神様の生贄になるはずが神様を生贄にしてしまいました
熊
第一部
一章前編『星映る序奏は空に在らず』
第1話 生贄は嫌だァあああああ!!!!
「今回の神への生贄はお前だハイリ」
そう言ったのは、いきなり縄を片手に屋根裏の俺の部屋へと押し入って来た祖父だった。なので、俺は家族としての親愛を込めて言葉を返す。
「寝言は寝て死ね、クソ爺」
さてはこのド田舎の娯楽のなさに当てられて、耄碌し切ってしまったなこの爺。……と思ったが、目の前の爺はいつもよりも三割増しの殺気を発している。くそ、今度こそ本当に殺しに来やがったな……!!
「わしも反対したんじゃ……わしとしても愛するひ孫が殺されてしまうなんて悲しゅうて悲しゅうて……」
「とか言いながらとっ捕まえる用の繩を片手に近づいてくるんじゃねぇ!!」
小賢しくも涙を流すふりをするクソ爺であるが、家族としてその程度のウソ泣きは見抜けて当然。もちろん、俺が選ぶ選択は逃走一択だ。
「あ、逃げるんじゃないハイリィ! 貴様みたいな恥さらし、わしがぶっ殺してやりたいくらいに決まってんだろ神様に感謝しろやぁ!!!」
神の生贄に選ばれた――とは、いったいいつの時代の風習だよと思うが、生憎とこの世界に神様はいる。いるにはいるが……生贄なんて、時代遅れの悪習をいつまでこの村は続けるのか。
この村では、五年に一度、村の若者を生贄としてささげているのだ。そんなことをしてるから若い村人から村を離れていき、過疎化の進んだこの田舎に
いや、何時かこうなることぐらいわかっていた。だから、今日までにいろいろと準備してきたのだ――
「捕まえられるもんなら捕まえて見ろやぁ!!!」
「クソ孫がぁあああ!!」
とりあえずここで捕まってしまっては元も子もないため、数々のトラップを仕掛けた森を目指して俺は逃げだした。屋根裏の部屋から窓を突き破り、三階建ての高さを落下して、土に塗れながらも無傷で着地する。
そして背後から聞こえてくるクソ爺の怒声を耳にして、後ろを振り返った。
「まてやゴラァ!!」
「誰が殺されてやるかよばぁーか! 悔しいなら巨乳美人でも連れてくるんだなぁ、ジジババしかいないこんなド田舎にそんなもんがいればの話だがよォ!!」
「痛い所を突きやがったな貴様ァ! こんな潤いも何もない集落でこちとら80年も生きてんだぞ、老害を嘗めるなよォォ!!!」
男として生まれたからには、女を抱かずして死ぬことなんてできない。俺の息子ケビンもそう言っていることだし、ここは鬼の形相で追いかけてくるクソ爺に向けて中指を立てておくとしよう。
「クソ爺、お前が死ね!」
太陽照らす山林のド田舎に、渾身の敬老精神が響き渡った。
とまあ、逃げたはいいけれど、日が暮れるころに俺はあっけなく掴まってしまった。
理由は明白、村の神様に捧げる生贄に俺が選ばれたということは、それは村の総意ということ。つまり、この鬼ごっこを逃げ切るうえで、村人全員が俺の敵だったという話である。
しかもこの田舎に蔓延る老害たちは無駄に強いのだ。どれぐらい強いのかといえば、泳いでる魚を素手で捕まえ、飛んでる鳥に石あてられるぐらいには。なんだよそれ、逃げ切れねぇじゃん。
結果、
そうして捕まった俺は、縄でぐるぐる巻きにされる。気分は芋虫。しかし、羽化したところで何も変わらない。
いやじゃいやじゃ死にとうない。まだ俺、十八年しか生きてないよおじいちゃん。俺、貴方の愛孫だと思うんですけど? ほら、ハイリって名前もおじいちゃんが付けたって聞いてるんですけど。
「観念しろクソ孫。神の掟が無ければ、貴様のような奴はわしがなぶり殺しとった」
「やだバイオレンス……」
どうやら神の掟によって俺は今の今まで一命をとりとめていたらしい。しかし、一体どうして俺はなぶり殺しにされなければいけないのだろうか。
