19 今はいるじゃないか。




 依頼達成数や、魔物討伐数も、ランクアップする度に、増えたはず。

 でも活動次第では、一年でAランクへのアップは可能な条件設定なのだろう。


 ……いや、でも、やっぱり、学生生活をしながら、最速ランクアップは、理解が出来ない。


「日中に学園で勉強して、放課後や休日には冒険者活動って……そんな二重生活をしながらなんて……身体を壊さなかったのですか?」

「そんなヤワじゃ、Aランク冒険者になれないって」

「心身ともに疲弊するので、ランクアップどころじゃないって言いたいのですが」


 笑い飛ばすところではないのである。


「王都学園に入学したばかりで、冒険者活動も同時スタートしたようなスケジュール……さらには、一人暮らしなのですよね? 学園の寮だと門限などもありますし、ご両親も別なので一人暮らし……。一年中突っ走るような生活……本当に大丈夫だったのですか? 今更だとしても…………」


 本当に今更、大丈夫だとか大丈夫じゃないとか、聞いたところで変わらない。

 それでも、口にしてしまった。

 自分が満足出来ることを、言うために聞くために、言葉が出てしまう。

 身勝手だな、と唇を噛んだ。


 過酷だし、過労で倒れてしまうような生活じゃないか。

 せめて、家族がいればいいけれど、家に帰れば暗い部屋。ちゃんと食事はとっていたのだろうか、睡眠だって十分にとれていたのだろうか。ともに冒険者活動をするパーティーすらもいなくなって、一人で片っ端から戦いに身を投じた少年を思うと、胸が締め付けられる。


 それらを乗り越えたからこそ、最速ランクアップの最年少Aランク冒険者のルクトさんが、今いるのだろうけれど……。


 胸が苦しいから、私は胸元のシャツをきつく握り締めた。


「リガッティー。この話は、また今度でいい? 来週あたりとかで」

「……はい?」


 自己嫌悪を感じていたのに、真後ろから、なんか変な保留の提案をされた。


「嬉しすぎて、抱き締めそうだから、続きは今度で」

「……!?」


 どうしてそうなるの!?


 びっくり仰天した私は、ピンと身体を強張らせたまま、固まった。


 嬉しすぎるって……今の言葉に、そう思う要素なんてあっただろうか!?

 さらには、感情の昂ぶりで、抱き締めたいという衝動まで来るのはどうして!?


「今、言いたいのは、一つかな」


 ルクトさんの声が、また耳元に吹きかけられるような、そんな近い距離で聞こえた。



「今はリガッティーがいてくれるじゃないか」



 囁きかけたはずなのに、馬が走行する上でも、ちゃんと耳に届く。


 一人で最速ランクアップの最年少Aランク冒険者になったルクトさんだけれど。


 今は、私がそばにいる。


 両親も帰りを出迎えてくれない一人暮らしでも。ともに冒険者活動をするパーティーがいなくても。


 今のルクトさんには、私がいる。


 誰もが追いつけないような駆け抜けて、心身ともに疲弊した一年だったとしても。



 ――――今はリガッティーがいるじゃん。



 そんな似た言葉を聞いたのは、確か。

 ルクトさんが肩を並べるほどの強さを持つ仲間がいなくて、孤独な冒険になってしまい、そんな想像をしたら物寂しいと、私が言ってしまった時の返しだった。

 私なら、一人で冒険していたルクトさんに、ついていける仲間になれる。


 ルクトさんは、孤独も疲弊も口にはしないけれど、否定もしない。だから、きっと酷くつらいほど孤独だったはず。

 そのことに、チクリと痛みを覚えるけれど、その痛みは温かいものに包まれて溶けるように癒えた。


 私なら、そばにいられると信じてくれていることに、それを望んでくれていることに。

 感極まって抱き締めたいほど嬉しさを感じてしまっているルクトさんのせいで、胸の中は熱いほどに温かい。



 いや、もう顔も熱い。

 声を受けた耳だって、熱さのあまり溶けて、落としてしまいそうなほどだ。

 絶対に真っ赤に茹っているに違いない。



 目にしたであろうルクトさんが、小さく呻いた気がする。

 目の前の手綱は、ギシリと軋むほどに、きつくきつく握り締められた。

 何かを堪えている様子。本当に抱き締めたい衝動にかられていたりするのだろうか。

 今はやめていただきたい。私も限界。


「コホン! つまり、えっと……その。両立しながらの活動でも、ランクアップの条件は……本当に最速で満たせたのですね? モンスタースタンピードで有利になったものはなんですか?」


