第206話 凍った海では泳げません

 さて、お城に到着した。

 バルバラ女王の姿を確認した兵士たちが、大慌てで門を開ける。

 年に何回か遊びに来るから、すっかり顔を覚えてしまったな。


 まあ、こんな南国風美女はアーランにいないから、一発で覚えるだろうけれど。


 そして城を眺めたファイブショーナン一行。


「石造りの城というものは、雪と合うと実に荘厳なのじゃな。絵になるわ」


「これを覚えていって、帰ったら絵に起こしますか」「やろうやろう」「手伝うぞ」


 盛り上がっていらっしゃる。

 女王陛下本来の目的である、アーランとの貿易関係強化はすぐに行われた。

 デュオス殿下が出てきて、バルバラ女王と城の前で話し込んだのである。


 中で話をしようと誘われたが、女王陛下は雪に満ちた外が物珍しく、ここでやろうと聞かなかった。

 で、ファイブショーナン側から魚をたくさん収めることで、存在感を示す方向で終了したらしい。


 アーランでも魚は捕れるが、主に分かりやすい魚らしい形をした魚と、ちょっとの貝くらいのものだ。

 ファイブショーナンは多種多様な魚介類で攻めるつもりらしい。


 アーランを舞台にした、各国の外交戦が始まろうとしているな……。

 そして僕はこの国にいるままで、変わった魚介類を食べられるようになる……。


 タコとかイカとかな!

 ここで公務は終わり。

 また山の手を通って、これからは観光だ。


 軽く屋台で煮物を食べた。

 冬の煮物は美味いぞー。


 遺跡の畑で採れた根菜類と、ツーテイカーから輸入したキノコとソーセージのぶつ切りを雑に煮込んだやつだったが、美味かった。

 醤油に魚醤に塩にハーブに味噌。

 アーランは調味料が充実しているからね!


 屋台の主人は僕の顔を見るとニヤッとして、


「ナザルさん、おかげさまでうちの煮物は最高に美味いって評判だぜ」


 なんて言って、僕に根菜を一個おまけしてくれた。

 ありがたい!


「そなた、いつの間にか有名人になってしまっておるな! まああの活躍ぶりでは無理もなかろう……。美食のためには手段を選ばぬ男じゃからな。あっあっ、この具沢山スープが美味いのじゃ」


 女王陛下とおつきの人々が、夢中になって煮物を食べている。

 腹にも溜まるし、体も暖まる。

 いい事づくしなのだ。


「これを食べた翌々日はお通じがいい」


「それは耳寄りな情報ですな。殿下にもお伝えしよう」


 リップルとシャザクで情報が共有されているようだね……。

 コゲタは子供用により分けられたのを、ふうふう冷ましながら食べている。

 煮物も一人で食べられるようになって、本当に偉いなあ。


「さて、腹ごしらえも終わったところで、港に行きましょう。実はこの間まで氷が張っていて、我々は釣りなどをしていたのですが」


「おお、氷が! ということは、今はそうでもないのでは?」


「氷が浮かんではいますが、そこまで壮観な光景ではなくなってますね。でも、冬の海はファイブショーナンの常夏の海とは違うはずですよ」


「それもそうか! では行くぞ!」


 わいわいとたくさん引き連れて、港にやってきた。

 海風が厳しいですなあ。


 ファイブショーナンの方々は、「泳げる?」「せっかくだから海に入っていこう」なんて洒落にならないことを言っておられる。

 僕は慌てて彼らの前に立ちふさがった。


「ノーノー! 泳げません!」


「だって海なのに」


「冬の海は存在そのものが凶器です。入ったら凍えて死にます」


 きょとんとする南国の人々なのだった。

 ピンと来ないかー。


 では、桶にちょっと水を入れてきて手を差し入れてもらった。


「うわーっ」「痛い痛い、手が痛い」


「これが冬の海です。浸かると死にますぞ」


「ひぃーっ」


 どれほど恐ろしいものかお分かりいただけたようだ。

 なお、バルバラ女王は、そんなこと知ってるもんとでもいいたげな顔であったが。


 桶の中の氷水に指を突っ込んだら、思った以上に冷たかったらしくて「ひぃー」とか言っていた。

 やはり冷たいのは苦手か。


 ではここから、冬の魚を釣ろうではないかという話になり、みんなで並んで釣り糸を垂らした。

 北国の魚が釣れて、これをその場で焼いて食った。


「味が強いですなあ」「うちらの魚は淡白だもんね」「味、濃いよね」


 そういう感想になるのか。

 ファイブショーナンの作物はこっちに流れてくるから、干し魚なんかも食べたりするが、かの南国はあまり海外の食品系を受け入れていない。

 調味料ばかりだった気がする。


 だから、アーランで食べるこちらの味が珍しいのだろう。

 彼らの反応を楽しんだ後、宿に送り届けることにした。


 僕の住まいとは違い、隙間風が無いタイプのお店である。

 女王陛下もいるので、ランクとしては山の手にあってもおかしくないくらいのレベル。


 扉の前にスタッフがずらりと並んで出迎えてくれた。

 一国の女王が宿泊するもんなあ。


 ここで、エリィとドロテアさんも観光チームを率いて合流。

 今夜はファイブショーナンの観光チームは、この宿で大宴会予定なんだとか。

 いいですなあ。


 冬のグルメをめちゃくちゃに楽しんでいって欲しい。


「よし、それじゃあ我々もちょっと良い物を食べに行きましょうか」


 おっと、シャザクからの提案だ!


「いいものって?」


 エリィがちょっと期待している風に尋ねる。


「いつも真の美食ばかりしてるでしょう。ここは、古来からのアーラン料理を格式ばって食べようじゃないですか」


 つまり、フランス料理みたいなやつってことだ。

 たまにはそう言うのもいいなあ。


 今夜の食事は、ゆったりとしたものになりそうだった。


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