

、落ち着いてますが?」


 言いながら、後退りする私を、ルクトさんは宥めようと両の掌を見せながら、刺激しないように気を付けていた。


「オレ達、ペアを組んでるじゃん?」

「そ、そうです、ね?」

「だから、連携プレーを頑張ってみようと思って、『黒曜山』に連れて来たの」

「はい……」


 言い聞かせるように、慎重に声をかけてくるルクトさんだが、私の気持ち的には不安が募る一方である。


「もっと奥に行けば、ちょっと指示し合いながらの戦いが経験出来るんだけど……」

「……な、なんでしょうか?」

「……オレが引き受けた討伐対象は、で」

「……な、なんでしょう?」

「泣いてない?」


 言い淀むほどに、レアな強敵なのだろうと思うと、ちょっと涙ぐみそうになり、情けない声が出てしまった。


 ルクトさんは、オロオロと優しく声をかけるしか出来ない。


 私が距離を取りたがるから、近付いて肩を撫でて宥める手段が取れないのだ。


「わ、わかった。オレの依頼は、ちょっとキャンセルしよう。別に必要ってわけでもないし、オレには支障ないし、他の冒険者が倒せばいいし」


 今日はもう驚きはお腹いっぱいの私のためにも、キャンセルを言い出した。


 ルクトさんがキャンセルすれば、他の冒険者に回って引き受けてもらえるだろうけど……。

 わざわざキャンセルすることないだろう。


 きっとルクトさんは、依頼キャンセルをしたことないだろうから、そんなキレイな経歴に傷をつけさせられない。


「せっかく来たなら……一緒に討伐しましょう」


 ちょびっと鼻を啜って、私からルクトさんに歩み寄って、ジャケットの袖を摘む。


「いいの? 大丈夫?」


 ルクトさんはまだ刺激しないように、そっと声をかける。


「はい……頑張ります……。受け止めます」

「う、うん。ありがとう?」


 いい子いい子、と頭を撫でられた。


 私は、あやされる子どもである。グスン。

 ルクトさんは、泣かれて困っていた青年である。


「じゃあ、教えるよ?」


 驚きの衝撃を受け止める覚悟が出来たところで、レアな強敵の発表。




 

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