一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。
02 いざ冒険者登録。
昔から、魔法には強く興味を引かれていた。
この世界では当たり前に、身近にあった魔法だけれど、思い返せばきっと、前世にはなかったものだったからだろうか。知らず知らずのうちに、夢中になっていたはず。
だから、魔法の勉強を中心に過ごしていたのに、第一王子の婚約者に選ばれて、王妃教育を受けないといけないとなってしまったことに、げんなりしてしまったものだ。
贅沢に暮らし、そして学んできたのだから、貴族の務めとして、しっかりと決められた未来を受け入れた。
なのに、七年も支えてきた婚約者に、裏切られようとは。
優秀だったし、期待も大きかったのに……もうあのオレ様王子、廃嫡されてしまえ。
王妃候補と言えど、もう公の場で婚約破棄を言い渡された私は、傷物令嬢である。
今後はどうなることやら。この王国の王妃になる教育を受けたのだから、不利になるような情報は明かせないように魔法契約書にサインさせたあと、他国の王族に嫁がされるのかな……。
それが有益だろうけれど、一先ず、傷心を盾にして少しの間だけでも、自由に気晴らしをさせてもらおう。
なんなら、来年の卒業まで、自由をねだる。
傷物にされたのだ。それくらい、ねだる権利はあるだろう。
そんなこんなで、とりあえず、私は冒険者になることにした。
気晴らしである。
ゆくゆくは王妃になる身では、決して許されなかったが、今がチャンス!
冒険者登録をして、冒険してこよう!
学園の生徒の中にも、冒険者登録をしている者がいると聞いたことがある。貴族子息も、戯れ程度に冒険者登録をすることもあると噂に聞いた。どうやら、平民の生徒は、学園で剣術や魔法を学び、冒険者として活躍をして収入を得ているそうだ。
そういうことで、学園の規則に、冒険者になってはいけない、なんて項目はない。
そして、もう王妃になる身ではない。
自由である。
冒険者になろう!
そういうことで、友人達が下手な行動をしないように釘を刺した手紙を、同じく魔法便で送ったあと、我が家の使用人一同を玄関ホールに集めた。
「外からの情報で混乱が起きないように、私の口から伝えるわ。先程、進級祝いパーティーで、私の婚約者である第一王子殿下に婚約破棄を言い渡されたの」
あまりもの衝撃に、使用人一同は、反応すらしないまま、固まる。
水を打ったように静かなその場で、右手を上げて、掌を見せておく。落ち着いて、と意味を込めて。
「理由は、犯してもいない罪。冤罪よ。ネテイトも、この件を対処するために、しばらく留守にするの。お父様達を呼び戻す手紙も送ったわ」
ざわっと使用人達がようやく反応を見せるから、ネテイトがちゃんと動くことを強く告げる。
どうやら、冤罪で婚約破棄をされたと聞き、怒りや嫌悪を浮かべているようだ。
仕えている家のお嬢様が、そんな目に遭うなんて、怒りも覚えるか。特別親しいとは言えないが、慕われているとは自負している。
「ファマス侯爵家は、揺るがないから安心して、今まで通りに働いてほしい」
「かしこまりました」
使用人一同を仕切る家令が、腰を折って一礼した。彼に任せていいだろう。
そして、彼を含む大半が、私を労わるような視線を向けてくる。
「よろしく。私も、正直傷付いたわ。
「はい……お嬢様。お嬢様が心を休められるように、我々は煩わせないようにいたします」
「ええ。ありがとう、みんな」
微笑んでおいた。
よし。これで過剰に気遣われないわ。
侯爵家も混乱しないように、手を打った。
その翌朝。私は朝食を取ってから、部屋で一人で休みたいと、専属侍女にも念を押しておく。
一人になったあと、私はすぐさま、剣術の授業の際などで着るズボンとブラウスとジャケットに着替える。
『気晴らしに出掛けてくるわ。探さなくても、夕食には戻るから、心配しないで。リガッティより』
そう書き置きを残して、私は窓から出掛けた。
心配しなくていいと書いたが、婚約破棄された直後では説得力はないだろう。それに、こうやって家を抜け出したのだ。
絶対に、侯爵家の騎士団を動かして捜索するはず。
でも、冒険者登録しに行くなんて、予想は出来ないだろう。
全力疾走で先ず向かったのは、庶民向けの衣服店だ。
