第9話 半グレアジトで大立ち回り

 大変不本意だが、僕は拷問が得意である。

 誰が何をされたら嫌なのか、何をされたら気分がいいのかをよく理解している。

 だからこそ、油使いの力を使って効果的に拷問できるのだ。


 下町では、喧嘩は日常茶飯事。

 僕は喧嘩を装い、半グレ君を路地裏に連れ込んだ。


 彼の下に油を敷けば、力を使わずにつるりと滑らせられる。


「ひいい、なんだよお前、お前ぇ! くそっ、いてえーっ! 腰がいてええーっ!!」


「残念ながら僕は治癒の魔法を使うことができない。怪我は君が無事であったなら、自己治癒させてくれ。それで聞きたいんだが……。奪った依頼書はどこだ? 君たちのアジトかい?」


「だっ、誰がお前に話すか!」


 半グレ君は粋がって見せた。

 だろうねえ……。

 では拷問をしよう。


 ああ、辛いなあ。

 拷問なんかしたくないんだが。


 とろとろと油を垂らし、彼の顔の表面を覆う。


「がばばっ! がっ! いぎ、でぎなっ」


 油を回収する。


「どう?」


「ひゅーっひゅーっひゅーっ、な、なんのことだか分からな……」


「油タラー」


「がばばばばばば」


「どう?」


「や、やめでえ……! めちゃくちゃ苦しい……! 喋る喋るからあ」


「油タラー」


「ウグワワワワワーッ!!」


「嘘をついたらまたやるからね」


「もう嘘吐きません! 本当です!! 何もかも話します!!」


 素直でよろしい。

 僕は彼から、詳しい事情を聞いた。

 知っている限りでは、やはりギルドのシルバー級冒険者に内通者がいる。

 彼は半グレを使い、盗賊ギルド内での発言力を高めようとしている、と。


 依頼書は奪われ、現在は半グレのアジトに保管されている。

 半グレたちはゆるい組織でまとまっており、アジトも何箇所かある。


 だが、依頼書に関してはこの近くにある、というわけだ。

 ここからは荒事。


 素早く行こう。

 依頼書を取り戻せれば、まだ今日中に受注が間に合う仕事だってあるはずだ。


 進行先に油を張って、高速で進行する。

 半グレの数はそれなりにいるだろうから、まともにやり合っていたら命がいくらあっても足りない。

 僕の得意なやり方をするまでだ。


 つまり、奇襲だね。


「な、なんだお前はガブファッ」


「近づくんじゃねゲボアッ」


 口に油の玉を叩き込んで黙らせる。

 これ、魔力と引き換えだから回数制限がある。

 やりすぎると高速移動もできなくなるからね。


 廃屋を発見。

 あれが下町にある半グレのアジト。

 僕は扉の蝶番に油を染み込ませ、ヌルッヌルにしてスパーンと開けた。


「誰だっ!?」


 振り返った半グレの足元に油を張って、その動きで転ばせるようにする。


「ウグワーッ!!」


 テーブルの上に、依頼書の束を発見!

 確保!


「てめえ、何者だ!! させるかよ!」


「会話に答える時間が惜しいから黙らせるね」


 油玉を顔に叩きつける。


「ガババーッ!?」


「いけないいけない。このままでは油の量が足りなくなる……!! やっぱり一人で突撃は無茶だったかあ……!? 魔晶石くらいは確保してきたほうが……いやいや、それじゃあ赤字になるし……」


 ぶつぶつ言いながら依頼書を抱えて外に飛び出す。

 幸い、半グレの組織力はお粗末。

 無力化した数人以外に集まってくる気配はない。


 油断しきってるだろ、君ら。

 気を緩めたところからミスは生まれてくるものだ。


 そして僕も、今後は仲間を募って活動することも考えに入れないとな。

 廃屋を飛び出して、裏路地を走る。


 背後から怒号と足音。

 やばいやばいやばい。


 だが、好都合だ。

 騒ぎが大きくなってきている。

 こうなれば、下町のあちこちに存在している盗賊ギルドのメンバーが黙ってはいまい。


「半グレだーっ!!」


 僕が叫んだら、明らかに裏路地にたむろしていた人たちの目の色が変わった。

 立ち上がり、僕の後ろから来る連中に向かって走っていく。


 ギルドの構成員らしき人が、僕と並走した。

 緑のバンダナを被った、のっぺりした顔の男性だ。


「詳しく」


「依頼書関係なんで、機密があるんですけど」


「ああ、ギルド絡みか。了解だ。そんな事が起こってたんだな。よく取り戻してくれた」


「ええ、盗賊ギルドによろしくとお伝え下さい!」


「伝えておくよ、油使いナザル」


 あっ、僕の名前をご存知でしたかあ。


「お前がどういう人間かはよく知っている。後ろの連中は任せろ。ああ、俺はアーガイルだ。何かあったらお前に声を掛けさせてもらうよ、ご同輩」


 アーガイルと名乗ったバンダナの彼は、懐からギルドカードを見せた。

 あっ、ゴールド級の盗賊!

 大物だなあ。


 アーガイルさんは僕を護衛するように路地の入口まで送った後、


「じゃあな」


 とだけ言って姿を消した。

 いやあ、怖い怖い。

 敵には回したくないものだ。


 僕はどこにでもいるカッパー級だから、万全の状況で一対一でなければやり合いたくないね。

 おっと、ここで下町の冒険者ギルドに到着。


 僕は堂々と凱旋し、依頼書の束を高らかに掲げた。


 大歓声を上げる冒険者たち。

 依頼書を受け取り、いつもの受付嬢がニッコリ微笑んだ。


「さすがです、ナザルさん! 信じてました! どこにあったんです?」


「それを聞くと、君も大変ヤバイ状況に巻き込まれるけどそれでも聞く?」


「や、やめておきます」


 受付嬢は笑みを引きつらせた。

 そして僕は……見慣れた安楽椅子冒険者をじっと見る。


「なんだなんだ、どうしたんだい我が助手よ。私が美しいのは今に始まったことじゃないとは思うが、荒事のあとで見とれてしまうのは仕方ないなあ」


 今日も戯言を抜かしている。

 この人、さっきのアーガイルより上なんだよなあ。

 世の中、分からないものだ。


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