第5話 落ちたその先は

私が眩しさに目をしばしばさせながら目を開けると、寝転がる私の目の前一面に爽やかな青空が広がっていた。


(わあ~!!なんてキレイな、あおぞらっ!!)

どこまでも突き抜けるように高く、深く、どこまでも澄んだ青い空。

その透き通る水色の中に、ふわふわの綿菓子のような白い小さな雲が2つ。


ふわん、ふわん……


まるで童話に出てきそうな、のどかな空。

こんな青空見たの、いつぶりかな……


子どもだった頃を思い出す。綺麗で、それでいて、なんだかちょっと切ない。

私は、小学生の頃の運動会の練習を思い出した。

よく晴れた秋空の下、組体操の練習で運動場に寝転びながら、ちょうどこうして空を見上げていたっけ。


そう、こんなふうに……


……ん?


…………あれ?


ちょっと待って。

そもそもなんで、私はいま、空を見上げてるの?


ようやく疑問に気づく。

なんか、おかしくない?

私は両目を勢いよくパチパチさせた。

絵本とかでよくいう、目をパチクリさせるって、きっとこんな感じだと思う。


いやいや、そんなこと暢気に思ってる場合じゃない!

早く起きろ!私の脳ミソっ!!

覚醒すべく脳内をフル活動させる。


この状況がおかしいと、私がやっと気がついた、その時

耳元で吐息混じりの低音ボイスが響いた。


「っふ、……やっと、お目覚めか?」


あとで思ったんだけど、あれは吐息などではなく、呆れ果てた溜息だったんだと思う。だけど私はこの時、想像できない状況に固まったまま、首を捻るしかなかった。


えっと……これは、夢?


「あのさぁ、いい加減どいてくれないかな。重たいんだけど」


ゆ、ゆゆ、夢じゃなかったぁーーーーーっ!!!


って情けないことに、そこまで言われてようやく気がついた!

私が寝転がる身体の下に、その低音ボイスの持ち主がいるってことっ!!


うえぇぇえぇぇぇぇぇ~~~っ!!!

なんでぇ~~~っ!!!


「ごご、ご、ごめんなさいぃぃぃ~~~っ!!!」

私は慌てて彼の身体の上からゴロリと、緑の草の上へ転がり降りた。というより、転げ落ちた。


声の主は女子に対して、結構失礼なことを言いつつも、一応紳士的にも私から退くのを待っていてくれたようだ。彼の名誉のためにも言っておく。


今度は草むらに転げ落ちたまま私は肘をついた状態で、つまりワンちゃんの伏せ状態の姿でおそるおそる隣りの声の主を見た。


「うえぇっ」

可愛げのない悲鳴ともに、私は顔面を思い切っり引きつらせた。

恐れ多いことに、私はふくろう古書店で出会った顔面偏差値高スペックな彼を、下敷きにしていた。メガネは落ちたときに失くしたのか、今はかけていなかった。メガネ越しでない素顔の美麗な破壊力は、ハンパない。


「痛っ……」

彼が腕をつき上体を起こそうとして、右肩を抑えて顔を苦痛に歪めた。

きっと私を抱きしめた格好で落下したときに私を衝撃から守ってくれたから、彼自身は受け身とれなくてそのまま地面にぶつけたんだ。

どうしよう、どこか怪我しちゃったのかな。


「あ、あの……」


きれいな眉間を寄せて、乱れた銀の前髪から見える苦痛に耐える表情は、男らしく色気があってかっこいいと、不謹慎にも見とれてしまう。

滑らかな頬から顎へのライン、すべすべの白い肌に切れ長の目、高くスッと整った鼻筋。形の良い唇。すべてが完璧。

二次元で見慣れているせいか顔のパーツを瞬時に分析してしまった自分が恥ずかしい。けれど、見慣れていると言っても、それは平面上の話。動く立体のうえに、この至近距離でこの色気は心臓に悪い。恥ずかしいことに、私は口をぽかんと開けたまま、彼に声を掛けられるまで見とれていたと思う。


「怪我は?」

「え?」

「どっか痛むとことか、ない?」


我に返った私は驚いた。だって。

あなたのほうが痛そうなのに、こんな私の心配してくれるの?

「……ない、です」

「なら、いい」


古書店で聞いてたより低めの少しぶっきらぼうな声。

薄い長袖のシャツでもなんとなくわかってしまう筋肉質の腕で支えて、やっぱり痛そうに身体を起こす彼に、慌てて問う。


「あの、大丈夫ですか?」

控えめに私が言うと、彼はチラリとこちらに視線を移した。今は眼鏡も無いからレンズ越しでなく、初めて彼と本当に視線があったような気がする。

静かなコバルトブルーの瞳。きらりと日の光が反射する。

私は口を開けて呆けた顔のまま、硬直してしまった。


はい、石になりました……。


自分に内心、バカなツッコミをする。


彼がボソッと言った。

「……大丈夫、じゃない」

え、ええっ!?どど、どうしようっ!?


「え、えっと……」

慌てふためく私とは対照に、彼は立ち上がりすごく冷静に言った。

「悪いけど、かなりマズい。俺と一緒に来てもらえるかな」

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