第10話 君は、誰かにはならない
告白を受け入れた俺に、湊月は容赦なくスキンシップをしてくる。
今で言えば、俺の胡座にすっぽりと収まりながら、俺の胸に全体重を委ねている。
「えへ、えへへ」
時々変な笑顔を浮かべながら漫画を読んだり、俺の首の辺りを嗅いだりしてくる。
なんだ、この可愛い生き物は。
「ちょ、ちょっと湊月」
「なーにー?」
そしてハチャメチャ上機嫌だ。
こんな美人が俺と付き合えたことでこんなに喜んでいるのか。
夢か、これ。
「頬、
「オラァっ!」
「うぐぉぉぉ!痛てぇぇぇ!」
躊躇なく全力で抓ってきた愛しの彼女。半端ない痛みでここが現実であると知らせてくれる。
「どうかな?」
なんて煌めいた目で見てくるんだ。
褒められ待ちをしている犬のような輝かしい目を向けてくるので、頭を撫でて応答する。
「ありがとう。さっきの告白があまりに非現実的だったから、ここが現実だって認識したくて」
「現実だよ?」
そう言いながら湊月は柔らかな指を、俺の無骨な指に絡める。
「私、興くんのこと好きなんだよ」
「お、おぉ…」
「そうだ。私、興くんのこと好きなんだよなぁ」
絡めた指に力が入る。
「初めて名前で呼びあった時、あったでしょ」
あれは確か、湊月の父親である智さんが、無理矢理名前を呼ばせてきた時の話だったはず。
「ああ。智さんが帰った直後の時だよな」
「そーそー。あの時、妙に胸の中が暖かくてさ。思えばあの時には興くんが好きだったんだなぁって………今思い返してる感じです!」
「お、おぅ…」
す、すごい好き好きアピールだ。正直面映ゆい。
「私、恋とかよくわからなかったんだよね。人から好意を寄せられたことはいっぱいあったけど、自分から好意を寄せたことなんて無かったからさー」
そう言うと、また俺の首筋の匂いを嗅いで、ちぅと唇で吸い付く。
「みんなこんな気持ちで恋するのかな。だとしたら失恋した人の気持ちはどうなっちゃうんだろう」
私はそうならなかったけどね。と苦笑いしながら俺の胸に頭を擦り付ける。
「み、湊月」
「ん?」
「その、す、スキンシップが過激すぎないか?」
付き合う前から暴走しがちではあったけど、今は絶賛暴走中だ。
こんな様子じゃ明日を待たずに一線を超えるぞ。
それはマズイ。流石の智さんも苦笑いでは済まない気がする。
「ご、ごめんね。嫌だった?」
急に叱られた犬みたいに表情を萎ませる。
「いや、全然」
俺は正直者だ。困りはするけど嫌ではない。
「んじゃもっと甘えても大丈夫だよね!」
これ以上に甘える?もう夜には大人になってしまっている可能性が濃厚になってきた。
「まぁ、流石にこんなにベタベタするのは二人きりの時だけだけどね。一応、大人しいキャラで売ってるし」
二人だけの時、ってもはや同居している今、大体いつもでは?
「それでねー、興くーん」
「な、なんだ?」
「私、欲しい物があるのですよー」
急に来たおねだり。もしかして、今までの甘々な態度もこれを成功させる布石だったのでは。
だが、敢えて言おう。
なんでも叶えてやる、と。
家でも一等地でも飛行機でも買ってやらぁっ!
いつになるかは知らないけどな!
「何が欲しいんだ?」
「えへへー、それはねー」
すっぽり胡座の中に収まっていた湊月は、俺から脱出すると俺に向き直って、今度は向かい合って俺の膝の上にその柔らかな尻を乗せてくる。
つまるところ正面から零距離で抱き合っている。
湊月の綺麗な顔が近い。
湊月がここまでしないと買えない物なのか。
と、なると、国、か。
「わかったよ湊月。いつになるかわからないけど、必ずお前に国を一つ買ってみせるから」
「国?国なんていらないけど」
きょとんとした顔で、俺の国盗り計画を破く湊月。
なん、だと。国じゃない、なら地球を征服しないといけないのか。
前代未聞の要求物だ。だが、湊月がやれと言うならそれでも、
「欲しいのはね」
唇まで数センチの距離で囁かれる。
り、理性よ!俺の野生を鎮めてくれ!
