第9話 二つの旅立ち

「本日付けでベリーヴォルク小隊の隊長に任命されることになりました。M10-001《マグノリア》です」


拠点に戻った私を出迎えたのは、いけ好かない魔動人形だった。ナンバリングから推察するに、私より強い。気に入らない。しかも隊長だって?ふざけた真似を。


「…アンタなんかにベリーヴォルクの隊長が務まるわけない」


私はその人形に食ってかかった。多分、嫉妬だと思う。最新世代型の人形…それはつまり、私より高性能だということ。ふざけるな。私は第9世代だ。戦争に投入されることすら無かった最新世代如きが、『彼』の座を汚すな。


「識別情報…M9-000ルナリア。あなたが決定することではありません。私は軍の命令で配属されました」

「軍だって?ケルニオンはとっくに滅んだじゃない!」

「訂正。正式名称『ケルニオン復興軍』の決定により、旧ベリーヴォルク小隊は接収されることになりました」

「誰がそんなこと———!」


他の隊員の顔を見た。リーリャ、ナタリア、クラーラ、イェレナ…全員が曇った顔をしている。気持ちは同じらしい。


「ルナリア、落ち着け」

「大佐…!」

「…情報の齟齬があるかもしれない。マグノリア、説明しろ」


齟齬だって?大佐も大佐だ。ジンやヘルミナ副隊長と違って私達をこき使うだけで、自分は戦場に出ないくせに。死の感覚を知らない人間が何をほざく。


「大量虐殺の首謀者たる強化人間P0-000ジン・エーデルワイスの犯した重罪に関して、あなた方ベリーヴォルク小隊が彼を取り逃したことを軍は重く受け止めています。通常であれば解体処分が下りますが、生憎復興軍は少しでも戦力がほしい状況です。そのため、ケルニオンの完全復活までの間、ベリーヴォルクは私の指揮下に置かれます。また、同時期に消息を絶ったP0-001ヘルミナに関しても、発見次第抹殺の命が下っております」


長々と…結局言ってることは変わらない。ますます苛立ってくる…


「お前如きの命令なんて聞くか——ぐっ…!?」

「武力行使は推奨しません。世代間の戦力差はあなたもよく知っていることかと思います」


———なんて腕力…!私の出力でも軽く抑えられている…!


「今抵抗を止めればこの行為は見なかったことにします」

「…チッ…」


気に入らない。何もかも気に入らない。こいつの全てが憎たらしい。


————————————————————


「おはよう、よく寝れた?」

「まぁまぁかな…」


宿の一階、机が並べられ、食事をとれるようになっている。先に起きていたソフィアは既に食事をしていた。


「食べる?」

「いや…あまり食欲はないんだ」

「そう……ところで、これからどうするの?帰る場所とか、家族とか…」

「…君に着いていくしかないかな。もちろん、君が許すならね」

「私は別に拒否する理由がないよ。修行のために旅してるだけだし」


寝起きが悪いのか、ソフィアは少し気だるげというか、ふわふわと浮いているような雰囲気だった。


「君の目的と僕の目的はある意味一致してると思う。変かもしれないけど、魔術師になること、それが僕の目的なんだ。なんでかは分からないけど、それだけは覚えてる」

「なら旅で私が教えてあげる。君の謎も知りたいしね」


ソフィアとは上手くやっていけそうだ。でもなぜだろう。この距離感に違和感があるのだ。デジャヴというか、既視感というか…


大方、忘れてしまった過去のことだろう。そこに何があるのかは分からないが、旅をしているうちに思い出すかもしれない。でも、もし自分が自分の思っているような人間じゃなかったとしたら…


「食器返してくるね」

「ああ、いってらっしゃい」


ソフィアと一緒にいることに何の違和感も無くなってきた。いつか忘れてしまった友人、家族達を思い出そうともしなくなってしまうのではないか…そんな恐怖すらあった。


「思い悩んでいるな、少年」

「…どなた?」


フードで顔が見えないが、おそらく老婆だ。先程までソフィアが座っていた席に座り、こちらを見ずに語りかけてくる。


「名前をそんなに気にするかね」

「えっと…何か用でも?」

「用が無くたって話してもいいじゃろ。…お主、似ておるな」


老婆は少しだけ首を動かして、横目でこちらをちらりと見た。


「何に?」

「あの男じゃ…ああそっくりじゃ」

「だから誰に?」


少し苛立ってきた。その物言いにではなく、得体の知れない恐怖を隠すためだろう。


「ああ恐ろしや。あの男…ゼロ・スティングレイそっくりじゃ…」

「それって…あの魔法使いの…」

「怖いのう、お前さんからは死の匂いを感じる。この先の短い哀れな老人に教えてくれんか?どれだけ殺した?」

「———100万人と1792人……え…?」


勝手に口が動いた。どういうことか一歳分からない。まさか自分がそんなに大勢の命を奪ったとは思わないが、この老婆は一体…


「やはりお前さんはゼロとそっくりじゃ」


老婆はそう言うと、ぱちんと指を鳴らして姿を消してしまった。


「さっきのは一体……」


呆然としていると、ソフィアが戻ってきた。


「行こっか。旅は長いよ」

「あ、あぁ……」


宿を出ると、やや冷たい風が吹いてきた。遥か彼方にゴッドスパインの山が見える。彼女の話では、太古の時代に死んだ神の背骨ということだが、あまり信じていない。


「……なぁ、ゼロ・スティングレイってどんな奴なんだ?」


僕はソフィアに聞いた。


「リヴィドの英雄、伝説の男、史上最強の魔法使い、魔王を討ち取った男…そんなところかな。500年くらい前だったかな…大陸が魔王の支配下に置かれた時、ゼロは刀一本で魔王を殺したの」

「その人のこと…顔とか、知ってたりする?」

「まだ生きてるって噂はあるけど…流石に会ったことはないかな…」

「そうか…」


流石に期待し過ぎか。あの老婆が何者なのか分からないし、単に酔っ払いが冷やかしに来ただけかもしれない。あまり深く考えることではないか。


「これからどこに行くか決まってるのか?」

「ケルニオンのハンダー地区に行こうかな。あそこは被害が出てないらしいし、もしかしたらその首輪のことも分かるかも。ケルニオンの魔動人形がどんなのか見てみたいしね」


なら好都合か。確か僕はケルニオンの方向から来た…ということになるはずだ。そこなら何か分かるかもしれない。

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