小さなお船なのです
忍術3を手に入れた。手裏剣も手に入れた、そして次の街の情報も手に入れた。となると次にやることはレベル上げだ。タロウとリンネもしばらく俺の市内の探索に付き合ってもらっていたからそろそろ外で戦闘をしたいだろう。
「明日からは森の街の外に出て敵を倒してレベル上げするぞ」
「するぞ、なのです。外で敵をやっつけて強くなるのです」
「ガウ!ガウ!」
やっぱり2体ともうずうずしてたんだな。俺のレベルは上忍レベル4。情報クランや攻略クランの連中は俺よりも3つ4つ高い。次の街に行くにしてもレベルはあげておく必要がある。俺のレベルが上がったのも印章を使ったNM戦によるところがあるから、ここはしっかりと周辺の敵を倒してレベル上げをしないと。
この森の街は試練の街から見れば北東の方向の森の中にあり、街の西側から北側に川が流れている。西側には住民が釣りをする池があるのは確認済みだ。
情報クランから聞いている話で街の北側と南側で敵のレベルが違っていて北側の方が強くなっているというのでまずは街の南側で経験値稼ぎをする。このエリア周辺では敵のレベルの表示の仕方が今までとは違っていた。レベル90や93とかではなく上級レベル5とかになる。そういえば途中の戦闘でも上級レベルの数字をAIのミントが言っていたな。あの辺りからこの森の街のエリアという認識なんだろう。
丸1日街の外で魔獣相手をした俺たち、街の南側の魔獣のレベルは上級換算で7とか8だが特に危ない場面もなくそれなりの経験値を稼ぐことができた。装備が良くなっているのと優秀な2体の従魔のおかげだね。ソロだとまず勝てないだろう。
そして手裏剣だが全く当たらない。忍者に投擲スキルがあるかどうか知らない、いや絶対あるだろう。そう思うのだが投げても明後日の方向に飛んでいってしまう。タロウが走って回収してくれるんだが申し訳なくて。実戦投入前にどこかで鍛錬しないとダメだ。
今はプレイヤーの数も少ないので経験値稼ぎをするには良いタイミングだ。手裏剣の腕はまあ置いといて、3日程森の中に出向いて敵を倒しまくった俺たちは上級レベル5になった。
「これでまた強くなったな」
「もっと強くなるのです。タロウもリンネもまだまだ頑張れるのです」
長期で借りているコテージに戻ってきて2体の従魔を労っていると通話が来た。
「主、お電話なのです」
「おう。ありがとう」
クラリアからだった。
「森の中を通って行くルートを見つけて試練の街に戻ってきたところ」
「そりゃすごいな。ご苦労さん」
彼女によれば森の街の正門、南門から森の中に入ると獣道の様な細い道が奥に続いているらしい。もちろん周辺には魔獣が生息しているがその中を進んでいくと途中で広場がありそこにある小屋がセーフゾーンだったという。
獣道に沿って進み、途中に2箇所あるセーフゾーンを経由すると、最終的にサハギンNMが湧くあの池に着いたらしい。
「試練の街からだとサハギンNMの池にぶつかってそこから池沿いに左、時計回りに行けば獣道が見えてくるの。それが森の街まで続いていたってこと」
流石に情報クランだ。しっかりと検証して正解のルートを見つけ出している。これで正式に森の街の情報を売れるわとクラリアが言った。仕事してるなぁ。
いずれにしても正規のルートが見つかってこっちも一安心だよ。
暫くしてクラリアが森の街に戻ってきたという連絡を受けて俺たちは情報クランが借りているコテージに顔を出した。そこでもう一度詳しく森の中を通るルートの話をクラリアとトミーから聞いた。
「試練の街では日々上級に転換したプレイヤー達が現れている。森の中を通るルートをこのタイミングで見つけられてよかったよ」
彼らは試練の街から次の街へ移動するルートとそのルート上にいる魔獣のレベルや種類についての情報を明後日に売り出すと発表すると、すぐに結構な数の情報の購入予約の申し込みが来たらしい。
「商売人だな」
「皆新しい街には興味があるからな。俺たちもプレイヤーがどんどん来てくれた方がいろんな情報が取れる。お互いにウィン-ウィンだよ」
もちろん情報クランの情報を買わずに自分たちでルートを探すプレイヤーも多いだろう。要は自分たちがこのゲームをどう楽しむかによって情報を買うか、あるいは今回はやめておこうとか決めればいいと思っている。
実際PWLは自分が過去やってきたゲームとは全然違っていてプレイヤーが好きに個性を出せる様になっている。装備や武器、私服についても皆自由だ。情報クランも当然それは理解しており、この武器が優れているとかこの防具が一番良いという情報は流していない。NMの戦利品についてもその詳細を開示していないが、それでもNMから出る装備や武器が店のものよりも優れているのはPWLのプレイヤー達は理解している。プレイヤーは自分たちの技量や所持金と相談してその時々の自分たちにとってベストだと思われる装備を身につけている。それがこのゲームだ。
翌日、俺たちは森の街の北側、高レベルがいるというエリアに初めて足を伸ばす。情報クランは彼らの仕事をする。俺は自分のやりたいことをする。元々忍者を選んでいるのもソロで好きなことをするのが目的だ。せっかく新しい街にいるんだし強い敵とも一度やってみようと思ったんだよね。
「今日行くところは昨日よりも強い敵がいるエリアだ。気を抜くんじゃないぞ」
