41 推しカプは麻薬
生ラガ→ルイ一目惚れシーンを覗き見て大変心が満たされてから二日。
あれからラガルティハは、ルイちゃん以外とはコミュニケーションを断っているものの、彼女と二人きりの時は少しずつ会話をするようになってきている。
ちなみに昨日ジュリアが来ていたが、何やら萎縮して話どころではない状態になっていた。小心者めがよぉ……。それとも貴族オーラがトラウマを刺激したか。
それと、試しにアニマルセラピーとしてヘーゼルを連れて食器回収に来てみたこともあったが、イマイチ反応が悪かった。
好きとか嫌い以前に、どう接して良いか分からない、といった様子だった。
そんなこんなで、ルイちゃんに対して以外にはある意味ブレないラガルティハに持って行った食事を回収するため、金魚の糞の如くストーキングするモズと共に、私は今日もラガルティハの部屋を訪れていた。
「うぃーっす、飯食ったか~?」
一応ノックをしてから部屋に入るが、ラガルティハはいつも通り毛布を蓑に、蓑虫状態になっていた。
おいお前流石にそろそろ慣れてくれよ、と心の中で思うが声には出さない。そんなことをしたら、ミリ単位で積み上がっていると信じたい信頼関係が一気に瓦解してしまいそうだ。
「おっ、よしよし。ちゃんと食べるようになって偉いぞー」
綺麗に完食しているのを確認して、褒め言葉をかける。が、反応は無い。
お布団蓑虫がよぉ……。お前も雄なら羽化してくれ。
他に何か一言声をかけてから退散しようと思った所、唐突に良い餌になりそうな話題を思いついたので、試しにその話題を振ってみることにした。
「飯食ったばかりだからイマイチそそられないかもしれないけど、今晩はルイちゃんの誕生日だからちょっと豪華な晩飯になるよ。楽しみにしておけよ~」
「あいつの……?」
食いついた!
豪華なご飯じゃなくて、ルイちゃんの誕生日という点に気を引かれたらしい所がつい笑顔になってしまう。
毛布の中から小さく聞こえたラガルティハの声を聞き逃さなかった私は、思わずニヤけそうになる口角を必死に通常通りに見えるよう固定して続ける。
「誕生日プレゼントに新しい調合釜買ってあげる約束してるんだよね。君もルイちゃんに世話になってるんだからさ、何かプレゼントでも用意したらどう?」
「あいつに……プレゼント……!?」
毛布の蓑がモゾモゾと動き、ラガルティハは目元が見えるくらいまで顔を出した。
年の割には純粋に目をキラキラと輝かせていた彼だったが、それはほんの数秒足らずのことだった。
すぐにいつもの伏せ目になり、再び蓑の中に帰って行く。
いや帰んなや。出てこいや。
しかしここは我慢が大事。やたら警戒心の強い野良猫を相手にする時のように、脳内で「忍耐、忍耐でござるよ」と自分に言い聞かせる。
ややあって、蓑虫は聞き取りづらい独り言のような声で呟き始める。
「で、でも、あいつの欲しいものなんて、知らないし……」
「うんうん」
「それに、買う金も無いし……」
「身一つだからねぇ」
「僕みたいな羽無しに祝われても……嬉しくないだろうし……」
「はいそこでネガるのストーップ」
このまま喋らせ続けると鬱のどん底に落ちそうだったので強制中断させる。こういうのはどこかで思考回路をぶった切らないと止まらないからね。
「今回はお小遣い渡すからさ、ルイちゃんと
「……でー、と?」
「ねえちゃん、でーと、って何じゃ?」
どうやらラガルティハのみならず、モズもデートの概念を知らないらしい。
デートと言えば、そんなの一言で説明が付く。
「恋人同士でお出かけすること」
「こっ、恋……!?」
「そういう訳だから、ラガルティハ。ルイちゃんと二人っきりでお買い物してきて♡」
「………………はあぁっ!?」
結構なラグの後に、ラガルティハはガバッと毛布を勢い良くめくって飛び上がるように起き上がった。普段は不健康な生白い肌をしているはずなのに、耳まで茹で蛸のように真っ赤になっている。
おそようさん。良いリアクションをありがとう。
「働かざる者食うべからず。いつまでも食っちゃ寝するだけな憧れのニートライフしてないで、好きな子のお祝い事の準備くらい手伝おうや。食っちゃ寝してるだけってのも体に悪いしね」
「好っ……!?」
「それにさ、好きな子に真心込めたプレゼントしたいとは思わんか?」
「ち、違っ、好きとかそんなんじゃ……!」
「隠さんでいいから。おばちゃんぜーんぶお見通しだから」
「あう……あう……!」
「あ、マジで違かったら違うって言ってくれて良いから。私他人の人間関係に関しては恋愛脳な所あるし」
ただし二次元に限るけどね。
カップリング二次創作たーのしー!
