第14話 夜の庭で泣いてもいいですか?

レイの前から逃げ出したあと、どこをどう走ったのか、私は、ほぼ初めてのお城で迷子になっていた。

八つ当たりしたあげく、迷子……サイテーだわ、私。かっこ悪い。


城の中を、やみくもにうろつくのは人の目も気になるし、新人メイドは不審者と思われるとか、セキュリティ的にダメだろうと思って、とりあえず庭に出てきたけど、途方に暮れて噴水の縁に腰掛けた。


夜の静けさの中に、噴水の水の音だけが響く。

これからどうしよう……。

結局、私にはレイの家しか行くところがないのに、今更、レイに一緒に帰りましょう、なんて言いづらい。

前に投げ出した自分の足先をぼんやりと見る。


「こんなところにいたのですか?ミツキ」


いきなり声がして、驚いて顔をあげた。

少し離れたところに、優しく微笑むルーセルが立っていた。

全然気配とか、何も感じなかった。驚く私の傍に、彼は優雅に歩いてくる。


「ルーセル……」


「お隣に座っても?」

彼は柔らかく笑って、わずかに小首をかしげる。

彼の周りの空気が優しくて穏やかで、不思議と緊張することもなく、私は素直に「はい」と頷いていた。


「ありがとう」

ふわりと空気が動いて、隣りにルーセルが座る。


「ミツキはいい人ですね」

「え?全然そんなことないです。さっきもレイに八つ当たりしちゃいました」

「でも、そう言うってことは、今は反省してるってことでしょう?」

ルーセルの言葉に思わず顔をあげて、彼を見る。

紫の瞳が濡れたように綺麗だ。

とても優しそうな。なんだか落ち着く。


私は視線を自分の足先に戻す。

「だって……、レイに言ってもどうしようも出来ない事なのに、ひどい言い方してしまって」

「ん?」

「どうして、聖女様じゃない私が、ここに来ちゃったのかな。私には聖女様の代わりなんて、出来ないのに……」


「ねえ、ミツキ。ここからは宰相としてではなく、僕個人としての意見なんだけど。キミは確かに聖女じゃない、でも、キミがここに来たのは、何か意味があると思うよ」

「え?私が来た意味?」


思いもよらぬ言葉に、俯いていた顔をあげて、もう一度ルーセルの顔を見る。

彼は、まっすぐに私を見て言葉を続けた。


「ああ。キミにしか出来ないことが、何かあるはずだよ。だって、現にこうして、僕たちは出会って、お互いの時間が流れ始めたじゃないか。キミはこの世界へ来た、それが証拠だよ」

「ルーセル……」


何も特別な力も持っていない私に、大したことが出来るとは思えないけど、友達が励ましてくれるように、寄り添って言ってくれたことが嬉しかった。


「なんか……ありがとう。元気が出た気がする」

自然と笑みが出た。すると、ルーセルが大きな手で私の頭をぽんぽんと撫でた。

「っ!!」


「な、なに!?」

「ミツキは、ほんといい子だね」

「はい!?」

恥ずかしくて、頭ぽんぽんの手から逃れて立ち上がる。


「ミツキはここに来てから、どうして自分なんかが来てしまったのだろう、って、自分ばかり悪いように責めてるけど。優しいんだね」

ルーセルはいったん言葉を切って、長い脚を組んだ。


「でもさ、そもそもこの国の僕たちが召喚などしたりしなければ?

