05 後輩が可愛い。(ルクト視点)




 四年生に進級した。毎年行われるパーティーに参加して、タダ飯を味わう。

 進級なんて余裕だし、パーティーを開いてまで祝うほどじゃないけれど、毎年この美味いタダ飯を好きなだけ食べれるから、楽しみの一つである。

 貴族の生徒も多い王都学園だから、パーティーの料理のレベルが高い。平民の生徒には、棚ぼただろう。証拠に、同じ平民の友人達も、料理が並ぶテーブルの前で、見苦しくない程度でがっついていた。


 年齢確認されて、成人済みだとわかってもらってから、シャンパンをグラスで受け取る。保護者も参加する進級祝いパーティーだから、酒も用意されていて、飲み放題だ。うん、美味い。


「ハルヴェアル王家の第一王子ミカエル・ディエ・ハルヴェアルは、リガッティー・ファマス侯爵令嬢との婚約を破棄するとここで宣言する!!」


 そんな声が高々と響いてきたから、ゴフッとシャンパンを噴き出した。幸い、グラスの中に戻っただけで、制服を汚さずに済んだ。


 婚約破棄だぁ?


 平民同士でも、求婚をして承諾をしたら、結婚式当日まで婚約関係になる。その婚約を解消するなんてなったら、片方は幸せから不幸へ突き落とされる思いをするんじゃないか。想像だけど。


 貴族だと、家同士で決めて、政略結婚をする。それは常識で知っているし、クラスメイトで婚約者がいる貴族の生徒は少なくない。

 中には、ちゃんと恋愛感情を互いに持って、いい関係でいる婚約者同士がいる。


 だが、は間違いなく、政略結婚による婚約の末の問題発生に違いない。


 しかも、この王国の王子だ。確か、一つ下の学年だったはず。


 そんな王子が、白昼堂々、しかも全校生徒と保護者が参加するパーティーのど真ん中で、婚約破棄を言い渡した。

 周囲を見てみれば、状況が呑み込めないような、理解出来ていないような、呆けた反応をしている生徒と保護者だけ。

 絶対に、非常識な出来事だと確信した。


 王子らしき声は、なんとか子爵令嬢に対する自分の婚約者の罪を、口にし始める。内容は嫌がらせみたいだが、エスカレートした嫌がらせの罪が並べ立てられていく。


 公衆の面前で、罪を明らかにして、断罪か?


 野次馬根性で声の方へと生徒をかき分けて、行ってみれば、周りが少し距離を取って囲うようにしているから、すぐに渦中の人物達だとわかった。


 真っ赤な髪の男子生徒が、王子だ。

 隣には、薄い金髪みたいなストレートヘアの女子生徒が立っている。彼女が、なんとか子爵令嬢か?

 王子の後ろには、三人ほど男子生徒がいる。

 対峙するのは、たった一人の女子生徒だ。


 おいおい。


 呆れて言葉が出ない。

 なんだよ、この状況。

 少女一人を孤立させて、王子がを後ろに引き連れて、全校生徒の注目が集まるパーティーのど真ん中で、晒し上げているのか?


 ふざけんなよ。


 王子が断罪しようとしても、せめて場を改めさせるためにも、その少女を助け出そうと一歩、動いた。

 だが、一歩だけだ。


 少女が左手を動かしていることに気付いて、止まってしまった。


 床に向かって、控えめに掌を動かすその仕草は、誰かに動くなと制する指示を送っていると気付く。

 その先を見てみれば、顔が青ざめたり真っ赤になっていたりしている女子生徒達だ。男子生徒も女子生徒も、くだんの少女の元に駆け付けたいであろう生徒を押さえつけている。


 ポカン、としてしまった。


 照明で紫の艶を放つ黒髪が腰まで届いたロングヘアーとアメジスト色の瞳を持つ少女は、凛としたと表現することがしっくりする姿勢で、一人で立っている。

 真っ直ぐに、罪状を周囲に聞かせるような声で言い募る王子と睨みつける子分達と、向き合っていた。

 孤立している状態なのに、助けを求めない。むしろ、拒んでいる。


 あ。そうか……。友人達が、に巻き込まれないようにしたいのか。


 そう気が付く。

 王族と真っ向から立てつかせないため。だから、自分一人で、立ち向かっているんだ。

 冷静に見える横顔を、見つめてしまう。

 遠くから、見かけたことがあったけれど……美少女だ。

 その佇まいだけでも、高貴な気品が伝わる。流石、王子の婚約者というべきか。

 なんて思っていれば、その王子が、なんとか子爵令嬢を、魔法で危害を加えた罪を口にした。

 この婚約者は、婚約破棄されているところだと、我に返って思い出す。


 そんな罪を犯した人間だから、婚約者に相応しくないって、言いたいのか?

