転生勇者は壊れない
辻 リツ
プロローグ
何も見えず、何も聞こえず。
僕はこの真っ暗な場所を何時間過ごしただろうか。
最初は、動かない自分の裸体がただ一直線にフワフワと進んでいく姿に少し驚きを感じたが、今ではもうそれも慣れた。
きっとこのボーっとした時間は、人生の懺悔をする時間なのだろう。しかし、僕は何も考えず目を瞑る。というより、考えたくなかった。
懺悔なんてしたところで何も変わらない。過去はもう変わらないのだから――
「…きて」
暗闇の中で声が響く。
あれから僕は、寝てしまっていたらしい。仰向けの僕は声に応じて目を開け始める。すると、段々と何もない真っ白い空間が見えてきた。
しかし、僕の目は全開に至らず、誰かの怒号とともに下から上への顎跳ね蹴りによって僕は宙を舞った。
「おい!さっさと起きろよボケェ!!」
宙を舞う中、僕は反射的に蹴られた顎を抑えながら下を向く。そこには、足の裏を天高く上げるおかっぱ姿のロリがいた。
すると、下からロリのロリボイスがボソッと聞こえる。
「顎なんか抑えちゃって、ここは神界なんだから痛みなんか感じるわけないでしょ」
僕はドスンと音を立て、白い床に背中を打ち付ける。
「いきなりなんなんだよ。お前」
「いきなりじゃないわ。三回声を掛けてから蹴ってるんだから。それと、“お前”でもない。私は雇われ者の神だけれども、一応神様なんだから」
そう言いながらロリは腕を組んだ。
僕は出来るだけ聞こえないように小さな声で呟く。
「ロリのくせして偉そうに」
聞こえていたのか、ロリは体をピクリとさせて反応し、先程とは打って変わった低い声で威張った。
「神界の私がロリ?ふーん。言わせてもらうけど、私は三百歳よ。年齢からみればあなたの方が幼いけど」
言い終わった後、ロリは馬鹿にしたようにフッと笑う。
「ごめん、言い直す」
僕はそんなロリの態度にカチンときたが、素直に謝罪。しかし、これは『ロリ』と言ったことに対してではない。
僕は使う言葉を間違えたことに謝ったのだ。
そんなことを露知らず、ロリは許す。
「別にいいわよ。身長が140センチほどしかないのだからそう思うのも無理ないと思うし…。で、どう言い直すの?」
今度は小さな声ではなく、ハッキリと聞こえる声で言ってやった。
「ロリババアのくせして偉そうに」
ロリババアは、呆気にとられた顔をした後、子供のような僕の威張りに呆れて溜息をついた。
その後は、二人ともだんまりで気まずい空気が流れる。
しばらくして、この気まずい空気をなんとかしようと、言い出しにくい空気の中、僕は言葉に詰まりながら口を開く。
「そ、そういえば、神界と言っているけれど、ここは死後の世界という認識で会ってるのか?」
ロリババアは腕組みをしたまま返す。
「少し違うわ、普通、死んだらここには来れないわよ。ここに来れるのは、創造主様に呼ばれた人だけ。つまり、あなたは例外中の例外」
僕は例外という特別感に少しワクワクしつつ、更に質問を投げかけた。
「どうやってここに来させたんだ?」
「別に難しいことじゃないわ。普通の人は手順を飛ばしてるだけだから。もう少し詳しく言うと、通常はここで対象を天国とか地獄とか決めるんだけれど、最近創造主様が変わられて、心の闇の量で、自動的に振り分けられるシステムが作られたのよ」
「なるほど。何でも有りだな。その創造主様とやらは。もし、僕がシステムによって振り分けられた場合どっちなんだ?」
ロリババアは肩をすくめてジェスチャーをしながら答える。
「分からないわね。私がシステムにプログラムした分けじゃないから、システムの心の闇の量の基準なんて知らないし、それに私、心の闇なんて見たことないから」
その言葉に僕ははてなを頭に浮かべる。
「え?見たことない??」
