上忍

 ワールドアナウンスを聞いた後、休憩を挟みながらフロアを行ったりきたりして魔獣を倒していると脳内にミントの声が聞こえてきた。


(第一の試練の800体の討伐が終わりました)


 言われてウインドウを見ると残数が0になっていた。


「タロウ、リンネ。800体を倒し切ったぞ」


「主、やったのです。すぐに報告に行くのです」


「ガウガウ」


 俺がそう言うとリンネもタロウも尻尾をブンブンと振って喜んでくれた。じゃあ早速戻ろうと転移の腕輪で試練の街に飛んだ俺たち。


 別宅から通りを歩いて試練の塔に行くと最初に受けた時と同じNPCが立っていた。俺たちを見ると黙って門を開けてくれる。どうやら彼らには俺たちの試練の進行状況が見えている様だ。


 塔の中に入るとマリアンヌが俺たちを待っていた。


「こんにちは」


「こんにちはなのです」


「ガウガウ」


 どこでもきちんと挨拶ができるのが俺の従魔達の優れたところだよ。マリアンヌさんもこんにちはと挨拶をしてから俺を見て言った。


「第一の試練をクリアされた様ですね。おめでとうございます。ではタク達に第二の試練を申し渡します。試練の内容は、このエリアのどこかにある洞窟を見つけ、その洞窟を攻略して最深部に辿り着く事。最深部に辿り着いた時にあなた達の苦労は報われることになるでしょう。洞窟を攻略するパーティは最大5名までです。倒したらまたここに来てください」


 やっぱりあの洞窟が第二の試練なんだ。そして今のマリアンヌの言い方だと第二の試練で試練は終わりみたいだな。苦労が報われると言っているし。



 この日は試練の街に戻ってきたのが夕方だったのでそのままログアウトし、翌日に俺たちは再び洞窟に向かった。タロウもすっかり慣れていて背中に俺たちを乗せると一直線で台地の下まで突っ走る。


 今回は最下層の6層に無事にたどり着くのが目的だ。戦闘は可能な限り避ける方向で進んでいこう。


 と思っていたが従魔達は敵を倒すのが楽しくて仕方がないらしく洞窟に入って敵を見つけると俺に言ってきた。


「主、あの敵をぶっ叩くのです。タロウとリンネでやっつけてやるのです」


「ガウガウ」


 2体とも戦闘大好きだからな。結局手当たり次第に敵を倒しながら洞窟を攻略することになった。こっちも85になったこともあり危ない場面もなく、というかタロウとリンネのおかげで途中で休憩を挟みながらも無事に6層に辿り着き、獣人を倒しながら奥の洞窟を抜けるとそこには何度も見た水晶玉が石柱の上に乗っているのが目に入ってきた。