ザッと見回して、見繕った服を試着したのちに、購入してそのまま店をあとにした。今の服装では、誰から見ても、乗馬服を着た貴族令嬢にしか見えないから、着替えるべき。
着ていた服は、【収納】魔法に放った。私の【収納】魔法は、あまり広くはないけれど、服は余裕でしまえる。
次は、魔法薬店。
イメチェンのための魔法薬を購入。【変色の薬】の青髪バージョン。
その場で、グビッと煽った。
紫色に艶めく黒髪は、鮮やかな青色に染まる。少々ボリュームのあるストレートヘア。ちなみに、瞳はアメジスト色。
服装は、短パンと黒のニーソ。ダークブラウン色のブーツは、そのまま。履き慣れたものがいい。
タンクトップの上に、丈の短いジャケット。この髪色と格好なら、一見、探している令嬢だなんてバレやしない。
魔法薬は効果を消す物と青色の髪に変える物を、買えるだけ買って、収納。
続いて、武器屋。練習用の剣は、置いてきた。だから、冒険用の新しい剣を買っておく。
手頃なものを直感的に選んで、腰に携えて、いよいよ冒険者登録のために、冒険者ギルドに足を運んだ。
冒険者であろう人々でごった返したギルド会館は、広い。博物館みたいに、貴重な魔物のはく製が設置されている。それを流し見して、受け付けカウンターの列に並んだ。見たところ、冒険者登録用のカウンターはない。だから、ここに並ぶべきだろう。
「こんにちは。冒険者登録をしたいのですが」
「はい。先ず、年齢を教えてください。虚偽はすぐに発覚するため、正直に報告してくださいませ」
「17歳です」
「登録可能な年齢ですね」
金髪の物静かな雰囲気の美人受け付け嬢は、一つ頷いた。
冒険者になれる年齢は、15歳からだったかしら。
「では、ご説明します。これから、部屋を変えて素性を調べさせてもらい、登録いたします。前払で登録料をここで支払っていただきますが、問題が起きて登録が完了しなくても、返金はありませんので、ご理解ください。無事、登録したあと、冒険者の証であり、冒険者ギルドを利用するために必要不可欠であるタグを発行しますので、それの取り扱いも説明させていただきます。その後は、Bランク以上の冒険者とペアを組み、合計30日の指導を受けていただきます。ここまでで質問は?」
「冒険者のランクについて知りたいです」
「はい。誰しも例外なく、新人はFランクから始めます。条件を満たせば、ランクが上がる仕組みです。下からF、E、D、C、B、A、Sとなっていて、ランク別で依頼が遂行できるかどうかを判別するためにも設定しています」
横から紙を出して、指で差して、文字を追わせる受け付け嬢。
FからSか。世界共通語とは違う文字で区別。アルファベットでランク付けなんて……きっと、元地球人がこのランクを設定したに違いない。
理解した、と私は頷いて見せる。
「個人にランクもつけますが、冒険者同士で活動をするグループで登録すると、パーティーとしてランク付けをします」
「なるほど。パーティー登録でのランク付けも、また条件により変動するのですか?」
「その通りです。それは、パーティー登録の際に説明します。または、パーティーメンバーから教えてもらってください」
「わかりました。とりあえず、個人の登録をお願いします」
パーティーについての説明は後回しにして、個人で冒険者登録を進めてもらうことにした。
受け付け嬢に「こちらです」と案内された部屋には、机の上に人工的に作られた石の台が二つ置かれている。鑑定のための魔導道具に似ているから、きっとそれで素性を調べるのだろう。
ウィン、と分厚い石の方が青い光を灯す。
「こちらに手を置いてください。口頭で質問に答えていただければ、真実のものが記録されます。偽りを答えると赤く光りますので、その時点で登録は取り消しになりますので、ご理解ください」
「はい。それが……タグですか?」
受け付け嬢の手に、クリスタルのような長方形の物があった。人差し指より、少し大きいだけのタグ。いつの間に。
「そうです。登録したのちに、お渡しするものになります。繰り返しますが、こちらは冒険者ギルドを利用するために、必要不可欠です。紛失の際は、速やかに報告をしてください。悪用される前に、新しい物を発行して、古い物は使用不可能にさせますので」
「つまり……登録した情報は、タグだけではなく、ギルドにも保管されるのでしょうか?」