すると、ロリババアは平然とした顔で言う。
「だって、創造主様が変わられたの五百年ほど前だし。その後に私が雇われたから、システムのおかげで心の闇を見る方法なんて教えてもらえなかったもの」
「それは最近というのか?」
「三百年生きた私からすれば、最近ね」
僕の感覚で言ってくれよ…。
ロリババアは思い出したように呟いた。
「そうそう、三百年といえば、地球とここ結構時差あるわよ。どのくらい差があるのかは、言わないけど」
「言わないのかよ」
僕はツッコんだ。
しばらくして、ロリババアが後ろに下がり、それに応じるかのように何もない真っ白な床下から出てきた椅子にロリババアは、座った。
「じゃ、そろそろ仕事に移らせてもらうわ」
そう言い、喉を少し鳴らすロリババア。
「仕事?」
僕はどういうことか分からず、はてなを浮かべる。しかし、ロリババアはその言葉を無視して真面目なトーン、そして真面目な口調で喋り始めた。
「私は雇われ者の神、レア。あなたが、ここに呼ばれた理由はただ一つ、私が担当している星の助ける手伝いを任されたから」
「手伝い?」
今度は無視をすることなく、僕の言葉にレアこと、ロリババアは反応する。
「そう。手伝い。その手伝いとは転生して世界を救う事」
僕はそれを聞いた瞬間に遠い目で静かに呟いた。
「それは、無理だ」
ロリババアは椅子のひじ掛けに肘を置き、グーにした左手を顎につける。
「なんで?」
「言いたくないね」
僕は苦しそうな思いを隠すかのように半笑いで威勢を張る。
それを見てロリババアは溜息を吐いた。
「そう、ならいいわ。けどこれだけ言わせて」
「何?」
僕は眉を顰める。
「私はあなたが後悔している事柄を“知っている”」
僕は少し半笑いでハッと言葉を吐き捨てる。
「ハッタリをかますな。それなら、聞かなくても無理だと言う理由が分かるはずだろ?」
「あなたが無理だと言う理由と、後悔している理由が必ずしも一致してるとは限らない。だから聞いた。その様子じゃ、一緒のようだけど。念のため私の口から答え合わせをしましょうか?」
「知られているなら、もういい自分の口で言う」
その瞬間、ロリババアはニヤリと笑った。
ロリババアは僕がそう言うことを予想してたようだ。
ロリババアの掌の上にのせられてるようで不快だが、そんなこと今はどうでも良い。
「言う前に質問いいか。お前、僕の後悔を何で知ってるんだ」
僕はこれまで以上にない低い声で唸り、睨んだ。
ロリババアは静止し、僕の目を合わせる。
「創造主様に聞いたからに決まってるでしょ。そんなことより、早くしてよ」
言う気はない…か。おそらく、ロリババアは何か隠してる。そう僕は勘づいたが、現時点では吐かせられないだろう。
相手は、神だ。言葉だけの脅しじゃ、効くことはまずない。
僕は追及するのを辞め、降参の言葉を吐いた。
「分かってる。後悔を語る前に僕の過去について言っておかなきゃならないから、それを言わせてくれ」
ロリババアは「分かったわ」と一言。
僕は過去について話し始めた――
今から十九年も前の話。
少し貧乏な夫婦…木戸家から僕は生まれた。
父さんや母さんの稼いだアルバイトのお金はアパートの家賃などの生活費に消えていく日々で、僕の家庭は常にお金に困っている状態だった。
僕が生まれてからある程度の時が経ち、僕が乳離れをすると、母さんは僕を保育園に預けたんだ。
そして、それからすぐに母さんは妹を産んだ。
僕はまだ1歳になったばかりだった。
母さんは何故か妹に粉ミルクのみを飲ませるようにしていたため、先生たちでも妹の昼食を済ませられるだろうという母さんの考えの基、
時期は違うが、妹は僕と同年度に保育園に預けられた。
保育園の先生たちに妹は育てられたといっても過言ではないと思う。