「興くんからのキス、だよ」
「そうか、俺からの………え?」
野生が一斉に歓喜の声をあげる。
いやいやいや、俺からのキスを要求するのに対面座位まで使うの?え?この子の中でどんな価値を俺からのキスに弾き出したん?
「ダメ?」
目の前の美女が少し不安気に尋ねてくる。
俺はたまらずぎゅっと抱きしめてしまった。
「あわわ!興くん!?」
小さな体だが、全てが柔らかい。
何が隙の少ない服装だ。たかだか布を一、二枚羽織っただけで湊月の魅力を覆い隠せるわけが無いだろうが。
甘い匂いがする。
香水のような人工的な
この匂い、好きすぎて三日三晩嗅いでいたい。
やっぱり太陽系全て征服しようかな。
この子に手出し出来るやつがいなくなるように。
俺はそっと拘束を緩めて改めて向き合う。
「そんなのでいいんだな?」
「そんなのとはなんだね。まだしてもらってないのに」
ぷくっと頬を膨らませながら抗議してくる彼女の茶色の髪をさらりと撫でると、目を蕩けさせたので、それを合図にそっと彼女の唇を自分の唇で塞ぐ。
「んっ」
悩ましげな湊月の声が静かなネカフェの部屋に響く。
それは一瞬だったのに関わらず、全身に痺れたような感覚が走り、そのまま離れなくなるんじゃないかと一抹の不安が脳裏をよぎる。
そんな不安に急かされるように、すぐに唇を離して吸気する。
「へ、変じゃなかったか?」
「うん。変じゃ、ないよ」
そう答えた直後に、また湊月がキスをしてくる。
さっきよりも慣れたキスだが、あくまで啄む程度の軽いキスだ。
それでも湊月からのキスは嬉しい。
「っは、これもう止まらないかもなぁ」
「止まらない?」
「うん。興くんへの好きって気持ち」
「愛情表現がってことか?」
「それもそうだし、興くんの全部が欲しくなっちゃうかもってこと」
「全部かぁ」
「全部だよ。物も、時間も、体も、ね」
そう言うと首筋に吸い付く。
結構な時間吸い付いているが、もしかしてこれは。
「その第一歩、刻ませてもらいました!」
まさか、世に言うキスマークというやつか。
「お、おう…」
「興くん」
「な、なんだ?」
「誰かのものに、ならないでね」
「なると思うか?」
「ならないね」
「だろ?」
「だけど、」
湊月は俺の胸にしなだれかかってくる。
「興くん、かっこいいから、さ」
「それは湊月の欲目だ」
「えへ。そうかな」
そして俺の背に手を回すと、ぎゅっと抱きしめてくる。
「本当に好き。興くん」
「ああ。俺もだよ」
思えばとんだ奇縁だ。
あの時にずぶ濡れで雨宿りしていたからこそ今、湊月と抱き合っている。
世の中何が起こるか本当にわからないものだ。
「ふっかーつ!」
「ようやく家から出ないで済むな」
冷たい風を吹き出し続ける文明の利器に感謝しながら、その恩恵をしっかりと味わう。
あれから二日後。
颯爽とやってきた修理のおじさんが、ちょこちょこと弄ると途端に覚醒したエアコンに、俺達は土下座する勢いでその白い御神体の元に集まっていたのだった。
嗚呼、文明の利器、万歳。
「ふえー、涼しいねぇー」
「そうだなー、って言いたいんだけど、俺の足にもたれ掛かるのやめない?」
「おー?愛しい彼女のスキンシップぞ?嬉しさはあっても嫌な気持ちはあるまいよ」
「スキンシップは結構だが暑いのはちょっと困る」
「まったく、わがままだなー」
「わがままて」
「これなら暑くないからいいでしょ」
「お、おう…」
あまりに自然な所作に上手い反応が取れなかった。
ただまぁ、可愛い彼女がいるというのは格段にQOLを上げてくるなとは思った。
彼女が望むことをしてあげたい。
そう思うと自堕落な生活をしていた自分とは思えないほど、色々と行動的になるもので、ましてや彼女と一緒に出かけるともなれば、部屋に引きこもるのは勿体ないとさえ思ってしまう。
「えへー、これからもよろしくね」
「ああ。よろしくな」
彼女との楽しい生活は、始まったばかりだ。
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