いきなり穴に引きずり込まれて、二週間この国に過ごしてくださいなんて、僕たちの勝手なのに、キミはちっとも責めることもしない。

ほんとはもっと泣いて、怒って、わがまま言ってもいいんだよ」


「ミツキは受け入れるだけ?不満はないの?」

「不満?」

「だって、キミはこの国の、僕たちの問題に巻き込まれた、とも言えるよね。

ほんとは、聖女の代わりに、こんなとこ来たくなかった。そうは思わない?」

「あ……」


正直思うけど、言ってはいけないと思うから、言わないだけ。

ルーセルはくすっと笑った。

「ほら、やっぱり優しい」

そして、彼も立ち上がると、私と向き合って立った。


「ねえ、僕たちはもう出会ったんだ。僕はキミを仲間だと思ってる。だから、一人で抱え込まなくていいんだ。辛いときは辛いって言えばいいし、一人で泣くこともない」


私より頭ひとつ分以上、背の高い彼を見上げる。


「ミツキは一人で頑張り屋さんだ。でも頑張りすぎず、ときには周りのものに甘えるのも、いいと思うよ。少なくとも、僕はそう思う」

「……ルーセル」


彼の優しい微笑みが滲んでいく。

せっかく泣き止んでいたのに。彼の優しい言葉のせいだ。


「ほら。貸してあげるよ」

彼が笑って腕を広げる。

思い切って彼の胸の中に飛び込んだら、もう涙が止まらなかった。

「思いっきり泣いてみるといいよ。きっと、すっきりするから」


優しくて甘い声が耳に入ってくるから、余計に泣けてきて、私は今まで溜まっていたものを全部吐き出すように、わんわん泣いてしまった。


ほんとは、私も女神様の代わりになんて来たくなかった

力もなくて、何も出来ないのに来てしまって、ほんとは辛いし嫌だ


……って。


そう言って、まるで子どものように泣く私の背中を、ルーセルはとんとんと優しくあやすように叩いてくれた。


どれくらいそうしていたのだろう。

いい加減、身体の中に溜まっていたものを、全部吐き出してしまったように思う。

もう涙もなくなった気がする。

私はルーセルの胸から顔を離した。


「もう、大丈夫……」

「それはよかった」

変わらず明るく優しい声だ。

「えっと、ルーセルの服、濡らしちゃったね、ごめ……」

謝ろうとしたら、ルーセルが私の口に人差し指をたてて、言葉を遮る。

「ミツキ、また謝るのは無し。これは、僕がそうして欲しかったんだし、男にとってこの涙は勲章だ」

「は?」

何を言ってるんだか、この人は……

タリアンさんが“あの口から生まれてきたような男”と言っていたのを、思い出してしまった。


いっぱい泣いてしまったから、瞼の上も腫れぼったさを感じる。

「あ、私、今ひどい顔してますよね」

俯いて、手で目の辺りを隠す。

「今夜はもうお帰り」

「え、でも」

レイは?と言おうとして、さっきひどい態度を取ってしまったのに、一緒に帰るのは気まずいかと躊躇った。


「ああ、レイは急な任務で、今夜は帰れなくなったんだ」

「え?」

「宿直でね」

「そうなんですね」

ほっとしたのと、どこか残念な気がした。

でも仕事だし仕方がないよね。朝も早かったのに、大変だな。


「あの、レイにごめんなさいって伝えてもらえますか?」

「んー、いいけど、そういう言葉は自分で言うほうがいいよ」

「あ、確かに。うん、そうします!……ルーセル、ありがとう」

「いや。すっきりしたかな?」

「うん!私がなぜ、この世界に来たのか意味があるのかは分からないけど、せっかく来たんだもの、この世界のこと、大好きになって帰る。みんなとも仲良くなりたい」

「そっか。すっきりしたみたいだね。お手伝いができたようでよかった」


「さてと、ランドルフ家には僕の家の馬車で帰るといいよ」

「え、いいの?」

「ああ、もう手配は済んでいるから。ランドルフ家にもミツキが帰ることは、先に伝えておくから、大丈夫だよ」

わ、さすがルーセル。仕事のできる人だ。

「何から何まで、ありがとう」


美月が駆けていくのを見送ったあと、ルーセルはさてと、と少し離れた木の物陰へと視線を配る。

「ほんと素直じゃないんだから、よく似てるよ、二人とも」


物陰へと近づき、声を掛ける。

「そろそろ出てきたらどうだ」


木の裏から現れたのは、レイファスだった。

「ひどい顔だな」

「うるさい」

眉間に皺を寄せ、短く息を吐く。

「気になって後をつけるくらいなら、お前が行けばよかっただろう」

「俺なんかがいっても、お前のように上手くできない」

今度はルーセルが短い息を吐いた。

「お子様だな」

「はあ?」

イラッとした顔をして、レイファスがルーセルを睨む。

「こういうことは上手く出来る出来ないじゃない。素直にお前の言葉で向き合えばいいんだ」

ついでにもう一度、お子様だと付け加えた。


「マジうるせー。たらしのお前と一緒にするな」

「気になるのに女性を一人泣かすより、ずっとマシだ。それに、俺は女たらしではない。周りの女性が俺をほっておかないだけだ」

フフンと鼻を鳴らし、斜めにレイファスを見やる。


「お前とミツキは似ている。だから放って置けないんだろう」

「……べつに、そういうわけでは」

レイファスはルーセルから視線を落とす。


いつの間にそこにいたのだろう。草の間に木々の妖精が1匹、葉の上に座って首をかしげこちらを見ている。

妖精と目が合うと、なぜ、素直にならないのか?とまるで問われているようだ。

ルーセルの言う通りだということはわかっている。


はあ……

つい、大きなため息が出る。


「もう、彼女は大丈夫だ」

ルーセルが言った。そしてレイファスの肩に右手をのせると

「あとは任せたよ。お前はお前のままで向き合えばいいと思うけどね」

そう言って、トンッと肩を叩いて背中を向けた。


2,3歩進んだところで

「ああ、そうだ。お前……今夜は城に泊まりな」

「はあっ!?」

「急な任務だ」

「なんだ、それ。初耳だが?」

「俺もついさっき初耳だ。ミツキは俺ん家の馬車でランドルフ家に送る。お前ん家にもそのように手配はしたから」

「おい、待てよ」

「お前の仏頂面と二人きりで馬車で帰るとか、気まず過ぎるだろ」

「……ん、まあ、そうかも知れんが」

「お前、明日はちょうど休みだろ?ちょうどいいじゃないか、もう一つの世界から来た彼女を街に案内してはどうかな。せっかくだしな」


「……ルーセル。……それも、初耳だ」

「あれ?そうだったかな。まあ、これはからの任務だ」

「任務の時点で、休みではないだろ」

「細かいことを言うな。じゃあ、頼んだよ」


そう言うと、彼はひらひらと手を振りながら去って行った。

一人残されたレイファスは軽くため息をつき、ふと視線を落とす。先ほど草の上に座っていた妖精と目があった。にこにこと楽しそうに笑っている。


「なあ、街の案内って、どこがいいと思う?」

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