第2話

夢をみているのだろうか。


女が俺に向かって何かを言った。


「.....連理..........て..............う」


連理...俺の名前だろうか。そんな気がする。


なんて言ったのかうまく聞こえなかったが連理だけははっきり聞き取ることができた。


「知らない天井だ」


そんなお決まりのセリフとともに目が覚めた。


周りを見渡すと医療器具だろう物が俺とつながれていた。


今は夜間なのか特にだれもいなかった。


そうか......あそこから出られたんだな.......。それだけで踊りたい気分である。


しかしながら....


「病院なんて初めてだぞ....」


記憶がないため、病院に来るというのは初めてであった。


今のうちに逃げれるか?


そういう考えしか湧いてこない。


実際自分が何者かすらわからないためこれから面倒になることは確定している。


もしかしたら戸籍すらないかもしれない。


ふと見た夢を思い出した。たしか...連理って呼ばれていた気がする。


あの女はだれだろうか。夢の中の俺の年齢からして母親だろうか。わからない。何も。でもなにか大切なことを忘れている気がしてならなかった。


身体は.......動かないな...。


相当疲労と栄養失調が祟ったのだろう指先すら動かない。おとなしくもうひと眠りするか....。


目を瞑る…。俺は深い闇へと意識を落とした....。


ー-------------------------------------------


「見たことある天井だ」


そりゃそうである二回目だから。


「っ!? 先生!目が覚めました!」


横で女が部屋を飛び出す。


「なんだってんだ」


先生と呼ばれる奴がここに来るんだろうか。知識でしか知らないためこれから先の出来事が予測できない。


女が部屋を飛び出して3分ほどたった頃に飛び出していった女と若い女が入ってきた。


なかなかグラマーな女だった。


「気分はどう?」


意味が分からない。いいわけがない。


「最悪だぜ。ここはどこだ?」


と質問で返す。


「無理もないわ。あんなことがあったんだもの。」


あんなこととは監禁および拷問のことだだろう。


「それとここは叢雲病院よ。聞いたことくらいあるでしょ?」


とまたもや意味不明なことを言う女。


知っているわけがない。が、この反応から見る限り有名な病院なことは確定だろう。


ここは知らないといっても混乱を招く気がする。


いらない混乱を招くのも面倒なので話を合わせることにした。


「なるほどあの天下の叢雲病院か。そりゃ助かったぜ」


「そうよ。あとちょっと遅れていれば死んでたかもしれなかったのよ。彼女に感謝しといた方がいいわよ」


またまた意味不明なことを言いだす。彼女とは誰だ。


しかしあの無限ネズミ地獄から抜け出せたならば感謝しておこう...。


「ありがとう助かったよ。それと彼女って誰だ?」


「あなたが監禁されているのを助けてくれた子なんだけど.....。同時に憎むべき相手の子でもあるのよね...。」


神妙な顔をして女がこたえる。


つまりあのおっさんの娘ってことか.....?なんでおっさんの娘が俺を助けたのだろうか。


まあ今はどうでもいい。


「お礼は必ずするが...。あいにく俺は無一文かつ記憶喪失で家すら持ってない。だから治療費なんて払えないぞ?」


「あなたは被害者よ?治療費は飛鳥家がすでに払っているわ」


なんなら慰謝料ふんどれるわよと言う女。