何か言いたげに、しかし何を言えば良いか分からないらしく口を動かすも意味のある言葉にはならないラガルティハ。
そろそろ羞恥心が限界突破して、「○○って△△の事好きなんだってさー!」と言いふらされてしまった小学生のように逆ギレしてくるか。
――そう思ったのだが、思いの他ラガルティハは静かに、そのまま俯いて黙りこくってしまった。
「あ、あれ……? ひ、否定はしない、と……?」
声が震える。
正直なところ、ラガルティハがルイちゃんに惚れたとか思っているのは、推しカプバイアスという欲望フィルターがかかりまくった状態で見ているせいだと思っていた。
というのに、だ。この反応は――。
「う、うぅ……クソッ、どうせバカにしてるんだろ! こんな気持ち悪い色の羽無しなんかが、だっ、誰かを好きになるなんて!」
「……ほ……」
「僕だってバカだって思ってるよ! でもあいつが僕なんかにも優しくするから!」
「ん……んほ……」
「勘違いだって分かってる! 初めて見た時から、何となく母さんに似ていたからちょっと気を許していたっていうのもあったけど……! こ、こんな気持ち、初めてで……!」
「ンッホホホッホッホォ……!」
「ヒッ!? な、なんだよいきなり、気味悪い声出して……!」
「ねえちゃん、ビョーキ出ったぞ」
「ああうんごめんちょっと大変素晴らしい栄養素を摂取させていただいたものでつい本性がねオッホホホ馬鹿にしてるわけじゃ無いんだよむしろ逆で褒め称えたい気分だよンッホッホ」
自分でもビックリするくらいの気持ち悪い笑いが無意識に漏れてしまっていた。
現実が自分の
しかももう反応が完全にラガルイのラガルティハでこんなん頭おかしなるで。何「クソッ」って! 公式で言った事無い台詞なのに言った事があるように思える集団幻覚口癖じゃんかよ! 本物が言っちゃったよ! たまんねえなぁ!
しかもルイちゃんが母親に似ているとかちょっとお待ちください? 完全にそれもう母性感じてない? 年下の女の子であるルイちゃんにバブみを感じてオギャってるの? ルイちゃんのオギャリティを本能レベルで察知したって事? 天才。流石は名誉ショタ。ありがとう。
多分、いや、確実にこの時の私は超高濃度濃縮原液ラガルイを摂取したせいで、キマっていた。ラリっていたと言っても良い。脳内麻薬物質がドッパドパと分泌されている状態だ。
だから、原作改変だとか、オタク隠しとか、そういう考えは脳内から完全に吹っ飛んでしまっていた。
私はラガルティハの肩に手を置き、多分これまた気持ち悪い満面の笑みを浮かべた。
「ラガルや、真に受けなくても良いからちょいと聞いてくれ」
「な、なんだよ気持ち悪い……!」
「私はね、君みたいな卑屈で僻みっぽい性格の色々と拗らせてるいい歳した男がな、ルイちゃんみたいな年下の優しい女の子に甘やかされる構図が、三度の飯より大好きなんだ。魂に刻まれた性癖なんだよ。そこに男側の甘酸っぺぇ童貞の初恋要素が入っていたらもーたまらんわけよ」
「は?」
「そういった点で言えば、君は百点満点越えて百億点なのよ。正に理想の成人済みショタなわけよ。だから全力で君を応援する! ロリお母さんルイちゃんと成人済みショタラガルの概念おねショタラガルイサイコー!」
「は?」
「ルイちゃんに関して知りたいことがあったら何でも聞いてくれ! 知っている限りなら教える! だから頑張ってルイちゃんと仲良くなってくれ! そして私にもっと濃厚な生ラガルイを摂取させてくれ!」
「は?」
完全に心の声をダダ漏れにしてしまった結果、ラガルティハからの理解不能のまなざしを受けて、急速に理性が戻ってくる。
何言ってんだ私。本人に言うことじゃないだろこれ!
「ごめん推しカプがキマりすぎてちょっと理性トんでた。やめてそんな目で見ないで! 私はただルイちゃんとラガルがイチャつくまでいかなくてもいいから仲良くしてる所が見たいやそうじゃなくて!」
弁解にもならない言い訳虚しく、ラガルティハはドン引きした様子で私から距離を取った。
私は漫画のように崩れ落ちた。ショックすぎるとマジでこんな反応を取ってしまうだなんて知らなかったよ……。
「本当は敵意無いよってウィットに富んだ会話で伝えたかっただけなんですううううう! 推しカプキメてたせいで途中から躁ってただけなんですううううう!」
「なんだこいつ……」
「ねえちゃんはおまんをどうこうせんのは確かじゃけんど、おしかぷ? っちゅうのを前にすっと、ちいと気が狂うだけじゃ」
「推しカプが現実になった挙げ句大量摂取したらそりゃあ気も狂うわ!! いいぞもっとやれ!」
あ、駄目だこれ。本音が漏れる漏れる。止まりゃしないわ。
自爆したせいではあるが、ラガルティハのみならず、モズからもチベスナ視線を受けてしまい、私はしばらく立ち直れなさそうな心の傷を負ったのであった。
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