はて、家の井戸の前に落とし穴に槍でも設置したのが原因か、それとも家の中にブービートラップを張り巡らせたのが問題だったのか。クソ爺を呪い殺すために邪神降臨の儀式に手を出してた(失敗した)ことは流石にバレてはいないはず……。
いやいや、仕方ないだろう。だってこのクソ爺殺さないと、俺は自由になれないし。現に、今こうやって神様に生贄として突き出されそうになっているわけだし。
「さ、ついたぞ」
「まじで生贄にする気かよこいつら!!」
そうしているうちに、俺は村の一番奥にある生贄の祭壇に連れてこられてしまった。山の奥地にある村の更に奥地にある、鬼の角のように屹立した二本の大岩の麓。
クソ爺にこの聖域のことを教わったのは、一体何年前のことだったか。まさか、次に来るときには生贄にされるなど、当時の俺は考えていなかったことだろう。
「では、皆のもの。儀式を執り行うぞ」
夕日が落ち、月が空へと昇ると同時に儀式は始まった。大岩の前にある台座の上に俺の体は投げ出される。最後の抵抗に体をのたうち回らせてみるが、周囲の景色が見えるだけだった。
ぼんやりと光るたいまつに囲まれて、村に蔓延る老害共が十何人か参列している。祭司となる爺以外の全員が真っ白なマスクを付け、手に剣や矛をもって神へと祈りを捧げている。
どう見たって、邪神を崇め奉るカルトである。
ちなみに、この村が奉る神様は邪神ではなくれっきとした武神らしい。名前は忘れたが、北に南にとあらゆる戦争を駆けずり回って戦功をあげまくった怪物なのだとか。
そんな武神が、外敵から村を守ってくれたりするそうで、村のジジババ共が妙に強いのもこの武神のせいなのだろう。
神に祈れば、神が力を与えてくれる。
それが、曲がりなりにもこの世界のルールなんだから。だからって、今時生贄を要求する神様とか無いわ普通。
「いやだー! 死にたくなーい! 死にたくなぁぁぁい!!」
「黙れクソ孫!」
「いやぁああああ!!」
ふっざけんなよクソ爺! 女も抱かずに死ねるかよ! 巨乳の嫁が俺は欲しいんだよぉおおおお!!
「では、生贄を捧げよう」
儀式の締めを告げたクソ爺が、ひと際飾り立てられた短剣を片手に台座に転がる俺へと近づいてくる。きっと、あの短剣が俺の胸を貫いて、この体は神へと捧げられるのだろう。
万事休す。身動きのできない俺に迫る短剣を避ける術なんてないわけで、あとはもう野となれ山となれ――なんてできるかよ!!
「死にたくなぁああああああああああい!!!」
「ええい、往生際が悪い!!」
そりゃそうだ、命がかかってるんだから往生際なんていくらでも悪くしてやるよこんちくしょう!!
「おい、こいつを押さえろ!」
「嫌だ、嫌だ、嫌だぁあああああああ!!!」
暴れる俺を覆面の老人たちが抑え込む。そうして動きを無理矢理止めさせられた俺へと、短剣は振り下ろされた。
月明かりを反射して煌めく短剣が、胸に深く突き刺さる――なんてな。
「かかったなぁアホがァッ!!」
「なぁ……!?」
しかし、俺の胸に突き立てられた短剣は、肉に食い込む前に半ばからぽっきりと折れてしまった。
やってやったぜこんちくしょう!!
村から逃げられないなんてわかってるんだよこっちはな! だから俺は先手を取って、逃げ回ってるときに村の倉庫に侵入して、使われそうな短剣を片っ端から折れやすいように細工しといたんだよ! 儀式ってんなら、専用の道具が必要なのはクソ爺を呪い殺そうとした時に学んだからな! 俺を探すために守りを薄くしたのがあだとなったなぁはっはァ!!
「き、貴様ぁ……!」
「どうよ見たかこの手腕!」
すかさず折れた短剣の切っ先を口でキャッチしてうまいことロープを切った俺は、こちらを睨むクソ爺を台座の上から見下ろした。
代用の短剣もすべて細工済み。儀式の再開なんてさせねぇよ!