「もちろんです。地方のギルド支部と共有をして、他国でも冒険者活動なども記録させていただくので」
それもそうか。納得して、また頷く。
クリスタルのようなタグを中央に置いて、青い光を放つ台に手を置くように、受け付け嬢は掌を向けて促す。
口頭で答えたプロフィールの虚偽を確かめたのち、タグにそれらが読み込まれる仕組みなのだろう。ハイテク魔導道具。
私は手を伸ばしかけて、止める。
「個人情報は、ギルド職員なら誰でも閲覧出来るのでしょうか?」
「問題が起きて必要に迫られれば、他のギルド職員が冒険者の情報を閲覧します。冒険者活動においての報告などでは、対応するギルド職員の目に入りません。私のように、登録のために対応をしたギルド職員は知ってしまいますが、他言はしませんのでご心配には及びません。ここ王都の冒険者ギルド本部のギルドマスターとサブマスターのトップツーはいつでも登録されている冒険者の個人情報を閲覧できますが、ランクアップのために決定を下す際に確認する時などに見る程度です」
個人情報の漏洩を心配する私のために、受け付け嬢はにこりと笑って安心させてくれた。
「そうですか……。では、新人の指導を受け持つ冒険者に、情報は渡さないのですか?」
貴族令嬢だと知られると、接客みたいな扱いされてやりづらそう。ファマス侯爵家は、当然の如く有名な貴族だ。
「いいえ。指導者には、ご自分の判断で教えてください。ただし、名前だけは偽ることはやめてください。指導報告のために、他の名前を出されてはギルド職員が混乱してしまいます。他は、好きなようにして構いません」
「ええっと……家名の方は伏せておきたいのですが、名前だけでも大丈夫でしょうか?」
「はい。正しい名前さえ伝えてもらえれば、区別が出来るので大丈夫です」
それなら、と胸を撫で下ろす。貴族令嬢だとバレることはなさそうだ。
やっと私は台の上に掌を乗せた。ちょっとひんやりしているし、魔力を感じる。電池代わりの魔石による稼働で感じる魔力だろう。
「それでは、お名前をフルネームでお答えください」
「リガッティー・ファマスです」
ピクリ、と受け付け嬢の眉が上がった。一瞬だけ驚きの表情を浮かべたが、すぐに小さな微笑みの顔に戻る。柔和な接客スマイル維持。プロだ。
やっぱり、侯爵家の令嬢だってわかってしまったか。これで個人情報の漏洩を気にした理由をわかってくれただろう。
その後、生年月日から犯罪歴まで、質問をされて答える。
使える魔法の属性も登録するのは、少々驚いた。ランクアップの際に、必要な情報なのだろうか。
最後まで、赤い光には、ならなかった。
「以上になります。問題ないので、タグに情報を登録します。少々お時間がかかりますので、待合室でお待ちください。指導者も連れて行き、タグをお渡しします」
次は奥の扉をくぐって、廊下を進んだ先にある一つの部屋に案内される。小さな応接室のように、必要最低限の物しか置かれていない部屋には、ソファーと脚の短いテーブルがあるだけ。お構いなく、ソファーに腰を下ろして、待つことにした。
どんな冒険者がペアを組んで指導してくれるのだろうか。
想像が難しい。貴族令嬢だとバレないように、なるべく気軽に接しておこう。
せいぜい、育ちのいいお嬢様程度の喋り方にしないと。
犯罪歴の有無を聞かれたし、冒険者に極悪人はいないだろうけど、高貴な身分なので身代金要求のために捕まる危険要素は出さないようにしないといけない。
幸い、一般市民だった前世の記憶を取り戻したし、肩の力を抜いていれば、さほど難しくないだろう。
コンコン。
ノック音に反応して返事をすれば、扉が開かれた。
中に入ってきたのは、短い白銀髪とルビー色の瞳を持つ美青年だ。
ミカエル殿下達も、乙女ゲームの攻略対象キャラだから、当然の如く美形だったけれど、この人も引けを取らない美形だった。
右側に流すような髪型は爽やかさを感じる短さだし、眩しさを覚える白銀色の髪だ。
アーモンド型の目は、白銀色の睫毛に囲まれていて、光に透かしたルビーのように明るい赤色の瞳。健康的な肌色の顔は、欠点が一切見当たらない。
襟が立った赤黒いジャケットの下に、白いシャツ。黒いズボンを穿いていて、裾をインしたブーツはゴツい。
体型はやや細めに思えるけれど、長剣を腰にぶらさげているので、着痩せしていて鍛えている身体が見えないだけだろう。
