第31話 見えないものを見ようとしても何も見えないよ
「いや、貴方だ。湊月を手に入れようとした結果、湊月を壊したのは貴方なんですよ」
「僕じゃない!お前だ!お前が湊月を壊したんだ」
随分な言い様だが、なまじ責任の一部があるだけにそれに関しては言い返せない。
だが、それはコイツにしても同じだろう。
「そうかもしれませんね。だけど、湊月が貴方に絶縁を申し出たのも、湊月が家から出るきっかけになったのも、湊月が俺と出会うきっかけになったのも、全部貴方が起点ですよ」
「違う違う違う!お前がいなければ、全て問題無かったんだ!湊月と僕で幸せに暮らせてたんだ!」
「その可能性は限りなく薄いですけど、一緒に暮らせていた可能性はあったかもですね」
「だろう!?ならお前がいなければ良かっただけの話だろうが!」
「でも、それで湊月は幸せになれましたか?」
「は?」
「貴方はさっきから貴方の幸せを謳ってますけど、貴方は湊月のことを考えたことがありましたか?」
「当たり前だろう。僕はいつだって湊月の幸せを願ってる。だから身を粉にして湊月との生活を守ろうとしてるんじゃないか」
「そうですか?俺にはどうしても貴方の幸せに、湊月が付き合わされてるようにしか見えないんですが」
「馬鹿なことを。僕がいるから湊月は幸せになれるんだ」
「……クソ野郎」
「なに?」
「馬鹿はお前だって言ってるんだクソ野郎」
ダメだ。まるで言っている意味が理解できない。
自分がいるから湊月が幸せ?あんなに嫌悪されてるのに、まだそんなこと言える脳の構造を俺は知らない。
そして同時に理解する。
コイツはどうしたってダメだ。
一縷の望みを賭けて冷静な話し合いをしてみたが、やっぱりダメそうだ。
んじゃ、もういいか。
目の前にいる敵を強く
ようやく、溜め込んでた怒りの全てをぶちまけられる。
そう思うと開く口は随分と軽くなった気がする。
「僕がクソだって?随分な言い様だな」
「うるせえ。お前がいることで湊月が幸せ?違うだろ。お前がいたことで、俺と会えた湊月が今幸せになってるんだよ。言葉は正しく使え馬鹿」
「なんだ。結局お前も僕と同じことを考えてるじゃないか。僕がクソならお前もクソだな」
「お前は言ったな?『自分がいることで湊月が幸せになる』って。それを烏滸がましいことだとは思わなかったわけだ」
「当然のことだろ?僕が湊月を幸せにしてやってるんだから何も間違ってない」
「『幸せにしてやってる』って上から目線の考えがある時点で話にならないし、お前がいるから幸せなんじゃない」
未だに不思議そうな顔をしながら話し続ける悪魔の表情に苛立ちを感じる。
偉そうに湊月の幸せを語ってるが、何も分かってないし、きっと何を言っても無駄だろうが、俺はどうしても口にしなければ収まりがつかなかった。
「湊月の幸せは湊月が見つけるものだ。俺がいたからとかお前が与えたからとかじゃない。今の湊月が幸せになってるのは、湊月が俺に幸せを見出してるからなんだよ。俺が幸せにしてやってるんじゃない」
「なんだそれ。つまりお前は与えてないのに幸せにしてもらってるのか。随分偏った関係なんだな。解消した方がいいんじゃないか?」
「それを決めるのも湊月だ。今が幸せでもこれから先、不幸に感じたならいつだって俺は身を引くつもりだ」
「拙い思いだな。その程度で湊月から離れられるならさっさと別れた方がいいぞ」
「湊月の幸せを思うなら、湊月の判断を尊重しろって言ってんだよ。お前みたいに自分の幸せを優先に考えて湊月を振り回す奴と一緒にするな」
「そこまでにしておきなさい。二人とも」
初老男性の声が俺と悪魔の舌戦に割って入る。
「君達がそれぞれ湊月のことを思ってるのはわかった。結果として隆斗は拒絶され、興君が受け入れられたのは紛れもない事実だろう」
