魚のフライとボート

 翌日畑の見回りを終えて縁側で従魔達とのんびりしていると端末が鳴った。


「主、お電話なのです」


 俺の膝の上で休んでいるリンネが言った。相手はクラリアだ。


「今時間があったら試練の街のオフィスに来ない?」


「自宅でのんびりしていたから大丈夫だよ。今から移動するよ」


 電話を終えるとすでにタロウも俺の足元に来ていた。


「分かっているって。一緒に行くよ」


「ガウ」


「当然なのです」


 留守番は任せろとランとリーファのサムズアップを受けた俺たちは試練の街の情報クランのオフィスに移動すべく市内を歩く。市内にはそれなりの数のプレイヤー達が歩いていた。情報クランに着くとそのまま応接間に案内される。タロウも一緒に入ってきた。


 すぐにクラリアとトミーが部屋に入ってきた。トミーももちろん上級ジョブであるウォリアーになっている。


「ジョブ転換してからは畑仕事かい?」


 挨拶を終えると聞いてきた。


「そう。ここしばらく根を詰めて試練を進めていたから。上忍にもなったし、しばらくは農業や合成をして過ごそうかなと思ってるんだよ」


 情報クランは今、試練関係で忙しいのだと言う。そりゃそうだろう、第一の試練の情報を出したと思ったら試練を終えて上位ジョブに転換したワールドアナウンスが出た。当人達も試練をクリアしている。情報クランのメンバーの多くがプレイヤーからの問い合わせに忙殺されているらしい。


「攻略クランとも相談し、情報クランの中でも皆で議論した結果第二の試練の場所については開示しないと言うことにしたの」


「なるほど」


 難しい判断だけど俺は賛成するよ。


「運営はフィールドを動き周って洞窟を探すという選択肢以外にタクの様にレストランから得た情報が最終的に果樹園、そして洞窟につながるというルートも用意している。俺たちがまだ知らない洞窟に繋がる他のNPC経由のルートもあるかもしれない。それも含めてプレイヤーが考えて動いてほしいということなんだろうと理解しているんだ」


 確かにその通りだよな。プレイヤーからは色々言われるかもしれないがこれが一番良いだろうというのが彼らの結論らしい。うん、それでいいんじゃないかな。


 その結論を伝えたかったというトミーとクラリア。相変わらず律儀だよ。


「ところでさ、第2陣が山裾の街に到着しているじゃない。前やってたみたいにあの街から洞窟を抜けて開拓者の街までの護衛はやるの?」


 雑談になったところで聞いてみた。


「第2陣のプレイヤーからやって欲しいという希望が結構きているの。なのでそれについては攻略クランと合同で進めるつもり。第1陣の人達の時だけやって後続組は勝手にどうぞと言う訳にはかないでしょう?それにあの護衛は良い金策になるのよね」


 エリア毎にレベル制限があるとは言え、情報クランと攻略クランのメンバーなら問題ないだろう。


「タクも護衛に参加する?」


「俺はいいよ。幸いお金にもそれほど困っていないし」


 クラリアの提案というか冗談にそう答えると2人がタクは金持ちだからなと言われたよ。農産物の納品でそこそこのベニーは持ってるけど金持ちというレベルじゃないと思うんだけどな。


 情報クランはそうやって第二の試練に関する対応の仕方や護衛関連で忙しくしているが攻略クランは既にメンバー全員が上級ジョブに全員転換していて行動範囲を試練の街から広げているらしい。俺がモトナリ刀匠から聞いた話をすると当然よねという2人。


「このエリアは広大だ。試練の街以外にも当然複数の街があると見ている。彼らとは常に連絡を取り合って効率的に探検しようと言うことにしている。こっちがある程度落ち着いたら俺たちも外に出るつもりだよ」


 試練の街の郊外の森のエリアの開拓は彼らにお任せだな。



 情報クランを出た俺はそのまま試練の街の市内を歩く。左隣にはタロウ、頭の上にはリンネと従魔達はいつものポジションだ。情報クランのオフィスでは黙って大人しくしていた従魔達だが街にでると色々と言ってくる。


