43 情報収集

「こんにちはー。薬屋ウヤクのトワでーす」


 冒険者ギルドに到着した私は、いつものように受付に声をかける。

 薬の納品や、採取時の護衛の依頼等、何かと冒険者ギルドに顔を出す機会は多い。すっかり顔馴染みで、依頼掲示板の前で何やら話し合っていた見覚えのある冒険者パーティーが私達に気付いて「指名するなら俺達にしてくれよ~」と軽口を叩いてくるくらいには馴染んでいる。

 私はそれに軽く手を振って返しておいた。


「いらっしゃい、トワさん。今回は採取の護衛依頼ですか?」

「いや、この前言っていた情報の方ですね。何か情報集まりました?」

「なるほど、そっちでしたか。依頼を受けたパーティーは少し前に帰還していますよ。先に個室にご案内しますね!」


 受付嬢さんに案内され、奥の個室に通される。受付嬢さんは一度部屋を出て、お茶と茶菓子を持ってきて、「今呼んできますね」と一言言って、再び部屋を出た。


 個室はよくある応接間、といった雰囲気だ。流石にジュリアの家の応接間とは別物だが、あれは貴族仕様なので仕方が無い。

 この部屋自体には、何度も入ったことがある。最早見慣れていると言っても良い。

 主に卸す薬やポーションの取引で使っていたが、こうして個人的な依頼で使うのは初めてだった。


 ハーブティーがティーカップから半分程無くなった所で、再び受付嬢さんが入室する。

 そして、彼女の後に続いて、三人の見知らぬ冒険者が入室してきた。


 大柄で牛っぽい角と茶色い獣耳が生えた、筋骨隆々な男性が快活に笑い、握手を求めて手を差し出した。恐らく、彼がリーダーなのだろう。


「よぉ、アンタが依頼人か! 俺達が依頼を受けた『無明の探求者』だ」

「初めまして、依頼主のトワと申します。こちらはモズ。ほら、ご挨拶は?」


 私は立ち上がって握手を返し、私とモズの自己紹介をする。モズは私に言われて、渋々といった様子で軽く頭を下げた。

 よろしくお願いしますは言わないものの、お辞儀をするようになっただけ進歩と言えるだろう。


 挨拶をしている間に受付嬢さんがお茶を注ぎ直してくれていたので、一言礼を言って、彼女が退室するのを見送った。


「すみませんね、子供連れで」

「いえいえ、良いんですよぉ。うふふ、可愛いわねぇ」


 下半身は隠れているものの、豊かなおむねの谷間をモロ出しする二次元でしか見ないようなドスケベデザインな服装をした、美人で妖艶な女性がモズを見てニコリと微笑む。スッケベ!


 美人だから許されている感あるけど、その服装痴女じゃないですか……?

 いや美人でも許されないわ。肩というか背中までガッツリ出てるわ。ロングヘアーだから見えづらいけど、それ乳房の一部と腹しか隠せてない謎ドスケベ服やんけ。

 それに下半身隠れているって思ったけど、骨盤の脇の部分がスリット入っててモロ見えじゃないですか。それ許されるんです? 何で腹隠してるのに腰回り隠してないの? このデザイン、世界観的に大丈夫? 足とケツと股が隠れていればなんぼ露出しても許される風潮なの? 厄介ポリコレ&フェミニスト警察に連行されない?


 実際にこうして見ると、ファンタジーの露出度って怖いな……。

 いざ目の当たりにすると目のやり場に困ってしまう。こういうのは二次元だからこそ許されるんだなっていうのを本能で理解してしまうわ。他のファンタジー世界の性的基準ってどうなってるんだ?