 私もルクトさんも、一先ず気を逸らして、会話を再開する。


「そうそう。かなり、モンスタースタンピードの活躍が、ポイントを多めに入ってくれたんだよな」

「どんなポイントですか? また、依頼件数や討伐数など以外の条件は……どんなものがあるのですか?」

「ああ、それな。んー、特別枠な条件があるんだよ」


 特別枠な条件?


「例えば、そう、二年前のモンスタースタンピードに参加しただけじゃなく、大活躍した姿も目撃証言もらってたから……その実績、功績で、Bランクアップに必要な条件をいくつか、免除されたんだ」

「免除、ですかっ?」

「うん。まだ満たしてないかった依頼達成件数の条件とか、功績があるから、代わりにクリアしたことにしてランクアップしていいよ〜、みたいな」


 大規模モンスタースタンピードによる活躍により、免除された依頼達成件数の条件……具体的な数字を聞くのが、怖いわ。


「それなら……一年の活動時間でも、ランクアップに必要であろう依頼達成件数が足りなくても、免除になる条件で補えたわけですね」

「うん。まぁ、その時限りなんだけどな」

「というと?」

「ランクアップしたいって時に、とりあえず、特別な条件はクリアしてるから、その時のランクアップが許される。でも、次のランクアップには、また必要な依頼達成件数や討伐数の条件は、満たさないといけないんだ」


 なるほど。

 特別条件は、ランクアップの際に、複数の条件が未達成でも、それを一時だけ免除。それでランクアップしても、次のランクアップの条件では満たさないといけないものとしてある。


「他にも、ある幻級の高嶺の花を取りに行く試練で、そこに辿り着くまでに手強い魔物がうじゃうじゃいるから、乗り越えて花を持って帰れば、強さを認められる特殊な条件とかあるぜ」

「それは、本当に特殊な条件……面白いと思ってもいいのですか?」

「オレもおかしいと思うから、いいよ」


 特殊な条件があるのだなぁ……。特別枠である。


「まー、そこら辺を上手く条件クリアすれば、最短ルートでランクアップも出来るわけだ。ある意味、それらが飛び級制度みたいな救済措置か。あっ。ギルドマスターに、本気の飛び級制度みたいなランクアップの相談し忘れた」


 単純な数こなしでなくても、他の手段でも条件をクリアして、ランクアップの近道が出来るという話を聞いていたら、ルクトさんは忘れていてもよかったことを思い出してしまった。