「主、次の角を左に曲がるのです」


「曲がってどうするんだよ」


「そのまま進むのです。何かあるかもしれないのです」


 頭の上からリンネが言った。


「この通りは前も歩いたぞ」


「良いのです」


「ガウ!」


「お前も左に曲がって欲しいのか」


「ガウガウ」


 こんな調子であっちの路地、こっちの路地をうろうろする俺たち。こっちも特に目的がある訳でもないし、従魔の機嫌がそれで良くなるならと彼らの言うとおりの路地を歩いていると腹が減ってきた。この辺りはジョンストンさんのレストランのある場所からは反対の方角になる。あそこまで移動するのは面倒くさいなと思って歩いていると路地に一軒のレストランを見つけた。オープンテラスのウッドデッキがあるので従魔と一緒でも大丈夫そうだ。


 ジョンストンさんのレストランよりも小さくでテラスにはテーブルが2つだけ、店の中を見ると中もテーブル席が4つ程しかない。こじんまりとしたレストランだ。個人的には大きなレストランよりもこじんまりした方が好きなんだよね。落ち着くんだよ。


 テラス席に座ると猫人族の給仕の女性がやってきた。


「お勧めの料理は何ですか?」


「今日は魚のフライですね」


「魚が獲れるんだ」


「オーナーが自分で森の中の川や池で魚を釣ってきて調理しているんです」


 釣りか。そういえばPWLで釣りはできるのかな。俺はミントに聞いてみた。


(PWLで釣りはできるの?)


(出来ます。釣具が売っているショップがあります)


 そんなショップがあるんだ。ショップはほとんど外から見てるだけで中に入っていないからだろう、全然気が付かなかったよ。ミントによるとこの試練の街に釣具を扱っている店があるらしい。店のお勧め料理をオーダーすることにした。このゲームで魚料理はほとんど食べていないな。


 魚のフライは美味かった。川魚特有の匂いもなく食べやすい。魚の周りに添えられているサラダも絶品だった。


 俺が食事を終えたタイミングで店の中から狼人の男性が出てきた。


「どうだい?魚料理は?」


「いやもう絶品でしたよ。すごく美味しかった。他の街だと魚料理がほとんどなかったんで久しぶりでしたけど美味しいです。それでご主人が釣ってるって聞いたんだけど」


「そうだよ。俺が毎朝川や池に行っては釣ったり仕掛けた罠を回収したりして仕入れているのさ。おかげで原価はタダなんだよな」


 そう言って豪快に笑う店主。この人はウォルシュという名前で店のオーナー兼シェフなんだそうだ。俺は上忍のタクだというと試練を乗り越えたプレイヤーさんなのかと感心された。


「あんたはプレイヤーだろう?冒険もいいが釣りも楽しいぞ」


「ですよね。あとで早速釣具を買いに行くことにしますよ」


 そうしろと言うウォルシュさん。


「でも森の中は魔獣がいるのに釣りに出かけて大丈夫なんですか?」


「そりゃお前、まともに森を歩いたら俺なんてイチコロでやられちまうよ。だからボートに乗って出かけるのさ。川の中には魔獣がいないからな。ボートで釣りをして池には罠を仕掛けて引き上げる。池にはたまに魔獣がいるからな。だから池では罠、川ではボートで釣りをして仕入れるんだ」


 ボート。それに乗って川を移動したら魔獣に会わずに森の奥に行けるのか。


「ボートって売ってるんです?」


 俺のその言葉には首を左右に振る店主。木工ギルドで特注で作ってもらったそうだ。


「スキルがありゃ自作もできる。この街の木工ギルドに知り合いがいるからタクが行くなら紹介状書いてやるよ、色々と教えてもらいながら自分で作ってみてはどうだい?」


 是非お願いしますと頼むと快く受けてくれて木工ギルドの職人さんへの紹介状を書いてくれた。


「主、ボートとは何なのです?」


 俺とウォルシュさんのやりとりを膝の上で聞いていたリンネ。横を見るといつの間にかタロウも起き上がって顔を近づけいた。2体とも興味津々だな。


「ボートは船だよ。川や池を漕いで進むんだよ」


「ほう、この従魔は会話ができるのかい。出来た従魔じゃないか」


 ちょっとこっちに来てごらんと言うので椅子から立ち上がった俺達は店主のあとを付いて店の奥に進んで庭に出た。そこで店主がこれがボートだよと布を剥ぎ取るとその下から木のボートが現れた。1人乗りのボートだ。リアルでよく見る川や池で漁をしている人たちが乗っているボートと同じだ。