 それって、こんなパーティーのど真ん中じゃなくちゃいけないのかよ?


 疑問に思っていれば、黙って聞いていた王子の婚約者、リガッティ・ファマス侯爵令嬢がやっと口を開いた。

 だが、彼女の静かな声は、即座に遮られる。

 なんとか子爵令嬢の声によってだ。


「やめて!! 闇魔法を使わないで!!」

「……は?」


 わりと低い声が、思わず出たみたいな侯爵令嬢に、噴き出しそうになってしまい、奥歯を噛み締めてグッと堪えた。

 侯爵令嬢が、そんな声を出すのも無理がない。

 全然、闇魔法を発動する気配はなかったからだ。闇魔法どころか、他の魔法すら一切使おうとはしなかったというのに……。

 的外れな声が響いても、当然、何も起きない。

 王子達もバカみたいに身構えていたから、笑わないように腹筋に力を入れた。

 完全に静まり返った会場で、今笑ったら、オレが注目されてしまう。


 やっと思い出した。

 なんとか子爵令嬢は、確か希少な光属性の持ち主ってことで有名な女子生徒だ。名前は知らない。現在、学園では三人くらいいるらしいが、一番強い光属性の魔法を使えるとか。

 だから、反対の属性である闇属性の魔法には敏感に反応するんだろうけど……本当に的外れすぎる。

 ということは……侯爵令嬢も、闇属性を持っているのか?


「……なんの真似でしょうか? ジュリエット様」


 水を打った会場に響くのは、冷めた声だ。

 侯爵令嬢のアメジスト色の瞳は、呆れたように細められて、子爵令嬢を見据えた。

 子爵令嬢は身を縮めて、闇の気配がしただとか嘯くから、ピンときた。

 しかも、王子が子爵令嬢を侯爵令嬢から引き離すようにして自分に引き寄せながら、侯爵令嬢の闇の魔法の暴走を恐れていたと言い出したものだから、確信した。


 なんだよ、これ。茶番じゃん。


 侯爵令嬢は、きっと無罪だ。

 濡れ衣を押し付けられた上に、公衆の面前で婚約破棄を受けるという、屈辱的な特大なショックを受ければ、心が弱い者は、魔法の暴走を起こすこともあるだろう。


 子爵令嬢は、それを望んでいた。

 外見は清廉潔白の儚げな美少女って感じなのに、腹黒いんだろうな。神聖扱いされやすい光属性の持ち主なのに、悪女かよ。おえーっ。


 じゃあ、なんだ? これは、王子が子爵令嬢に唆されてやっている劇か?


 闇魔法の暴走が起きても、強い光魔法が使えるなら、誰一人傷付くことなく、守れる。そうすれば、最早、救世主扱いになるんだろうな。王子を守ることになるんだから。

 むしろ、それが狙いだろう。

 実際に、王子を守るために、前に出たしな。


 だが、残念。

 闇魔法を暴走させるほど、あの侯爵令嬢は心が弱くない。むしろ、強いんだろうな。

 侯爵令嬢も、オレと同じ推測が出来たようで、こんな目に遭っても暴走して、王子も他の誰かも、傷付ける愚行はしないときっぱりと告げた。

 本当に冷静な対応をするなぁ、と感心してしまう。一つ、歳が違うだけなのに、オレよりしっかりして、大人びている気がする。

 きっと未来の王妃として教育を受けた賜物だろうなぁ……。流石、未来の国の頂点に選ばれし者ってか? ……反対に、王子は酷い。

 無実だと主張する侯爵令嬢を、王子は鼻で笑って見せる。

 子分その一に、証拠を出すように指示するが、侯爵令嬢はこの場では相応しくないからと諭して止める。


 うんうん。絶対に、こんなところでおっぱじめていい案件じゃねーよ。当たり前じゃん。なんで王子はわかってなかったんだろうな。なんか悩んでるんだけど、場を改めて設けるの一択だろ。