勝ちを確信した俺は、そのまま勝利の雄たけびを――
『うぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!』
「……へ?」
その時、俺の背後からとんでもない音が聞こえて来た。耳を塞ぎたくなるような大音声。大気が震え、木々が次々倒れていくほどのその音は、10秒20秒と収まることなく鳴り続ける。
「な、なんだよこれ……」
ただ音が響いてるだけだってのに、頭が割れそうだ。くそ、ここから離れて――
「っ……クソ爺……」
逃げ出そうとしたとき、俺は足元にクソ爺が倒れていることに気づいた。意識はないらしくぐったりとしていて、クソ爺の周りには俺を抑え込んでいた覆面老害共も転がっていた。
ハハッ、いい気味だぜ。俺を殺そうとした罰だ。
せいぜいそこで寝っ転がってるんだな――
「ああクソ重てぇなこの爺共は!!」
片手に三人、背負って四人、服を紐代わりにしたものを口にくわえて更に三人。俺の体は、いつの間にか倒れていた老害共全員の体をもって、この場から逃げ出していた。
そりゃ当たり前だろ! さっきまで俺のこと殺そうとしてきやがったけど、木とかなぎ倒されるような災害の中で見捨てられるわけねぇじゃん!
ああしかし重てぇなこいつら! 鉄でできてんじゃねの!? 足腰痛がるような老人に見えねぇんだけど!
「くっ……そがぁ……!!!」
歯を食いしばって一歩。また一歩と歩く。だけど、頭が痛い。後ろから聞こえてくるバケモンの叫び声みたいなあの音から離れていってるはずなのに、頭の痛みはどんどんと酷くなっていく。
それでも歩いて、少しでも音から遠くに。
いつしか、山奥を抜けて村に出ていたが、まだ音は聞こえてくる。
ああ、もう! 何だよこの音! 何が――
「……あ?」
その時、目の前に人が立っていた。女だ。俺でも立っているのがやっとだってのに、その女は平然と立って俺の方を見ている。
ふむ、素晴らしいおっぱいだ――じゃなくて!
「何もんだ、お前……」
伊達にこの村は閉鎖集落じゃない。よそ者がいればすぐにわかる。こんなおっぱい、見たことがない。
見知らぬ女は、こちらを指差して言う。
「まさか、そんなことがあるなんて。つくづく、運命というモノは複雑に絡みあっているものね」
運命? 俺としてはあなた様のような素敵なお胸様に出会えたこの運命を祝いたいものだが。
「そんじゃま、これから頑張ってね。意図していないとはいえ、神を生贄にしたんだ。相応の人生を覚悟しなよ」
「な……どういうことだ……よ…………」
ああ、だめだ。流石に意識が朦朧としてきた。村まで爺共運んでくるのだって楽じゃねぇんだよマジで……。
夜の闇を切り裂くような大音声は未だ鳴り響き、謎の女は俺を品定めするようにこちらを見つめている。しかし、俺の体力は既に限界を迎え、意識は暗がりへ落ちていく。
「歓迎はしておくよ、新人」
意識が途切れる最後の瞬間に聞こえてきた言葉の意味を、俺は理解できなかった。
☆
「はっ!?」
目が覚めた。と、同時に俺はあたりを確認する。
空を見てみれば澄み渡る青空が広がっていて、意識を失った時から少なくとも半日も経ったことが確定した。
一体何時間意識を失っていたんだと文句を言いたくなる。とはいえ、儀式の生贄として殺されかけていた手前、命があっただけありがたいと考えるべきか。
さて、それじゃあ俺を殺そうとしてくれた老害たちに復讐でも――ん?
「……なんで縛られてんだ、俺」
儀式の際に簀巻きにされていたせいか、俺は自分が拘束されていることに気づくのが遅れた。それどころか、周囲の景色がおかしいことにさえ気づいていなかった。
ここどこだよ。
おかしい。故郷であるあのくそ田舎は山奥の森の中にあったはずなのに、見渡す限りの草原の中に俺は居た。
訳が分からないが、これがあのクソ爺たちの仕業であることは、地面に突き立った木に肩から胴体まで腕を巻き込んできっちり縛り付けていることから明白だ。まるで罪人のような扱いだ。不当過ぎる。
くっ、まずは状況を理解するために、この拘束から抜け出さねば。
そう思って身をよじるが、一向に繩が緩む気配はない。この拘束の硬さ、間違いなくあのくそ爺の仕業だ。
その時、ひらりと足元に一枚の紙きれが落ちた。どうやら、縄の間に仕込まれていたものらしく、俺が逃げようと足掻いたときに落ちるように仕掛けられていたらしいその紙には、こう書かれていた。
『あばよクソ孫。お前みたいな恥さらしは村から追放してやる。命があるだけありがたいと思え』
ほうほう。どうやら俺は追放されてしまったらしい。
なるほどなるほど……。
「ふざけんなぁああああああああ!!!」
この18年間苦労して集めたマル秘スケベ本コレクションが失われた悲しみを、俺はどこまでも広がる大自然へと叫ぶのだった。
――to be continued
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