 私のために、飛び級試験みたいなことを設けられたらどうしてくれるの。


 冗談抜きで、Bランク冒険者に上がっては、下級ドラゴンを討伐させられてAランク冒険者にされるかもしれない。

 ルクトさんは、自分の最速記録を守ってほしいな。塗り替えさせないで。特に、私に。


「ルクトさんは、前にも依頼達成件数に関しては、自分の今のランクの依頼をこなした方が早いって言ってましたものねぇ」


 現在のランクよりも、一つの下のランクの依頼で、達成数を稼ぐというやり方がある。

 でも、実力があるなら、現在ランクの依頼を達成する数を増やした方が、速い。単純に稼いだ数字のみは、見れらないはず。


「……ルクトさんが、今まで達成した依頼数って……あっ、いえ、なんでもありません。忘れてください」


 思わず、振り返って尋ねようとしてしまった。

 顔が近すぎることよりも、絶対にその数が恐怖を覚えるほどだと直感して、ピシッと前を向く。


 すでにルクトさんはSランク冒険者になる条件を一つを残しているだけで、それ以外は満たしているのだ。


 冒険者ランクで、最頂点の座。

 歴史に名を遺すSランク冒険者のこなすべき依頼達成数や魔物討伐数は、想像を絶する数なのは当然。


 二年もAランク冒険者をやっていたのなら、とっくに満たしているはず。

 尋常じゃない数を、大幅に積み重ねたに違いない。


 なんていったって、下級ドラゴンを5体討伐すればいい条件を、10体討伐という二倍の数にしちゃった規格外最強冒険者だ。


「では、ルクトさんの質問の番ですね」


 絶対に腰を抜かす数を明かしそうな意地悪な笑みを浮かべた気配がしたので、この話は強制的に切り上げた。

 次の質問タイムに移動だ。


「質問かぁ。迷うなぁ。あれもこれも、知りたい」


 ルクトさんは素直に、私への質問を考えてくれた。


「ルクトさんみたいに、最速ランクアップの最年少Aランク冒険者という偉業などはありませんから、大きな質問はないですよね」

「いやいや。リガッティーにだって、高位の貴族令嬢の身分だけじゃなく、王族に嫁ぐ予定だったんだぜ? 十分大きな質問が出来るさ。オレはそれはもう聞いた気がするから、もっとリガッティーの好き嫌いとか、細かいところを知りたいな」


 偉業だとか、肩書きとか、そういうものよりも、その人自身の情報を得たい。

 確かに私は婚約破棄に関する愚痴についで、婚約を結んだ経緯や恋愛感情なしとか、かなり話しすぎている。別に秘密でもないので、話しすぎ、は言い方が違うか。

 小さな質問を多くして、知りたい……?


「例えば?」

「だから、好き嫌いとか。甘い物が好きそうだから、どんなお菓子が一番好きなのかなーとか。どんな料理が好きで、どんな料理が苦手とか。リガッティーの中での一番いい思い出とか」

「それは、えっと……」


 いきなり、ぐいぐいくる質問責めだ。


 したことないけれど、お見合いか何かかな?

 とにかく、私の詳細が知りたいことはわかった!


「そ、それなら、一緒に答えればいいのでは?」

「あ。同じ質問に、それぞれ答えればいいんだ? じゃあ、そうする?」


 ご機嫌な声が、私を誘う。

 互いを知るための、小さな質問の答え合い。

 そんなやり取りが、ちょっと楽しくもあり、嬉しくもあり、むずむずとこそばゆい感じがしそうだ。


「いいですよ」

「うん。じゃあ……って、あれ。もう見えてきちゃったな」


 残念がる声からして、もう大馬のハスキーから降りて、危険地域に入らないといけなくなったらしい。

 黒っぽさを帯びた鬱蒼とした森が、近付く。


「また次にしよっか」

「そうですね」


 別にそんなに急ぐことないだろう。今日だって、このあとに質問タイムを再開するチャンスがあるはず。


「あっ。一つだけ思い付いた」


 ルクトさんが、手綱を引いて、大馬の走行を緩める合図をした。


「ギルマスの部屋で、王室魔術師から話を聞いたみたいだけど……知り合いがいるの?」

「あ、はい。昨日家に帰ったら、待っていたんですよ。噂で知って慌てて会いに来たご令嬢の付き添いのついでに、王室魔術師長の頼みで私の様子も確認したかったそうで。その際に、聞き出しました」


 ルクトさんが二年前のモンスタースタンピードで活躍したであろう話を。

 大馬のハスキーが、足を止めたところで、ルクトさんは先に地上に降りた。


「王室魔術師長? なんでまた」

「会談の日に立ち会うそうです。王室魔術師になってきた優れた魔法の使い手の一族であるオオスカー侯爵家の名前はご存知ではないですか?」

「あ。知ってる。てか、見かけたことあるな。ギルマスが知り合いらしい。まぁ、わりと大物貴族と面識ある立場だからか」


 ルクトさんも、やっぱり知っているか。

 王国では、優れた魔法の使い手として有名な一族だもの。


 ギルドマスターの立場も、モンスタースタンピードなどによる戦力が必要になる事態などにも備えて、王室で誇る戦力である魔術師や騎士の長と面識を持つのは、なんら不思議ではないだろう。


