使ってみてよ

 ヴァージョンアップを控えているとは言っても自分のやることは変わらない。

 この日は畑を見た後はそのまま開拓者の街から外に出て南の山の方に向かった。もちろんタロウの背中に乗って疾走する。


 タロウは俺を乗せて走るのが好きな様で、フィールドに出て撫でているとすぐに乗れと両足を下ろしてくる。


「タロウは主とリンネを乗せて走るのが大好きなのです。だから乗るのです」


 タロウもその通りだと尻尾を振ってくる。

 俺の前に座ったリンネが行くのですと言うとタロウが南に走り出した。


 山裾に着いた俺たちはそこで経験値稼ぎをしながら山道を探す。山の南側から入った細い山道がこちらの盆地側のどこに出てきているのかを探すのも今日の目的の1つだ。


 このあたりの敵はレベルが61前後なので討伐には苦労しない。と言っても実際にはタロウが頑張ってくれているのが大きいんだけど。


 山道は比較的早く見つかった。開拓者の街から南に向かって山裾にぶつかるとそこから西に1時間も行かないうちに木々の間に奥に伸びている山道が見えた。坑道ワープよりはずっと街に近い場所に山道があるが細いのと山の中の敵のレベルが高いので今は全く使われていないのだろう。このあたりには全く人気がない。



 山に入るとこちらはレベル65のゴーレムがいた。山の反対側と同じで山道を入ったすぐの敵のレベルは65前後の様だ。しかしまだ山道を入ったところでこのレベル。奥に進むともっとレベルがあがるのだろう。攻略組が苦労したのも頷ける。敵のレベルは高くなり道は広くない。


 俺たちは山から入って65のゴーレムを倒しながら山の奥に進んでいった。道はどちら側も同じで入ったすぐは比較的緩やかなんだけど奥に進む、つまり山を登り始めると道は斜面に沿っており片方が山の斜面、片方が崖になってくる。


 タロウがいてくれなかったら全く進めなかったよ。今も斜面を走っているタロウが横からゴーレムを蹴飛ばして崖下に突き落としてくれている。


 夕方まで65、66のゴーレムを倒して俺たちはレベルが65に上がったところで転移の腕輪で自宅に戻ってきた。


「タロウもリンネも今日もよく頑張ったぞ」


「ガウガウ」


「リンネも強くなっているのです。主はもっとリンネを頼ってもいいのです」


 庭で2体の従魔を撫でているとミントのアナウンスがあってマリアとスタンリーが庭に入ってきた。マリアは早速タロウの横にしゃがみ込んでその背中を撫でている。リンネは2人を見ると俺の頭の上に乗った。どうやらそこから挨拶をしたいらしい。


「急にお邪魔して悪いね」


 こうしてきちんと挨拶ができるのがスタンリーのいいところだ。人格者なのだろうな。攻略クランの運営も上手くいっているのだろう。


「ちょうど外から帰ってきたところだったんだよ」


「こんにちはなのです」


 俺はこの開拓者の街の南側で山道を見つけてそこから山道を進みながら敵を倒して経験値稼ぎをしていたのだと説明した。タロウが大活躍でねというと、それが聞こえているのかマリアに撫でられながらタロウが大きな尻尾をブンブンと左右に振る。


「主、リンネも大活躍だったのです」


 頭の上から声がした。相変わらずその場所が好きだな。


「もちろん、リンネも大活躍だったぞ」


 俺が言うとそうなのですと言ってから頭から降りたリンネは精霊の木を登って枝の上で横になった。俺に褒められたことで満足したらしい。


 たっぷりとタロウを撫でて満足したマリアが縁側にやってきた。相変わらずこの縁側は大人気だよ。


「いや、情報クランのクラリアからタクがアイテムのHQ品を手に入れたと聞いてね。見せて貰おうと思って来たんだよ。もちろん、その事を知っているのはうちでも俺とマリアだけだ。内容が内容だけに軽々しく言えないからね」


