聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
夕浪 碧桜
第1話 腐女子のためいき
あぁーーー。
誰か、これは夢だと言ってはくれないでしょうか。
もしくは、数時間前に戻るとか、リセットとか、出来ないのでしょうか……
この世界を救うための聖女様の召喚を、私が邪魔したあげく、なんの力もない、冴えない、地味で平凡な私が、どう間違ったのか、代わりにこの世界に来てしまった!
……なんて。
申し訳ないのと、恥ずかしいのと、もう情けなさすぎて……
出来ることなら、いっそここから消えてしまいたい。
私は泣きたい気持ちでいっぱいになりながら、ものすごいイケメンと二人、ゴトゴトと馬車に揺られていた。
馬車の四角い窓の向こうには、
私の斜め向かいに座る彼の端正な横顔を、こっそり盗み見る。
考え事をするように窓の外を眺める彼の横顔を、金色の光が
彫刻のように整った彼の横顔と、金色の小麦畑のコントラストがあまりにも綺麗だった。さらさらの銀髪が、金の絹糸みたい。映画のワンシーンのように、この情景が私のココロの中に深く刻まれる。
―異世界転移。
小説や漫画ではよくある話で、異世界・転生ものって私も好きでよく読んでいる。けれど、あくまでも作られた物語の中の世界。頭の中で空想は出来ても、現実に自分が行ける世界ではない。
そう、思ってた。
だからこそ、イケメンの騎士と出会って馬車で二人なんて、最高に嬉しいシチュエーションなのにっ!!
先程から馬車の中に漂う重たい空気。絶対、私が来ちゃいけないヤツだったよね。
そりゃあ、この世界の存続が掛かってるんだものね。ほんと、ごめんなさい。
はあぁぁ、なんで私が来ちゃったんだろう。
目の前のイケメンとの出会いはもう少し前、昨日の通勤帰りまで遡る。
◇◇◇
ゴトンゴトン、ゴトンゴトン、規則正しい電車音の中
はぁ~
私は心の中で、こっそりと盛大な溜息をついた。
……やってしまった。
スマホ片手に立っていた私は、乗車口の扉にもたれて、溜息交じりにコツンとガラス窓に頭を
1年と3か月、通勤で見慣れたコンクリートの多い街は、傾いたオレンジの光を背に浴びて、昼間は雑多な色に見えるそれらも色を失くし通り過ぎていく。
しばらくは、この景色ともお別れになるのかな。
もしかして、……もう通うことはないのかも知れない。
けれど、私がさっき溜息ついたのは、派遣期間が切れたからとか、しばらく無職になるからとか、そんな理由じゃない。
スマホ画面を周りから隠すように、控えめに、もう一度画面を見る。
ああぁぁぁ~!
推しが尊いっ!!
画面には、浴衣姿の推しキャラが微笑んでいて。
金髪碧眼。容姿端麗。職業は騎士。
顔が良すぎて、死ぬ程まぶしいっ!!!
そう、私はゲーム好き、アニメ好き、漫画好き、ネットで小説を創作もするし、空想も好き、そしてちょっぴり腐女子。人見知りで、人に見られるのは苦手だから、当たり障りない普通の人を演じてる隠れオタク。
こうして一人で、ひっそりと推しを毎日推している。
頬が緩んで、ニヤけてしまいそうになるのを必死でこらえる。
平常心を装い、スマホの画面を再び胸に押しつけ、遠い目になる。窓の外を過ぎてくコンクリートの
ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……っ
本当は心の中で、私は両手を上げて小躍りをしている。
いや、狂喜乱舞のほうが、きっと正しい。
この言葉を考えた人は、ほんとに素晴らしいと思う。ピッタリの言葉だ。
明日から実質無職の私は、ソーシャルゲームに課金してる場合ではない。
それは理解ってる。
だからそう思って、来月に控えた推しのバースデーイベントのため、今月は無課金で細々とやろう!
そう心に決めていた。
決めたいたのに……。
ここにきて“七夕イベント”って、無いわぁ~(泣)
私の最推しも、今回のイベントの攻略対象に選ばれた。それは、それですごく有難いことで、喜ばしいし、めでたいし、嬉しい。
嬉しいのだけど。
イベントキャラに選ばれるとメインストーリーには無い、新しいイベント用のスチルもストーリーも用意される。そして参加して、めでたくランキングに入れば、イベント限定の描き下ろしカードが貰えるっていう特典もある。
あ、ランキングというのは、ゲーム内 のミニゲームでプレイヤー同士でバトルしたり、ゲームのストーリーを読み進めて貰えるハートの数をコツコツと集める。そして、集めたハートの数を他のプレイヤー達(このゲーム内では姫と呼ばれる)と競って、より多く集めた順でランキングが決まる。
またそのランキングというのが、私の最推しがキャラ人気1位でないという、すごく微妙な事情もあって、少し頑張れば届いてしまいそうな100位以内だから、私みたいな時給計算の派遣でも、少し課金すればランキングインも可能な範囲となってくる。
つまり、時間とタイミングを緻密に計算し、コツコツまめにハートを集め、それでも足らない分は課金という貢ぎ物をして、推しの尊い絵姿をお迎えするのだ。
まあ限定カードと言っても、携帯の中でしか存在しないデータなんだけど。
明日から無職となる身分の私が、そんなお金にも空腹の足しにもならない架空のもの(データ)に、課金している場合ではないのは、わかってはいる。
わかってはいるんだけど……
いつもは純白の軍服姿で、金髪碧眼の騎士様が、日本の祭りを味わってる!
藍染の浴衣姿だなんて~!!
ましてや、剣の代わりにイカ焼き持ってるのって、反則すぎる!
尊すぎて、もはや神でしょう!!
それは、もうポチるしかないっ!!!
……不可抗力です。
再び両掌の中をチラリと覗くと、スマホ画面の中で麗しい金髪騎士様が、藍染の浴衣から白い鎖骨をのぞかせながら、イカ焼き片手に満面の笑みを見せていた。
私は、あなたをお迎えできて、幸せです。
……ほんと、うまいです、運営さん。よくわかっていらっしゃる。
ああ……
夏祭り、バンザイ。
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