第4話 古書店のイケメン眼鏡男子と美少女
次の日の朝、窓から差し込む陽の光と雀の声で、私は完全に寝不足で目を覚ました
朝日が、眩しい……
昨夜は寝付けなくて、ずいぶん夜更かしをしてしまった。
派遣の仕事も昨日で終わり、今日は土曜だから早起きをしなくてもよいということもあったけど、古書店のイケメンさんにコロッケ押し付けて、店を飛び出すように逃げ帰ってしまったのは、やらかしたなぁ~と後悔していたからだ。
あれは、いい歳をした女子として、いや大人としてホントどうかと思う。
かなり恥ずかしいことをしてしまった……。
もはや恥ずかしいを通り越して、結構イタイ女だったと思う。
初対面なのに。
おじいちゃんには自分が生まれた頃からお世話になっているというのに、その親戚なんだから、もっと親切にしてあげればよかった。
押し付けられたコロッケを、彼は食べただろうか。
コロッケは間違いなく美味しいから大丈夫だろうけど。
イタイ女から渡されたコロッケはどうだろう……ちょっと、怪しすぎるよね?いや、だいぶ。
でも、コロッケに罪はないし、本当におばちゃんのコロッケは美味しくてオススメだから、ほんと彼に食べて欲しいな。
朝食済ませて部屋の片付けしたり、なんとなくついてるテレビを見ていても、昨日の出来事が頭の中をぐるぐる回っていた。
ふと、フォトフレームに入った亡くなったママの写真が目に入る。ママお気に入りのさくら色のカーディガンを着て、幸せそうに微笑んでいる。私の高校卒業記念に二人で1泊2日の旅行で行ったときのものだ。パパが小学生の頃に亡くなって以来、ママが一人で一生懸命働いて私を育ててくれた。そのママも卒業旅行のあと、半年ほどして病気で亡くなった。
ママはいつも明るい人だったから、今でもコロッケ屋のおばちゃんや古書店のおじいちゃんのように、私を子供の頃と変わらず気にかけてくれる人がいるのは、ほんとに有り難い。
私がこうして悶々と悩んでいるのを見たら、ママならなんて言うかな……。
私は自分の言動を後からよく気にして、あのとき、ああしとけば良かったかな、とか、ああ言えばよかったのかな、とか、終わったことで考えても仕方のないことも、暫くうじうじと考えてしまう。
自分のこういうところ、しんどくて嫌なんだけど。なかなか自分の好きじゃない
ところって変えたくても変わらない。
でも、ママなら「自分がこのままじゃ良くないと思うなら、行っておいで」て言うかな。昨夜の出来事は、ごめんなさいって謝っちゃえばよいことだよね。「コロケじゃなくて、コロッケだよ」って教えてあげたらいいんだもんね。
写真の中のママが、大丈夫!って笑ってくれてるように見える。
……そうだよね。このままでは気持ち悪いし。我が家とは家族のようなおじいちゃんの親戚だし。
うん!良くない!行こう!
外国の人っぽいし、コロッケ以外にも日本のおすすめ、色々教えてあげたいし!
そう考え直して、私はタンっとテーブルに両手をついて立ち上がると、鏡で簡単に服装をチェックして髪をササッと梳かすと急いで部屋を出た。
◇◇◇
「昨日はコロッケ押しつけて、慌てて飛び出して行っちゃって、ごめんなさい!」
と、明るく前向きに一言、昨日の失礼をお詫びする気満々で、私は古書店に来たのだけれど……
今、どうしようか、ものすごく悩んでる。
私が立つ本棚から少し離れた棚の前に、昨日と同じく顔面偏差値ハイスペックなイケメン眼鏡男子と、その隣に制服姿の高校生くらいの可憐な美少女が並んで立っている。予想外の状況に、私はどうしたものか、ほとほと困っていた。
明るくやる気満々の気持ちのまま、元気よく高らかにカランカランとベルを鳴らしてドアを開けて入ったものの、そこには先客の美少女がいて、ちょうど昨日のイケメン眼鏡男子が対応するために店の奥から出てきたところだったのだ。
「あ」「あ」
彼も私の姿に気づいて、一瞬立ち止まった。
なんて、イケてないタイミング。
美少女の前で「昨日は~」と言い出せず、かと言ってそのまま回れ右をして店を出ていくのも変だし「こんにちわ(汗)」と小さい声で挨拶だけした私は、そのまま店内に残ってしまった。
き、気まずい……
なんとも、いたたまれなくて、適当にその辺の単行本を手に取る。
わあぁー、盆栽の本だった、興味ない。
このあとどうしようか考えながら、タイミングを図るために失礼ながら聞き耳を立てる。
美少女の声は鈴を鳴らすように可愛らしく、何やら会話も弾んで楽しそうな雰囲気だ。
ちらりと二人の様子を伺ってみる。美少女は色白に大きな黒い瞳。まっすぐで艷やかなストレートの黒髪はストンと腰の近くまであり、前髪も可愛く眉のあたりに揃えられている。絶対、生徒会に所属していて、愛猫は黒猫を飼ってる。そんな感じだ。
勝手なイメージが膨らむ。
二人が並ぶと、絵になる~。
なんかこのまま居続けるのもよくない気がして、さっさと昨日のことお詫びして帰ろう!そう思って、手に持った盆栽の本を棚に戻したとき、彼の声が耳に飛び込んできた。
「あなたには、この本の表紙がどう見えてますか?」
昨日、私にしたのと同じ質問だ。
「とっても綺麗な本です。金色のような綺麗な虹色の光っぽく見えてるわ」
え?……金の、虹、色?
驚いて二人の方を見たとき、美少女の背後に黒い
彼女の華奢な踵の直ぐ後ろまで広がり、あと数センチ彼女が動いたら穴に落ちてしまう。彼女はそのことに気づいていない。私はとっさに叫んだ。
「危ない!」
そして手を伸ばしたとたん、情けないことに私は「ゴンッ」と音を立てて、下にあった商品棚の角に蹴躓いて、そのまま美少女の背中を思いっきり突き飛ばしていた。お蔭で彼女は穴とは別の方向に倒れたけど、私が真っ黒の穴に向かってそのまま真っすぐダイブしてしまった。
嘘っ!落ちるっ!!
と思ったときには、もう遅かった。私の身体はまるで見えない手に腕を掴まれて、闇へ引っ張り込まれるように真っ黒な穴に吸い込まれていて、気がついたら黒い空間に浮かんでいた。
浮遊感の中、とっさに手を伸ばすけれど何も掴むことは出来ず、私の両手は虚しく空を切った。穴の上に店の古びた天井が見える。私は驚きで声も出ず、引っ張られる力にどうしようもなく、なすがままだった。そのまま私を飲み込んだ穴は、入り口を閉じようとし始めていた。
そのとき、閉じかけるのをすり抜けるように、イケメン眼鏡男子が何か叫びながら暗闇に飛び込んでくるのが見えた。
逆光だから表情は見えないけれど、必死に何か叫んでいる。
「手をッ!」
精一杯手を伸ばして、彼もまた手を私に伸ばしてくれていた。彼の指にもう少しで触れそうになるときに、入り口が完全に閉じてあたりは真っ暗な闇になった。
怖くて、背筋がゾワッとする。
そして私が気を失う直前、強い力で引っ張られ、抱きしめられたような気がした。
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