「現当主であり、王室魔術師長のオオスカー侯爵様には、昔も引っ付いて魔法を教えてもらってましたので、可愛がってもらった方なのですよ」


 だから、彼も心配してくれた一人であると、私を降ろそうとするルクトさんと攻防しながら答える。


 一人で降りれるのに、何故両手を伸ばすの?

 子どもみたいに脇を持って下ろす気? やめて?


 伸ばす手を拒んで掌を突き付けたのに、ルクトさんは諦めることなく、その手を掴んで引っ張ってしまう。

 傾いた私の身体の腰を掴むと、巨大な馬からひょいっと持ち上げては、地面に下ろした。


 腰を……腰を、持たれるとはっ……!


「じ、実は、そんな私を王室魔術師にしたかっただなんて、そうまで思われていたことを、昨日会った次男である魔術師様が教えてくださ、って……」


 まだ腰にルクトさんの手が置かれていることに、ドギマギする。

 私の手は、ルクトさんの肩の上に置いてしまったので、まるでダンスをするための距離と姿勢となってしまっていた。

 当然、ダンスをするわけではないので、離れるべきなのに、ルクトさんが動こうとしない。

 ルビー色の瞳が、じっと私を見つめる。覗き込むように。


「……」


 ルクトさんは、口を開いたが、すぐに閉じた。

 言葉を選ぶように、少し視線を揺らしたあと、再び口を開く。


「リガッティーは、魔法に夢中だった幼少期……王室魔術師になりたかったの?」


 目をパチクリと瞬いてしまう。


 私の身分からすれば、王室魔術師を目指しても、不思議ではないか。

 夢中になるほど魔法が好きだったこともあり、王妃候補にならなければ、そんな進路を選択したかもしれない。

 多分、この質問は、これから王室魔術師長が望むように、王室魔術師になるのかどうかの問いも含まれている。


 ……腰をしっかり押さえているルクトさんの両手が、それを許さないみたいに、力を入れている気がするのだけど……気のせい?


「いえ……選択肢には入れていたかもしれませんが、覚えてはいませんね……」


 将来なりたい。そんな強い憧れがあったなら覚えていただろうけれど、私はただ、魔法の勉強に夢中だっただけ。


「……ふぅん。そっか」


 ルクトさんはやっと腰からの手を離してくれたので、私も肩から手を引っ込めた。


 ……ルクトさんとしては、王室魔術師よりも、冒険者でいてほしいのかしら。

 さっきのように……一緒に冒険したいから………………。


 でも、反対だなんて、口にはしない。


 大馬のハスキーにお礼を込めて、額から鼻を撫で下ろす。

 ぶるるっと、返事をしたハスキーを方向転換させたら、お尻を叩いて、帰るように指示をしたルクトさん。


「よし、じゃあ、ここからな。【探索】を発動、それから、素早い移動の気配があれば、【防壁】を準備」

「はい」


 いよいよ、気を引き締めるべき地に侵入だ。

 剣を確認して、準備は最低限あると、自分を納得させるように一つ頷く。


「『火岩の森』よりは、少しは手応えがある程度のレベルだけど、量には気を付けるんだ。スピード特化な魔物もいるし、複数で狩りをする魔獣もいるし、臨機応変に戦うんだ。今日は、前情報なし。リガッティーが、先に聞かなかったからだ」