「金なんて要らん。俺は一人で生きてきたからな。慣れっこなんだよ多分」


飛鳥家という単語が気になったが今はここから出る術を模索する必要があるだろう。


万が一にでも俺のことを調べられたら研究所に戻される可能性もある。


研究所に戻されなくても何も持たない俺を不審がるだろう。


「その少女に感謝したいから動きたいんだがいいか?」


病院から抜け出すための口実を作る。


「駄目よ。あなたは患者なんだから完治するまで動くことは禁止!わかった?」


クソ....。


そんなやり取りをしていると扉が開いた。


「先生!目を覚ましたって本当ですか!?」


俺は固まった。入ってきた少女から目が離せない。


まるでエーデルワイスを少女にしたのではないかという美しさだった。


純白の髪に整った顔立ち。完璧でない部分が無いと言い切れるほどであった。


少女も俺の方を見て固まる。


「.....。誰だ.....?」


何とか言葉をひねり出す。


「これがさっき言った子よ。飛鳥翼。あなたを助けた子」


こいつが俺を助けた...。この少女がおっさんの娘だとは到底信じることができなかった。


少女はハッとしたように言葉を紡ぐ。


「お体は大丈夫でしょうか.....?」


大丈夫なわけねぇだろ!と言いたかったがやめた。


「ああ....。何とか生きてる。助けてくれてありがとう。」


吃驚した。感謝する気などなかったが口から勝手に感謝が出たからだ。


「いえ……。父がしたことがすべて悪いのです。」


深刻そうな顔をして言う少女。そんな顔も美しいと思ってしまった。


「この度は誠にすいませんでした....!責任は必ず取ります」


決意を決めているのか真剣そうな顔をして言う少女。


「あの....お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか....?」


恐る恐るといった感じで訪ねてくる。


名前……この前見た夢を思い出す。確か俺は連理と呼ばれていた。


しかし名前だけで姓がわからない。


「....連理だ」


あえて下の名前だけを答える。ていうか答えようがない。


「記憶がないんだ。だから俺が連理という名前しかわからない。どこで生まれどこで育ったのかすらわからない」


記憶がないのはこの場合だと助かる。深く調べられたらどうしようもないがこの場はごまかせるだろう。


嘘をついてこの場をやり過ごす手もあったがこの少女に対し嘘をつくのをためらってしまった。


「そうですか...。記憶が....。本当にごめんなさい....!」


少女はまた深刻そうな顔をする。なんとなく考えていることがわかる。


「監禁によって記憶がなくなったわけじゃないんだ。謝る必要はないぜ。一年前より昔のことがきれいさっぱり抜けてるんだ」


実際に拷問のせいではない。多分研究所が俺の脳をいじくったのが原因だろう。


可能性の話だが。


「でも...父がしたことは許されることではありません。実際あなた以外の被害者は全員亡くなりました」


こりゃまた衝撃の事実だ。俺以外にも拷問されてたとはな。たしかに慣れていた気がする。


「そいつらは運がなかったんだろうよ。俺は神に見放されなかっただけだ」


なぜ俺はこんなに喋るのだろうか。不思議だ


「連理さんさえ良ければ飛鳥家に住みませんか?」


本当ならば憎むべき相手の娘の家に住むのは考えられないだろうが、同時に俺を助けてくれたこともある。


しかしなぜ家に住むなのか....?


