第33話 雨降って×ぬかるんで×地固まる
目を怒らせながら俺を睨めつける寺沢。
つい最近にも受けた敵意と同じものを、その目からは強く感じる。
どいつもこいつも湊月に絡んだらこれだ。いい加減、自分達には湊月が手に入らないことを学んで欲しい。
そう考えたら俺は俺で脳の血が温まってきた。
「なんだ寺沢」
「お前、菅野と付き合ってんのか」
「そうだ。それがどうした?」
「嘘だろ。お前みたいな陰キャが菅野に振り向いてもらえるわけないだろうが」
鼻で笑う寺沢に反応して、目が吊り上がった湊月が一歩踏み出そうとするのを、俺は結ばれた手を強く握って引き止める。
「お前が振り向いてもらえなかったからって、俺が振り向いてもらえないことは無いだろ。俺とお前は一緒にして欲しくないんだろ?」
「っの、クソ陰キャがぁ!」
寺沢が怒りに任せてぐっと踏み出す。
俺は俺で湊月をかばうように前に出る。
さて、勝てるかどうかは難しいところだが、せめて一矢は報いたい。
俺は拳を強く握った。
「おーいタケー!昨日の動画見たかー!」
そんな険悪な雰囲気をぶち壊すような声が、寺沢の背を追い越すように聞こえてきた。
ゴリ…田中だ。キツそうに膨れ上がった七分丈のシャツに、肌寒くなってきた時期だというのに未だに現役の半ズボンでこちらに駆け寄ってくる脚は凄まじく筋肉が盛り上がっている。まさに、重戦車だ。
「ちっ」
寺沢は忌々しそうに舌を打つと、肩で風を切って一棟の校舎に消えていく。
いくらパリピの寺沢とは言え、戦闘力にはあまり自信が無いのか、勝てないと断定できる相手には歯向かわないのだろう。
つまり俺は知らないうちに田中に救われていたのだろうか。
「田中」
「おん?どうした?」
「いつもありがとうな」
「お、おう?どういたしまして?」
困惑した表情をしながら、短髪の頭をポリポリと掻いてひとまず俺の言葉を受け取るゴリラ。
「あ、菅野さん。おはよう」
「…田中君。ありがとうね」
「菅野さんまで!?俺何やったんだタケ!?」
「お前はとにかくそのままでいてくれ。それでいいんだ」
人の祝福も素直に祝えないような人間にならないだけ、素敵な友人だと改めて思う。
そして失念していたが、今日はゼミの日だ。
いつもの陽キャグループが、俺達陰キャグループを不思議そうに見ている。
そりゃ不思議そうな顔にもなるだろう。
彼らの視線の先には、普段は向こう側にいるはずの人物がこちら側にいるのだから。
そんな陽キャ共の一人、昼間にも突っかかってきた寺沢だけが、相も変わらず俺を睨めつけている。
「タ、タケ。いいの?」
教室に来たばかりの木林が、俺の二つ左の席に座ると、顔を寄せて尋ねてきた。
「まぁ、お前は知ってるだろ」
「いや、そうだけどさ」
木林は一瞬陽キャグループの方へ気を付ける。
「か、菅野さん。こっちでいいの?向こうの人達、不思議そうにしてるけど」
「うん、もういいんだ。むしろごめんね。今日からお世話になっちゃうね」
「それは全然いいんだけど…」
再度ちらと陽キャグループを気にかける木林。
その頃のゴリラ、もとい田中はスマホのメッセージアプリとにらめっこしながら、必死にメッセージを考えているようだった。
そう言えば湊月の友人らと飲んだ後、二人はなにか進展があったんだろうか。
「みんなおはよう。ってあら?菅野さん珍しい席に座ってるわね」
「はい。教授のおかげで色々進展できたので」
「あらやだ。恋のキューピットなんて柄じゃないのに」
面映ゆそうに笑いながら貴婦人は指定席である、ホワイトボードのある壁側の中央の席に教材を置いた。
楕円に設置された教室の机の出口側に俺達陰キャグループ、反対の窓側に陽キャグループ、その二グループに挟まれる形で教授が教鞭を執る形になっている。
「それじゃ今日も楽しくお喋り……じゃなくてディベートしていきましょうね」
貴婦人はホホホと小さく笑っていつもの調子で授業を始めた。
いつもと違う教室の空気は気にしないと言わんばかりに。
結局、ゼミはつつがなく終わった。
貴婦人も特にゼミ飲みの告知をすることは無く、俺達はさっさと教室を後にした。
無論、その中に湊月も含まれている。
「いやー、今日の貴婦人はなんか機嫌良かったなぁ」
「貴婦人?なにそれ?」
「あ、いや、俺達の中で教授のあだ名が貴婦人なんだよ」
「そうなんだ。確かに気品あるよね教授」
「だよなー。まぁ、最初に言い出したのはタケなんだけど」
「え?そうなの興くん?」
「あぁ。ぴったりなあだ名だろ」
「しっくり来るね!」
「「「あはははは!」」」
「違うでしょ三人ともー!!」
和気藹々とした団欒をキノコ、もとい木林の絶叫が劈く。
「ど、どうした木林?」
「どうした?じゃないよ!菅野さん、本当にいいの!?」
長い前髪のせいで表情の全ては見えていないが、恐らく相当に焦った顔をしてるに違いない。そんな勢いを感じさせる悲痛さを、その声は物語っていた。
「別に…何も問題無いよ…?」
「そんなわけないよ!連中、ずっと納得いって無さそうな顔してたじゃん!まさか何も言ってないとかじゃないよね!?」
木林の勢いは止まらない。
「木林。ちょっと待て」
「待てないよ!僕らに何かあってからじゃ遅いんだよ!?」
その論は
「別に菅野さんがこっち側に来るのは構わないよ。だけど、連中に筋を通すぐらいはしておいて欲しいよ!」
「お、大袈裟じゃないかキバ?」
見かねた田中がおずおずと仲裁に入る。
木林の見えない双眸が田中を捉えた気がした。
「田中くん、君も他人事じゃないんだよ。いくら美人でもトラブルメーカーを仲間にするのは僕は御免だよ」
実に尤もだ。木林の論拠は見当外れじゃ無い。
湊月は連中に何も伝えていない。でなきゃ、あんなに怪訝な顔をされる事など無い。
湊月も何となくは分かっていたはずだ。
連中に何も言わずにこちら側へ来ることが、後にどんな禍根を残すことになるかを。
「木林。言いたいことは分かるが、もう少し落ち着いてくれ」
「タケ。君がそんな様子なら僕はしばらく距離を置くよ。全部終わってからまた声かけて」
それだけ言い残すと木林は踵を返して、生徒の群れに消えていった。
「な、何もあんな風に言わなくてもいいのになー!なぁ、タケ?」
田中の空元気が俺の耳を過ぎ去る。
分かっていたことだ。全て分かっていたことだ。それでも俺は何も手を打たずにいた。
湊月に任せ、田中に任せ、木林に任せ、俺は何もしていない。
だから、こうして少しずつ何かを失っていく。
俺が迎える結末はごく当たり前のことだったんだ。
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