 ルクトさんは助言をするけれど、意地悪にニヤリと口元を上げて、私を指差した。


「うっ……。以後、気を付けます」

「うん。それでいい」


 昨日と違って、ルクトさんから、出没する魔物に関する情報を、聞き出していなかった。

 情報収集するという準備を怠るなんて、武器を忘れてくると同じこと。

 深く反省した。


「オレという指導の先輩がいるからといって、いちいちその場で教えてくれるとは限らないからな。まぁ、今日のところは、想定してなかった魔物と遭遇した時の臨機応変の戦いも経験しておこう」

「はい。……やっぱり、ルクトさんはいい指導をしてくれますね。……意地悪はしないでください」


 情報収集を怠った失敗をしたけれど、いい機会だから、想定外の相手との戦いを経験すると、これまた臨機応変な指導を決めてくれる。


 その点を、優れた指導だと素直に褒めたけれど、また言質にとって、意地悪しないでほしい。


 いい指導者だと褒めたからと言って、ほぼ強制的に新人に相応しくない場所に連れて行くとか。意地悪である。

 ムッと口を尖らせたけれど、ルクトさんは軽く笑い流す。

 むぅ!



 ルクトさんの助言通り、鬱蒼とした黒っぽさがある森の中に入る前に【探索】魔法を発動。

 すぐさま、私の【探索】範囲には、気配がいくつかある。

 流石。王都の近所で、一番危険な山。早速の出没か。

 数も多いと、動きに警戒をしながらも、左右を見回す。


 引き受けた依頼の『白わたわた』は、見当たらない。


「ないね」


 私が口にするより先に、ルクトさんは『白わたわた』をこの付近では採取出来ないと断言する。


「奥に、『白わたわた』畑が、いくつかあるはずだ」

「探し当てるのですね」

「そういうこと」


 本来のFランクの依頼ならば、入り口付近にあるはずの『白わたわた』畑がなければ、そこで達成失敗と判断すべきだろう。


 しかし、それを無視して、私はルクトさんの指導の元、新人には荷が重い『黒曜山』の麓をうろついて、依頼達成のために『白わたわた』畑を見付けて採取をするのだ。

 探し当てるという目的の中には、遭遇する魔物や魔獣を討伐するという経験を重ねることも含まれている。


 むしろ、そっちがメインだ。




 ルクトさんからは情報を引き出さなかったけれど、有名な危険地域なので『黒曜山』に出没する魔物は、大半知っている。


 一年生の時、レインケ教授から教わった。


 名前、姿、形、習性、弱点。

 おさらいのように、遭遇した魔物を頭の中で思い出しては、討伐した。


 大抵は、あちらが匂いか気配に気付くようで、襲いかかってくる。


「……ふぅ」

「流石に疲れた?」

「いえいえ」


 ちょっとだけ、息をついただけで、疲れたというほどではない。



 ほぼ休みなく、飛びつく魔物を仕留めると、血を嗅ぎつけたように魔獣が飛び込み、新たに魔物が湧いてくると、連戦した。



 倒した魔物達から【核】を取り出す暇もない。


 そんな私の代わりに、ルクトさんが余裕綽々で【核】を取り出して集めてくれるので、私は戦闘に専念させてもらった。



 弱肉強食。弱い魔物は、動物にも食われて、そして魔獣に変わる。


 瘴気を取り込んだ【核】を持たない、普通の生き物だって、生息が出来るが……やはり奥に連れて、魔獣が多いようだ。



 奥へ奥へと進めば、当然、危険度は増す。


 野犬のような魔獣の群れや、ディーラビットと呼ばれる一角の角を額に生やした巨大兎型の魔物のつがいや、うりぼうのように小柄な猪の群れなのに魔獣化で襲い掛かってきたり……。