総括として揺るがない事実を突きつけられ、悪魔はバツが悪そうに視線を外す。
「それに加えて隆斗。君は湊月のみならず、興君にも被害を及ぼしてしまった。これも恥ずべき行動だったことはしっかりと受け止めなくてはならないよ」
智さんは諭すような声で悪魔に言い含める。
「人の幸せのために誰かが不幸になるなんてことは本来あってはいけないし、人の幸せを理由に誰かを攻撃するなんてことは以ての外だよ」
義父の言葉を浴びる悪魔は、俯いてそれを甘受している。
果たして聞いているのかいないのか、定かではないが奴の飄々としたいつもの雰囲気を纏ってはいなかった。
「ところで興君」
「は、はい」
改まった智さんの声に思わず背筋が伸びる。
「今回の件なんだが、親として改めて君にお詫びをしたい」
そう言うと、智さんはすっと頭を俺に向かって下げた。
「や、やめてください智さん!」
「いや、隆斗を放置したこと、そもそも隆斗のしたことは僕の監督不行届でもある。謝って済むことではないが、それでもお詫びを入れさせてほしい」
智さんの言うことはもっともなのかもしれない。
しかし、その実態は悪魔が勝手にやったことだし、そもそも悪魔と智さんとの交流など一年未満の出来事だろう。
そんな短期間でただでさえ頭が狂っている奴に何を教えられるだろうか。
「そんな…」
そう分かっていながらかける言葉が見つからない。
さらりと揺れる黒髪を見つめながら、俺は智さんの謝罪を受け入れるだけだった。
「そこでなんだが」
「は、はい?」
「せめてもの詫びの気持ちとして、一つ提案があるんだ」
「提案、ですか?」
「ああ。この世でたった一つの大事な物なんだが、それを受け取ってはもらえないだろうか」
「そ、それは」
「ああ」
そんなことを言われては俺も断れない。何より俺が強く望むものでもあるのだろう。
智さんは重苦しく口を開いた。
「僕の体を好きにしてk」
「湊月ー!智さんが壊れたから治してあげてくれないかー!」
この人のシリアスは長くはもたないと改めて思い知らされた。
それから悪魔を部屋に転がして、菅野家の三人と俺で穏やかな昼食を摂ることになった。
話し合いが終わった直後、リビングに待機していた湊月と志乃さんの二人は、目を真っ赤に腫らしていたが、その顔はすっきりとしていたように思う。
その穏やかな顔は、以前まで緊張していた二人が本当の意味での家族になれた証のように感じる。
そんなこんなで昼食もご馳走になり、俺と湊月はそろそろお暇することになった。
「智さん、志乃さん、ご馳走様でした」
「いやいや、婿殿のおかげでうちも少し平穏になりそうだよ」
「智さん、言い方」
どうとでも取れそうな言葉をイケメン俳優顔負けの笑顔で言い放つ智さんを、志乃さんが小脇をつついて注意する。
「お役に立てて何よりですよ」
スタンガンで失神させられて、配管に手錠で繋がれて、湊月達に助けられただけで、俺自身が何かをしたわけではないけど。
…本当に何もしてないな、俺。
「興くん」
唐突に智さんの真面目な声に呼ばれる。
「は、はい」
「湊月のこと、よろしくね」
さっきは冗談で終わった言葉を、改めて口にする智さん。
俺に娘を託そうとする父親の顔は少し寂しげだが、同時に強い威厳も放っていた。
「…はい。必ず幸せにします」
根拠なんて何も無いけど、その気持ちは紛れも無いものだ。
隣で顔を赤らめて所在なさげにしている湊月を、俺は本気で幸せにしてやりたい。
俺は、その為にやらなくてはいけないことがある。
湊月との幸せな日々を手に入れるために、何でも利用しなければ。
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