第11話 勘のいい彼女は好きだよ

 夏。

 それは学生なら皆が楽しみで仕方ない時季のはず。

 みなまで言わなくてもその理由は推して知るべしだが、ご多分に漏れず俺達もその類だ。

「タケ。お前の番だぞ」

「ああ」

 俺は学友である田中の声に押されて、トランプを一枚引き抜く。

「悪いな。俺の勝ちだ」

「うごぉぉぉ…!」

 敗者の慟哭がバスの中で静かに響く。

 俺達は今、ゼミ合宿の場所へ移動中だ。

 道中は暇なので陰キャグループで絶賛暇つぶしをしてるのだが、思いのほかの盛り上がりを見せている。

 ちなみに今ババ抜きに負けた田中は、俺と湊月の並んで歩く姿を目撃した男だ。

 見た目は角刈りの厳つい男だが、趣味は菓子作りというギャップの塊みたいな男だ。

「も、もう一回だ!」

「その前に罰ゲームの精算だよ?」

 低身長のキノコ頭が再戦要求の前に、敗北の儀式を執り行う。

 こいつは木林きばやし。名前とあいまって自然界に生息してそうな雰囲気を醸しているが、こう見えて実はハードロックバンドのドラマーをしている。こいつはこいつでギャップが凄い。

