四章 急かす鼓動に彼女は走る
第21話
我が校で大人気の王子様がスカートを履き始めた。
この文面だけ見れば「なんじゃそりゃ! いや、でも時代柄あり得る話で……」と思考が沼にはまっていくのだが。
王子様と言っても彼は“彼女”であり、つまるところ“女の子”なわけで。
とはいえ、ずっとズボンだった彼女が急に露出の多いスカートを履いたとなると、校内はテレビの取材でも入ったのかと思うほどに騒然としていた。
「あの王子様がスカート履いてるぞ!」
「王子様がスカート……でも似合う! ってか似合う! エグい似合う!!!」
「それでもカッコイイって何⁉ どういうこと⁉」
「どっちもいけるってなんだよ! 両利きみたいなもんじゃんかぁ!」
「……それ違くね?」
今は二時間目と三時間目の間にもかかわらず、噂を聞きつけた学校中の生徒たちが教室に集い、圧倒的なオーラを放つ彼女を外から見物していた。
俺は一人、誇らしげに腕と足を組んで呟く。
「ほらな」
「何がほらなだ」
隣で玲央が呆れたようにツッコむ。
「俺はずっと言ってたんだよ。そしたらこれだ。な? 言ったろ?」
「古参ヅラ腹立つな……」
「それにしてもすっげーな王子様! 芸能人みたいだ!」
玲央の隣ではしゃぐ壮馬。
「……どや」
「そのスタンスやめろ!」
実に鼻が高い。
伸びてしょうがない。
さて、自分のことを見られ話されている当の本人はというと……。
「もうこの注目度は客寄せパンダより上だよ上! カオンカオンだ!!!」
「パンダ風の名前つけてる⁉」
「……はっ! なんか香子使って事業起こせる気がしてきた! これで私もスタートアップ!!!」
「私でお金儲けしようとしないでくれる⁉ 友達だよね⁉」
「パンダ、動物園……はっ! 香子の展示……!!!」
「愛佳さん⁉」
遠坂というより、その周りの宇佐美の方が大慌てしているように見える。
「強すぎる力は人を狂わせるんだな……」
「宇佐美すでに狂ってる判定なのかよ」
「お陀仏……」
「勝手に殺すな!」
今日も今日とてキレのいい玲央のツッコみが炸裂。
俺たちは至って平常運転だ。
「それにしても、なんで今更スカート履き始めたんだろうなー!」
「暑いからとかじゃないか? 最近は湿度も高くなってるし」
「うーん……それだと面白くないしオッズも低い」
「オッズって」
呆れたように玲央が呟くと、壮馬が「あ!」と顔を明るくさせて手を上げた。
「もしかして恋とか⁉」
壮馬が言った——その瞬間。
辺り一面がシンと静かになり、壮馬の言葉がはっきりと響き渡った。
そして全員が言葉を飲み込むより少し早く。
「へ⁉」
遠坂の素っ頓狂な声が発せられ、
「「「「「「えぇーーーーーーーーー!!!!!」」」」」」
後を追うように周りの全生徒たちの声が校舎を揺らす。
「嘘だろ⁉ あの王子様が恋⁉」
「でも確かにそうだ! スカートを履くという思い切った行動にはそれくらいの動機がいる!」
「号外だ! 街に号外を出せ!!!」
「王子様が恋とか、もはや二刀流みたいなもんじゃんかぁ!」
「なんでも例えんじゃねぇよヘタクソォッ!!!」
周囲の反応に遠坂はみるみるうちに顔を真っ赤にさせ、慌てて首を横に振る。
「いやいや違うから! そういうことじゃないから!」
しかし一度上がってしまった観衆の熱はなかなか下がらない。
さらに慌てた遠坂は、叫びに近い大きな声で必死に言い放つのだった。
「ほんと、ただ暑かっただけだからーっ!!!」
遠坂の声は、やがて騒音にかき消される。
これは遠坂にとって大変なことになったなぁと傍から見ていると、遠坂がなぜか俺の方をちらりと見て「むっ!」と睨んできた。
すぐに視線を元に戻すと、再び弁明を始める。
実に一生懸命な遠坂を横目に、俺はふぅと息を吐いた。
……え、俺のせいじゃなくない?