 今のところ量で攻められているけれど、一撃で仕留めていることに変わりない。


「これは……黒曜石ですか?」


 ふと、ちらほらと地面に尖った黒い石が転がっていて、気になったので確認する。


 この『黒曜山』の由来。山全体が、黒曜石で出来ていると思われているからだ。


 黒曜石は、突き詰めれば、火山岩だ。大昔に噴火したことにより、出来上がった山が、黒い黒い黒曜石だったまでのこと。


 おかげで、この世界の黒曜石の価値は、とても低い。鉄くず同然。


 ここで採取したところで、使い道はせいぜい、貧困層の子ども達が身につけるアクセサリーに作り変えるくらい。

 あえて、デザイナーが黒曜石を取り入れて、アクセサリーを生み出しても、反応はイマイチになってしまうほど。

 黒曜石の価値は、底辺だ。


「この先には、もっとある」

「どうして、道端に転がっているのですか? ……割れたみたいな形ですが」


 気になった理由は、そこに落ちていることよりも、その形だった。

 ゴロゴロと、石の塊で転がっているなら、疑問はない。

 ただ……妙に、大きな塊が砕かれた破片のように見えてしまったのだ。


「行けばわかる」


 ルクトさんが軽く顎をクイッと動かして、先に行くことを促す。


 その間も、魔獣が湧いてくる湧いてくる。


 またディーラビットの番が、立ちはだかってきた。


 巨大な兎型魔物は、明らかに脚力が強力そうな大きな脚をバネにして、額の角で一突きしようと突撃してくる。常に、番で狩りをする習性があるので、二体の連携プレーには注意が必要だと、授業でチラリと聞いた覚えがあった。


 一体が突撃して避けた先に、先読みした一体が襲いくる動き。


 ちょっとその動きを観察するために、ひょいひょいとかわすくらいには、余裕に対処出来た。【テレポート】を使用して、避けたり、背後に回ったり、そんな必要もない。

 サクッと、剣を振って、首を落とす。



 結構動いたと、額の汗を袖で拭えば。

 見上げると首を痛めるほどの、巨人が出没。


 狼男のように鋭い目と耳、鼻は大きすぎて豚のようで、顎は突き出している強面。

 でっぷりとしたお腹には、一体何を入れたのやら。


 前世の世界では、オークと呼ばれる魔物だと思うけれど、ここではオークルナスと呼ばれている巨人型の魔物。

 手にある真っ黒いこん棒を見て、気付いた。

 あれは、黒曜石だ。


 そのこん棒が振り上げられれば、あとは振り下ろされる。

 地面を蹴って横に避ければ、ガッシャーンと砕け散った音を鳴らす。地面と衝突したせいで、コロコロと黒曜石の破片が落ちる。


 なるほど。

 オークルナスが武器として振るう黒曜石の残骸が、先程転がっていたのね……。

 トロールも木を引っこ抜いては、それを武器として振り回すこともあるけれど、結局は敵を叩き潰すために振る知能しかない。


 ブンブン、と振られる黒曜石のこん棒を、かわして、足元に滑り込む。

 足を切りつけてバランスを崩したかったのだが、思うように深く切れず、巨人も堪えてしまった。

 仕方ないので、左手でズゥンッと渦巻く水を出して、水属性の【水槍みずやり】の魔法で、顎の下から頭の頂点まで、貫いて仕留めた。


   ドッスーンッ。


 巨体らしい大きな音を立てて、倒れたオークルナスを見向きもしないで、黒曜石のこん棒に近付いて触れる。

 押してみるだけでも、かなりの重さだとわかった。そして、耐久性もそれなりにあるのだろう。あんな風に地面に叩き付けられても、表面が砕けるだけとは……。


「コイツの寝床が、近くにあるはずだ」

「ねどこ」


 思わず、棒読み気味に、オウム返しをしてしまった。

 そこを見付けろ、とのことだろう。


「周辺は、少しは落ち着いているはずだ。そこで昼食な」


 オークルナスは、ここではそれなりに強い魔物。だから、住処である周辺には、もう獲物になる魔物も魔獣もいない可能性がある。

 近付くことも可能性としては低いはずだから、一息つく場所には持ってこい。


 昼食を済ませようと、ルクトさんが空を指差す。

 もうすっかり、太陽が真上にいた。







 ――――その頃。

 王都にいるジュリエットが、新しい動きをしたのだけれど、それを知ったのは、五日後だった。



 

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