第5話


「ここから始まるんだろうか」


歓迎会という名の宴会が終わり綾香に案内された自分の部屋で独り言を零す。


俺は記憶が無い。生きる目的も何も持ち合わせていない。


どうすればいいんだろうか....。


過去の俺にかかわる情報を調べるのも良いのかもしれない。しかしそれで研究所に捕まるのはごめんだ。


「悩んでも仕方ねぇよな....」


今はこの屋敷に世話になっているんだ。難しいことは考えずに養われるだけでいいのかもしれない。そう思ってしまった。


「......。寝るか.....」


何もすることが無いので寝ることにした。


明日はなにがあるのだろうか。メイドと翼と仲良くやっていけるだろうか。


そんなことを考えていると部屋がノックされる。


「誰だ」


「綾香です。お風呂の準備ができましたので、入浴されるなら案内をさせていただきます」


風呂か。いいな.....研究所では薬漬けだったしな。


病院では体が清潔にされていたが浴槽に使ったわけでは無い。


「わかった。今行く」


そういい俺はベッドから起き上がる。


部屋からでて綾香を見る。夜はメイド服ではないんだな......。


微かに綾香からいい匂いがする。風呂上りなんだろう。鼻腔を刺激する匂いだ。


「きれいだな。髪の毛」


素直に思ったことを口にする。


すると綾香は顔を赤く染めながら答える。


「っ!?ありがとうございます」


一瞬取り乱したがすぐに冷静になる。


「本当のことだぜ。今すぐに噛り付きたいくらいだ」


そういうと少し冷ややかな視線が送られる。


「そうですか。浴場はこちらを右に曲がったところをまっすぐ進んでいくとございますので」


そういい早足に消えていく。


「なんか怒らせたか.....?」


心当たりがないので深く考えず、今は風呂に入りたい一心で浴場を目指すことにした。


ここだろう。ご丁寧に大浴場と書かれていた。俺はウキウキしながら入る。


「ここは脱衣所か。にしてもすげぁな」


規模が大きいだけで壮大に感じる。城にでもやってきた気分である。


棚が陳列しており、棚には衣類を入れる用なのか籠が置いてあった。


籠の中にはタオルが入っておりこれを使えばいいのだろうという事はすぐに理解した。


「この籠に服を入れればいいのか.....?」


悪戦苦闘まではいかないが四苦八苦しながら浴場に向かう。


浴場はそれはもうとてつもないものであった。


ロココ調の内装は美しく、見る物を魅了するものがあるだろう。


それだけでなく浴槽の広さもすさまじかった。軽く泳げるのはもちろんジャグジーなどの機能も完備されており、これを作った奴は相当の風呂マニアか風呂好きだったと思わせる物だった。


「うひょおおおお!」


誰もいないことを言いことに大声で叫んでみる。が、むなしく俺の声が響く。


「すさまじいな.....。これがジャパニーズ風呂!ってやつか」


ロココ調なので絶対ジャパニーズではないが......。


入浴にも作法があるのかは知らないがいきなり入るのはよくないだろう。しかしこの魅力を前に俺は成す術もなく湯船へと誘われた。


湯船に浸かってみるがとても気持ちがよく疲労が回復しているのが体中で感じることができた。


「ほわぁ........。脳が溶けてやがる」


十分に入浴を満足した俺は体を洗うためシャワーに向かう。


ボディソープやシャンプーなどはもちろん様々な物があった。


「にしても....俺はいつ見てもイケメンだな」


鏡と向かい合い独り言つ。拷問をされていた時は髭などが無造作に伸び、顔も髪の毛が元から長かったのもあり隠れていた。


髭は病院で剃られたのだろう綺麗になっていたが髪の毛はいまだ無造作に伸びきったままであった。


幸いここには髪切りばさみなども揃っており整えることができそうだ。


「こんなもんか?」


鏡を見ながら髪を切る。


顔をほとんど覆っていた灰色の髪は今は目にかからない程短くなっていた。


実にイケメンである(自画自賛)


