44 自分の地雷は誰かの推し

 この調子だと、他の登場キャラクターも出てきそうだ。似顔絵を描く機会があるかもしれないので、メモ帳はしまわずにウォルターを書いたページをめくって、テーブルの上に置いた。


「それで、他に何かありますかね。どんな些細なことでも良いんです」

「そういやぁ、聖女サマには『お気に入り』が居たっけな」

「お気に入り?」

「ゴーレム技師だよ。それも女の」

「……………………はい?」

「女技師なんて珍しいから結構噂になってたぜ。待遇を贔屓しているだけでなく、見た目の良い男とやたらつるませてるって話だ」

「本命は『仮面男爵』らしいッスよ。一代貴族の芸術家で、認識阻害付きの仮面をいつも付けているんスけど、それは仮面の下が傾国レベルの美形だからって噂ッス。王都じゃ下町でも有名人ッスよ。あの人、下町にアトリエ構えてるんで。俺も仮面付きッスけど、何度か見た事あるッス」


 女のゴーレム技師。

 そんなの、一人しか思い当たる人物がいない。

 仮面男爵とかいう初情報もあったが、それに対して深くツッコむ余裕は、今の私には無かった。


「今、王都がゴーレム産業を強引に推し進めているのは有名だが、その大本は聖女だって俺は睨んでる。技術改革だ何だって言ってるけど、実際は権力を使って身内を稼がせたいだけじゃねえのかな、アレは」

「ギーギギギギギ……!」

「あらあらぁ。どうしましたぁ? 虫系魔物みたいな声を出されてぇ」

「いやちょっと地雷というかそういう気配を感じてしまってグギギギギギ」


 突然の地雷情報に、ついに私の擬態は崩れてしまった。

 最早ゴーレム技師という単語ですらアレルギー反応を起こす身だ。それらしい情報を聞くだけだとしても無理すぎて無理。語彙も無くなる。無理。


「そうよねぇ。妖精種や鳥人種に対する公害問題がありますからねぇ」

「受付さんから聞いたッスけど、依頼人さんの勤め先の店長って、鳥人種なんスよね。そりゃあ複雑ッスよね~」


 違う、そうじゃない。

 いや公害問題とか聞いちゃうとその辺も含めてちょっと複雑ではあるけれど、そうじゃない。


 多分、この女ゴーレム技師って、アレだ。

 私の地雷こと、レイシーだ。よりにもよって。


 しかも顔の良い男をレイシーとくっつけようとしているだと? レイシー総受けの民か?

 ふっざけんなクソ聖女アマ。一気にヘイトが高くなってしまった。


 い、いや待て私。冷静になれ私。相手はただ単にゲーム内性能がチートのレイシーを仲間にしただけかもしれないし、そうでなかったとしても、純粋にレイシー推しなだけかもしれない。異性関係は単に周りの邪推かもしれない。

 落ち着こう私。偏見は良くない。


「お気に入りと言えば、もう一人居るッスね」

「銀髪碧眼の中性的な美少年か美青年か美少女か美女だったりします?」

「いや、もんのすごい美形の男ッス。俺、同性相手だってのに、ちょっと見惚れちゃったくらい、人外レベルの美形でしたッス……」


 よかった、主人公の相棒枠であるイアは毒牙にかかっていないようだ……。

 これでイアまで盗られてたら原作ブレイカーってレベルじゃなかった。私の怒りも多分抑えきれなかった。

 イアが仲間になっていないってことは、方舟は無事と考えて良いだろう。……いや、無事なのかな。まだ手を出していないってだけかもしれない。不安だ。


 所で後輩君。美男子に見惚れちゃったって、おホモ? おホモなの? ボーイズなラブのそれなの?

 私平凡受け大好物だよ。ちょっとその話詳しく聞かせて。

 そういえば君受けっぽい顔してるね。でもワンコ系の攻め顔の成分も配合されてるね。ポテンシャルの高さが凄いよ君。受けでも攻めでもどっちでもいけそう。私平凡攻めも大好物だよ。

 地雷情報の中に落とされたひとしずくの清涼剤をありがとう。


「黒髪に褐色、金眼の汎人ッスから、ドラッヘン公爵家の私生児だったりするんじゃないッスかね?」

「もしくはぁ、隠し子だったりぃ? 当主の前妻は汎人だったって聞いた事があるわぁ」

「ああ……見た目も聞こえて来る噂も真っ黒な家の事だしな。どっちにしろ、竜人じゃないから戸籍を誤魔化して使用人扱いしているとか、そういう事なんじゃね?」

「あぁ~、それってすごくありそうねぇ」


 そういえば、ラガルティハの親は汎人だ。ゲーム内の回想シーンで出ていた。

 ゲームのグラフィックでは目元は書かれていなかったが、茶髪の女性で、大変おっとりしたおむねの女性だったと記憶している。そのネタでルイちゃんに母親の面影を見るラガルイを百万回は妄想したし、二次創作も何回も煎じた。


 もしかして……その美男子さぁ……ラガルティハの兄弟とか、そういうことある?

