第2話 直感を信じて
五十嵐先輩に鼻を擽られて起きたわたしは、お昼休みが始まった事を知る。
わざわざ起こしてくれたのだろう。流石先輩だ、助かる。
鞄から財布を出し、ふと思う。
1000円入れたっけ?記憶にない。まぁ入っているだろうと軽い気持ちで祈りながら開くと、入っていない。あっ……
お母さんの手紙を読んだ後、感極まってドラマのワンシーンのようにカッコつけてそのまま家を出た、わたし。お金はテーブルの上。
お母さんがこんな手紙を残さなきゃ、いやお母さんは悪くない。でもこのやり場のない悲しみと怒りはどこへ……お腹が空いて益々気が立っているかもしれない。
数百円くらいあればパン2個は買えるかもしれない。最後に小銭を見たのはいつだろう。
先ほどの軽い気持ちはなく、本気で祈った。過去のわたしよ、お願いだ。
10円玉が4枚、5円玉4枚、1円玉14枚
計74円。
過去のわたしは端数を持っていても出さない性分らしい。
はぁ。こればかりはしょうがない。再び机に突っ伏して寝ようとした。
「食べないのか?お金なかった?」
あ、五十嵐先輩の事忘れてた。というかまだそこにいたんですね。
わたしは突っ伏したまま、顔だけを五十嵐先輩に向けると「今日は我慢する」と不愛想に答えてしまう。
五十嵐先輩は「そっか」とだけ言いわたしの視界から消えてしまった。
再び顔を腕の中に潜らせ、暗闇の中で反省する。
なんて態度を取ってるんだ。起こしてくれたのに、心配そうにしてくれたのに、お腹空いてる時は誰でも気が立っちゃうのは、仕方がないよね?分かってくれるよね?
いやいや、だからってあんな態度を……はぁー。寝よう。
「浅野さん!避けろー!」
突然の警告。わたしはただ顔を上げる事しか出来なかった。何がわたしに襲い掛かって来ているのか、避けるよりも、先にそれを確認しようとしてしまう人間の心理というのだろうか?
だが確認する事よりも早く、「それ」はわたしに迫っていた。
「それ」は冷たく、微かに濡れていて、わたしの唇を押し退け、口内へと入って行く。いや、無意識に自ら口を開けてしまった。
もぐもぐ
もぐもぐもぐ、おいしー!
「元気出た?唐揚げは元気でるよな!やっぱ肉だぜっ肉ー!」
その子供のような笑顔がわたしには嬉しくもあり、罪悪感もあった。
あぁ、ちょっと泣きそう。こんな事で泣いたらドン引きされてしまう。
「五十嵐先輩……ありがとぉ!おいしいですー!」
抱き着き最大限の感謝を伝える、と同時に潤んだ目を隠す。
「いいって事よぉ!私の唐揚げは旨いだろぉ!」
なんと手作りとは。見た目によらず家庭的とは、これがギャップ萌えというやつか。
五十嵐先輩から離れると、次は卵焼き。その次はミニトマト。次々に口に運ばれては口を開けるわたしは、さながら雛鳥のような、としか言いようがない。
食べ続けるわたしは思った。
「これ五十嵐先輩のお弁当ですよね?いいんですか?こんなに」
「敬語出てるぞぉ~、気にすんなって。美味そうに食ってくれるだけで、私は嬉しいからな!」
「わたし……五十嵐先輩の妹になる」
「妹って、そこはお嫁さんだろー?って私が旦那役かい!」
笑い合っていると、ある事に気づく。この先輩は先輩なのに、とても親しみやすい。愛想とか遠慮とかそういった物はなく、素直に接する事が出来ている気がした。
わたしの憶測、推測、勘、なんだっていいか。多分一番仲良くなれる人だと直感する。
「やぁやぁお二人さん、仲のよろしい事で」
両手を揉みながら、わざとらしく胡散臭く喋りかけてくる。
目がやけに細く、いや常に閉じているとしか思えないんだけど、とにかく細い。まるでキツネが化けて人間を騙しているんじゃないかと疑ってしまうくらい。髪色もキツネっぽいしね。なんならあだ名もキツネだ。
そんな彼女の名前は
誰が付けたあだ名か分からない。中学時代の友達だ。因みに目を開けた所は見た事がない。まぁ細いだけで開いてるんだろうけど。
「千秋、もう友達、出来た……?」
そんなキツネの斜め後ろに立っているのも、同じく中学時代の友達。
彼女は何というか……感情が無い、事は無いんだけど、何を考えているのか分からないタイプ。クールキャラ?無感情キャラ?はたまたロボットキャラ?なんて言うのは失礼だろうか。
体は細く、ちょっとした風で飛ばされてしまいそうな程に小柄だ。ちゃんと食べているのだろうかと不安になる。だがしかしこの
現に運動部かってくらいのお弁当箱が2つ。大事そうに両手で抱えている。
食いしん坊キャラでした。
「やほー。意外と話しやすい先輩だよ」
「お前らも敬語とか気にしないでくれよ?……意外とって何だ?」
五十嵐先輩、そういう所だよ。
「千秋が言うなら、えっと……」
名前を忘れているのかな?頑張れ涼香!
(五十嵐楓子さんだ)
キツネが涼香に耳打ちして答えを教える。本人の前だぞ。
「よろしく。ふー、ちゃん?」
この呼び方でいい?と確認するように小さく首を傾げた。なんともあざとい仕草だ。
「えへへ。別になんでもいいぜ!」
負けじと五十嵐先輩の笑顔も眩しい。
「それではウチは親しみを込めて、イガちゃんと呼ばせて頂きます」
紳士の様に頭を下げるキツネ。その胡散臭さは好きでやってるのか?からかっているのか?人間に化けているのだから後者だろうね。
「あはは!浅野さんの友達は変なの多いな!」
キミ達、変なのって言われてるよ?まぁ否定はしません。実際変なのだから、わたし以外。
五十嵐先輩からしたら一瞬で3人の友達が出来たと言える。
でもそれはわたしの席がたまたま先輩の前で、たまたまお金を忘れて、たまたまキツネ達が話しかけてくれたから起きた現象かもしれない。
五十嵐先輩ならきっとクラスのほとんどと仲良くなれると、わたしは思う。
それでもそのたまたまの現象が重なって起きた今日は、わたしにとって特別な高校生活のスタートを切った気がする。
これもわたしの直感だ。
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