第19話 妖精が視えるのですが、何か!?
私たちは下の階へ下りて、モーリィが洗ってくれたレイの服を受け取った。
洗って干してくれたけど、さすがにこの短時間では、まだ湿っていた。
これくらい大丈夫と、レイは呪文を呟いて、パチンと指を鳴らした。
ふわふわっと風が起こってシャツが膨らむと、もうシャツは乾いていた。
「わ、魔法って便利だね!」
この世界でも、みんなが魔法を使えるわけではないって言ってたから、モーリィは使えないのかもしれない。
「小さな風を起こしただけだ。俺は、こんな簡単な魔法しか使えないけどね」
彼は笑ってそう言ったけど、それは嘘だなって、直感で思った。
きっと彼は、もっと強い魔法が使えるのだろう。なんとなくだけど、そう思う。
そのとき、すぐ目の前の木のテーブルの上に、緑の上着と緑のパンツ、そして緑のとんがり帽子をかぶった妖精が、ちょこんと腰掛けていて、私を見てクスクス笑っているのが視えた。
「もしかして、いまの風はあなたが手伝っていたの?」
妖精が手を口に当てると、再びクスクス笑ってどこかへ飛んで行ってしまった。
私がそれを目で追っていると
「視えるのか?」
と、レイが息をのむように驚いた顔をして、小声で言ってきた。
とても真剣な顔をしている。
同じ部屋の少し離れたところで、作業をしているモーリィに聞こえたらマズイのだろうか。
「妖精のこと?」
私が小声で聞き直すと、レイはすっと唇に人差し指を立てる。
内緒なんだ……彼は、少し怖い顔をしている。
妖精が視えるって、良くないことなの?
その後、レイは話を切り替えるように顔をあげて、モーリィへにこやかに明るい声をかける。
「おばさん、また来るよ!」
「ああ。今度はじいさんがいるときに来なよ」
「そうする」
「あんまり無理するんじゃないよ」
レイは一拍おいて、大丈夫だよって笑って言った。
帰り際、私たちを見上げるスノウの黒いまあるい瞳がうるうるして、なんとも後ろ髪引かれて、離れがたかった。
お蔭で私はスノウの首に腕を回して、ぎゅう~っと抱きしめると、しばらく離れることが出来なかった。
「すのぉ~~~。ふえ~~~ん……」
「ほら、行くぞ。また会いに来ればいいじゃないか」
レイがそんなことを言ったけど、だって私は自分の世界に帰ったら、もう来れないもん。
それに、レイだってスノウの頭撫でて、何度目かの「またな」て言いながら、離れ難そうにしてるよ?
スノウは座ったまま尻尾をぶんぶんと振って、答えていた。
別れを散々惜しんだ私たちは、家の前に座ったスノウに見送られながら、先程登ってきたゆるやかな坂道を今度は下っていく。
坂を少し下ったところで、レイが言った。
「ところで、妖精が視えるって本当か?」
「えっと……、うん」
「いつから?それが視えるのは、いつからだ?」
真剣な声音だ。
別にこの世界には見える人がいるって、エリザが言っていたから、おかしなことはないよね。
「……?子供の頃から……だけど」
レイの表情があまりに真剣だから、視えるのは良くないのかと感じて、自信がなくなってきた。声も自然と小さくなっていく。
私が視えるのは、良くないことなの?
「子供の頃?……あんたの世界にいるときにも視える、ってことか?」
「え、うん。大人になるにつれて、いつのまにか視えなくなっていって。でも、ここに来てからまた視え始めたけど」
「なんで……」
「……?…この世界では、視える人もいるんでしょ?エリザが言ってたけど」
「エリザ?……あんたの同僚の子か」
あ、エリザのこと、知ってるのかな。
レイは顎に手をあてて、何か考え込んでるようだった。
しばらく沈黙のあと、彼は深く息を吐くと、慎重に言葉を選ぶように言った。
「この国で視える者は、何かしら力を持っている場合が多い。だけど、あんたはここの者ではないのに、こんなことってあるのか?不思議だ……。もしかして、あんたの両親って、この国の者だったりするのか?」
「ううん、そんなことは聞いたことないよ。ママもパパも」
「いま二人は?」
「……もう、いないわ。パパは子供の頃、事故で。ママも昨年、病気で亡くなって、家族はいまは私一人」
レイは立ち止まって、私のほうを見る。そして、そうか……と小さく呟いた。
「ごく稀に、別の世界の者の中にも、見ることのできる者が存在することがある、とは書物で読んだことがある。だが、それもずいぶん昔の事だと。その場合、特殊能力の有無はわからないが」
「ええ!?私は、何も特殊な力なんて、持ってないよ。ほんとに普通すぎるくらい普通だよ」
「……普通すぎる?」
ん?そこ?
「魔法はもちろん使えなし、特殊な力も何もないし、ほんと別に、自慢できることも、なんの取り柄もない子だよ」
「………………………」
そう、考えたら、ほんと何もない……
派遣の仕事も終了して、これだって言える趣味もない。
そこそこにスマホでゲームしたり、推しはいるけど、全身全霊で打ち込んでいる訳ではないし、他に夢中になっているものもない。
もちろん、現実の恋愛もない。
………………。
あれ?ほんと。
私って何もないのかも……
残念な感じになってる?……
変哲のない毎日に流されてるのかな……
なんか、ちょっと、切なくなってきた……
家々が並ぶ辺りに入る前に、レイは立ち止まった。
「この世界でも妖精が視える者は、そう多くはない。少ないうえに、そういった者は、何か特殊な能力を持っているか、強い魔法が使える者が多い。もちろん、必ず力を持っているとは限らないが、やはり視えると言えば、そういう目で見られてしまうし、嫌でも目立つ。悪いことを考える奴らに、利用され悪用されることもあるんだ。だから、異世界から来たあんたが視えるともなれば、なおさら危険に巻き込まれるかも知れない」
そんなふうに考えてなかった。
だって、二週間ほどで元の世界に帰っちゃうし、妖精が再び視えるようになって、楽しいとすら感じていたのに。
どうしよう……
まっすぐに私を見るレイと視線が合う。深いコバルトブルーの瞳が、静かに私を見ている。
この世界で私が知っている人は数少ない。
その中で、本当に信頼できる人は誰だろう。
レイは?
信用していいの?
でも、この世界へ来るとき、穴に吸い込まれたときから、私を助けてくれたのは、いま目の前にいる彼だった。
傾いた陽がオレンジに彼を縁取る。ほんとに綺麗な
彼は私のこと、本当に心配してくれてる。そう思いたかった。
「あんたがなぜ視えるのかは解らない。残念ながら俺は、勉強はそこそこなんだ。癪だけど、ルーセルなら何かわかるかも知れないから、あいつに一度聞いてみよう。だから、あんたは妖精が視えることは、あまり
「……わかった」
そのあと妖精の中にも、人に好意的な妖精、イタズラ好きな妖精、悪い妖精、いろんなタイプの妖精がいるから、気をつけなければいけないということ。
魔法にも、呪文を唱え自らの魔力を使うものもあれば、妖精の力を借りることもあって、妖精使いと言われる人もいるということ。
レイの場合は、自らの魔力で魔法を使うことと、さっきシャツを乾かしたときのように、妖精が視える力を使って彼らと会話をして、妖精の力を借りることもできるらしい。
妖精と魔法について、レイにいろいろなことを教えてもらいながら、家路についた。
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