報告に行こう

 畑の見回りを終えると従魔達に留守番を頼んだ俺は山裾の街に飛んだ。この街に入ると忍装束を着たプレイヤーを見かける。第2陣がこの街に来ているんだ。今まで自分と同じジョブのプレイヤーを見かけた事がなかったので新鮮だよ。


 それにしても結構忍者の人がいるな。仲間がいるってのは嬉しいよね。チラチラとこちらを見てるけど初期組って目立つのかな。この街じゃタロウとリンネが一緒じゃないから見られないと思ってたけど。


 通りから路地に入ると目的の店を見つけた。『くノ一忍具店』の扉を開けて中に入るとちょうどヤヨイさんが女性忍者プレイヤーと話しをしているところだった。2人が店に入ってきた俺に顔を向けるとヤヨイさんが言った。


「あら、タクじゃない」


「こんにちは」


 挨拶を交わしていると店にいた女性忍者プレイヤーの嘘!という声が聞こえてきた。嘘じゃないよ俺はタクだよ。第2陣も順調にこの街に来ている様だ。彼女の装備を見てみるとドワーフの親父の店で買った俺と同じ装備と刀だ。うん、それは良い装備だよ。俺が保証する。


 ヤヨイさんは女性忍者にちょっと待っててねと言って俺に近づいてきた。


「無事に上忍にジョブ転換できたみたいね」


「そうなんですよ。その報告に来たんですよ」


「師匠のところには報告に行った?」


「ええ、一番最初に行きました。この武器と装束もモトナリ刀匠の店で揃えたんですよ。これを装備して森の奥を動き回って次の街を探してこいって言われました」


 俺の報告にうんうんと頷いているヤヨイさん。


「厳しい試練をクリアして上忍になったのは立派よ。上忍になると85以上の制限武器や装備を身につけられるし、忍者自身のステータスも上がって強くなる。倒す敵も強くなるけど頑張ってね」


「ありがとうございます」


 お礼を言って義理は果たした。また来ますと店を出ようとすると店にいた女性の忍者が声をかけてきた。振り返ってその声の主の顔を見る。


「あの、初期組の忍者のタクさんですか?」


「そうだけど?」


 そう言うとやったー!と喜んでいる彼女。一体どうしたんだよ?