「格好いいのです。主、ボートを作るのです。作ってタロウとリンネも乗るのです」


「ガウガウ」


 ボートを見るのが初めてなのだろう。リンネもタロウも目を輝かせてボートを見ている。ボートを作ってから釣りでもするか、それにひょっとしたら楽に森の奥に移動できるかもしれないな。


「よし、ボートを作ってみようか」


「やるのです」


「ガウ」


「従魔達も興味がありそうなのでこの足で木工ギルドに行ってみます」


「おう。あいつらなら丁寧に教えてくれるだろう。頑張れよ」


 レストランを出ると市内の木工ギルドに顔を出した。受付でウォルシュさんに書いてもらった紹介状を見せるとこちらですと奥に案内してくれた。そこは木工ギルドの作業場になっていた。プレイヤーが合成をする工房とは別にギルドとして木を裁断したり家具を作ったりする大きな作業場だ。


 案内してくれたNPCが作業場の中に行ったかと思うとそう待たずして1人の職人さんを連れてきた。この人も狼人だ。


「あんたかい?木工船を作りたいっていうのは」


「ええ。上忍のタクといいます。こっちは従魔のタロウとリンネ」


「ガウガウ」


「リンネなのです。主の船を作るのです」


「ほぅ。いい従魔を連れているな。霊狼に九尾狐か。わかった。俺がタクに教えながら一緒に作ってやろう」


 木工職人さんはサイモンさんと言う人でこの街の木工ギルドで長く勤めているベテランの職人さんだ。


 こっちに来なと言われてまず俺たちは作業場の奥にある小部屋に入った。そこにはテーブルと椅子、あとは定規や筆記用具が置かれている。それらを興味津々といった目で見るタロウとリンネ。もちろん俺もだよ。


「まずどんな船を作るのか。この紙に絵を書くんだ。イメージしている船の絵を書くとそれを基本にして細かいサイズを決めていく。無理なら口で言ってもいいぜ、俺が書いてやるから訂正してくれりゃあいい」


 そっちの方がありがたいかな。俺とリンネとタロウ。できればもう1人が乗れるくらいの大きさの船にして欲しいという。釣った魚を入れるスペースも欲しいな。


 俺の話を頷きながら聞いていたサイモンさん。おもむろに紙の上に船のデザインを書き始めた。


「大きさは5人乗りがいいだろう。魚を入れる水槽を中央に置いてと、安定を保つために中央部から後部の幅を広くして…と」


 独り言を言いながらデザインを書いていくのを見ている俺たち。流石にプロだ。ささっと書いている様だが綺麗な船の絵が出来上がっていく。


「それなりの大きさの船になる。櫂じゃなくて櫓になるが構わないか?」

 

 櫂はオールのことだ。櫓は船尾で立って漕ぐやつだな。安定するのは櫓だというのでそれでお願いする。というかタロウとリンネはオールを漕げない。サイモンさんは更に紙に絵を書いていった。


「こんなんでどうだ?」


 そう言って見せてくれたのは横に並んで2人が余裕を持って座れる幅になっている木工船だった。大海原に漕ぎ出す訳じゃない。川とせいぜい池ならこれくらいで十分だろう。


「いいですね。それにしても絵が上手いですね」


「ありがとよ。じゃあこれからサイズを細かく書いていくぞ」


 デザインの紙を参考にして今度はより精緻な図面を引いていくサイモンさん。ゲームだから途中は端折っているのだろうがみるみるうちに図面が出来上がっていく。


 木工船の図面が出来上がった。この図面で船を作った場合の値段というかギルドに支払う報酬の額を聞いたが十分に払える範囲内で収まった。


「明日から図面に合わせて木を切る。手伝ってくれよな」


「もちろんです。明日またここに伺います」


「伺いますなのです」


「ガウ!」


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