「にしても俺の体傷だらけすぎだろ。こんなん他人に見られたら泣くぞ....」


拷問の傷に加え、記憶がなくなる前の傷も見るに堪えないものだった。裂傷はもちろん、内臓をえぐり取るためなのか抉られた痕までもがある。


記憶をなくす以前の俺は相当なやんちゃだったみたいだな。


「にしても......。いつ見てもナイスガイだぜまったく(自画自賛)」


顔に傷がついてなくてよかったぜまったく。この顔に傷がついたら人類の損失だからな。(自画自賛)


ふと思い返す。夢で見た女と似ている。髪色は多少俺の方がくすんではいるが、瞳の色と顔立ちが夢の中の女と近い。


俺の中であの夢の女は俺の家族であるという結論に至る。


あの夢は記憶の断片だろうか。それとも存在しない記憶を勝手に作り出しているだけなのだろうか。今の俺にはそれを判断する材料がなかった。


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風呂から上がり、タオルで水分をふき取り、着替えようとする。しかし、思い返してみると着替えなんて持っていなかった。


「どうするか......」


裸で脱衣所から出たらなんか言われそうである。


どうするか考えていると何かが近づいてくる気配がした。


「すいません。お着替えを忘れていました」


綾香ではなかった。モデルのようなスタイルに整った容姿を持つ舞だった。


まるで興味ないとばかりにこちらを向かずに言う。


「ああ....。ありがとう」


受け取ろうとする。その時舞が一瞬こちらを向く。


その眼は驚きからか瞳孔が開く。無理もない。こんな醜い身体を見ると普通そうなるだろう。


「......。どうぞ」


そう一言告げ着替えを置いていく舞。


「待ってくれ。この傷は誰にも言わないでくれないか?いらない心配を与えたくない」


そうお願いをしてみる。


実際同情や哀れみなどは必要ない。


「わかりました。これは私たち二人だけの秘密にしておきますね」


あっさり受け入れる。心なしか顔が優しく見えた。


「ありがとう」


思ったより良い奴なんだろうな舞も……。


言葉づかいで損するタイプとみた。


「それでは私はこれで」


そういい舞は脱衣所から出ていく。


にしても想定外のことが起きたが何とか大事にならずに済んでよかった......。


風呂から上がった俺は部屋に戻りすぐに眠りについた。




ー-------------------------------------


屋敷のある一室


「あれが連理君か~すごくイケメンだったね~」


「こら!そんな目でみないの」


「でもでも、私たちって男の子に合う機会ないじゃん~」


「あの子は翼さまのお気に入りでしょ?」


「そんな事いって、咲良ちゃんも綾香ちゃんも惚れそうになってるでしょ~!」


「「ないわよ!」」


はもる。


「確かに私の作った料理をキラキラした目で本当においしそうに食べるところは可愛いと思ったけど……」


それだけよと咲良が答える。


「孤児院で恋愛するわけもいかないしね。私たちは一生ここで独り身ですごすの」


悟った顔をして咲良がいう。


ここに努めるメイドは全員翼が孤児院から引き取った子たちである。


実際には旦那様のお眼鏡に引っかからなければだが……。


旦那様は私たちに興味がなかったのか部屋にずっと籠っていたため手を出されるなどと言う事はなかった。仮に手を出されそうでも翼が止めているだろうが。


「でもでも、恋愛禁止なんてルールないよね!?」


優菜は人一倍興味があるのかそんな事を言い出す。


「舞を見習いなさい。あなたは」


「え~でもでも、」


不満があるようだった。


「彼はとても魅力的」


不意にまいがつぶやく。


意外だ…..。男に興味が無さそうな舞が…..。


「彼はすごく強い。何かあったときに私たちを護ってくれると思う」


舞が言う。


なぜそんなことを言うのだろうか。


「だよね~舞ちゃんはわかってくれるよね!?」


優菜はずっと興奮状態のままだった。


しかし、舞がここまで言うのは初めて見た。


私が見た感じあまり強そうには見えなかったけど……。


舞は何かを感じ取ったのだろうか。


「もうこの話は終わり!みんな早く寝なさい!」


綾香が遮る。


たしかにもう夜遅い。これ以上は明日への業務に支障をきたすかもしれない。


咲良は舞が言ったことが気になったが、寝ることにする。


なお晴香はまだ子供なので起きていられなかった。

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