「こんにちは。リガッティーです」
私は指導担当の冒険者だと思って、立ち上がって挨拶をした。
けれど、彼はポカンとした顔で固まってしまい、その場で立ち尽くす。
どうしたのか、と首を傾げてしまう。
彼が頭から足元まで見ては、私の顔を凝視してくるので。
「美少女で驚きました? なんて」
冗談を言って、笑って見せる。
そういえば、私は美少女だった。注目を浴びることに慣れ過ぎて、忘れていたけれど、見惚れられるほどの美貌を持っている。
しかし、彼だって目を奪う美形だ。毎朝鏡を見て、美形耐性がついていないのだろうか。
私は攻略対象キャラを筆頭に、学園でも夜会でも、美形には見慣れているので、固まってしまうことはない。喜んで観賞はするけれど。
「あ、うん……可愛すぎてびっくりした」
白銀髪の美青年は、コクリと頷いてそう答えた。
「あはは、嬉しいです。あなたも、美形でびっくりしましたよ。指導者の方で間違いないですか?」
冗談だったのに、心底そう思っているみたいな言葉がきたので、素直に嬉しいと笑う。
それから、確認する。彼の後ろには、先程の受け付け嬢がいたので、彼女にも向けて質問をした。
「はい。彼が、指導者となります」
何を突っ立っているんだ、とジト目を美青年に向けては、軽く背中を押す受け付け嬢。
彼女の手には、トレイがあって、私のタグであろう物がそこにあった。
それに気を取られるけれど、先ずは自己紹介をするべきだと受け付け嬢が促す。親しい仲なのか、私と違って、厳しい目を向けて指示している。
「あー……Aランク冒険者のルクトだ」
「改めて、リガッティーです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
指なしの革手袋を嵌めた手を差し出されたので、両手で包むように握手して自己紹介を済ませた。
「では、リガッティーさん。タグに魔力を込めてください。それで完了となります」
テーブルの上に乗せたトレイから、タグを手にして、言われた通り、魔力を注ぐ。
ウィン。
青白い光が灯っては、消えた。
「リガッティーさんの魔力を込めたことで、本人確認が出来るようになりました。これで登録完了です」
「これで冒険者ですか?」
「はい。おめでとうございます」
「やったっ」
冒険者になれた。興奮した喜びが隠し切れなかったようで、受け付け嬢がにこやかに祝福してくれたので、私も笑みを溢す。
そんな私を、じーっとルクトさんが見つめてくる。
ん? 登録だけで喜びすぎだと呆れたかしら?
視線の意味を問うように見つめ返すと。
「よかったな」
そう笑って見せてくれた。
うん。イケメンは笑ってもイケメンである。
彼にも、お礼を言っておく。
「では、ここからは指導役を担うルクトさんに任せますが、何か質問はありますか?」
「あ。このタグは……身につけておいた方がいいのですよね?」
「はい。その方が都合がいいですね。紛失を気にして【収納】魔法で出し入れする方もいますが、基本、穴を開けてネックレスやブレスレットにして身につけます。ここのギルド会館のホールの右奥に、専用の穴を開ける魔導道具があり、チェーンも販売していますよ。保管するためのポーチもあるので、お好きなものを選んで所持してください」
「なるほど、わかりました。あとはルクトさんから学べばいいのですよね?」
「ええ。あとは、指導者に任せます。しかし、何か不安があれば、私達ギルド職員に問い合わせしてくださいませ」
丁寧に教えてくれる受け付け嬢は、私に優しく笑いかけるけれど、ルクトさんに顔を向ければ、威圧的な笑顔になった。
しっかり指導しろ、と釘を刺しているようにしか見えない。
微苦笑を零してしまうルクトさんは「任された」と引き受けることを承諾する。
私も受け付け嬢の案内は、もう大丈夫だと込めて「対応、ありがとうございました」とお礼を述べた。
トレイを持って一礼すると、受け付け嬢は部屋をあとにする。
ルクトさんが向かいのソファーに腰を下ろすから、私も座った。自己紹介や軽い説明でもするのだろうか。
先に質問させてもらおう。
「ルクトさんはとても若く見えますが、Aランクの冒険者になったのはいつですか?」
「二年前くらい。オレは18歳だ」
「え!? 私の一個上ですか!? 16歳でAランク? 15歳から冒険者登録が出来るのに、どうやってそんなに早くAランクになったのですか?」
