第6話 お嬢様現れ、顔を知られる
見事猫を捕獲した僕とリップル。
僕がこのハーフエルフ殿の尻に押しつぶされてダメージを負っただけで、概ね問題なく依頼を達成できたと言っていいんじゃないだろうか。
「ま、まだ私のお尻の話をしているのかい!? いいかな。安楽椅子に座って冒険者をやっていくには、どっしりとしたお尻は必要なんだよ……」
「エルフに対して、ハーフエルフは全体的にがっちりすると言うからね」
「誰がガチムチだ! 毎朝毎晩、ランニングをして余計な栄養が残らないようにしているのに」
金欠だというのに色々な人の善意で食事を奢られたりしているから、肉付きがいいんだよなこの人は。
こうして、僕らは冒険者ギルドに帰還する。
すぐに伝書鳩を使って連絡が行き……。
夕方には猫を受け取りに貴族の使いがやって来た。
なんと、こんな下町のギルドに豪奢な馬車が止まったじゃないか。
使いだけならこんな馬車は必要ない。
これはもしや……。
「飼い主がいてもたってもいられずにやって来たね。紋章を隠しているが、あの馬車の様式はフォーエイブル男爵家のものだ。男爵は騎士団長も務めているから、この時間帯には家にいない。ということは、奥方か、それとも」
「ミケー!」
「あーっ、お、お嬢様!!」
馬車の扉を蹴破らんばかりの勢いで、ドレスに身を包んだ砲弾が突っ込んできた。
いや、可愛らしいお嬢様だ。
だが勢いと迫力が凄い。
冒険者ギルドの扉も蹴破らんばかりの勢いで開けて、真っ先に飛び込んでくる。
リップルはわざと優雅な感じで立ち上がり、進み出た。
「ソフィエラ様ですね。こちらに猫ちゃんはいます。無事ですよ」
「まあ! あなたが捕まえてくれたの?」
「ええ。この安楽椅子冒険者リップルと、その助手ナザルが」
「誰が助手だ、誰が」
このポジション、狙ってたなリップル!?
だが、猫とこちらのお嬢様に罪はない。
罪は全てリップルに。
俺は籠をお嬢様に返してやった。
彼女はツインテールを揺らしながら、籠を抱きしめる。
「ミケー!! ありがとう、お前たち! それに私、知っているわ! リップルと言えば、この国をかつて襲ったドラゴンから、人々を守って戦った魔法使いの名前! もしかして……」
ふっとリップルが微笑んだ。
「人違いです」
張本人なんだが、本人はとにかく誤魔化したいようだ。
「そうなんだ? 英雄物語と、そこに出てくる五人の冒険者の話は私、ドキドキして毎晩聴かせてもらったのだけど。ううん、でもでも、助けてくれたことに違いはないわ。お前たちは私とミケにとっての英雄です。ヨハン! ヨハン! お金持ってきて!」
「はいお嬢様ー!」
ようやく追いついてきた、ソフィエラお嬢様の護衛らしき騎士。
それなりの金額が詰まった袋を差し出してきた。
「どうぞ、助手殿」
「助手じゃないんですが……ありがとうございます」
ここで自己主張してもややこしいことになりそうだ。
それに、貴族の覚えがめでたくなってしまうと……色々厄介な仕事が舞い込んできそうなのだ。
僕はそういうのはちょっと。
生前、新社長と旧社長の勢力の派閥争いに巻き込まれて散々な目に遭ったので。
それはリップルも同じだろう。
僕らは、こっそり目立たず、下町で一冒険者として暮らしていくのが望みなのだ……!
「じゃあね、リップルと、それから」
ソフィエラが僕を見た。
そして、目を見開く。
「……美しい髪の色と瞳の色……」
「サラダ油とオリーブオイルの色ですから」
「油? 聞いたことがない油ね。でもきっと、お前の髪と瞳のようにきれいなのね。助手のナザル、名前は覚えたわ」
覚えないでいいですよ。
すっかり助手ということになってしまったじゃないか。
リップル、あとで覚えてろよ。
ソフィエラお嬢様は満足したようで、猫とともに去っていった。
冒険者ギルドはまた、前の騒がしさを取り戻す。
だが、話題は先程のお嬢様のことばかりになっている。
「お貴族様の覚えがめでたくなったな! 羨ましいやつだぜ!」
通りかかった馴染みの冒険者、戦士のバンキンに背中を叩かれた。
「全然嬉しくないぞ! 僕は出世欲とは無縁なんだ!」
「変わったやつだなあ……。俺は冒険者で名を挙げて仕官し、騎士になって領地を頂戴するのが夢なのに」
普通はそんなもんだ。
だが、人生二回目ともなるとなあ。
「平々凡々でいいんだよ、僕は。せめてシルバー級には上がりたいけど」
「だったらパーティを組んでだな」
「僕と同じ価値観のパーティが無くて」
「そりゃあそうだ。成り上がりたくない冒険者なんかいるかよ」
そういうことだ。
ああ、どこかで都合よく、ランクアップまで一時的にパーティを組んでくれる奇特な人はいないものか。
そう考えていたら、リップルが立ち上がるところだった。
「よし、行くよナザル、我が助手よ」
「助手ではない。むしろ今回はリップルが僕の助手じゃなかったか?」
「うっ、ぐぐぐ……。この借りは返す。これからの食事で、君の分のおかずを一品多く奢るという形で」
「なんだって!? 本当か!? いや、プラチナ級冒険者は違うな……。なんというか威厳を感じる」
「ふふふふふ。私を褒めても何も出ないぞ? そうだ、エール一杯奢りに追加してあげよう」
ちょろい。
僕は彼女とともに、いつもよりちょっとだけハイレベルな食堂に向かうのだった。
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