時間は流れ、昼休み。
「あれ? 王子様どこ行った⁉」
「わかんない! いつの間にいなくなってた!」
「探せ! やみつきになっちまってんだよ俺は!」
ドタドタと廊下をかけていく生徒たち。
遠坂を探しているようだが、教室にはいないようだ。
それもそのはず。
四時間目が終わってすぐに宇佐美が遠坂をどこかに逃がしていたので、いるはずがない。
宇佐美が無理矢理逃すということは、普段から多くの視線にさらされている遠坂と言えどよほど疲れていたんだろう。
なんてことを考えながら歩いていると、正面に見知った人物の顔が見えた。
「あ、藤田くん」
相変わらず小動物感のある相田さんが俺の前で立ち止まる。
相田さんとこうして話すのは、校外学習以来だ。
「こないだはごめん。行けなくて」
「い、いいよいいよ! 全然気にしてないから! うん、大丈夫!」
「そっか」
「だから藤田くんも、気にしないでね」
気にしないで、という言葉が胸の奥で引っ掛かる。
何かほかにも言葉を尽くそうと思った。
でもどれも蛇足になる気がして、俺がこれ以上言えることはなかった。
それから軽い雑談をして、俺と相田さんは別れた。
コンビニの袋を持ちながら、あの場所に向かって足を進める。
外に出て人気の少ないところをどんどん進んでいくと、そこにはすでに先客がいた。
というか、実はいるんじゃないかと思っていた。
「よ、話題の人」
「わっ! なんだ、藤田くんか」
俺だとわかると、ほっと胸を撫でおろす遠坂。
ほんのり日が差したブロックに腰を掛け、ちびっと弁当をつついている。
「藤田くんは何しに来たの?」
「俺も避難してきたんだよ。うちの教室は今や人口密度鬼高だから。それに、今日は久しぶりに晴れてるから外出ないともったいない」
「あはは、そっか。じゃあ私と同じだね」
遠坂は小さく微笑みながら、自分の隣を叩く。
「じゃあ同じ者同士、一緒に食べようよ」
「いいな、それ」
お言葉に甘え、ぬかるんだ地面に気を付けながら遠坂の隣に腰を掛ける。
「ごめんね、こんなことになっちゃって」
「なんで遠坂が謝ってんだよ。遠坂は別に悪くないだろ? というかむしろ善行だよ。みんな笑顔だし」
「み、みんな笑顔なんだ」
「当たり前だろ? だって——」
「ちょっと待って! ……あの、さ」
「ん?」
遠坂が弁当をブロックに置き、立ち上がる。
そして俺の前に面と向かう形で立つと、ぽつりと言葉をこぼし始めた。
「藤田くんには、ちゃんと見てほしいの。その、色々あれだし……だ、だからっ!」
「どう、でしょうか」
遠坂が首を傾げ、ひざ元にあるスカートを上品に広げて見せる。
頬にじんわりと広がる朱色。遠坂の視線は定まらず、俺をちらちらと見てはその色を濃くしていた。
風が吹き、スカートがふわりと膨らみ靡く。
俺は思わず言葉を失った。
「ふ、藤田くん?」
照れながら心配そうに俺の顔を覗き込んでくる遠坂。
やがて感情が喉元に迫り上がってくるのを感じ、我に帰る。
いろんな言葉が浮かんでいた。
しかし、この言葉が一番だと前から決まっていて、でも少し違う色のついたそれを口にした。
「可愛いと思う。ほんとに、可愛い」
「っ!!!」
食らったように遠坂が後退りする。
——その瞬間。
「あっ!」
ぬかるんだ地面に足を滑らせ、体勢が崩れる。
「遠坂っ!」
俺は慌てて立ち上がり、咄嗟に遠坂の手を握った。
俺を支えに右足で踏ん張り、何とか転ぶのを避けられた遠坂。
「あ、ありがとう藤田くん」
「転ばなくてよかったよ。だって、せっかくのスカート姿が泥まみれなんて勿体無いからな」
「ふふっ、何それ」
クスッと笑う遠坂。
その笑顔が、まだ見慣れないけど凄まじく似合うスカート姿と相まって最高に可愛かった。
でもこれは自分の中に留めたいような気がして。
この遠坂を今は俺が独り占めしているんだと、まるで世界を獲ったかのような優越感に浸りながら、心の中だけで呟くのだった。
昼食を取り終わり、ゆっくりと空を眺めていると予鈴が校舎から聞こえてきた。
「もう終わりかー。早かったなぁ」
「どうする? このままサボっちゃうか?」
「ダメだよ。授業は真面目に出ないと」
「ま、その通りで」
遠坂に釘を刺されつつ、コンビニの袋を右手で持って立ち上がる。
すると遠坂が俺の袖を摘んだ。
「遠坂?」
「まっ……また転んだら危ないからさ、袖貸してくれない?」
視線を外しながら遠坂が言う。
「ダメだな」
「えっ、あ、そっか……」
遠坂が弱々しく袖から手を離す。
俺はすぐに手の平を遠坂の顔の前で広げた。
「袖じゃなくて手の方がいいだろ?」
俺が言うと、遠坂がパッと顔を上げる。
驚いたように小さく口を開き、やがて優しく微笑むと俺の手を取った。
「藤田くんってほんと、男の子だね」
呟くと、弁当箱を持って立ち上がった。
手を繋ぎ、ぬかるんだ地面を越えていく。
たくさんの水分を抱えていそうな雲が、頭上に浮かんでいた。
もう一度、生ぬるくも心地いい風が吹いてくる。
ひらりと揺れるスカートは、やはり彼女によく似合って可愛かった。
――あとがき――
第四章始まりましたが、ここでお知らせです!
第四章から更新が毎週水曜日と土曜日になります!
ぜひお楽しみに!
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