 まさかね。そんな情報、原作には無かったし。大方、ただ外見的特徴がドラッヘン家の人と似ちゃっただけの一般人だろう。


 にしても原作内には出てこなかった顔の良い人物と仲良くなるとは……これまた転生令嬢モノとして王道な……。


「しっかしアンタも妙だよな。わざわざ聖女サマについて探ろうなんてよ」

「翼を切らなきゃならなくなった友人のために、ちょっとね。失った翼を生やしてやりたくて。ただ、世の中の噂が盛りすぎだと思ったから、ちょいと調べてもらおうかなー、と」

「にしちゃあ訳ありっぽいよな。紅燕の名を出しても疑問を持たなかったどころか、動揺すらしていなかった」

「……あっ」


 リーダーさんに言われて、気付く。

 そうだった。紅燕なんて、本来一般人が知っていていい情報じゃない。


「それに、宙族についてなんかは、俺達より詳しそうじゃねえか」

「アッアッ」

「あんた、何者だ」


 リーダーさんの、いや、冒険者さん達全員の目つきが鋭くなる。

 私は殺気なんて感じられるような感覚は育ててきていないが、こう真正面から警戒心マックスな視線を向けられていれば、嫌でも分かる。


 宙族は人類の敵。それがこの世界での共通認識で、それは概ね正しい。概ね、というのは、星や月の聖霊と呼ばれる、この惑星外から来た存在でありながら、人類と共存している存在がわずかながらに存在しているからだ。

 ただ、それはいわゆる例外に過ぎない。宙族というものは、九割九分、少なからず人に害を成すことは、原作を知っている私もよく知っている。

 なんせクトゥルフ感のある存在がこの世界では宙族と呼ばれているんだから、その害は推して知るべし。

 そしてその宙族に与する者は、当然、悪と見なされる。狂信者だとか、そんな風に言われて。


 つまりは、私は疑われているのだ。宙族を崇める狂信者じゃないか、と。


「思っているような者じゃなくて、付属の情報についてちょっと訳知りだっただけですよ。色々とね、こっちにも事情がありまして。そもそも、こちとら紅燕やら宙族やら、そんな奴らと関わらなくて済むならこっちだってそうしたいです」

「……斬っか?」

「やめなさい大人の話に首を突っ込まないの」


 彼らの敵意を受けて臨戦態勢になったモズの腕を掴んで、飛びかからないように保険をかける。

 本当に止めて。血気盛んなのはファンタジー世界観的には正解かもだけど、殺傷沙汰は本当に勘弁して。ただえさえ君紅燕関係者だったから、余計な事を喋って完全に敵対されたらマズいんだって。


「聖女について知りたかった理由は、さっき言ったのが理由です。嘘は言ってないですよ、本当に。何なら創造神アルバーテルに誓っても良い。魔石インク持ってますから、宣誓書でも書きますか? 血判必要です?」


 私は敢えてこの世界の最高神の名を出し、震えそうな声を何とかマトモに絞り出して、強気な態度をして見せた。

 最高神の名を出したのは、その名を冠したアルバーテル教会が身近な存在である、つまり人類側であるイメージを強調するためと、真実しか言っていないから最高神に誓っても一切の問題が無いと主張するためだ。宣誓書や血判は、それを後押しするための文言。

 ちなみに宣誓書の書き方は知らない。ゲーム内でそういう話が出てきたから存在を知っていた程度で、どんな効能があるかも分からない。滅茶苦茶重い契約って事くらいしか情報が無いのだ。


 ただ、そこまでして真実だと言い切ったからか、彼らは目に見える敵意は引っ込めてくれたようだった。ぽつりと姐さんが、「嘘を言っているようには思えないわねぇ」と呟いた。


「あんたが何者か、何の目的を持っているのかは知らねえが……一つ、忠告しておく。……聖女には手を出さない方が良い」

「その心は? やっぱり宙族云々ですかね」


 聞き返すと、リーダーさんはちょいちょいとテーブルのメモ帳を指差す。

 最初は何を言いたいのかよく分からなかったが、手をくるりと返し、今度は自分に向けるよう動かす。渡せ、ということだろうか。

 ペンとメモ帳を渡すと、彼は以外にも綺麗な字で、「つけられている」とだけ書いた。


「……いつから」


 返信はこうだった。

 ――調査を始めてから、すぐに。運良く紅燕や宙族との接触現場を押さえられたが、アレに関してはどこか意図的なものを感じた。


 そういえば、やけにアッサリと特大ネタを仕入れて来られたもんだと思っていた。

 返信を読み切ったと察したらしいリーダーさんは、返信を書いたページとウォルターの似顔絵を描いたページを破り、後輩君に渡す。後輩君が小さく何かを唱えると、メモ紙はあっという間にボロボロに崩れて塵となった。


「スズメバチ駆除方式か……」

「なんだそりゃ」

「私の地元にはスズメバチというデカい蜂が居ましてね。巣を駆除する時は、働き蜂を捕まえて、餌を食べさせている間に目印となる紐を結んでから解放して、そいつを追跡して巣の場所を特定するんです」

「なるほどな。俺達はまんまと働き蜂にされたって事かよ」

「だとしたらぁ、バレるようにしているのは、牽制って事かしらねぇ。これ以上余計なことは……って事かしらぁ?」

「そ、それってもうちょい俺達が深入りしてたら、まさか……口ふもがっ!?」

「それ以上喋んな」

「申し訳ありません、こんな危険な状況になるなんて思ってもいなくて……」

「仕方ねえさ。こんなこと、誰が想像出来るかよ」

「面倒な事に巻き込まれたくなかったら、今聞いた話は墓まで持って行く事を勧めるぜ」

「言われなくってもそうしますよ」

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