「くっ、頼むから変なの引かないでくれよー」

 木林の手に乗ったスマホの画面には、四分割された円、つまりルーレットが映っていた。

 【好きな人を教える】、【墓まで持っていきたかった話をする】、【怖かった話をする】、【何も無し】。

 という内訳だ。

 田中から期待できる話は、墓まで持っていきたかった話かな。

 この見た目で乙女チックなところがあるものだから、さぞ楽しい話が聞ける気がする。

 間違っても何も無しなんて引かないでくれ。

「いくよー」

 木林がルーレットを回す。

 止まった場所は、

「好きな人を教える、か」

「ぐぅぅぅっ!」

 まぁ、次点かな。

「それじゃいってみようか、田中」

「な、なぁ、やっぱ罰ゲーム無しにしないか?」

「言い出しっぺは田中君だろ。これが終わったら無しにするからさ」

「くそ!それなら次も罰ゲームありでいい!」

「いいから田中、早くしてくれ」

 俺と木林が聞き耳を立てる。

「い、言わなきゃダメか?」

「お前の言い出しっぺだって木林が言った直後だろ。覚悟を決めろ」

「チクショー…そ、それじゃ言うぞ」

 男三人が頭を付き合わせて、田中の好きな人の名前を聞く体勢を取る。

「か……」

「か?」

「菅野さん、だ…」

「つまんね」

「次行くよー」

「お前らぁ!」

 そんな100人いたら98人は出してきそうな答えを出してくる田中が悪いと俺は思う。

 ちなみにゼミ合宿ということは、当然菅野さんこと、湊月も参加している。

 もちろん湊月はカースト上位勢と席を固めている。

 ふと、携帯にメッセージが入る。

『ひまー』

 バスの後方にいる湊月の方を見る。

 いつもの外行きの笑顔を貼り付けて、器用に画面も見ずに正確にメッセージを送ってきている。

『あんまり見られると恥ずかしい(照)』

「いや、恥ずかしがってはいないだろ」

 俺は次のゲームの準備ができるまで、メッセージを返す。

『まぁね。それよりひまー』

 一瞬、画面を見て即レスしてくる湊月。

「そういや田中が湊月のこと好きらしいぞ」

『ごめんなさいって伝えておいて』

「無慈悲だな」

『大好きな彼氏がいるんで♡』

「はいはい。それより上位勢の話聞いてやれって」

『上位勢って(笑)』

「いいから。あんまり俺に気を取られてると勘づかれるぞ」

『そんな下手は打たないよ!もしスマホ弄ってるのバレても私、友達沢山いるからその返信だと思われてるんじゃないかな?』

「そういうのを慢心って言うんだ」

『お手厳しいことで』

「タケ、リターンマッチだ!」

「次も罰ゲームありでいいね?」

「当たり前だろ!お前らの過去、しっかり吐き出させてやるからな!」

 おっと、再戦の準備ができたようだ。

『負けたら墓まで持ってく話、聞かせてね』

「バーロー、負けるかよ」

 そのやりとりを最後にこっちの戦いに集中する。

 結果は田中の負け。ルーレットはまた『好きな人を教える』に止まったので、次の狙い目の人を教えてもらった。

 ちなみに教えて貰った人は、またも順当な人だったので割愛する。

 それから罰ゲームは心が折れるとのことで、普通にトランプやら何やらで遊んでいるうちに、ゼミ合宿の会場に辿り着く。

 場所は海にほど近い民宿。すぐ側に離れがあり、そこで合宿の授業を行うとのこと。

 ちなみにゼミ合宿という名のただのお泊まり会になるであろうことは、ここに来た全員が薄々勘づいているので、各々が目的を持ってここに来ている。

 大半は海で遊ぶためだが、他にも良からぬことを考えている輩がいることは察して余りあるので一応、目は光らせておく。

「それじゃみんな、荷物置いたら一回離れに集合ねー」

 ゼミの教授はシワが気になり始めた年頃のマダムだが、年の功だろうか、とても気の回る貴婦人なので、皆のやりたいことを何となく察していることもあり、おそらく集合後はすぐに開放されることだろう。

 さて、俺はどうしようか少し悩む。

 湊月との関係が変わっていなければ、陰キャグループで遊んで教授におもねって、少しでも評価をあげるのに勤しんでいただろう。

 だが、今の俺は湊月の彼氏だ。

 湊月と遊びに行けるなら行きたいところだが、陽キャ共にバレたら面倒なことになるので周りには一切を秘密にしている。

 そのせいで、正面から湊月と接触することはできない。

 だから俺はこの合宿が憂鬱だった。

 本来なら湊月と出かけたり、家でゴロゴロしながらイチャイチャしてたりできたはずだ。

 なんなら、人の目も憚らず海で湊月の水着姿を堪能できたはずなのだ。

 それなのに、だ。

 人の目を気にして湊月に話しかけることすらできない上に、水着姿だってまじまじとは見れないのだ。

 早く終わらないかな、この合宿。

 ひとまず荷物置いて、教授にこの合宿の流れを教えてもらって、直後に解散となった。

 次の集合は夕食の時間だ。その間の授業は無い。皆の心は教授に対する感謝で満杯だろう。

 とりあえず陰キャグループはどうするか尋ねたが、「昨日眠れてないから寝たい」という木林と「さっきの罰ゲームの傷が化膿してきた」と訳の分からないことを言う田中。

 これだから陰キャは。と、陰キャを見下したところで、俺自身は一人寂しい身になるだけだった。

 俺も陰キャだったことに気付かされるなぁ。

 民宿で寝てても仕方ないので、とりあえず散歩でもしてみるか。

「暇だし散歩にでも行ってくるわ」

「おーう」

「いてらー」

 部屋に残る陰キャ達に外に出ることを告げ、気のない返事をもらう。

 軋む階段を降り、風情を感じさせる玄関で自分のスニーカーを引っ張り出し、踵を整えながら炎天下のアスファルトへ身を晒す。

 海沿いの街並みはいささかの古臭さを感じるものの、それは風情でもある。

 影の多い狭い路地に、道端で寝る三毛猫、日除けの朝顔が民家に多く見受けられ、遠くには緑々しい山が悠然と横たわっている。

 田舎っていいな。

 街からの雰囲気の変化に、旅気分を存分に感じてしまう。

「うおっ!?」

 そんな旅情緒を噛み締めていると、突然後ろから視界を塞がれる。

「だーれだ?」

「湊月」

「ぶっぶー」

「菅野さん」

「は?(半ギレ)」

「可愛い彼女」

「だいせーかい!」

 解き放たれた視界を後ろに向ける。

 そこには夏の陽を浴びて、燦然と輝く麗しい彼女こと、湊月がいたずらな笑顔を浮かべてそこにいた。

 なんだ。湊月って夏の妖精だったのか。

「もう、さっきからメッセ飛ばしてるのに気付いてくれないんだもん」

「え?そうなのか?」

 ポケットに入れていた携帯を確認すると、確かに大量のメッセージが入っていた。

「悪い、気付かなかった」

「まっ、結局見つかったし、どんどん海から離れていってくれたおかげで、誰からも見つからないでここまで来れたから、ファインプレーだね!」

けなさないでくれてどうも」

 ふと、湊月の背中越しにラムネと書かれたタペストリーが揺れているのに気付く。

「メッセに気付かなかった詫びに、あれ奢るぞ」

「ほえ?」

 俺が指さした先を振り返って確認すると、目を見開いてまん丸の瞳を輝かせる。

「瓶ラムネだー!いいの!?」

「そんな高いものじゃないんだから、そんな喜ばなくても」

「嬉しいものに高いも安いも無いよ!ほら、行こう!」

 湊月はぐいぐいと俺を引っ張って、駄菓子屋らしき店へと向かう。

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