第35話 停学明けの学校

 わたしの停学という土日は大人しく家に籠り、ダラダラと過ごしていた。

 時には思い返して、反省して

 時には思い出して、ニヤついて

 まぁそんな事を繰り返していたら、土日の2日間はあっという間に終わった。



 いつものY字路で五十嵐先輩と待ち合わせる。

 微かに見える後ろ姿はわたしを待ってくれている五十嵐先輩。

 そう、わたしを待ってる。

 それがなんだか嬉しく感じてしまい、わたしの歩く速度が少し早まった。


「おはようございます」

「おっす千秋ー」


 いつもと変わらない日が、またやってきた。

 いや、いつもと違うか。だって今は付き合っているのだから。

 わたしはスッと五十嵐先輩の左手を取る。

 指を絡ませた恋人繋ぎってやつだ。

「離せっ」

 五十嵐先輩はパッと手を振りほどく。

 なんで?ダメなの?

「もしかして照れてます?」

「照れてませんー!ペナルティとして暫く私に触れちゃダメでーす!」

 何、ペナルティって?何かしたっけ?

「なんですかそれー?」

 しっぽで遊び始めるも、五十嵐先輩は頭をぶんぶん振っては、しっぽで怒りを表していた。

「しっぽもダメでーす!」

 ダメでーす!ってなんなのさ。むしろ可愛く見えるから、もっと悪戯したくなっちゃうじゃん。

「あぁー、もしかして」

 そっと五十嵐先輩の耳に口を近づけては、わざとらしく吐息混じりで喋る。

「土日に思い出しちゃってました?」

 見る見るうちに顔が赤くなり、わたしを睨みつけてくる。

「お前なぁ、調子乗ってないか?」

「そりゃあ乗りますよ!乗っちゃダメですか!?」

「ダメって、訳じゃないけど……限度があるだろ!?」

「だってぇー」

「だってじゃねえ!お前は後輩で私が先輩!上下関係というのを覚えておきたまえ!」

 どうやらこの人は、先輩という立場が意外と好きらしい。対等に付き合ってるとは言え、年上というプライドがあるのだろう。

 わたしは別に気にしないし、リードされるならそれでもいい。

 でも五十嵐先輩にリードなんて出来るのだろうか?こんなに愛くるしくて、面白くて、まるで子犬と遊ぶような感覚に似てる。

「じゃあ約束の今度は、五十嵐先輩から、ですね?」

「ふぇっ!?」

 困った顔で見てきた。ほらやっぱりリードなんて無理なんじゃないのかな?


 わたしはそんな五十嵐先輩をからかいながら登校した。


 学校に着くや否や周りの生徒達が視線をこちらに向ける。

 初めは少し気になってはいたけれど、案外すぐに気にしなくなる。

 五十嵐先輩も同じなのか、いつも通りの様子に感じる。


 教室に入ってもやはりクラスメイトの視線はこちらに向きっぱなしだった。

 でも他と違うのはクラスメイト達はすぐに駆け寄ってきて、意外な第一声を耳にする。

「もうキスしたの!?」

 いやいやいや、気になるのは分かるけど最初の質問がそれってどうなんでしょう?

