先輩は同級生
ろんろん
第1話 入学式
わたしは今日、高校生になる。中学の長い3年間を終えて、また3年間似た毎日を過ごす事になると思うと、少し億劫な気持ちになる。
本日入学式の空は、晴天成り。柔らかい風がわたしの首元をすり抜ける。桜が舞い散り、それ背景に歩く制服姿はいい絵になるのだろうけど、わたしの気持ちはそんな晴れやかな絵にはそぐわないだろう。
中学は自分なりに真面目な学校生活を送ってきたつもりだ。
適度に交友関係を築き、適度に勉強して、そしてまた適度に高校生活を送る。
別につまらないという訳じゃない。楽しかった事だってあるし、友達と遊んだり、普通の学生として過ごしていたと思う。
そう、ただ単にわたしは面倒くさがり屋なだけだ。
それを表に出さないように努力している。
面倒くさがり屋なのに何故、表に出さないようにしているのか?
どんなに面倒だと思っていても、やっぱり人の目を気にしてしまう。
不良だと思われて影でコソコソ言われるのも、感じが悪い、気取ってる、そんなある事ない事言われるのは、流石に嫌だ。
だからわたしは愛想を振りまいている。それに1人でいるのが怖い、不安を感じていたくないのかもしれない。
これはわたしの性格の問題だろう。中にはそんな事気にしない人もいるのだから、
素直に羨ましいものだ。
はぁ、と小さくて長い溜息を付くと、いつの間に校門を通り過ぎていた。
嫌な気持ちの時はどうも時間の経過が早く感じられてしまう。
集中してるから?それともなんだかんだ高校生になって浮き足立っているのか?
いや、ないない。あり得ないって。
下駄箱に行くと、「ご入学おめでとうございます」「北高にようこそ」と、10人程の上級生達がお迎えをしてくれている。
「ありがとうございます!」
あちらもやらされている側で頑張っているのだから、わたしも笑って元気よく返す。
浅野、アサノ、あーさーの、あった。
下駄箱で自分の名前を探すと自分の前に2人いた。
1番が相川さんで、2番が青山さんで、3番がわたしだ。4番目はぁ~っと、五十嵐さん。最後の「あ」はわたしのようだ。
わたしの前に2人もいるとは、なかなかやりおる。
鞄から上履きを放り出すと、片っぽが裏返り反抗してくる。右足で本来の在り方を思い出させて、わたしの足を包ませる。
うん。新しいのは気持ちがいいね。
教室までの道のりは人が多く、ガヤガヤと騒がしいのは暫く続いた。
わたしの教室は1年2組と。
出席番号順だろうから3番目だろうね。己を信じ、迷いなく真っ直ぐに窓側の席の3番目に向かった。
『
そっと自分の名前を撫でてから椅子に座る。
今日の空は清々しいほどに青く、自然と目が離せないでいた。
教室の雑音が不思議と心地よく聞こえ、それがわたしの瞼を重くする。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます!」
突然の大声でわたしの目は青空から解放された。
黒板の前に立つのは担任の先生だろうか?女性にしては大きな声で、でも不快感はなかった。ハキハキと爽やかそうな口調からして頼りになりそうな印象だ。
挨拶が終わり、これから体育館への移動をするそうだ。
それでもまだザワザワと騒がしく、幾度も注意されながらわたし達は歩きだす。
沢山の生徒と先生、それと保護者達。カメラのフラッシュの音が体育館に響き渡る。
声や微かな鼻をすする音すらも聞こえる。
生徒達にとって長くて退屈な1日。
欠伸を噛みしめて涙を拭う。勘違いされてないだろうか?泣いてるって思われると恥ずかしい。欠伸だよ?分かってくれるよね?
そうして退屈な数時間を過ごすと、入学式は終わりを迎えた。
わたし達は来た道を戻り、教室へ入るとすでに1人座っている子がいた。頬杖をついて、朝のわたしのように空を眺めていた。
走ってきたのか?それにしても早すぎるような?先に教室に入った先頭の数人が不思議そうにしていると
「五十嵐ーお前今日は来なくていいって言っただろう!?」
先生口調が変わってますよ。初日だから作ってたんですね?