 攻略組もそう言う認識なんだ。マリアもクラリアから聞いて驚いたと言っている。

 俺は右手首から腕輪を外すと隣に座っているスタンリーに渡した。


「それが素早さが上がる腕輪のHQだよ。使ってみると敵の動きが少しゆっくりと見えるくらいに自分の動きが軽くて素早く動ける」


 彼は自分の手首に装備していた腕輪を外して2つ持つと両手に持って見比べる。


「見た感じじゃ普通のと同じだな」


 腕輪を手にとって見ていたスタンリーがその腕輪をマリアに渡した。じっと見ていたマリアが腕輪の裏側を見て言った。


「ここが違いますね。このSという刻印がHQの印でしょう。他は色や外観も含めて同じですね」


 SはなんだろうSpecial、それともSuperiorのSかもしれない。


「スタンリー、よかったら実際に使ってみるかい?」


 ありがとうとマリアがHQの腕輪を返してきて、それを受け取ると俺は腕輪をはめずに言った。


「えっ、いいのか?」


「使わないとわからないだろう?実戦で使ってくれて構わないよ」


 スタンリーが持ち逃げするとは思えないし、それをしたところで意味がないだろう。俺がそう言うと確かになと答えるスタンリー。代わりに自分が使っているのを置いていくよと一時的に腕輪を交換した。証書でも書こうかとスタンリーが言ったがそんな関係じゃないだろう。信用してるよ。


 腕輪を交換したあと、話題は2次の募集とバージョンアップになった。。攻略クランとしては新規のプレイヤーにも門戸を開いているが参加希望者と面談をしてクランに入ってもらうかどうかを決めるつもりらしい。


「ガチの攻略マニアはうちは要らない。あとアイテム厨も要らない。今のクランメンバーは皆そう言う人ばかりだ。クランの和を乱す人は要らないな」


「攻略クランということで勘違いされても困るので新規のプレイヤーが来た後でクラン主催で説明会をする予定なの。私たちが普段やっていることの話をして誤解されない様にするつもりなの」


 クランのトップとナンバー2がしっかりしているからこのクランは上手く運営されているんだろう。俺には絶対にできないよ。彼らによると情報クランも同様に興味があるプレイヤーを集めて説明会というか彼らの活動内容をプレゼンするらしい。


「俺はよく知らないんだけどさ、攻略クラン、情報クラン以外に規模が大きいクランってあるの?」


「あるぞ。有名どころじゃ合成職人が作ったクランがある。さまざまな合成の専門家が集まってクランを作って情報交換をしているな」


 なるほど。合成関係ならありそうだな。資材の融通やレシピの交換などクランを作って運営するメリットが十分にある。スタンリーによると彼らはクランハウスなどは持っていないがメンバーはそれなりに多いらしい。


「あとは女性だけのクランがあるわよ。女性は誰でも参加可能。男子禁制よ」


 マリアが笑いながら言う。PWLではハラスメント系はないのでクランといってもリアルでどこどこのケーキが美味しいとかそういう情報交換の場らしい。あとはPWL内でお茶会なんかをしているという話だ。それ以外だと中の良いパーティ同士がクランを作っていることもあるらしい。これはこの街で自宅を買うためにそうしたんだろうというのがスタンリーとマリアの見立てだ。皆でお金を出し合って買って住むんだろうな。


「今はまだないが、そのうちに農業クランやテイマークランができたらタクも誘われるんじゃないか?」


 笑いながらスタンリーが言ってくる。


「いやいや、お宅や情報クランの誘いを断ってる俺が他のクランに入るのはまずいだろうし、そもそもどこにも属する気は無いというのに変わりはないからな」


 その後はバージョンアップの話題だ。これは攻略クランとしては楽しみでもあり、情報クランとも連携して詳しい情報を掴みたいらしい。特に印章を使ったNM戦が楽しそうだよなと言うスタンリー。


「印章を集めてクランとしてNM戦をやろうという話になっているんだ」


 ドロップにも期待していると2人が言う。彼らの読みでは枚数によって対戦する相手とその強さが異なるんじゃないかと、当然強い相手を倒した方がドロップが期待できるのでまずは印章がどれくらい集めやすいかを情報クランと協力して検証するらしい。


「場合によったらタクに助太刀を頼むことになるかもしれん」


「俺じゃなくてタロウとリンネだろう?」


 俺のその声が聞こえていたのだろう。木の枝でゴロンと横になっていたリンネが顔を上げると俺たちが座っている縁側に顔を向けて言った。


「任せるのです。主とタロウと一緒に悪い奴をとっちめてやるのです」


「リンネ、期待してるぞ」


 リンネに手を振りながらスタンリーが言った。

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