「なんでだ?」


純粋な疑問を口にする。


「罪滅ぼしもありますが....連理さんが帰る家が無いだろうと思ったからです」


そういえば俺が記憶がないことを話したんだった....。捜索願も出されてないだろうし、肉親なんているかどうかも知らないしな。


「だとしても俺なんかいても迷惑だぜ?礼なんて俺は求めていない」


「迷惑なんかじゃありません!!」


うおっ。


「だとしても家に住んでみないかと言われても、家に住んでから俺はどうすればいいんだ?」


実際また監禁されることはないだろうがそれに似たようなことが起きるかもしれない。


今の俺はなぜ生きているんだろうか。記憶がなくなって生きる意味を無くしてしまった気がする。


「自由にしてくださって構いません。衣食住を保証します。」


家も何もない俺にとってはこれ以上ない申し出ではあった。


「…………条件がある。俺のことを詮索しないでくれ」


無駄に詮索されて研究所に戻される可能性があるのはごめんだ。


「理由はわかりませんが、わかりました。約束します。」


少女が笑顔で言う。まぶしい....。


「いつから住めばいい?」


実際衣食住の保証は魅力的な謝礼ではある。


できれば今すぐがいいが....。この病院にいても仕方がないからな。


動けば体調もすぐ戻る気がする。


「連理さんが可能ならばいつでも歓迎します!」


まぶしい笑顔で少女が答える。


「いまから行く」


一言そう告げると、体中につながった管をすべて引きちぎる。


ぶしゃー!と血が出るが気にしない。


先生と言われていた女が吃驚した表情としぐさをするが構わず部屋から出る。


「待ってください!大丈夫なんですか!?」


追いかけてきた少女が聞いてくる。が実際こんなものは大したことはない。点滴などにより体の調子が戻っているため運動も問題なくすることが可能と判断した。


「おれは案外丈夫らしいな。もうなんともない」


「しかし……先生の判断に任せた方がいいと思うのですが.....」


心配そうな目をして言う。


ああちくしょう……。なんともこの顔を見ると……


「大丈夫だ。早くお前の家いくぞ。ここは居心地が悪いからな」


本音である。実際病院は初めて来たがすごく居心地が悪い。今にも抜け出したい気分である。


雰囲気が研究所に似てんだよな.....


「それでも....。先生、大丈夫なんでしょうか?」


少女が女に問いかける。


「本当ならばダメなのよ....。が原因は知らないけどすさまじい速度で回復しているのよね」


たぶんこのまま過ごしたらすぐに完治するだろうと付け加え少女に答える。


「そうですか....。わかりました。それでは今から屋敷に案内します」


というがその眼には不安と心配が宿っているのは明らかであった。


ふぅむなんとか俺が大丈夫ってことを伝えたい.....。


....................。


俺は決心する。


少女に近づき思い切り胸を揉む。


むにゅむにゅ.............。案外小さいな.......。


「……………………………………………………?」


少女は自身に何が起こったのか理解できなかったのだろう。フリーズしてしまった。


フリーズしている間も俺は胸を揉み続ける。


むにゅ…….。


「…………………………………………………?」


「……なぁあああああああにしてるのよバカぁぁぁぁぁあぁぁあぁ!!!!!」


絶叫が病院中に響く。


起こって真っ赤にしている顔も美しかった。


少女の体が淡く光った。彼女の異能だろう。


その小さな手で俺の頬を捉える。


ズッゴーン!!!という漫画でありそうな擬音を響かせながら俺が壁に激突する。


なんて力.....。


「…………………な?俺は大丈夫だろ?」


めちゃくちゃ強がって言ってみる。


頬がちぎれそうだが……。


「翼ちゃん!?」


様子を伺っていた女医が叫ぶ。


「っは!?私は何を……?」


少女はいまだ混乱している。


「異能まで使って殺す気か......」


何とか意識を保つ。今にも俺から離れそうだが。


実際異能だがなんだか知らないがこの少女に出せる膂力を遥かに超えていた。


肉体強化系か?


いや、エンチャント系な気がする。


ビンタされる直前少女が淡く光ったのはエンチャントが掛けられたからだろう。肉体強化系では実際に筋肉が増加するため光ることはない。


「あなたが悪いんじゃないですか...!?」


少女が取り乱しながら正論を突き付ける。


「しかも、あろうことか小さいって思いましたよね!?」


ばれてる....。


小さいって思ってすいませんでした.....。


「す、すまん」


「ゆるしませんよ!?」


はじめは謝罪される側だった俺だが今ではなんと謝罪する側になってしまったではありませんか!


これが世界の7不思議のひとつである。


冗談はさておき、この状況どうしよう….。


もっと「きゃっ!?どこ触ってるんですか~♡」みたいな「きゃっきゃうふふ的なことになると思ったのに......。ブチ切れである。


女医も冷ややか目で俺を見る。後ろのナースも心なしか目が怖い。


「やっぱ俺ここに残る.......。怖い。女の子怖い.....」


「今のはあなたが100%悪いわ」


…………………。はい。

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