しばらくは、僕たち二人が母さんの軽自動車によって保育園へと送迎される日々が続いた。
僕と妹が保育園に入園してから、父母は仕事する時間を確保したが、生活費に僕たちの出費がプラスされた影響で、金銭面には何ら変わりはなかった。
貯金もままならず、おやつや誕生日プレゼント、クリスマスプレゼントはなかったし、どんな時でも朝から晩まで保育園に預けられる毎日だった。
母さんは僕が五歳児、妹が四歳児になってそれなりに物心がつき始めると、保育園から退園させた。どうやら、「送り迎えが大変だから」とのことらしい。
それからは、ずっと二人で家をお留守番する毎日だった。だけど、僕はそれで満足だった。
なぜなら、父母が帰宅した際に小さな僕が「おかえり」と声をかけると抱きしめてくれるような優しくて冗談のいえるような家庭だったからだ。
妹もそう思っていたに違いない。
しばらく時が経ち、六歳になって小学校に上がった頃。
父母ともにバイトリーダーに昇格し、貯金もそこそこ出来るようになったらしい。が、父母の努力を捻りつぶすかのように、僕は事件を起こしてしまった…。
「石を道路に投げてみてよ」
一緒に帰っていた女の子は学校の帰り道にそう呟いた。
僕は最初、躊躇った。悪いことということを理解して躊躇ったのではなく、帰宅生の注目を浴びることが予想できたからだ。
戸惑う僕を見て、彼女は僕の手を握りながら言う。
「お願い」
僕はその一言を聞いて、ここで投げなければ友達じゃない。そう思って石を投げてしまった。
いや別に、その子に惚れているわけではない。ただ、初めて誰かに頼みごとをされたのが嬉しかったし、これを機にもっと信頼されたかった。それだけの理由だ。
僕の投げた石は、宙を舞った後、の鈍い金属音を立てて反発し、道路の中心に転がった。
周りの人たちは一同驚愕し、どよめきだった。
その後、その車は道路の隅に止まり、中から中年の女性が降りてきた。
女性は、車の傷を確認した後、焦る僕たちに怒鳴ることなく、名前と学校名を聞いて去っていった。
その夜、僕は下を向いて何かヤバいことをしてしまったとオドオドしていると、バイトが休みの母さんのもとに一本の電話がかかってきた。
母さんは、「はい」や「すみません」の連続で、僕は下校時のことだと何となく察しがついた。
母さんは学校から中年女性の住所を伝えられた後、すぐさま父に連絡し、それによって帰宅してきた父さんが僕に言う。
「謝りに行くぞ」
その言葉に僕は短く「うん…」と答える。
僕は父さんの車の助手席に乗り込んだ。
僕が乗り込んだのを確認した後、父さんも乗り込んで車を走らせた。
父さんは怒鳴った。
「余計なことしてくれたな、稼いだお金も弁償でパーやわ!」
僕はそれに対し、「ごめんなさい」と謝ることしかできなかった。
ああ、なんて僕は馬鹿で情けない人間なんだろう。
父母が頑張っていたのは、知っているのにこんなことをしでかした自分にひどく怒りが募った。
それから幾ばくかの沈黙が流れ、中年の女性の家に着いた。
父さんがインターホンを鳴らして女性が出てくると、父さんはすぐに頭を下げて「息子がすみません」と言った。
父さんは、右手で僕の後頭部を掴み僕も頭を下げさせる。
中年の女性は、「子供のしたことですから」と言った後、「宜しければどうぞ…」と蜂蜜の飴が詰まった袋を父さんに渡した。
父は最初、渡された飴を遠慮していたが受け取ってほしいとのことだったので、仕方なく受け取る。
「子供のしたことですから」と相手が言ったことで、僕は弁償はないのかもしれないという考えが浮かんだが、そんなことはなかった。
父さんは中年女性から弁償額を聞いた後、万札が入った封筒を中年女性に手渡した。
