船で探索しよう

 翌日から船作りが始まった。攻略クランにはいないが情報クランには木工の合成職人がいて彼が手伝ってくれることになった。ヘンリーという木工職人でジョブは狩人。上級ジョブのハンターになっていて、情報クランでパーティとして活動している時以外はほとんどの時間を木工の合成に費やしているのだという。1人だとどうなることかと思っていたから本当に助かる。


「山の中にある製材所や木工所で働くことに憧れていた時期があってね。リアルでは無理だったんだけどその憧れをゲームの中で楽しんでるのさ」


 社会人2年目だというヘンリー。当然ながら木工スキルは俺よりもずっと上だ。だから作業をしている中で、俺はこうしたんだよと言うとなるほどと言ってすぐに俺よりも完璧に仕上げてくる。スキルが上だから当然なんだけどさ、これ俺が作業する意味があるのかな?いや、深く考えるのはやめよう。


 時折サイモンさんが顔を出して俺たちの作業具合を見てくれてここはこうした方が良いぞ等とアドバイスをくれるので順調に船が作られていく。


 タロウとリンネは例によって木工ギルドの作業所で俺たちの仕事をおとなしく黙って見てくれている。相変わらず飽きないらしい。休憩時間に撫でてやると尻尾を振って喜んでくれる。


「見てるだけだとつまらないんじゃないの?」


「平気なのです。主の仕事ぶりを見るのは楽しいのです」


「ガウ!」


 2体がそう言うのならいいんだけどね。


 

 2隻の船を同時に作っていると3日目の夕刻、船の形がようやく見えてきたタイミングでいつもの4人が木工ギルドの作業場にやってきた。


「タクとヘンリーご苦労様。悪いな。船を作ってもらって」


 スタンリーが代表して俺たちに労い、お礼を言ってきた。


「大丈夫だよ。こっちも木工スキルが上がるし、それに結構楽しんだよ」

 

 俺がそう言うとヘンリーも大型の木工製品を作るのは初めての経験だけど面白いよと言ってくれている。


 サイモンさんによるとあと2日ほどで完成するだろうと言うことだ。こっちのスキルが上がっているせいか前回よりも短い時間でできそうだ。


 その言葉通り、2日後の夕刻2隻の船ができあがった。俺の船もそうだがこの船も防水の塗料を塗布している。


「見事に仕上がってるな。うん、これなら問題ないぞ」


 出来上がった船を見たサイモンさんが俺とヘンリーを褒めてくれた。プロの職人に褒められるとやり切った感がある。


 俺たちは出来上がった船を街の郊外の川、いつも釣りに出かける場所の川辺に浮かべた。情報クラン、攻略クランのメンバー達も試練の街に戻って来ていて皆揃っている。2隻の船が川に浮かぶと声を上げるメンバー達。作った俺とヘンリーはお互いに肩を叩き合って喜んだ。


 まずサイモンさんが浮かんでいる船に乗ってそれぞれの船をチェックした。


「うん、大丈夫だ。しっかりしてるぞ」


 その後5人ずつ船に乗ってオールを漕ぐ練習をする。岸で従魔達とそれを見ている俺。最初はぎこちなかったがしばらくすると皆のオールを漕ぐ動きが揃ってきた。それによって船がスムーズに前に進み出した。彼らの船は左右に2つずつオールクラッチが付いていて同時に4人で漕ぐことができる。


 2隻の船が問題ないことが分かった時点で俺の仕事は完了だ。無事にできてよかった。そう思っていると試運転をしていた船から降りたスタンリーが近づいてきた。


「これなら早く、安全に森の奥の探索ができるぞ。タク、ヘンリー、ありがとう」


 言われてヘンリーは楽しかったよと言い、俺も楽しかったし無事に浮いてよかったよと言う。情報クランと攻略クランは木工ギルドに報酬を払った後、それとは別に俺とヘンリーに船代依頼費用だよと報酬を払ってくれた。


「船を作る商売をしたら儲かるんじゃないか」


「それをやるとしたらヘンリーだな。彼の方が木工スキルがずっと高い」


 実際に一緒に仕事をしていたから分かる。ヘンリーの木工スキルはすでに50を超えているということで俺なんかよりもずっと早く作業をしていた。それに性格もあるのだろうが几帳面で仕事にミスがない。適当にやっちゃえというのがないんだよな。合成職人のこだわりを目の当たりにしたよ。俺は今回2隻の船を作って木工スキルが44にまで上がった。これは嬉しい。あっという間に木工が合成スキルの中で一番高くなっちゃったよ。