「私、アカネと言います。第2陣でPWLを始めて忍者を選択したんですけど、忍者を選んだ理由がタクさんだったんですよ」


 俺?訳がわからないよ。


「茨の道と言われていた忍者ソロで頑張って忍者が弱くないって証明をしてくれたタクさんは私たち第2陣で忍者を始めたソロプレイヤーからは目標になっているんですよ」


 熱く語ってくるアカネ。いやいや、そんなに大した事してないから。ただちょっと運が良かったりしてるだけだし。そう持ち上がげられるとこっちが困る。


「俺の時は忍者が実質1人だけだったからね、こうやって忍者が増えるのは良い事だよ」


 アカネによると第2陣の忍者が掲示板に忍者スレッドを立ててそこで情報交換をしているらしいがその中で俺に対しては先輩に敬意と感謝をと言うことになっているらしい。


 なんじゃそれ?そんなに偉くもないから勘弁して欲しいんだけど。それに感謝ってなんだよ、感謝って。


「エリアボス戦とフィールドNM戦の配信動画もすごく格好良かったです。私もここで空蝉の術1を買ってから戦闘がずっと楽になりました」


 公式の配信って見てる人が多いんだな。


「空蝉は本当に有効だよ。このヤヨイさんの店で術2まで買える。レベル60になって術2を覚えると更に楽になるよ」


 俺が彼女に説明している横でその通りねと頷いているヤヨイさん。


「タクさんは次の街で自宅を持ってるんですよね?」


「持ってるよ。開拓者の街に来たら連絡してくれればいつでも招待するよ」


「本当ですか?」


 別に隠している訳でもないし、忍者の仲間なら大歓迎だよと言ってフレンド交換をした。ありがとうございましたというアカネの声を背中に聞きながら店を出た。



 山裾の街の外に出ると従魔を呼び出した。タロウはすぐに俺に体を寄せてくるし、リンネは俺の頭の上に飛び乗ってくる。


「今からリンネの両親に会いにいくぞ」


「やったー。なのです」


 そう言うと俺の頭の上からタロウの背中に飛び乗ったリンネ。タロウが腰を下ろして俺が跨ると起き上がって草原を駆け出した。


 山裾の街の周辺にはあちこちにプレイヤーが固まっていた。この辺りでレベル上げをしているのだろう。俺たちは彼らの邪魔にならない様にルートを取って北の山裾を目指して行った。途中から周囲にプレイヤーがいなくなるとそのまま山裾の西にある東屋で体力を回復し、隠し岩を通って隠れ里に出向く。


「いらっしゃい」

 

 いつもの通りユズさんが俺たちを出迎えてくれた。


「こんにちはなのです」


「ガウガウ」


 俺に続いてリンネとタロウが挨拶をする。リンネは早速両親に会いに行くと祠に向かって駆け出して行った。俺とタロウはユズさんと一緒に村長の家に顔をだした。

 

 お土産を渡した後で上忍になったことを報告するとクルス村長とユズさんの2人がすごく喜んでくれた。リンネとタロウも上級従魔になったと報告をするとまた喜んでくれる。


「九尾狐を従えているプレイヤーさんが強くなるのは良い事なのですよ。その九尾狐も上級に進化した。大主様もお喜びでしょう」


 帰る前に顔を出しますと言って俺とタロウは村の奥にある祠に向かう。参道を歩いて鳥居をくぐると祠の前にリンネとその両親が俺たちを待っていた。


「主、父上と母上によくやったと褒められたのです」


 そう言いながら走ってきたリンネ。俺がしゃがむとそのまま頭の上に乗った。俺はいつものお土産をお供えする。


「タクよ。上忍への転換の事リンネより聞いた。見事だぞ」


「ありがとうございます。リンネもタロウも無事に上級従魔に転換できました。今日はその報告で来たんです」


「上級への転換は簡単ではないと聞いていますよ。見事に成し遂げたのですね」


 母親がそう言ったので頭を下げる。


「上級ジョブへの転換についてはタロウとリンネも大活躍でした。この2体の従魔がいないと無理でした」


 それがそう言うと隣にいるタロウは嬉しいのか尻尾をブンブンと降り、頭の上でリンネも7本の尻尾を振り回している。それがくすぐったいんだが我慢しないとな。


「リンネも尾が7本になった。また成長してタクの助けとなろう」


「ええ。リンネにもタロウにもまだまだ期待しているんですよ」


 俺がそう答えると頭の上でリンネが言った。


「任せるのです。タロウとリンネで主をしっかりとお守りするのです」


「そうだ。お前の主をしっかりと守るのがリンネの役目だぞ」


「頑張りなさい」


「はいなのです」


 両親の言葉に素直に答えるリンネ。

 祠へのお参りを終えた俺たちは村長の家に戻ってきた。ユズさんが出してくれたお茶を飲みながら雑談をする。この村は隠れ里という名前の通り住民が皆静かに日々を過ごしている。


「九尾狐の大主様がいらっしゃるおかげで村の安寧は保たれておるんですよ」


「それは何よりですね。もし何かお手伝いや必要なものがあれば遠慮なくおっしゃってください」


 最後にキクさんの店に顔を出してポーションを補充すると野菜や果物を沢山もらう。これももう毎回のやりとりだ。


「ポーション以外の薬品や他に必要なのはありますか?」


 そうだねぇとキクさんは少し考えたが大抵の物は開拓者の街からやってくる商人経由で手に入るので今は大丈夫だよと言った。ポーションだけは切らす訳にはいかないので引き続き頼むよとお願いされたがこっちは全然問題ない。


 村の入り口まで見送りに来てくれたユズさんにお礼を言った俺たちは通路から転移の腕輪で開拓者の街の自宅に飛んだ。


 自宅に戻ると妖精のランとリーファが飛んできて俺の両肩に座る。タロウも珍しく縁側に上がると俺の太ももに顔を乗せてそのまま横になった。リンネは俺の足の間に体を入れてタロウと反対の俺の足の上に頭を乗せてのんびりする。見るとランとリーファはゆっくりと羽根を動かしているしタロウとリンネもそれぞれの尻尾をゆっくり左右に振っていた。4体ともリラックスしているのが分かって俺も嬉しくなる。