そして僕と父さんは、また謝って玄関の扉を閉めた。
その帰り道、僕が車窓から流れゆく景色を眺めていると父さんは言った。
「もう二度と石投げたりするなよ」
僕は「うん」と短く返す。
なぜ彼女が石を投げてほしいといったのかは、今でもわからないでいる。けれど、小学生の考えなんて大体想像がつく。ただ面白そうだったから。それだけの理由だろう。
あれからは、何事もなく、また普通に過ごし始めた。が、一つだけ変わったことがあった。
それは、僕に対する父さんの態度だった。
父さんは、妹には優しく接するが僕に対しては冷たく、不愛想になっていた。
妹には、笑顔を向けるが僕には向けずに虚空を見つめるかのような冷めた目で会話するくらいに。
そして、僕に対するその態度は、月日が流れていくとともに、悪化していった。
ある時の自宅のリビングでは、父さんは妹に「マイカはマナトに比べて大人しいな」と僕に見せつけるように言っていたし、
僕は父に「酒とってこい」など命令されるようになった。
僕はその時、妹がマイカという名前だということを初めて知ったが、そんなこと今はどうでもいい。
それから約一年が経って妹が小学生になると、妹はテストで満点を取って父さんに見せ始めた。
父さんは妹の百点を見て、ニコニコと満悦し、「頑張ったな」と一言。
僕はといえば、一年に一回満点を取るかどうかのレベルで、基本は六割程度。
普段は、点数が高いわけでもないので見せないのだが、妹に見習って、一年に一度だけ取れる満点の答案用紙を僕は父さんに見せたことがあった。
しかし、父さんは口を閉じた状態で「ふーん」と声を出しただけだった。
あれ以降、僕は父さんに答案を見せなくなった。
あの時のたった一回の失敗でここまで引きずられ、この仕打ちである。“子は、親を選べないんだ”と当時の僕はそう思った。
妹はというと、テストがあるたびに百点を取って父さんに答案用紙を見せるようになった。
きっと褒められたのが余程、嬉しかったのだろう。
父さんと妹…二人がキャッキャしてる光景が、僕にはとても眩しい。
しかし、妹が中学生に上がると何故か父さんは妹にも冷たくなり、命令するようになった。
そして、父さんはアルバイトを辞めて母さんの稼ぎに頼りきりになり、朝から晩まで酒に溺れるようになった。
それからというもの妹はめっきり答案を見せなくなったのだった。
妹が満点を取れなくなったから、父さんは妹への態度が変わったのかもしれないと最初は思ったが、そんなことはなかった。
何故なら、満点の答案用紙が床に散らばっていたからだ。
きっと他の理由があるのだろう。
僕はというと、ある一時の感情で小学六年生の頃から卒業までは勉強していたが、中学生に上がると学習すること自体が嫌になり不登校になった。
不登校になったことで父さんに呆れられ、僕は父さんにいない存在として扱われた。
僕が中卒になって一年、妹が公立の高校に入学したころ、今まで昼職だけだった母は夜職を始めた。
なんでも、貯金がなくなってギリギリらしい。
仕事が忙しくなった母さんは最初、家事を父さんに任せようとしたが「そんなものはやらん」と言われたため、家事は妹が担当することになった。
あれから一ヶ月、妹は出席日数が足りなくなってきている。
留年はもう確定していて、このままいけば退学になるそうだ。
父さんはそんな妹を見ても、何か手伝ったりすることはなく、酒を常に常備しておかないと周りの物を壁や床に投げ散らかすようになっていた。
しかし、生活するのがやっとなので、お酒が買えない日のほうが多く、物を投げ散らかすのは日常茶飯事へと化している。
あまりにもお酒が買えない日が続くと、父さんは壁や床に物を投げ散らかすだけでなく、僕や妹に向かって空の酒瓶を投げてイラつきを解消することもしばしばあった。