『タクと従魔達を登録しました』


 石柱の上に乗っている水晶を両手で掴むと脳内に声がした。と同時に今までは出なかった転送盤が広場の奥に現れた。


「おっ、転送盤が出たぞ」


「主、あれに乗ったら帰れるのです?」


「多分洞窟の入り口に飛ばされると思うぞ」


「良いのです。主もタロウもリンネもあっという間に戻れるのです」


「そうだな」


「ガウガウ」


 光っている転送盤に乗ると洞窟の入り口の横に飛ばされた俺達。ひょっとしたらいきなり試練の塔に飛ばされるかも?なんて考えてもみたがそう都合良くはいかなかった。


 洞窟を出た俺たちは街に戻る前にモンゴメリーさんの自宅に寄って、あの洞窟が安全だということが確認できたと報告する。


「何度も調べてもらって悪いな。でもそのおかげでこっちは安心できる。ありがとう」


「どういたしまして」


「どういたしましてなのです」


「ガウガウ」


 モンゴメリーさんの家を後にした俺たちは原生林の中から転移の腕輪で試練の街に戻るとそのまま試練の塔を訪ねた。


 NPCが門を開けてくれて塔の中に入るとこの前と同じ様に神官のマリアンヌが1階のフロアの中央に立っていた。


「無事に第二の試練をクリアされたみたいですね。おめでとうございます。これで試練は終了となります」


 やっぱり第二の試練までだったんだ。終了と聞いてホッとする。


「主はやり遂げたのです」


「ガウガウ」


 リンネとタロウも喜んでくれたよ。やっとこれで終わったのかなと思ってたらマリアンヌさんが言った。


「この街での試練とは、上級ジョブに転向するための試練なのです。タクは試練をクリアしました。なので私と一緒に来てください」


 踵を返して部屋の奥に歩き出したマリアンヌさんについて俺とタロウとリンネも続く。マリアンヌさんが1階の部屋の奥の扉を開けるとそこには大きな転送盤があった。


「これに乗って塔の最上階まで行きましょう」


 転送盤に乗ると一瞬の浮遊感の後、俺たちは今までとは違う場所にいた。彼女によるとここは最上階らしい。転送盤から離れると部屋のドアを開けた彼女に続いて部屋を出ると次の部屋は真っ白な部屋でその中央に洞窟で見たのよりもずっと大きい水晶玉が台の上に置かれていた。見える範囲でこの部屋にある窓は天井に近いところに採光用の窓があるだけだ。高い場所から遠くを見せない様にしているのかな。彼女に続いて部屋の中央に歩いていく。


「両手でこの水晶を包み込む様にして触れてください」


 言われるままに両手で水晶に触れると水晶が輝き出した。そのままにしているとゆっくりと光が消えていく。


「これでタクは忍者からその上級職である上忍となりました。おめでとうございます」


 試練とは上級ジョブへの転換の試練、そして忍者のジョブは上忍なのか。ウィンドウを見ると自分のジョブが上忍に変わっておりレベルが上級1になっていた。


「上忍になるとレベルが上級1になるんですね」


 ウィンドウを閉じた俺は聞いた。


「その通りです。忍者の上級ジョブである上忍としてまたレベルを上げながら強くなるために努力をする必要があります。上忍のレベル1は忍者レベル86相当以上です。上級ジョブに転換すると今後レベルが上がった時のステータスの伸びが変わりますよ」


 なるほど。レベルが1つ上がるんだ。そして上級ジョブになるとレベルが上がった時のステータスの伸び率が今以上に上がるのか。上級1から2に上がったら、同じ1つレベルが上がったとしてもそれは以前のレベル86から87になった以上に強くなっているということですか?と聞くとその通りだと教えてくれたマリアンヌさん。