 ここ数日は試練の消化で外に出ている時間が多かったけど上忍になって一息ついた。しばらくは畑仕事や合成をしよう。


 と思っていたがその前にもう一つあった。俺は従魔達に留守番を頼むと第3の街に飛んだ。


「こんにちは」


 扉を開けると涼しい鈴の音がする。奥から、


「いらっしゃい」


 というダミ声と一緒にオーバーオールを来ているドワーフの親父さんが出てきた。そしてその後ろから人族の奥さんも続いて店に出てきた。


「タクかい、いらっしゃい」


「こんにちは。ご無沙汰してます」

 

 こうやって名前を呼ばれるとうれしいね。愛想の良い奥さんと挨拶をする間ドワーフの親父は黙って俺を見ていたが、


「上忍になったのか」


 といきなり聞いてきた。相変わらず無愛想だ。でもこの人はそう言う人なんだよな、無愛想だが本当は親切な人だというのは知ってるよ。


「そうなんですよ。無事に上忍になれたので報告に来ました。報告が遅れてすみません」


 立ち話もなんだから座りなよと奥さんが言って店の中にあるテーブルに腰掛ける。奥さんが奥からジュースを3つ持ってきてくれた。


「モトナリ刀匠は元気か?」


 ジュースを配り終えた奥さんが座ると親父が聞いてきた。


「ええ。元気にされて今でも刀を打たれていますよ。これは新しく打った刀だと言われました」


 そう言って俺はテーブルの上に今使っているレベル85以上の刀を置いた。それを手に取ってじっとみる親父。


「相変わらず師匠の作は見事だ。ヤヨイも俺もこのレベルには届かない」


 やっぱりこの親父もヤヨイさんと一緒に弟子入りしていたんだな。親父が持っている刀を横から覗き込んでいる奥さん。


「見事だねぇ、私が見てもすごい刀だってわかるよ。それにその装束もいいね。素早さが上がって見つかり難くなっている。良い装束だよ」


 奥さんは刀から俺の方に顔を向けると一眼見て俺の装束の付帯効果を言い当てた。やっぱりこの夫婦は只者じゃないな。


「ヤヨイは元気か?」


「元気ですよ」


 相変わらず自分の聞きたい事しか聞いてこないな。徹底している。頑固親父という言葉がピッタリだよ。


「ところで、この街にも新しい忍者が沢山来たでしょう?」


 俺がそう言うと頷くだけの親父さん。隣から奥さんが助け舟というか話に乗ってきてくれる。


「沢山やってきたよ。店に来たほとんどの忍者のプレイヤーがタクが使っていた刀や装束が欲しいって言っててね。売れすぎて一時品薄になったくらいだよ」


 そうなんだ。なんか恥ずかしいが当時その刀と装束を勧めてくれたのは俺の目の前に座っているこの夫婦だからな。この店で一番良い刀と防具であることは間違いない。ソロで活動するんだろうから装備に金をかけるのは当然だよね。


「俺自身もこの店で買った装備にも随分とお世話になりました。山裾の街に行くまでの間、刀と装備に何回も助けられましたよ」


 そう言うとそりゃよかったよと言ってくれる奥さん。


「試練の街にいるモトナリ刀匠は俺の様な無愛想なドワーフにも丁寧に仕事を教えてくれた。あの人には今でも頭が上がらない。会ったらよろしく言っておいてくれ」


 自分で無愛想だって分かってるんだな。そんな事よりもしっかりと師匠に感謝を言えるこの親父さん、俺は見直したよ。


 また顔を出しますねと立ち上がった俺。


「この世界はまだまだ広い。気を抜かずに頑張るんだぞ」


「そうそう。タクならまだまだ上を目指せるよ、頑張りな」


「ありがとう御座います。頑張ります」


 ドワーフと人族の夫婦に見送られて店を出た。気分が良い日だったよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る