「ジュリエット様」


 侯爵令嬢が、子爵令嬢に向かって告げる。


「ここはゲームではなく、現実世界なのですから、夢を見るのもおよしになって」


 酷く冷めた物言いだ。言い聞かせるような声で、軽蔑を含む見下すような眼差し。


 ゲーム? ゲーム感覚で、こんな事態を起こしたってことか? 質悪すぎだろうが。


 そんな言葉を受けた子爵令嬢は、理解出来ないみたいな歪んだ顔になったのが見えた。うっわー……。

 侯爵令嬢が肩を落とすから、きっと彼女の言葉は届いていないと感じたのだろう。


 子爵令嬢は、罪を認めろとねばる。

 侯爵令嬢は、威風堂々ときっぱりと無実を主張。

 一方は駄々をこねる子どもで、一方は容赦なく却下をする大人のやり取りに思えてきた。おかしくて、また笑いそうだ。


 なんか王子が、罪悪感を抱く心がないだなんて、言い出した。

 子爵令嬢の肩に断りもなく触ったのを見て、ようやく、王子は子爵令嬢に恋愛感情を抱いているのだと察する。

 それでこんな真似をしているのかよ。不快感が沸き上がった時だ。


「魔族のように闇属性の魔法を使うに、心を痛めることはない。ジュリエット」


 王子の差別発言が、放たれた。

 怒りが沸騰するように込み上がる。

 魔族と闇属性を、悪だと貶める差別発言。

 ほんの一握りの人間が、そんな差別発言をすることは知っていたが、一国の王子がそれを言うのはだめだろうが。

 自分の立場わかってねーのかよ。自分の言葉が、どんな影響力を及ばすのか。いや、わかってないから、こんな婚約破棄をするんだろうな。


 オレの祖母は魔族のハーフだったから、当然、魔族の血が流れているし、オレも侮辱されていると感じた。オレだけじゃない。この会場には、魔族の血を持った生徒が何人もいるんだ。


 闇属性だって、悪党だけが使う魔法なんかじゃない。

 王子が手を握った女が、神聖扱いされる光属性持ちだとしても、中身は悪女だぞ。属性で、善悪を決めんな。

 だいたい、こうして毅然とした態度で向き合っている元婚約者に向かって、””呼ばわりも癇に障る。

 友人達をコレに巻き込まれないように、一人で対処しようとする少女に、痛める心がないだって?

 こんなんが、未来の国王になるのかよ? ふざけんな!