父さんがなぜこんなにも豹変したのか、当時の僕には分からなかった。だが、母さんも妹も父さんの豹変ぶりに触れようとはしない。
けれども、母さんも妹も父が豹変した理由を知っているのだろう。何故なら、母さんが父さんに家事を任せようとしたとき、母さんはどこか悲しそうだったし、
「代わりに家事してくれる?」と母に聞かれた妹は「嫌だ」とか「したくない」とか言うことなく、ただ暗い表情で「うん…」と一言だけだったからだ。
僕はここの家族じゃない。そう言われてる気がした。
そんな生活が二年ほど続いて僕が一八歳になった頃、お昼の家事を終えた妹は僕に「ちょっと外に出ない?」と言ってきた。
僕は久々に妹の声を聞いた。それに対し僕は「わかった」と短く返す。
初めての妹との外出だった。僕たちはアパートの階段に腰を掛ける。
何か言うのだろうかと思って心を構えていたが妹は特に何も言わず、妹の鋭く尖った虚ろな目が遠くの景色を見つめていただけだった。
十分ほどの沈黙が続いた後、妹はゆっくりと口を開いた。
僕はその動作がなんとなく無理矢理、口を開いたように見えた。
「私さ、マイカじゃないんだよね」
僕は予想外な第一声に一瞬固まったが、すぐに我に返り疑問を投げかける。
「どういうこと?」
妹は俯いて悲しそうな顔で言った。
「名前…」
「じゃあ本当の名前は何なんだ?」
妹はぼそっと呟く。
「ニセギ…」
「あんまり聞かない名前だけど、いい名前じゃないか。なんで、父さんに名前を偽ってるんだ?」
妹は視点を変えることなく、冷たい目をしながら不気味に頬を緩ませて言った。
「偽ったのは、私じゃないの。お母さんなんだよね」
僕は確かめるように言う。
「母さん?」
「うん…実はね、私はお母さんとバイト先の先輩の子なんだよね…。だからお母さん、最初は妊娠したことすら内緒にして堕ろす予定だったらしいんだけど、堕ろす費用貯めるのに時間が掛かったらしくてね。堕ろす費用が貯まった頃には、もうお腹が膨らんでてね…。それを見たらお父さん、自分の子だって舞い上がっちゃって…。まぁ無理もないよね。宿った命が違う人によってもたらされたなんて普通考えないから。でね、その後、お母さんはすぐに誰の子なのかは秘密にして堕ろすことを打ち明けようとしたんだけど、お父さんの舞い上がる様子を見たら、お母さん、堕ろそうにも私を堕ろすことが出来なくなっちゃったらしく、結局産んじゃったんだって。名前はお母さんが予めニセギって名前を決めてたらしいんだけど、出来るだけ怪しまれないようにお父さんが後から考案した名前をあたかも採用したように見せなきゃいけなかったんだよね」
「所々にらしいって言うということは母さんから聞いたってことなのか?」
「うん、全てね」
「じゃあさ、今の話から察するにニセギの名前の漢字って偽が入ってるんじゃ…」
「察しの通り、まやかしの贋といつわるの偽で贋偽だよ。名前の由来は漢字の通り、家族構成を贋、名前を偽るだよ」
「ごめん、いい名前とか言って」
「お兄ちゃんのことだから漢字知らないで言ってることぐらい分かってる。だから、大丈夫だよ」
「そっか」
妹は僕の頭の出来の悪さを知っているから大丈夫だと言うが、僕からしたらそんな暗くて悲しそうで、悔しそうな顔を浮かべられると大丈夫なようには見えないよ。と僕は心の中でつぶやいた。
妹は俯いたまま喋る。
「今度は、私が聞いていい?」
「ああ」
「お母さんからあなたは要らない子だって言われたらお兄ちゃんはどうする?」
その質問に僕は体をピクリと反応させる。
「…分かんないよそんなの」
僕は突然の衝撃的な質問に考えることが出来なかった。いや、考えることを辞めた。しっかりと妹の質問を考えていたら妹が母さんからそう言われたのかも