 いやまあ三百年後には普段から水着+白衣みたいなデザインの衣装を着てる金髪黒ギャルの医者が出てきて、衣装観も世間一般的なファンタジー作品みたいになるんだけども。


「ねえボクぅ、お母さん達が難しいお話ししている間、暇じゃなぁい? お姉さんと一緒にあっちで遊んでよっかぁ?」

「や」

「あらあらぁ。フラれちゃったわねぇ」

「重ね重ねすみません、気を遣っていただいて」

「いや、姐さんの場合は趣味というか何というか……」

「後輩ちゃ~ん?」

「何でも無いッス!」


 後輩ちゃん、と呼ばれたのは汎人らしい青年だ。良くも悪くも平々凡々、要するにモブ顔でモブ衣装だったが、むしろこっちの方が好感が高い。露出が少なくて何だか安心する。

 リーダーさんはリーダーさんで筋肉丸見えでちょっとドキドキしてしまうし、姐さんとやらは……うん……痴女だし……。


 それと、ナチュラルに母親認定された事にちょっともにょってしまったが、端から見ればそう見えてもおかしくない年齢差なので何も言えない。

 そうか……そう見えるのか……もうちょっとおしとやかにするべきかな……。


 それより「趣味というか何というか」って何? おねショタ? おねショタなの?

 ごめん、二次元のおねショタは好きだけど、いくら美人でもリアル知人がそういうのやっているのは児ポ的な意味でドン引きなのでご勘弁下さい。


 おねショタはファンタジーです!! イエスロリショタ、ノータッチ!


 三人にソファーに座るよう促して、着席したのを見届けてから私も再び座る。


「大丈夫かよ、ガキが一緒で。聖女サマのイメージぶっ壊すぞ?」

「大丈夫ですよ、この子そういうのには全く興味無いんで」

「それなら良かったッス。というかセンパイ、言葉遣い! 子供って言って下さい!」

「うっせーな、反省してまーす」

「スミマセン、この人こんな感じですけど、仕事はキッチリやるタイプなんで……!」

「あ、大丈夫です、ハイ」


 今回依頼を出したのは、「聖女」と呼ばれる存在についてである。


 彼女は原作には一切、欠片も出てこない情報だったが、何やら「予言が出来る」だの、「全ての属性のスペルを使える」だの、「死人を生き返らせる程の回復スペルの使い手」だの言われているのは、この二ヶ月ちょいの暮らしの中で噂好きの奥様方と井戸端会議をすることもあり、私でも知っている。


 もしかしたら、彼女であればラガルティハの翼を復元出来るかもしれない。

 だが、その割には噂話がどうにも胡散臭い。設定を盛りすぎである。

 だから一度、ちゃんと彼女について知っておこうと思って、冒険者に依頼を出したのだ。

 聖女の本拠地が王都という事もあって、王都の冒険者ギルドの方で依頼を出してもらって、この寒い中こうして来てもらっている。その分金もかかっている。貯金が消し飛んだよ……。


「そんじゃあ報告するぞ」

「お願いします」

「まず人物像として、今年の春、中の月に突然現れた女だ。見た目が勇者の黒髪に碧眼だったこと、全属性のスペルや予言が使えるっつー事から、アルバーテル教会に聖女と認定された。名前は『ユイカ・ツツミ』……えーっと、飛花式でツツミ・ユイカと言った方が正しいらしい。年齢は汎齢二十歳ってのが教会からの公式発表だ」


 ツツミユイカ。名前だけ聞くと、現代日本人に居そうな名前だ。

 しかし勇者の黒髪に碧眼となると、外見が日本人らしくない。

 まさかな、と思いつつ、先の情報を促す。


「聖女サマは世間一般で言われている通り、複合属性を含めた全ての属性のスペルを扱う事が出来る。これは事実だ。過去にもパフォーマンスでやってるってことで、裏が取れている」

「でも、死人でも蘇らせるっていうのは真相が定かじゃないッスね。回復系のスペル自体は使えるみたいッスから、自分達は、噂に尾ひれが付いただけだと判断しているッス」

「それで肝心の『予言』なんだけどぉ……ちょぉっと眉唾ものと言うかぁ、現状、時期が先すぎるせいでイマイチ信用出来ないわねぇ」

「時期が先すぎる?」

「具体的な予言が、来年の春からしかないんスよ。だから本当に予言かどうか、確かめようが無いッス。それと、過去視も出来るって言ってるッスけど、相性が良い人しか見えないとか言っているんで、まあヤラセっぽいッスね」