 また突っ込みそうになったオレの動きを止めたのは、彼女だった。


「僭越ながら言わせていただきます、殿下」


 強い声で前置きを言い放つ侯爵令嬢は、やはり強い声で、今の発言は間違っていると進言したのだ。

 しかも、ちょっと逆撫でするような言葉も交えて、王子が慌てて弁解する前に畳みかけた。

 差別発言は恥ずべき行為だと、公衆の面前で注意された王子は、怒りで顔を真っ赤にしている。


 声を出すのは堪えたけど、笑みを溢してしまった。


 侯爵令嬢のおかげで、胸がスカッとしたからだ。さっきの沸騰するような怒りなんて、なくなった。

 婚約破棄を言い渡されても、濡れ衣で責められても、冷静な様子だったのに。

 差別発言に対して、怒りを露にした侯爵令嬢を見つめてしまう。

 自分も闇属性を持っているけれど、きっと自分のためじゃない怒りだ。



 ――――なんて、眩しい少女なんだろうか。



 惚れ惚れするって、こんな気持ちのことを言うんだろう。

 そこにいる少女は、間違いなく、誰よりも気高い。

 そんな彼女に見惚れている間に、断罪は中途半端に強制終了させられた。


 コレを引き起こした王子達の代わりに、丁寧に謝罪をして頭を下げる侯爵令嬢は、自分はいなくなるから祝いのパーティーを続けてくれと告げて、颯爽と歩き去る。


 やっと学園の関係者が、パーティーを再開させる声を聞き流しつつも、かっこよく退場した彼女が出ていった扉を、呆けたまま見つめてしまった。


「とんでもない見世物だったな……」


 友人の一人が、感想を零す。

 進級祝いパーティーを再開しろと言われても、今の話をせずにはいられない。


「あの令嬢……かっこよすぎだな」


 思わず、オレは本音を口にする。


「確かにな。……でも、可哀想に。傷物にまでされちまって」

「傷物?」


 かっこいいと思ったのは、オレだけじゃなかったみたいだが、友人の一人が言った”傷物”に反応した。


「婚約破棄ってだけでも、不名誉だぜ?」

「非がある相手に、一方的に婚約を破き捨てるのが、婚約破棄だ。令嬢には、痛すぎる傷だろうよ」

「それを公の場でしたんだぜ? この醜聞は、国中に轟くだろうな」


 侯爵令嬢が、有罪か無罪か。それはさておき、気の毒だと友人達が少し声を潜めて話す。


 あんなにも、揺るがないみたいに強さを持っていても……彼女は、傷付けられたんだ。

 王子の婚約者として、貴族令嬢として、一人の少女として。

 絶対に彼女には非がないというのに、醜聞になって、国中まで広がっていく。


 助けてやりたい。

 そう思ったところで、平民のオレが、王族と高位貴族の問題に、手助けどころか、首を突っ込むことも出来ない。


 いや、でも。

 Sランク冒険者ならば、名誉貴族になれるそうだ。

 国王から爵位をもらうのは、その国の代表冒険者になるということ。国の要請を受けて応えないといけない義務を課せられる。

 この学園に通いながら、貴族達を観察して、名誉貴族になるかどうかを考えていたけれど、やっぱ面倒だと結論を出していた。

 それを撤回して、彼女の助けが出来るなら、名誉貴族になろうか。


 そう過ったのだが、すぐに乾いた笑いを零す。

 Sランクに上がるための条件は、あと一つ。

 後回しにしていたのは、退屈な新人指導という内容だったからだ。今年中にはやろうとは思っていたが、条件は30日間の指導。その条件をクリアしたところで、30日後には、決着がついているに決まっている。とてもじゃないが、間に合わない。

 そもそも、名誉貴族になっただけで、やっぱり首を突っ込めるわけがない問題だろう。

 全然関わりがないんだ。関われる理由がない。

 そう言い聞かせるように、助けたいって気持ちを抑えつけて、シャンパンを喉に流し込んだ。


 きっと、大丈夫だ。


 威風堂々としていた彼女なら、無事解決が出来るさ。


 そう思うことにしたけれど、未練がましく、翌日には後回しにし続けたランクアップの最後の条件をクリアしようと、新人冒険者の指導をするために、ギルド会館に足を運んだ。

 タイミングよく、登録したばかりの新人冒険者がいるからと、待合室に向かえば、そこにいた。



 あの紫に艶めく黒髪ではなく、鮮やかな青色の髪になっていたが、間違いなくだと一目でわかった。



 心臓が止まりかけるほどの驚きに、固まってしまった。


「こんにちは。リガッティーです」


 そう挨拶する声は、昨日とは違って、可愛らしさがあるように聞こえる。

 ただ立ち尽くすオレを不思議そうに見て、首を傾げる仕草も、可愛い。


 もしかして、そっくりさんか? と疑いを持つ。

 だって、昨日の彼女は、凛とした美しさだった。

 今の彼女は……とにかく、可愛い。


 それに服装だ。服装。

 制服ですら、女子生徒は膝丈のスカートだ。貴族令嬢は特に、脚を露出することに抵抗を覚えるらしいと聞いた。

 なのに、目の前にいる彼女は、短パンを穿いている。丈の短いジャケットとシャツを合わせた身軽な格好で、腰には剣がぶら下がっていた。

 服そのものが真新しさを感じるから、せいぜい、いいところのお嬢様に見える。絶対に、王子の婚約者だった侯爵令嬢には思えない。

 そして、黒いニーソだ。短パンと黒いニーソの間の絶対領域。陽射しを浴びていない色白の太ももだ。やばい。色白な絶対領域。

 いやいや。そこを凝視するな、オレ。

 だが、しかし。脚まで美しいってどういうことなんだ。細いが頼りないわけじゃなく、程よく膨らみのある太ももから、下はほっそりと伸びている。

 丈の短いジャケットのせいで、くびれがよく見えた。細い。細さが目立つ。何その細さ。キュッてしすぎだろ。

 あと、胸。前に出ているからそれなりに、それなりに大きいとわかってしまう。


 この少女は、どこにも欠点を持っていないのか?


