聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

夕浪 碧桜

第1話 腐女子のためいき

あぁーーー。

誰か、これは夢だと言ってはくれないでしょうか。

もしくは、数時間前に戻るとか、リセットとか、出来ないのでしょうか……


この世界を救うための聖女様の召喚を、私が邪魔したあげく、なんの力もない、冴えない、地味で平凡な私が、どう間違ったのか、代わりにこの世界に来てしまった!


……なんて。


申し訳ないのと、恥ずかしいのと、もう情けなさすぎて……

出来ることなら、いっそここから消えてしまいたい。


私は泣きたい気持ちでいっぱいになりながら、ものすごいイケメンと二人、ゴトゴトと馬車に揺られていた。


馬車の四角い窓の向こうには、金色こんじきの小麦畑が傾きかけた陽の光に照らされて、キラキラと輝いて広がっている。穏やかに波打つ金の海のような景色は、とても綺麗で、眩しくて、切なくなるくらいに綺麗だった。


私の斜め向かいに座る彼の端正な横顔を、こっそり盗み見る。

考え事をするように窓の外を眺める彼の横顔を、金色の光が縁取ふちどる。

彫刻のように整った彼の横顔と、金色の小麦畑のコントラストがあまりにも綺麗だった。さらさらの銀髪が、金の絹糸みたい。映画のワンシーンのように、この情景が私のココロの中に深く刻まれる。


―異世界転移。

小説や漫画ではよくある話で、異世界・転生ものって私も好きでよく読んでいる。けれど、あくまでも作られた物語の中の世界。頭の中で空想は出来ても、現実に自分が行ける世界ではない。

そう、思ってた。

だからこそ、イケメンの騎士と出会って馬車で二人なんて、最高に嬉しいシチュエーションなのにっ!!


先程から馬車の中に漂う重たい空気。絶対、私が来ちゃいけないヤツだったよね。

そりゃあ、この世界の存続が掛かってるんだものね。ほんと、ごめんなさい。

はあぁぁ、なんで私が来ちゃったんだろう。


目の前のイケメンとの出会いはもう少し前、昨日の通勤帰りまで遡る。


◇◇◇


ゴトンゴトン、ゴトンゴトン、規則正しい電車音の中


はぁ~

私は心の中で、こっそりと盛大な溜息をついた。


……やってしまった。


花園美月はなぞのみつき、20歳。本日もって派遣社員の雇用期間終了のため、明日より実質無職となる。ただいま通い慣れた通勤電車にて帰宅中。


スマホ片手に立っていた私は、乗車口の扉にもたれて、溜息交じりにコツンとガラス窓に頭をかたむける。手にしているお餞別せんべつでいただいた菓子折りが入った有名菓子店の紙袋が、ガサリと音を立てた。

1年と3か月、通勤で見慣れたコンクリートの多い街は、傾いたオレンジの光を背に浴びて、昼間は雑多な色に見えるそれらも色を失くし通り過ぎていく。

曖昧あいまい……ふと、そんな言葉が浮かんだ。


しばらくは、この景色ともお別れになるのかな。

もしかして、……もう通うことはないのかも知れない。

けれど、私がさっき溜息ついたのは、派遣期間が切れたからとか、しばらく無職になるからとか、そんな理由じゃない。


スマホ画面を周りから隠すように、控えめに、もう一度画面を見る。


ああぁぁぁ~!

推しが尊いっ!!


画面には、浴衣姿の推しキャラが微笑んでいて。

金髪碧眼。容姿端麗。職業は騎士。

顔が良すぎて、死ぬ程まぶしいっ!!!


そう、私はゲーム好き、アニメ好き、漫画好き、ネットで小説を創作もするし、空想も好き、そしてちょっぴり腐女子。人見知りで、人に見られるのは苦手だから、当たり障りない普通の人を演じてる隠れオタク。

こうして一人で、ひっそりと推しを毎日推している。


頬が緩んで、ニヤけてしまいそうになるのを必死でこらえる。

平常心を装い、スマホの画面を再び胸に押しつけ、遠い目になる。窓の外を過ぎてくコンクリートのかたまりに目を向けているのは、カモフラージュ。


ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……っ


本当は心の中で、私は両手を上げて小躍りをしている。

いや、狂喜乱舞のほうが、きっと正しい。


尊死とうとし

この言葉を考えた人は、ほんとに素晴らしいと思う。ピッタリの言葉だ。


明日から実質無職の私は、ソーシャルゲームに課金してる場合ではない。

それは理解ってる。

だからそう思って、来月に控えた推しのバースデーイベントのため、今月は無課金で細々とやろう!


そう心に決めていた。


決めたいたのに……。


ここにきて“七夕イベント”って、無いわぁ~(泣)


私の最推しも、今回のイベントの攻略対象に選ばれた。それは、それですごく有難いことで、喜ばしいし、めでたいし、嬉しい。


嬉しいのだけど。


イベントキャラに選ばれるとメインストーリーには無い、新しいイベント用のスチルもストーリーも用意される。そして参加して、めでたくランキングに入れば、イベント限定の描き下ろしカードが貰えるっていう特典もある。


あ、ランキングというのは、ゲーム内 のミニゲームでプレイヤー同士でバトルしたり、ゲームのストーリーを読み進めて貰えるハートの数をコツコツと集める。そして、集めたハートの数を他のプレイヤー達(このゲーム内では姫と呼ばれる)と競って、より多く集めた順でランキングが決まる。

またそのランキングというのが、私の最推しがキャラ人気1位でないという、すごく微妙な事情もあって、少し頑張れば届いてしまいそうな100位以内だから、私みたいな時給計算の派遣でも、少し課金すればランキングインも可能な範囲となってくる。


つまり、時間とタイミングを緻密に計算し、コツコツまめにハートを集め、それでも足らない分は課金という貢ぎ物をして、推しの尊い絵姿をお迎えするのだ。

まあ限定カードと言っても、携帯の中でしか存在しないデータなんだけど。


明日から無職となる身分の私が、そんなお金にも空腹の足しにもならない架空のもの(データ)に、課金している場合ではないのは、わかってはいる。


わかってはいるんだけど……


いつもは純白の軍服姿で、金髪碧眼の騎士様が、日本の祭りを味わってる!

藍染の浴衣姿だなんて~!!

ましてや、剣の代わりに持ってるのって、反則すぎる!

尊すぎて、もはや神でしょう!!

それは、もうポチるしかないっ!!!

……不可抗力です。


再び両掌の中をチラリと覗くと、スマホ画面の中で麗しい金髪騎士様が、藍染の浴衣から白い鎖骨をのぞかせながら、イカ焼き片手に満面の笑みを見せていた。


私は、あなたをお迎えできて、幸せです。


……ほんと、うまいです、運営さん。よくわかっていらっしゃる。


ああ……

夏祭り、バンザイ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る