 来年の春、つまり早くて次の三月からの予言。相性が良い人しか過去視が出来ない。


 何も知らなければそういうものかと思うか、怪しいと思うかの二択だろう。

 だが、ARK TALEという原作を知っている私からしてみれば、どうにも無視できないワードだ。


 原作のストーリーが開始されるのは四月、つまり春からだ。

 更に、ゲーム内で過去を知る機会があるキャラクターが存在するが、これを「相性が良い人」と言い換えてしまえば。

 ――私と同類かもしれない、という仮説が成り立ってしまう。


 まさかな、と思いたい。私の思い過ごしであってほしい。


「そんで一番胡散臭いのが、『異世界から世界を救うために来た』って所ッス」

「異世界ィ!?」

「絶対売名のための売り文句ッスよね~」


 つい大声で聞き返してしまった私に、ケラケラと笑いながら後輩君は返す。一切信じていないという態度と顔だ。


 ごめん後輩君。多分それ本当だと思うよ。ソースは私。


 これは私の予想だが、多分、いや間違いなく、聖女ことツツミユイカは、異世界転生した現代人だ。外見が日本人らしくないのは、きっと転生の影響だ。

 よしんば転生じゃなかったとしても、異世界転移や異世界召喚の類であることは間違いないと考えて良いだろう。


「後ろ盾はあのドラッヘン公爵家だそうだ」

「ドラッヘン公爵家って、四大公爵家の、『気高き黒竜の一族』ですか?」

「そうだ」


 ドラッヘン公爵家というのは、言ってしまえばラガルティハの実家だ。

 黒髪に褐色の肌、金の瞳が外見的特徴で、美男美女揃いだが性格はプライドエベレストで高慢ちき。性格の悪い貴族そのものである。

 だからこそ差別意識も強く、アルビノで、且つ翼が奇形で生まれてきてしまったラガルティハを迫害し、幽閉していた。近親婚がそこそこの割合で行われている事なんかも含めて、結構闇の深い一族だったりする。

 オマケにジュリア、というかローズブレイド家とは犬猿の仲。ジュリアのコネを使って接触、という手段は使えそうに無いかもしれない。


 だが、この情報のおかげで、私の中の疑問に一つの仮説が誕生した。


 ラガルティハがこんな時期にウィーヴェンに居た原因は、もしかしたら聖女が関係しているかもしれない、ということだ。


 ゲーム本編だと、時期は分からないが、放浪していた所を主人公の勧誘を受けて仲間になるはずだ。描写がアッサリしすぎてて深掘りがされていないパターンなので詳細は分からないが、この時は翼も、奇形ではあるが健康な状態だった。

 聖女がゲーム内に登場するラガルティハと接触するためにドラッヘン公爵家に働きかけ、輸送する間に何かしらの事故があって、ラガルティハが行き倒れることになったと考えれば、ひとまず納得はいく。翼が壊死していたことも、この事故が原因で翼を怪我してそこから、とも考えられる。


 ここについても調べたい所だが、如何せん調査費用が心許ない。何せ相手は貴族、それも公爵家だ。

 貴族のことは貴族に、という訳でジュリアに協力してもらいたいところだが、それも犬猿の仲である相手とだと難しい。

 ここは仕方ないが、本人に聞いて推察するしか無いだろう。


「で、だ。この程度ならまあ、教会の作った偽物の聖女ってことで納得がいく。……が、俺達も調べて初めて気付いた事だが……ハッキリ言って、こいつには怪しい点が多すぎる」

「と、言うと?」

「紅燕との接触があった。それも、聖女側からだ」

「それは……キナ臭いですねぇ」


 紅燕といえば、暗殺集団のことだ。下っ端も下っ端というか、鉄砲玉みたいなものだったが、モズの古巣とも言える。


 聖女様が何の用事があって暗殺集団に接触したのか。

 一番考えられる理由があるとしたら、紅燕に所属している登場キャラクターを仲間に引き入れるため、だろうか。

 ヨダカがそうだ。仕事の依頼ということで説得すれば案外簡単に仲間になるだろうし、ゲーム内性能もピカイチだ。諜報と戦闘を一人二役出来ると考えれば、仲間に引き入れない手は無い。


 つまりこの聖女様とやらは、原作沿いを楽しんだり、不可抗力で原作改変をしてしまったわけではなく、自分の意志で原作改変をしているということだ。


 原作改悪してんじゃねーーーーーよ!! クソが! お前のせいで私は歴史修正下請け業者みたいなことやらなきゃいけなくなってんだよ!!