20歳くらいなら、まだ納得出来たけれど、あまりにも年齢が近すぎで驚いてしまった。
自分の口元に右手を添えて、ただただ疑問に思って、尋ねてみる。
「ははっ。オレ、自分で言うのもなんだけど、最速ランクアップの冒険者として有名なんだ。もちろん、最年少のAランク冒険者としても」
私の驚きようを軽く笑い退けて、そう教えてくれた。
「わあ。そんな冒険者のルクトさんが、新人の指導ですか……」
んー。遊び半分で冒険者になった私の指導担当をするには、大物すぎないか。
もしかして、侯爵令嬢だから、大物冒険者が担当することになったのかしら……。
「実は、Sランクのアップのために、新人の指導が条件になっているんだ。オレの実力はとっくにSランクに相当するってギルドマスターに、お墨付きをもらっているんだけど……規則だからさ。後回しにしていた条件を満たすために、やっと新人の指導をすることにしたのさ」
「なるほど……そんな条件もあるのですね」
「そ。ランクアップの条件は、おいおい教えるとして……。先ずは、どうして冒険者になることにしたのか、教えてくれる?」
事実かどうかわからないけれど、とにかくルクトさんは冒険者として強いらしい。
そんなルクトさんが、膝の上に肘を置く姿勢で、真面目な眼差しになって答えを求めてきた。
ううっ。申し訳ないな……。
「白状すると、気晴らし感覚で冒険をしようと、今日冒険者登録をしました」
目を丸めて、ルクトさんは驚いた顔をした。
「ああ、すみません! ルクトさんはSランクのためにも、必要な新人の指導をするのに、その新人が遊び半分な気持ちでいるのは、気分が悪いですよね。不真面目に活動するつもりはないですけれど……私の担当、やめておきますか?」
うーん。大物すぎるルクトさんには、役不足だろうから、担当を変えるなら変えてくれてもいい。
「フッ……いや、別に悪いとは思わないさ。リガッティーもオレが担当でいいなら、指導を務めるよ」
何が面白いのか、ルクトさんは片方の口角を上げて、いわくありげに笑った。
「Sランクになるルクトさんの指導を受けられるなら、光栄です。ぜひ、お願いします」
かっこいいし、強いし、かっこいいし。快く指導してくれるなら、お願いしたい。
「決まりだな。そう罪悪感を覚えなくてもいいさ。遊び半分とか、とりあえず腕試しに体験するとか、よくあることだから」
「あー……なるほど、わかりました」
そういえば、貴族子息もそんな感じで登録していたのだった。私だけではないと、ちょっと安心する。
「んーと。説明をしっかりすれば、あとは指導者の判断で活動を始めていいんだけど……新人時代のオレの場合、すぐに魔物と対決したくて、そのまま王都の外の魔物出没区画で実践したんだ。リガッティーはどうしたい?」
「あ、可能なら、私も実践をしたいです」
「そーこなくっちゃ。じゃあ、行こう。でも、オレは指導者だから、ちゃんと言うことに従ってくれよ?」
「はい!」
「ははっ、いい返事」
なんだか愉快そうにルクトさんは、笑い声を上げた。元からよく笑う明るい性格の人なのだろうか。
「あ。今更ですが、呼び方はルクトさんで大丈夫ですか? 先生にしておきますか?」
「先生って呼ばれるほどじゃないから、普通でいいさ。オレも今更だけど、呼び捨てでよかった?」
「ええ、大丈夫ですよ。ルクトさん」
「ふぅん。じゃあ、リガッティーのままで」
互いに立ち上がって部屋を出れば、ルクトさんがニヤリとしている顔が見えた。鼻歌をうたいそうなほど、ご機嫌な足取り。
その様子が気になりつつも、後ろを歩いてついていく。
一階ホールフロアに戻れば、右の壁際で足を止めた。ずらりと透明な板がいくつも均等に並べてあり、そこには依頼内容が浮かび上がっている。依頼掲示板コーナーだ。
「これは一般的な依頼掲示板だ。自分のランクに合う依頼を引き受けるなら、下のプレートにタグを当てるんだ。それで依頼は引き受けることになって、達成したら受け付けで報告して、またタグを翳して完了って流れになる」
「ほほう……ハイテク」
「え?」
「ああ、いえ。素晴らしい魔導道具だと思いまして」
透明な板に依頼内容が浮かび、すぐ下のプレートにタグを当てれば、読み込みが始まる。どうやら、一度引き受けると、板の依頼内容は消えて、他の依頼内容が浮かぶ仕様になっているようだ。他の冒険者を見て、気付いた。