しれないという可能性をも考えてしまっていたからだ。僕はそんな光景を想像したくない。
僕が質問に答えた後、妹は暫く口を閉じた。すると何かを諦めたように溜息をつき、また口を開く。
「じゃあ、質問替えるね」
「私が義妹でもお兄ちゃんはこの先もずっと、私のお兄ちゃんでいてくれる?」
僕は顔の向きはそのままで、妹がこちらに視線を向けているのが分かった。
「ああ、もちろん…僕は何があってもずっと贋偽のお兄ちゃんだよ…」
僕は妹の目を見て言ってやれなかった。きっと、妹は今、涙を浮かべているから。そんな辛そうな妹を見たくなかった。
「そっか、分かった。ありがとう」
コンクリートの床に雫が一つ零れるのが僕の視界に入った。
「じゃあ、家に戻るね」
妹がそう言って立ち上がる。
「ああ…」
僕は心の中が何か渦巻いているのを感じた。
贋偽はドアを開けてアパートの中に戻っていく。
取り残された僕は、どこから木戸家は間違ったんだろうと思いつつ、階段に寝そべり、オレンジ色に染まった空を眺め始めた。
…何やらサイレンが聞こえ、僕は目を覚ます。
どうやら僕は、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
真っ暗の中、階段を駆け上がる音が聞こえ、僕は何事かと思い、体を起こした。
すると、アパートの前に救急車が一台止まっていた。
僕は寝起きも相まって、頭が真っ白になった。
隊員の二人が僕が寝ていた三階に上る階段を担架とともに駆け上がり、僕の家の中に入っていく。
僕はその場に立ち尽くし、隊員が入っていった自分の家のドアを呆然と見ているだけだった。
数分ほど経ったのち、隊員が担架を運んで家から出てくるのが見えた。
担架には肌が青白くなった妹が乗せられ、救急車が出発した。
「まさか…」
僕はすぐさま家に入り、父に殴りかかろうとした。が、父さんは僕が殴り掛かる一瞬のうちに「俺じゃない」と呟いたため、僕は手を止めた。
僕は頭に血が上るのが分かった。妹を殺した犯人はあの場にいた父さんしか“あり得ない”のだから。
「じゃあ、誰が殺したって言うんだ!」
僕は声を荒げ、目で父さんを睨みつけて威圧した。
父さんはそんな僕に対して、冷静に落ち着いた声で言った。
「自殺だってさ」
「嘘つけ!!父さんは嘘ばっかりだ!」
僕は納得いかず、叫んだあと飛び出した。
後ろから父さんの呼び止める声が聞こえたが聞こえぬふりをして、アパートから飛び出し、妹がいるであろう数キロ先の大きな病院へと走って向かった。
僕は走る中、妹の先程の言葉がグルグルと頭の中をめぐっていた。
『私が義妹でもお兄ちゃんはこの先もずっと、私のお兄ちゃんでいてくれる?』
この言葉は、妹なりに仄めかしていたのかもしれない。
元々自殺する日は、今日と決めていて、死ぬ前に妹が義妹であることを打ち明けたかったということも考えるとしっくりくる。
だけど僕はそれでも妹が自殺なんて信じたくなかった。
妹が父に殺されたと考えたほうがずっと楽だった。妹は精神なんて病んでなくて酒癖の悪い父が酔っ払ってつい殺してしまったと、そう考えた方がずっと楽だった。
何故なら、僕があの時しっかりと考えて答えていれば、妹は自殺を踏みとどまったかもしれないから。
僕は自分の不甲斐なさに涙が溢れ、手を思いっきり握って“畜生”と心の中で何度も叫びながら、信号なんて構わず、走る速度をグングンと上げて無我夢中で病院へと走って行く。
二つ目の信号に差し掛かり、同じように走り抜けようとするが、そんな都合よく走り抜けて行ける分けなく、横から黒いキャラバンに突撃され、
コンクリートの地面に叩きつけられたんだ。
これが僕の過去である。