 改めて、目を合わせれば、侯爵令嬢と同じアメジスト色の瞳。

 しかも、同じ名前じゃないか。

 リガッティー嬢。

 本人だ。


「美少女で驚きました? なんて」


 固まっているオレを動かすために、冗談を言っては、リガッティーは笑って見せた。


 え!? 可愛いな!? やっぱり可愛いんだが!?


 真正面から見れば、幼さが目立って、可愛い笑顔だ。

 ズキュンと、胸を貫かれる衝撃を受けた。

 なんとか返事をしたけれど、呆けてしまう。

 オレがこの子の指導者になるのだという事実で我に返って、必死に内心で落ち着きを取り戻そうと努めた。


 いやいやいや、待てよ。


 なんで侯爵令嬢が冒険者登録してんだ?

 貴族の坊ちゃんが、度胸試しで登録することはあるけれど。高位貴族の令嬢が冒険者登録なんて、聞いたことないぞ?

 しかも、昨日の今日で? 王子に婚約破棄された翌日に?

 ハッ!? まさか、自棄を起こして、危険に身を投げるつもりか!?


 なんて馬鹿げた心配をした自分を殴りたい。


「これで冒険者ですか?」


 正式に冒険者登録を終えた彼女は、声を弾ませて、アメジスト色の瞳を喜びで輝かせていた。

 嬉しさを隠しもしない無邪気な笑みを溢す。


 また可愛さに見惚れてしまい、呆けて見つめたけれど、オレのその視線に気付いた。

 そんな彼女に「よかったな」と祝いの言葉をかける。

 やっぱり嬉しさを隠せない笑みで、お礼を返された。……可愛すぎる。


 オレも、冒険者登録が出来た時、そんな風に喜んだ覚えがあるから、彼女も純粋に冒険者になりたかったのだろう。

 オレが心の中で可愛さを絶賛している声でも聞こえていたのか、顔見知りのギルド職員レベッコさんに笑顔で威圧された。

 ちゃんと指導をしろ、と。

 するよ、するから。


 二人きりになってみれば、年相応に会話をしてくるリガッティー。


 昨日見たものは、夢だったのかと思えてきた。

 高位貴族の令嬢の風格なんてなく、無邪気だ。

 また別人かと疑いが湧くが、口元を手で隠して驚く仕草を見て、貴族令嬢らしさがところどころ出ていると気付いた。

 スッと伸ばした背筋。両足を揃えて斜めにしている上品な座り方。

 髪色と服装を変えているから、振る舞いも変えようと努力しているのか。


 とにかく、どうして冒険者になることにしたのかを、真面目にはっきりした答えを聞きたくて尋ねた。

 申し訳なさそうに謝ったリガッティーは、Sランクを目指すオレと違って、気晴らし感覚で遊び半分に冒険者になったのだと白状する。

 オレを気遣う姿を見て、昨日の彼女だと、強く確信した。

 友人達を巻き込まないようにしていた優しい少女と、同一人物だ。


 なんだよ、これ……。嬉しいな。


 ご機嫌になったオレは、リガッティーの指導をするために、あれこれを説明した。

 オレのことを美形だと褒めてくれたけど、リガッティーだって美人すぎる。


 元々、最速ランクアップであり、最年少のAランク冒険者ってことで、有名なオレが、こんな美少女を連れているんだから、注目されて当然だ。


 婚約者だった王子には恋愛感情は持っていなかったことや、そもそも交際経験がないことを冗談を言っている間に、聞けちゃった。

 そしたら、笑いすぎだって、指摘されてしまう。

 確かにそうだな……。いや、でも、楽しいんだから笑っちまうのも、しょうがないじゃん。


 関わることも出来ないって思っていた気高い少女が、今大きな目をぱちくりさせて隣で見上げてくるんだ。



 この幸運さに、心が浮き立ってしまう。



 オレは案外、指導者向きだと錯覚してしまうくらい、リガッティーに教え込むのが楽しく感じた。