「それはもっと後でしょ?順序よく聞いていかなきゃダメでしょ!」

「先輩達に嫌がらせされてたってほんと?」

「あの放送から付き合ってるの!?」

 様々な質問を耳にするも、五十嵐先輩の事も関わっている為、答えてもいいのだろうか、考えてしまう。わたしだけの事だったらいいのだが。

「えーと、わたしは後輩なので、五十嵐先輩に聞いてくれる?」

 わたしは五十嵐先輩を盾にする。

 ここで年上のなんたるかを見させて貰いますよ。

「やっぱそういう関係性なんだ!?」

「五十嵐さんに許可貰わないとダメな感じ?てことは!?」

「五十嵐さんが浅野さんを従えてるの!?」


 パスを出された五十嵐先輩に皆の視線が集まる。

「……」

 五十嵐先輩はただ目を瞑って黙っている。

 焦らされる皆は五十嵐先輩の名前を強く呼ぶと、おもむろに口を開いた。


「いっいやぁ?対等ではあるけどっ?まぁ一応年上だしなぁ?もちろん私がリードしまくりだぜぇ?」


 周りはその言葉で騒がしくなる。わたしは別にそれを咎めたりはしない。大丈夫、彼女には恥をかかせない。わたしはそんな出来る女なのだ。

 でも後でからかってやろう。


 手は繋いだ?とか、キスはしたの?とか、どこまで経験したの?などの質問が五十嵐先輩に飛び交うと、あちらこちらに目をぐるぐるとさせながら、なんでも答えてしまう。

「手はもう全然繋いでるし、キスだって何度もしてるし、経験って、なんのだ?えぇ?えと、あっ!千秋におっぱい触られた!」

「なななっ何言ってんのかなぁ!?五十嵐先輩!?皆を楽しませようとしても、嘘は言ったらダメだよぉ!?」


 唖然とした顔で皆がわたしを見てくる。

「いやいや?別にね?触ってないからっ先輩もちゃんとしてください、適当に答えないの!」

 五十嵐先輩の頭をぽんぽん叩いて、正気に戻す。

「あっ、ああごめん。嘘ついた」


 落胆の声がいくつも交じり合い、それを吹き飛ばすように先生の声が教室に響き渡る

 。

「お前ら騒がしいぞっ席につけ」

 皆が自分の席へと移動する中、わたしは先生と目が合うと、微かに笑ってるように見えた。

 教壇の前に立つ先生は、1つ咳払いをしてから話し出す。


「先ほどの職員会議によって上級生達、約10数名が10日間の停学が決まった。知っている者も、知らない者もよく聞いてくれ。虐めなどは決して許されない、必ず自分に返ってくると思え。ついでだが、私は今月で教師を辞める事にした。」

 ガヤガヤとまた騒がしくなると、1人が手を挙げ「なんで辞めるんですか?」と先生に問う。

 誰もが気になる質問。

 先生も言おうか、言うまいか悩んでいるように見える。

「五十嵐さんと浅野さん絡みですか?」

「タイミング的にそうだよね?」

「でもなんで先生が辞める事になるの?」

 一段と騒がしくなる教室にわたしは息がしづらくなった。

 自分の机をただ見るだけで、顔が上がらない。


「いや、ただ単に教頭にムカついて殴ってしまっただけだ」


 ざわついた教室は一瞬で静まり返って、またすぐに騒がしくなる。

「えぇー!殴ったってグーですか!?」

「暴力はいいんですか!?」

「じゃあクビって事なの!?」


 先生は「静かにしろ」と言って空気も話もぶった切る。

 何もなかったかのように、いつものHRを続けて1日が始まった。




 時間が経つとわたし達への質問は次第に減ってって、先生の話題で持ち切りだった。

 意外なほどにいつもの学校生活が戻った。


「千秋、ウチの写真術はどうでしたかな?くっきりばっちりズームインした傑作だと自負している」

 キツネは鼻が高そうに喋る。

 ほんとキツネには感謝しかない。でもバレていないか心配だ。

「ごめんね変な事頼んで。もしバレててキツネにも被害が出たら言ってね?」

「大丈夫さ!ウチの完璧なステルス!万が一の事も考えて変装もしてたからね!」

「さすがキツネ、抜かりない」

 涼香がパチパチと拍手すると、さらに鼻を高くする。

「でもあの放送は中々やったねぇ?ウチの心は痺れたよ」

「あはは、恥ずかしいからあんまり言わないでぇ」

「千秋、ふーちゃん、おめでと」

 涼香は優しく笑う。2人は他と違ってあんまり驚いた素振りがない。

 涼香は分かってそうな雰囲気があったらから、キツネに話していたのかな?

 五十嵐先輩と涼香は手を握ってブンブンと大袈裟に「ありがとー!」「おめでと」を繰り返している。

 なんとも微笑ましい光景だろうか。でも涼香、あんまり五十嵐先輩にベタベタしないでよね!?


「まぁウチらは野暮な事は聞かないし、興味もない!でも経過報告だけは聞かせてほしい所ですな?」

「ですな?」

 キツネと涼香はニタァとした顔を見せ付けてくる。


「えぇ?報告って別に、ねぇ?」

 また五十嵐先輩にパスを出す。今回は本気で助けを求めてしまう。

「面白い事なんて、なぁ?ないと思うけど……まぁ2人には感謝してるし、聞かれた事はなるべく答えたいけど、そんな気になるか?」

 五十嵐先輩も少し戸惑っていた。まぁ物珍しいのは確かだし、友達、しかも同性の友達が付き合っているのは結構気になるのかも?


「言ったね?涼香、レディファーストだよ、お先にどうぞ?」

 いつもの変なポーズで涼香に先を譲るキツネ。

「ありがとキツネ。それじゃあ最初に、どっちが一番えっち?」

「千秋!」

「先輩!」

 いや、どんな質問?それ気になるの?

「そう。キツネどうぞ」

「いい質問だったよ涼香。後は任せておくれ」

 そんないい質問だったのか?ほんとにこの2人は分からない。

「では、失礼して……」

 どこぞのお偉いさんみたいに咳払いをして、喉を整えだすキツネ。



「きっ、き、キスって、ど、どんな感じ、だった?」


 誰だお前は。初めて見る顔だぞ?キツネなのか?すごい乙女じゃないか。


「キツネ、可愛い質問」

 まぁ確かに可愛いと思った。思ってしまったよ。

「なんて言うか、熱かった、かな?」

 五十嵐先輩も照れながらも、素直に答える。

 こっちまで恥ずかしくなってきた。

「千秋は?」

 五十嵐先輩がわたしに質問してくる。何故そらち側になるのさ。

「え、と、柔らかかった……」

 3人共、顔を赤らめては俯いてしまう。





「3人は中々の乙女だね」


 涼香だけが余裕そうにして、この質問コーナーは幕を閉じた。

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