第5話 高いところ怖い猫とハーフエルフ

「ははあ、なになに? 用水路が詰まって困ってる? 冒険者に報酬を出すと店の売上が吹き飛ぶねえ……。じゃあ君、この男を使い給えよ。私に紹介料として、彼に依頼料として昼食を一回食べさせてくれればそれでいいから」


 下町のとある定食屋でのこと。

 リップルの顔見知りである店主のおばさんが困っているということで、またこのお人好しなハーフエルフが首を突っ込んだ。

 さっきのことを踏まえて報酬はあるようだが、これがまたお安い!


「あっ、僕をダシにしたな!?」


 だが、食費が一回浮くのはありがたい。

 いやあ、正規の依頼でお金をもらえるのが最高なんだが、行きがけの駄賃だ。

 用水路に詰まっていたゴミの類を油で絡め取る。

 それが浮かび上がってきたところを、網で掬って終わりだ。


「浮いてくるんだねえ……!!」


 依頼をしたおばさんは大変驚いていた。

 そりゃあもちろん。


「油は水に浮くからね。それに僕の使う油、料理にだって使えるんだよ? どう?」


「い、いや、遠慮しておくよ……」


 誰も僕の油を飲みたがらないな。

 なぜだろう。


「君は能力のアピールタイミングが最悪なんじゃないか……? だからその実力で未だにカッパー級……」


「嫌な推理を働かせないでもらいたい!」


 僕はリップルに抗議した後、おばさんの店で食事をごちそうしてもらった。

 なんと、魚が入れてある野菜のスープだ。

 これはご馳走だ……。

 いつもの安い店では、タンパク質は豆でしか接種できないからね。


 これに、いつもよりもちょっと塩気の強いパンを漬けて食べた。

 美味い……。

 異世界の食事は全体的に、生きていた頃の現実世界よりも不味い。

 だが、不味い中にも美味しさはある。


「美味しかったです。ありがとう!」


 おばさんに礼を言い、リップルは彼女にいつまでも健康でいるように、と優しい無理難題を押し付けた。


「そうそう。二人が探してる猫なんだけど、変わった毛並みの子が店の裏手に入っていったよ。そこは本当は従業員しか通さないんだけど、どうぞ使っておくれ」


「やや、ありがとうございます!」


 再度礼を告げて、僕はリップルとともに店の中を通過させてもらう。

 厨房、そして奥にある生活スペースを抜ける。


 アーランは巨大な遺跡の上にまるごと作られている都市だ。

 家屋もまた、遺跡の一部を利用している。

 お陰で、あちこち穴だらけだったりするのだ。


 猫はそこをくぐり抜けていったのだろう。

 三毛猫なんて、アーランにはいない。

 おばさんもしっかりと記憶に残っていたのだと思う。


「どうだいナザル。人を助ければこちらに返ってくるものだよ。陸で乾いたスキュラを救えば、沼を渡してくれるとはこのことだ」


「情けは人の為ならずだねえ」


「またナザルがおかしなことを言っている。誤解を生みやすい言葉だね。他人にかけた情けが巡り巡ってこちらの助けになるから、人のためだけではないという意味なんだろうけど」


 いや、このハーフエルフは凄い。

 地球のことわざの裏の意味までを読み取ってしまった。

 優秀な人なんだがなあ……。


「いたぞナザル! あの白と茶色の尻尾と、ぷりぷりしたお尻は! 私がさっきビジョンで映し出した猫ちゃんじゃないか!?」


「ああ、確かにそうだ! 塀の上にいるね」


 三毛猫は移動せず、塀の上でプルプル震えている。

 これは……。


「高いのが怖くて降りてこられないようだね……。四肢がこわばっているから、油で滑らせて地面に落としたら怪我をするんじゃないか? いや、猫だから平気だろうか……。でも、反射が鈍った年寄りの猫だったら……」


 僕がぶつぶつ言っている間に、ハーフエルフは勝手に塀に登ってしまった。


「ま、ま、待ってるんだぞ! わた、私が助けてやるからな……。ひいー、怖い」


 お人好しで親切心あふれる人なのだ。

 だが、たまには冷静になって欲しい。


「危ない、リップル危ない」


「何を言うんだ。私はプラチナ級冒険者だぞ。若い頃はこれくらい……ひいー高い」


「うにゃー」


 猫は、ハーフエルフの女が迫ってくるので、慌てて逃げようとする。

 だがこの猫も運動能力が低いらしく、塀を踏み外して落っこちそうになる。


「にゃにゃにゃにゃにゃ!!」


「危ない! 危ない!」


「うわーっ! お、落ちそうになるところを前に進むと、落ちる前に進めることに私は気付いたぞ! 猫ちゃん、待ってるんだ!」


「危ない! リップル危ない! ああくそ、二人同時に助けられないぞ!」


 僕は必死に頭を働かせていた。

 どうしてこんなしょうもないことで必死に頭を使わねばならないのだ!?


 全てはとびきり頭が切れるくせに、考えなしに動く安楽椅子冒険者のせいだ。

 だが、僕の彼女の付き合いはそれなりに長い。

 見捨てるわけにはいかないだろう。


 三毛猫が塀に爪を立ててジタバタとするところに、僕はまず油を放つ。


「うにゃっ!?」


 爪が立たなくなり、猫がつるんと滑って落ちてきた。

 そこを目掛けて、僕は足元に油の道を作ってつるりと滑って移動する。

 見事にキャッチ。


 猫は放心状態だ。

 それを素早く、用意してきていた籠にいれる。


「あーれーっ」


 背後ではリップルが落下するところだった。

 彼女の普段動かないために肉が付いたお尻が危ない。

 落下する時、物は一番重いところを下にするものだから。


「踏ん張れ、プラチナ級冒険者! 意地を見せろ!」


「関係ない! この状況はプラチナ級関係ない!」


 それはそうだ。

 だが、大声を出したことでリップルの腕に力がこもった。

 一瞬だけ時間を稼げる。


 僕は地面に身を投げだすと、油を敷いた。

 滑る滑る。

 地面をける瞬間だけ、そこの油を解除すれば推進力を得られる。


「あーっ、もうだめえ」


 この世の終わりみたいな声をあげて、リップルが落下してきた。

 ギリギリ滑り込んだ僕の真上に。


「ウグワーッ」


 大きなお尻に潰されて、僕はこの世の終わりみたいな声をあげた。



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