 情報クランのメンバーは以前から彼のスキルを知っているのでヘンリーなら全く問題ないだろうと思っていたらしい。情報クランと攻略クランは明日から早速船で森の奥に進んで行くと言う。


「タクも一緒にどうだい?」


 スタンリーが聞いてきた。こう言う流れになるよな。俺は一応タロウとリンネを見てどうしようかと聞いた。従魔の意向も大事にしないと。タロウはガウと言いながら尻尾を振っている。これはOKだな。そしてリンネはと言うと、


「主、参るのです。お友達のヘルプをするのです」


 こちらも行く気満々だ。2体を撫でながら言った。


「ヘルプにはならないと思うが、お前たちが良いって言うのならのなら皆んなと一緒に行こうか」



 試練の街は西の門が一応正門の扱いになっていることもあり普段東門にはほとんどプレイヤーがいない。ただこの日は10名ちょっとのプレイヤーがこの場所に集まっていた。


 河岸に着くと3隻のボートを川に浮かべる。サイズが同じだが俺の船だけ中央に生け簀というか水槽がある。先頭を頼むと言われたので俺とタロウとリンネが船に乗った。乗るなりリンネとタロウが船首に座って前を見る。彼らの指定席だ。


 後ろの2隻の船にもクランメンバーが乗り込んだのを見て俺は櫓を漕いで船を下流に進め始めた。後ろの2隻は全員がオールを持って漕いでいるがこっちの船が遅いのでオールの動きもゆっくりだ。俺が先頭、その左後ろと右後ろにそれぞれのクランの船が続く。


 森に入ってしばらくすると左手に池が見えてきた。


「あの池には魚の魔獣がいる」


 背後にいる2隻に説明をして再び川を進んでいく。最初は比較的真っ直ぐに流れていた川が奥に行くと蛇行し始めた。


「この辺りで虎のゾーンが終わってここからは獣人や熊の魔獣が生息しているエリアになっている」


 攻略クランも情報クランも森の中を進んでこのゾーンまで来ていたらしい。蛇行したところに石の河原があったのでそこに船をつけて休憩することになった。


 攻略クランのメンバーが敵のレベルを見てくると森の中に入って行った。しばらくすると森から出てきた5人。先頭を歩いているスタンリーによると森の中にいたのは上級レベル7の魔獣だったらしい。


「俺たちが相手にしていたのよりレベルが1つ上がっている。つまり俺たちが到達していた場所よりもここはさらに奥になっている」


 そう言ったスタンリー。


「それにしても船は便利だ。安全に移動できるので疲労度が今までとは段違いだ」


 森の中を歩いて進んでいる時には周囲の視界が悪いために、常に全員が周囲を警戒しながらの攻略していたので疲労度が多かった。それに比べたら船は全然楽だよという。これについては情報クランの連中も同じ事を言っている。俺の場合は歩くレーダーのタロウがいてくれたので周囲の警戒はタロウに任せっきりだ。


 そのタロウとリンネは今のところ戦闘をしていないのでウズウズしているのかと思っていたが2体を見ているとどうやらそうでもないらしい。船から降りて河原で休んでいる時に2体を撫で回しながら聞いてみるとリンネが答えてくれた。


「タロウもリンネも主とお船に乗ってお出かけするのが好きなのです。船は気持ちが良いのです」


「ガウガウ」


 船が気に入っているみたいだ。お散歩気分なんだろう。


「主は今日は釣りはしないのです?」


「うん。今日は皆と一緒に探索をしている。魚釣りはまた別の日にやろう」


 休憩を挟んで再び川を下っていく。川が大きく蛇行している場所に河原があるとその度に河原に降りて周辺の魔獣を倒してそのレベルをチェックするクランメンバー。数体倒したが敵のレベルは上級レベル7で変わってないそうだ。


「この河原までは来ているんだ。ここから先は俺も初めての場所になる」


 幾つか目の河原で休憩した時に俺が言う。ただ前回は俺たちだけだが今回は更に10名もの精鋭がいる。なんとかなるんじゃないかな。


 蛇行している川幅は20メートルから30メートルの間で広くなったり狭くなったりしている。流れがきつくない中、3隻の船はゆっくりと下流に進んでいく。


 河原で敵を倒しながら進んで行く俺たち。休憩をしてから1時間ほど船を漕いでいると川が大きく右に蛇行していた。そしてその蛇行しているその先に頑丈そうな木の橋が川にかかっているのが全員の目に入ってきた。


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