ん?五十嵐って事はわたしの後ろの人か。来なくていいって入学式なのに?そもそも五十嵐さんを知っているかのような口振りだ。
振り向くと同時に風が茶髪を靡かせる。手で押さえる仕草が少し大人っぽくてわたしはドキッとしてしまう。
「わざわざ来たんだからオマケしてくれよなぁ?」
先ほどの大人っぽさはなく、その顔は幼い子供の様に笑っていた。
可愛らしい子だなと素直に思った。
先生は溜息をつきながら、ざわつくわたし達を席に座らせた。
教壇を指でトントントンとリズミカルに鳴らしている。暫くすると音が止まり、口を開いた。
「自己紹介から入ろう。初対面の人もいるだろうしな」
そう言って1番の相川さんを指を差した。
無難な挨拶が始まり、2番3番とわたしの番がくる。
「
もちろん無難な挨拶で終わる。でもちゃんと笑顔でぺこぺこと周りにお辞儀した。
まばらな拍手がちょっと小っ恥ずかしく感じる。
「
まばらな拍手が五十嵐先輩に送られた。まさかとは思っていたけれど留年者だった。
その人は柔らかい笑顔でクラスの皆に手を振る。入学して先輩が教室にいるとなると警戒するのはしょうがないと思う。
でもその笑顔はそんな警戒を薄めてしまう程に、不思議と見入ってしまったのは、わたしだけではないはず。
それでも気軽にとは言うけれど難しいんじゃないか?仮にも年上なのだから。気を使ってしまうのが後輩だ。
まぁなんとかなる、というやつだろう。あちらもこちらも。
「五十嵐、新入生を困らせるなよー。皆も変に気を使わないでやってくれ。コイツもその方が助かるからな」
はにかみながら笑う五十嵐さんはまた、幼い子供の顔をしていた。
順番に自己紹介が終わり、先生からのお知らせを聞いて今日の1日が終わった。
早く帰れるのが入学式のいいところだ。
朝と違って晴れやかな気持ちでわたしは家に帰る。
新品の制服を適当に脱ぎ捨てて部屋着に着替え、ベッドにダイブする。
枕に顔をうずくめて「あ”~」と疲れを吐き出す。
ごろんと仰向けになり、ふと不安がよぎる。
高校生活は上手くやっていけるだろうか。勉強も付いていけるか。
面倒くさいなぁ。
「いがらし、ふうこ……」
後ろの席で留年した人。気軽にとはいえ話かけられたら、どう接すればいいのだろうか。
ふわふわしたセミロングで茶髪。可愛らしい見た目に明るい性格。誰とでも仲良くなれそうな人だと思った。
ロングで黒髪。背も平均より高くて、作ったような明るい性格。周りに合わせて上辺だけの交友関係を築いてた、わたしとは正反対。
「留年の理由って何だろ……?ああ見えて結構なやんちゃっ子だったり?まさかねー」
明日から普通の高校生活が始まる。不安を抱えると同時に、いつもと違った日常があるのかもしれないという、僅かな楽しみを抱えながらわたしの瞼は落ちていく。
ピピピと電子音が何度もわたしの耳を通り抜ける。
頭の中が「起きろー」と命令してくる。嫌だ嫌だと抵抗しても、次第に「起きなきゃ」と自分に言い聞かせてしまう。
回らない頭に開かない目。くあぁと大きな欠伸を1つ。いや2つかも。
シャワーを浴びて無理矢理目を覚ます。髪を乾かし、化粧をしてから朝ごはん。
くあぁ~。何度目の欠伸だろうか?まぁそもそも数えてはないんだけどね。
テーブルの上には1000円札が1枚と置手紙があった。
【入学おめでとう。お母さん忙しくてお弁当作れないから、コレで好きなの食べてね。出来るだけ作るようにするから。ごめんね。頑張れ!いってらっしゃい!】
高校からは給食がなく、お昼は持参か購買になる。
お母さんが忙しいのは知ってるし、別に怒ったりなんてしない。むしろ気楽で自分のやりたい放題でラッキーだ。
でも、こんな手紙でも心に来るものがある。寂しい?嬉しい?どんな感情で流れたのか分からないその数滴の涙を拭ってから、わたしは学校へ向かう。
「行ってきます。……頑張るぞー!」
本日のわたしの気持ちは晴天なり。桜を舞う道を走って行くわたしは、珍しくやる気に満ち溢れていた。
くあ~……うん。もう何度だってしてやるさ。眠いのは春の温かさのせいにしよう。
頑張ったさ。お昼前とはいえ数時間耐え抜いた。
お母さん、わたし頑張ってるから心配しない、でね……。
午前の授業の記憶はここで止まってしまった。
窓際の席という事で日差しが気持ちよく、質のいい惰眠を取ってしまう。
ふわふわと頭の中が溶けて、揺り籠に入っているように体がゆらゆらと揺れ、柔らかい羽で鼻を擽られて、むずむず……ムズムズ、くっしゅん!!
「あははは!起きたー!」
陽気な声がすぐそこにあった。
霞む目をぱちぱちとさせると、ひらひらと茶色い髪の毛が動いている。わたしの机に腕を組み、あどけない顔を乗せていたのは五十嵐さん。
まだ頭が働かない。夢?んー
反応が遅れていると「まだおねむかー?」と茶色い髪の毛を掴んだ手が近づく。
まるで猫じゃらしで遊ぶ飼い主のような。
「あっ!すすすいません!起こしてもらって……」
何で謝ったんだ?いや一応先輩?だし。気軽にとは言っていたが、最初に敬語は懸命な判断とも言えよう。
「敬語はいいってばぁ。気にしないからさ?えーと浅野さんだっけ?」
おお、なんとも喋りやすい雰囲気を作ってくれるいい先輩だ。
「はい、あ、うん。五十嵐先輩?五十嵐さん?」
んーと、この場合は呼び方はどうすればいい?
敬語はよくても呼び捨ては流石にまずいだろうし、ここも任せてみよう!
「へへ、先輩だなんて~そんな大した者じゃないっすよー」
あれ?嬉しいのか?それはそれで可愛いからいいけど。
「じゃあ五十嵐先輩って呼ぼうかな?」
ちょっとした悪戯心が湧いてしまう。先輩呼びでタメ口なのがちょっと引っかかるけど。
「まぁ好きに呼んでくれていいぜぇ?」
まんざらでもなく照れてる女の子は、わたしの後ろの席で、同級生のはずなのに先輩だった。
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