ちなみに、引き受けた依頼内容を再確認するためには、隅っこの土台にプレートをタグを翳せばいいらしい。持ち運び用の魔導道具も、ここで売っているそうだ。
「自分より高いランクの依頼は受けられない。下のランクの依頼なら可能だ。それで依頼達成回数を稼ぐことも許されてる」
「やっぱり、依頼達成回数も、ランクアップの条件にあるのですか?」
「ああ、もちろんだ。まぁ、量より質で、自分に合ったランクの依頼を多く達成した方が効率はいい」
コクコクと頷いて、理解を示す。
ちなみに、ここに表示されている依頼掲示板は、一般公開しても差し支えのないものが表示されているが、あまり多くの人々の目に晒したくないという内容の依頼の場合は、専門の受け付けから紹介されるらしい。
その場合は、報酬金額が上乗せされているため、金策としてはそちらを選ぶことが多い者がいる。
その依頼内容の例えとなるのは、希少な薬草や素材の採取が挙げられた。要は、それが他の者の手に入らないように、秘密裏に取りに行ってほしいということらしい。入手可能な場所などの記載は、依頼を受けてから得られる仕組み。予め、その場所の危険要素などは明かされるらしいけど。
そちらの方は、また次の機会に教えてくれると、ルクトさんは約束してくれた。
「で。今日の依頼はどれがいい? 実践するなら、やっぱり依頼をこなすものにしよう。魔物と関係ない採取でもいいけど」
「結局は魔物出没区域に行くなら、どちらでもいいのですが……やはり、初心者に相応しいものがわかりませんので、ルクトさんに選んでほしいです」
「オッケー」
「…………」
「ん? 何?」
ルクトさんに選んでもらおうと頼んだ際に横を見上げて、じーっと凝視してしまう。
それに気付いたルクトさんは、首を傾げた。
「ルクトさんは、背が高すぎます」
「え? 身長に苦情を言う?」
「ええ、背が高くて顔が美形なので、すごく注目を浴びていますよ」
周りの冒険者がちらほら、ルクトさんに目を向けている。注目を浴びすぎだ。
私も平均より身長がそこそこ高いはずなのに、ルクトさんは、ミカエル殿下よりも高い。
長身イケメンめ。
あと、横顔も美形すぎる。一日中、観賞出来るわ。
よくよく考えたら、ドタイプな顔では……?
「だから、オレは有名なんだって。それに、美少女と並んでるから、余計注目を集めてるんだよ。オレだけのせいじゃないぜ」
くつくつと喉で笑って、ルクトさんは依頼を探すために、目を動かす。
……否定は出来ないわ。
目を引く見目麗しい外見の男女に注目している。特に、有名らしいルクトさんの隣に美少女がいるから、気になるのかもしれない。
「何?
「元カレ? 私に元カレなんていませんけど」
急に元カレなんて話を出されて、怪訝な顔になってしまう。意味がわからないと首を捻るけれど、ルクトさんもギョッとしたような顔を私に見せた。
「今付き合っている恋人と比較するならともかく……何故、破局した相手を?」
「あー、いや……なんとなく、間違えただけだ」
首の後ろを掻いて、ルクトさんは誤魔化す。
なんで元カレがいるなんて思ったのやら。そんな会話はしていないし、素振りだって見せていないのに。
「じゃあ、今カレと比較?」
「いえ。そもそも恋人はいません」
「…………可愛いのに」
逸らすような質問に答えたら、ルクトさんがニヤリとしている横顔が見えた。
美少女だから、当然恋人がいるという先入観があったせいなのだろうか。だがしかし、交際経験が一人じゃないと思われたのは、解せないし……何をニヤついているのやら。
「ルクトさんには?」
「オレ? いないよ。冒険で忙しくて」
「……かっこいいのに」
「あはは」
さっきのお返しをされたとわかり、ルクトさんは笑い声を上げた。
「ルクトさんって、普段からよく笑うのですか?」
「ん? 楽しけりゃ、普通に笑うっしょ」
「……なんだか、笑いすぎに思います。この五分ほどの付き合いなのに」
「
笑うほど楽しく感じている様子が、妙に引っかかるのは、気のせいだろうか。
本当に楽しげに笑う横顔を見ていれば、ルクトさんが一つの依頼板を指差した。
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