第2話 ライブ後
グッズ販売はライブ終了後の19時から19時30分までの間に行われる。
それが終われば、メンバーはファンと別れて控え室に戻ることになる。
私はこの時点では寂しいという感覚はない。なぜなら、まだ会場にいるからだ。
本当に寂しくなるのは、むしろ会場を出た後。
ああ、次に会えるのは一週間後かと考えると辛くなる。
また厳しい現実に戻らなくてはいけない。
どうせなら週一と言わず毎日でもライブしてくれたらいいのに……メンバーにもプライベートがあるから仕方ないけれど。
「じゃあねー」
「バイバーイ!」
「また来週会おうねー!」
メンバーがお別れを言って控え室に戻っていく。
それを私たちオタクは見送り、名残惜しくも会場を後にする。
オタク友達がいればいいのかもしれないが、私は唯一の女性ファンということもあるのか友達が一人もいない。
なのでライブの感想とか今日は誰々が可愛かったとか話すこともなく、一人寂しく現実に帰るのだ。
はあ、明日からまた仕事か……。
上司の苛立つ顔が浮かび、胸が苦しくなった。
本当ならTEKITOKIの皆に毎日毎秒会っていたいのに、現実はそうはいかない。
だからいいんだって人もいるけれど、私からしたらTEKITOKI成分がまだまだ足りないのだ。
せめて毎日会えたらなあ……。
あれだけ特別扱いしてもらっておいてなんて我が儘なんだって思うけど、友達も他に楽しみもないんだもん。
なんか自分で言ってて悲しくなってきた。
ライブ後にこんなにナイーブなオタクなんて私くらいのものなんだろうな。
なんとなく帰りの電車に乗る気にならなくて、たまたま見つけた広場に入った。
そこには綺麗な噴水と見事な純白の時計台があって、地面には花とかなんかの模様とかが彫られている普通よりも少しお洒落な感じがする場所だった。
しっかりと手入れされている芝生も、広場の景観に一役買っている。
私はそこのベンチに座り、鞄から購入したTEKITOKIグッズを出した。
TEKITOKIのメンバーがデザインしたキャラクターロゴ入りのフェイスタオル。
藍果におすすめされた、藍果の手描きキャラクターイラスト入りマグカップ。
彼女曰く、これでいつでもどこでも藍果と一緒とのことらしい。
そして最後に、メンバーのオフショット写真数枚。
本当ならチェキもほしかったのだけれど、今日はチェキの日じゃなかったので致し方ない。
「はあ……」
明日のことを考えると憂鬱だ。
もうここから離れたくないなあ……。
あれからどれくらい経ったのだろう。
気づいたらベンチで寝てしまっていたらしい。
辺りはもうすっかり暗くなっている。
時間を見ると、21時。
や、やらかした……。
慌てて立ち上がって駅に向かおうとしたところで、広場の入り口から数人の女性が歩いてくるのが見えた。
何を話しているのかは聞こえないけれど、彼女たちは楽しそうに笑っていた。
いいなあ、私にもあんな友達がいれば……。
あれ、ていうか、あれって……。
TEKITOKIじゃない?
「藍果、今日また振り付け間違えたでしょ」
「うげ……」
「だから、ちゃんと練習しなさいって言ったのに」
「ちょっと間違えただけじゃーん。明美は細かい!」
「あのねえ、その態度がよくないって言ってんの」
彼女たちが近づくにつれ、会話の内容がはっきり聞き取れるようになってきた。
間違いない。TEKITOKIだ!
でも、三人だけのようだ。
藍果と明美と……小さいのは麻都華か。
他の二人は帰り道が別なのかな?
いや、それよりもどうしよう。
彼女たちは私がいるベンチ付近に向かってきている。
このままだと、ここに私がいることがバレてしまう。
いや、別にバレてもいいのではないか?
私はベンチで休憩してただけであって、別にメンバーを待ち伏せしてたわけじゃないし。
でも、推しのプライベートに介入するのはオタクとしてどうなんだ……?
営業時間外に対応してもらうのも悪いし、ここはバレる前に立ち去るべきなのでは……?
そうだ、そうしよう。いくらなんでも贅沢すぎる。
こんなの、私だけが享受していい幸せじゃないんだ。
名残惜しいけど、ここから離れ……。
慌てて立ち去ろうとしたためか、足を挫いてその場にこけてしまった。
「わあ!」
どさっと音がして、鞄から色んなものか転がり落ちていく。
「え、なになに?」
「誰か転んだ?」
しまった、気づかれてしまった!
「大丈夫ですかー?」
「わー、いっぱい物落ちてる」
メンバーが私を心配して声をかけてきてくれた。
ああ、やっぱりプライベートでも優しいんだな……推しててよかった。
でも今はその優しさがつらい……。
私はなるべく顔バレしないように顔を腕で隠しながら、「大丈夫です」と言った。
すると。
「あれ、須野ちゃん?」
「あ! ほんとだー! 須野はドジだなー」
「こら、そんなこと言わないの。須野ちゃん大丈夫?」
すっかり暗くなったとは言え間近まで近づかれたら流石にバレたようで、私はTEKITOKIのみんなに介抱されることになってしまった。
「いつもここは通ってるんだけどねー、今日は須野ちゃんがいたからびっくりしたよ」
明美が笑ってくれた。
こんな間近で彼女の笑顔を見られるなんて……他のファンが知ったらどうなるだろ。
でも、暗くて助かった。明るかったらまともに顔すら見れないと思うから。
「いや、私もびっくり……まさか帰り道だったなんて」
「さては藍果たちのことストーカーしてたなー!?」
「えっ!? そ、そんなことは……」
「そんなわけないでしょ。でも須野ちゃんはなんでこんなところにいたの?」
麻都華が疑問をぶつけてきた。
そりゃそうだよね。こんな時間に一人でこんなところにいたら怪しいもん。
「なんとなく帰りたくなくて……」
「あ、分かる。明日からまた仕事かーって思うと辛いよね」
「そ、そうなの!」
明美はアイドルでありながら社会人として働いているので、共感してもらえたみたいだ。
「須野ってなんの仕事してるのー?」
「OLだよ」
「OLってなにするんだ?」
「まあサラリーマンみたいなものかな」
「へー! 営業とか?」
「いや、事務職。営業とか無理だし」
対人恐怖症気味の私に営業なんて務まるわけがない。
職場でも浮いてて暗い人って思われてるのに。
「どしたの、元気ないじゃん」
麻都華が気遣ってくれた。
ああ、だめだな……推しに気を遣わせるなんて。
「須野病み期かー?」
「藍果、オブラートオブラート」
これ以上推したちに気を遣わせるわけにはいかない。
「大丈夫! TEKITOKIのみんなからパワーもらってるから!」
だから、私はガッツポーズして言った。
「ふふ、また来週も来てね」
「もちろん行くよ。這ってでも行く」
「すごい執念だ……」
明美と私のやり取りを聞いた麻都華が感心(?)した。
「あ、そうだ。この後私らご飯食べに行くんだけど須野ちゃんもどう?」
明美の言葉に私は耳を疑った。
どうってどういうこと?
まさかとは思うけど、ご飯に誘われた?
「え、それってどういう……」
「一緒にご飯食べにいかない?」
脳が思考停止した。
推しとご飯なんて、そんなの聞いたことがない。
ファンクラブ会員にもそんなサービスはないぞ。
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