 知れば知るほど、リガッティーへの興味が増す。

 あれこれと聞き出したくなる。


 昨日パーティー中に小耳に挟んだが、リガッティーの学園での全ての分野の成績は、常にトップに居座る優等生レベルらしい。


 それを証明するかのように、【テレポート】をあっさり習得しちゃうし、魔法のコントロールは繊細すぎると呼べる域で扱う。

 あと、驚いたのは、戦闘だ。魔獣討伐が初めてとは思えない態度だった。

 これは、きっと最強な冒険者になり得る逸材。育て上げたい。

 なんて、欲が湧いた。


 この子は、貴族令嬢だ。

 本人は気晴らしの遊び半分で冒険者を体験しているだけだから、ランクアップなんて目指さないだろう。

 現に、ランクアップしてもメリットはないんじゃないかって顔をされてしまった。

 んー。おいおい語りたい。難易度の上がった冒険の刺激や、爽快な達成感。


 昨日は、何も手助け出来ないと思っていたというのに。

 オレにも、気晴らしを手伝うっていう手助けが出来るんだって、心から喜んだ。


 遅かれ早かれ、オレがリガッティーを知っているってバレるから、明かすことにしたが、その前に探れるだけ探ってみた。

 彼女の素の本音。

 リガッティーを自分が何者かを知らないからこそ、聞かせられるそれを聞いた。


 激怒されるかなー、なんてほんの僅かだけ、可能性があったが、大丈夫だとは思っていた。


 実際、種明かしをすれば、リガッティーは「意地悪!!」と声を上げるだけの怒り方をした。


 怒り方も可愛すぎるだろ。

 あ、口に出しちゃった。


 しかも、責め立てることなく、態度すらも変えないときっぱり言う。

 どうやら、今までオレと話していた態度は、特に繕っていたわけじゃないらしい。彼女の気楽な素だったのだ。


 うっわ。なんなの、ホント。

 侯爵令嬢としての毅然な姿も惚れ惚れしたっていうのに、着飾ることのない素の姿にも魅了されてしまっている。

 色んな魅力を詰めすぎだろ。


 もっと居たい。もっと一緒に過ごしたい。

 その欲が爆発するくらい、膨れ上がってしまった。


 本でしか知らない遠い地に行ってみたいと、憧れに焦がれるような眼差しをよそに向けた彼女を見て、危うく。



 ――――じゃあ、一緒に遠くへ、冒険しに行こうか。



 なんて、駆け落ちみたいな提案を口走りそうになった。


 嗚呼、やばいな。

 はっきりと、自覚した。

 ズブズブに、彼女の魅力にハマってしまっている。


 冒険が楽しいなら、本当に冒険者になればいいのに。


 でも、名誉貴族に、国からの要請に応じないといけない義務がつくように、貴族として生まれたからには責務ってやつがあるんだろう。

 オレに無責任な約束すら出来ないと言う真面目な彼女は、きっと逃げやしない。

 幸いなことに、婚約破棄の傷心を理由に、しばらくは冒険者活動が出来るかもしれないとのことだ。

 なら、30日間、指導者として、ペアで活動しよう。リガッティーと、一緒に過ごせる。

 30日間の指導が終えたら、晴れてSランク冒険者だ。


 ……名誉貴族って、侯爵令嬢と釣り合うだろうか……?


 頭に過ったそれを一先ず片隅に置いておいて、オレはリガッティーの気晴らしのために、うんと楽しい冒険指導をしてやることにした。


 また魔法を教えてやると言えば、喜びを隠すことなく、アメジスト色の瞳をキラキラと輝かせた。

 両手を合わせたお願いのポーズをする仕草で、無垢な笑みを零すリガッティー。


 ……ホント、可愛すぎる後輩だ。



 


 

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