「具体的な数値はご自身で確認してください」


「従魔達はどうなりますか?」


「従魔達も上級従魔のレベル1となりました」


 マリアンヌさんがそう言ったのでタロウを見ると外見は変わっていない様に見えるがリンネを見ると尾が7本に増えていた。


「主、尾っぽが増えたのです。リンネの尾っぽが7本になったのです」


 リンネは大喜びだ。すぐに俺の頭の上に乗ってきた。


「タロウもリンネも上級従魔になったぞ。これでまた強くなったな」


「ガウ!ガウ!」


「やったのです。リンネは強くなってタロウと一緒に主をしっかりとお守りするのです」


 リンネは頭の上でそう言うし、タロウは俺に体を寄せながら尻尾を派手にブンブンと振り回す。


 従魔とのやりとりを聞いていたマリアンヌさん。俺たちの上級ジョブへの転換が終わると奥の扉を開けた。そこには地上に戻る転送盤があった。


 それに乗って1階に戻り、マリアンヌさんにお礼を言って試練の塔から出た俺達はその足でモトナリ刀匠の店に顔を出した。


「こんにちは」


 挨拶をすると奥からモトナリ刀匠が出てきた。俺を見るなり、


「上忍になったか。おめでとう」


 そう言ってくれた。


「ありがとうございます」


「タクが今身につけている武器と装束は上忍でも十分に使えるぞ。それに従魔達も上級従魔だ。皆強くなっている。これなら森の奥に進めるだろう」


「森の奥に行くと術3が売ってる店がありますかね」


 その言葉に頷くモトナリ刀匠。やっぱり奥に街があるんだ。


「この街程ではないがそれなりの大きさの街がある。あちこち動いて見つけるんだな」


「主、森の奥にある街に行くのです」


 やり取りを聞いていたリンネが俺の頭の上で言った。


「いやいや、その場所を探すのが先だよ」




 情報クランによるとシーフは上級になると盗賊というジョブになるんだと教えてくれた。シーフ以外は戦士がウォリアー、ナイトはパラディン。狩人はハンター。僧侶は神官、精霊士は魔法使い、モンクはマスターモンク。そして忍者は上忍だ。


 つまりマリアンヌは僧侶の上級ジョブだった様だ。


「神官というから神殿に関係があるのかと思ってたんだけど違っていたみたい」


 情報クランには上級ジョブに転換したというワールドアナウンスを聞いてどうやったんだという問い合わせが数多く来ているんだと教えてくれた。第一の試練の内容しか公開していないのに第二の試練までクリアしているプレイヤーは誰だということも話題になっているという。


 その辺の対応は情報クランにお任せだな。従魔達も上級従魔になったよと言うとそれは知らなかったわと言われた。


「リンネもタロウももっと強くなるのです。強くなって主に楽をさせてあげるのです」


 尾が7本になったリンネが俺の頭の上で言った。上級従魔になってもタロウもリンネも甘えたがりの性格は変わっていない。タロウは今はソファに座っている俺の隣、床の上に座っている。顔を床につけて尻尾をゆっくりと振っていた。機嫌が良い時の尾の振り方だな。


「リンネちゃんも上級になって尾がまた増えたのよね」


「そうなのです。リンネは尾が増えてまた強くなったのです。タロウと一緒に主をしっかりとお守りするのです」


 そう言って頭から俺の膝の上に降りてきた。しっかり撫でてやると尾をゆらせて喜ぶリンネ。いい従魔だよ。


 クラリアによるとクランメンバーが洞窟にいた狼と虎のテイムに成功したらしい。元々テイム好きのプレイヤーだったらしく彼女はクランの活動以外では街の外で従魔のレベル上げをしているのだという。狼も虎もモフモフだ。これはモフモフ好きのプレイヤーでそのうちに試練の街の市内に狼や虎を連れているプレイヤーが増えるだろう。


「第二の試練については情報クランとして公開するんだろう?」


「それについては問い合わせは殺到してるけどすぐには公開はしないつもり」


 マリアンヌがこのエリアのどこかにある洞窟を探してという言い方をしている以上洞窟の場所を情報クランが開示しても良いのかという話になっているらしい。


「場所を探すのも試練の1つだという解釈をすれば安易に場所を教えることは運営が意図していることに反している気がするのよ」


「なるほど」


 この考え方は攻略クランも同じだという。彼らも試練の中に洞窟を探すという命題が入っている以上その場所を教えるのは良くないだろうという考え方らしい。


「それよりもだな、まだ第一の試練も受けていないのに第二の試練の内容を聞いてくるっていうプレイヤーが多くてびっくりしているんだよ」


 情報だけ欲しいと言う感じか。


「まあ俺たちがあの洞窟を見つけたのは偶然だけどな」


 俺がそう言うとそれなんだがとトミーが言う。


「情報クランではこの試練の街にいるNPCが第二の試練の洞窟の場所に関係のある情報を言うんじゃないかとみているんだ」


 原生林のモンゴメリーさん、レストランのジョンストンさんの様なNPCが他にもいるってことだな。うん、あり得る話だ。というかそうじゃないと無理だろうな。


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