 また、アルバーテル教会には、聖母ことヘレンが所属している。教会の仲間として接触しているのならば、回復役も確保していることになる。

 本人をスペルアタッカーと考えるなら、後は盾役を確保すればバランスの良いパーティー編成になる。

 というか、ゲーム内のラガルティハがタンク系の性能だったから接触しようとした可能性がある。


 どうしよう、どんどんピースがハマっていってしまう。

 おかしい、私はただラガルティハの翼を復元してやりたかっただけなのに。


「それに、だ。宙族を味方に付けているっぽいんだよ」

「ぽい、ということは、確証は無い不確定な情報ですか?」

「そうだ。紅燕との接触時に、同じ現場に宙族らしき男が居たんだが、身体的特徴が人族に寄りすぎていたから、イマイチ判別が付かなかった」

「ぱっと見だと、鳥人種っぽくも見えましたねぇ。よぉく見てみると、どちらかと言うとぉ……角と尾の無い竜人種にも見えましたねぇ」

「こっちじゃ竜人種は角と翼と尾があるのが一般的ッスけど、飛花やメイファの竜人種は角だけか、角と尾はあるけど翼は無いパターンのはずッス」

「だけどぉ、尾と角が無くて、羽毛を持つ竜人なんて聞いた事が無いわねぇ」


 彼らの話す内容に、嫌な予感がマッハでゲージマックスになった。

 これって、もしかしなくても。


「それに、宙族だとこう……なんつーんだ? 嫌な感じがするっつーかなんつーか……」

「異形だと感じる?」

「そう、それだ。俺達とは決定的に何かが違うっつー違和感がある。わずかにだが、あの男からは確かにそれを感じたんだよ。見た目はただの人族なんだけどな」

「その男の特徴は?」

「角無し尾無し、羽毛のある翼腕、背は……二メーターちょいってところか? 見た目だけで言うなら、若く見える汎齢三十中頃ってところか。お貴族サマっぽい格好をしていたな」

「……ちょっとお時間いただきますね」


 ペンとメモ帳を取り出して、思い当たる節しかないキャラクターを描き、彼らに見せる。


「その男って、こんな見た目をしていませんでしたか?」

「アーーーーーッ! コイツ! コイツッス!」

「バカ、声がデケェよ!」


 後輩君の大変良いリアクションに、私の予感が的中してしまった事を理解した。


 私が描いたキャラクターは、ウォルターだ。

 つまり聖女は、本来主人公達の敵であるはずのウォルターを、既に味方にしているということだ。


 ちょっと原作改変も甚だしいんだが? 聖女とは名ばかりの悪役志望の夢女か?


 そもそもウォルターは利害の一致でもなければ群れるなんて事はしない男だよ。ウォルターが行動を共にしたいと考えるのは、存在するとしたら恋人だけって公式インタビューで載ってるんだよ! 解釈違いです!

 そんで公式でウォルターから好意を持たれている描写があるのはルイちゃんだけです! ウォルイをすこれ! 世の中のウォルイアンチは公式の描写から目を逸らすな!

 というか、紅燕との接触がヨダカを仲間にするためだったとしたら、ウォヨダかヨダウォの腐女子か、夢女子として逆ハーレムを企てているようにしか思えないんだが?

 どちらにしても地獄かよ。聖女とは絶対に仲良くなれない自信がある。


 ストップ私。落ち着け私。

 多分ビジネスパートナー的な感じだ。そう考えよう。

 何か取引をしていて一緒に行動している。それなら何ら問題は無い。きっとそう。


 それに成り行きでそうなったパターンとか、たまたまそうなったっていう可能性だってある。

 落ち着こう私。ヘイトを高めるのは後ででも出来る。先入観良くない。


 幸いな事に、顔には出ていなかったようだ。彼らの反応的に、何か考え込んでいるんだろうな、と思ってそうな感じだ。長年の社会人経験が活きた。

 畜生、地雷アレルギー持ちは生きるのがしんどいぜ……。

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