門を出たところでタロウとリンネを撫でながら言う。
「任せるのです。タロウもリンネも主と同じく強くなっているのです」
「ガウガウ」
門を出て北にある森に入っていくと10分程してタロウが低い唸り声を上げて木の上を見た。するとなんと木の上からゴリラの魔獣が襲いかかってきた。
ゴリラの魔獣は俺をターゲットにしたがこっちは空蝉の術3で分身が4体ある。飛び降りてきて両手を振りまわされてあっと言うまに分身が2体消えてしまう。ただその時にはタロウとリンネが物理攻撃と魔法でゴリラの魔獣に大きなダメージを与えている。そこに俺の片手刀が振り下ろされてゴリラ野郎を倒した。ちなみにゴリラ野郎のレベルは上級の10だった。
タロウの気配感知と空蝉の術の分身がなかったら相当やばかった。今のゴリラの様に攻撃のタイミングをずらされて2回喰らうと2体分の分身が消える。これからはこんな敵が多くなるんだろうな。
その後も北の森の入り口付近でゴリラを中心に時々獣人を相手にレベル上げをした俺たち。レベルは上がらなかったが結構な経験値を稼ぐことができた。ただ上級レベル10を相手にすると本当に気が抜けない。森の街に戻ってきた時は心底グッタリしたよ。
「今日の敵は強かったな」
「大丈夫なのです。タロウとリンネが主をお守りするのです」
俺の膝の上に乗っているリンネが言うとタロウも尻尾をブンブン振っている。任せておけと言っているのですとリンネが教えてくれた。俺たちは森の街から自宅のある開拓者の街に戻ってきていた。ランとリーファは今は両肩に座っている。
「明日は自宅でのんびりするぞ」
縁側に座っている俺が宣言する。
「お休みは大事なのです」
「ガウガウ」
リンネとタロウも賛成してくれる。もちろんランとリーファも俺の前に飛んでサムズアップをしてくれた。
試練の街についてレベルが85になってからは怒涛のPWLライフを送っていた気がする。試練を受けて上忍になり、船を作って釣りをし、印章NMもやって最後は新しい街まで行ってきた。
ここらでペースダウンしてもいいだろう。元々のんびりゲームを楽しもうと思っていたが最近はのんびりと過ごす時間があまりなかったからね。
森の街の次の街の探索は攻略クランと情報クランにお任せだ。彼らがあの川を船で下っていけばおそらく到達できるだろうし。何よりも彼らとはレベルが違う。こちらはマイペースでやりますよ。
畑の見回りと収穫をし、ネリーさんの農業ギルドで買い取ってもらう。そして新しい野菜の種を撒き、水やりをする。最後のビニールハウスでの水やりが終わると従魔4体がその中で遊んでいるのを土の上に座って眺めて過ごす。
たっぷりと遊んで満足したところでビニールハウスを出ると彼らはいつもの定位置に移動していった。タロウは精霊の木の根元に、リンネは木の一番下に伸びているの太い枝の上に、そしてランとリーファもリンネと同じ枝に腰掛ける。
彼らが定位置についてリラックスしているのを見ると久しぶりに工房で合成をする。最近はポーションを作ると高+ができる様になった。
工房で合成をしているときにふと思いついた俺は従魔達に留守番を頼むと開拓者の街にある木工ギルドを訪ねてそこで材料を仕入れる。自宅に戻ってくると再び工房で木を切って木槌でコンコンと叩いていく。その音を聞いたのか従魔達4体が工房の中に入ってきた。
「主は何を作っているのです?」
「出来てからのお楽しみだよ」
「リンネはお楽しみを待つのです」
そう言ったリンネを始め、タロウもランもリーファも工房の中で俺の邪魔にならない場所に座って俺の作業を見る。邪魔にならない場所と言っても床の上に座っているタロウの背中にリンネとランとリーファが座っているのだが。
木を切って合わせていくと途中でタロウとリンネは気がついた様だ。それでも黙っていて口を挟まずに作業を見つめている。
作業を初めて4時間ほどが過ぎた頃、
「出来たぞ」
「船なのです。小さなお船なのです」
そう、船を作ったんだよ。と言ってもこれは街の外の川で使う船じゃない。全長は1メートルもない小型の船だ。
「これはランとリーファの船だよ」
俺がそう言うと工房の中で歓喜の舞をする妖精達。出来上がった船を持つと工房から出て精霊の木の近くを流れている小川の上に船を浮かべ、流されていかない様に船首につけたロープを小川のそばの土の上に埋めた杭に巻きつけた。これで船が流れていくことはない。
「タロウとリンネと俺は船に乗っている。ランとリーファは船に乗っていないからな。だからこれはランとリーファの船だ」
乗ってもいいぞというと2体の妖精が羽をパタパタとさせて川に浮かんでいる船に近づくと船の中に作った椅子というか船の左右に通した横板の上にちょこんと並んで座る。穏やかな川の流れで船が少しだけ揺れているがその揺れに合わせて2体の妖精も身体を左右に揺らせる。
「気に入ってくれたかい?」
船に乗りながら2体の妖精がサムズアップしてくれた。
「主は優しいのです。妖精達も船に乗って喜んでいるのです」
うん、船を作った甲斐があったよ。
「お前達とはあの船でまた魚を釣りに行こうな」
タロウとリンネを撫でながら言う。
「ガウガウ」
「お魚さんを沢山釣りにいくのです。楽しみなのです」
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