僕の話が終わった後、ロリババアは特に何かしらのリアクションを取ることなく「ふーん、やっぱりね」と言った。
ロリババアはまるで、僕の過去を知っているかのような口ぶりだ。
「で、早く後悔言ってくれる?」
「あ、ああ」
あまりにも淡々としたロリババアに僕は不思議に思う。だが、それは後だ。先に後悔を話さなければきっとまた、嘘をつかれるだろう。
「…僕の家は優しい家庭だった。けれども、僕の石を投げた行為によって、家族はバラバラになり始めたんだ…」
僕は途中なのにも関わらず、喋るのを辞めた。
「辞めるの?私の仕事終わらないんだけど」
ロリババアがイラついてるのが分かった。
それでも僕はまた口を開けることをしなかった。というか、開こうにも開けなかった。心では言わなきゃいけないと分かっている。だがこれを言ってしまえば、妹は僕が殺したと言っても過言ではなくなるからだ。
ロリババアは足を組みなおして「ふぅ」と溜息を漏らす
「元を辿っていけば、全部自分のせいだと言いたいんでしょ?」
ロリババアは僕の思っていることをいとも簡単に言葉にする。
「ああ」
僕は小さくそう言った。
「そんなことないわよ。あなたが事件を起こさなくても、あなたの家族は結局どこかで壊れてたから」
「え?」
理解できない僕に対し、ロリババアは説明し始める。
「妹が生まれた時点で…いや、あなたのお母さんが浮気した時点であなたの家族は、もう家族なんてとっくに呼べないわ。だからあなたが何かしても、しなくてもどこかで壊れてる。別に、あなたを擁護するわけではないけれどね」
「もしそうだとしても、この世界で壊したのは僕だ。だからすべて僕が悪い。石を投げなければ、僕は父さんにあんな態度を取られることもなかった。見放されて当然だ。父さんと母さんが頑張って貯めたお金を弁償に充てさせたんだから」
僕は自分の手を力いっぱい握り締める。
「なにが…なにが、子は親を選べないと思っただよ。親だって子は選べないんだから。選んでよかったって思われるように努力するべきだったんだ。その点、親は必死に努力してた。朝から晩まで働いて…働き尽くして…。だが、僕はどうだ?何も続いてない。続けられていない。勉強からも学校からも僕は逃げてばっかりだ。あの時だってそうだ。贋偽が勇気を出して本当の妹ではないことを打ち明けたのにも関わらず、僕はあいつに何も答えてやれていない。ただ、想像したくないやら、見たくないやらとそんな自分勝手な意見ばかりで、あいつに…贋偽にちゃんと向き合ってやれなかった。こんなの兄失格だ!」
僕はいつの間にか涙を流していた。
「だったら尚更、過去に向き合うために転生すべきだよ」
「僕はもうこれ以上、人を裏切るようなことはしたくないし、蔑ろにするようなこともしたくない。だから誰が何と言おうと、僕は転生なんかしないし、してやれない」
僕がそう言うとロリババアは冷淡になって言う。
「そう言って、また“逃げるんだね”」
僕はその言葉で、頭の血管が切れた気がした。
僕は声を荒げ始める。
「逃げるだと…?僕が関わると悪化させるだけだ。仕方ないじゃないか!!これ以上、他に何があるんだよ!!」
「仕方ない…ね…。何も出来なかった自分を悔やんでるなら、次こそは何かできるように頑張るもんなんだよ。出来なかった。だからもう挑戦しない。それであなたは納得できるわけ?」
「…」
「納得しないわよね。そりゃそうでしょ。自分の心に噓をついてるんだから。だから、あなたのその理由は逃げって言ってるのよ」
「怖いんだ…。次また失敗したら、また誰かを失う…。そんなのもう、見たくない」
「そんなの誰だって怖いわよ。だけど、挑戦しないまま、生を終わることの方が私はもっと怖い。きっとその私は私という名のロボットみたいなものだから」
僕はロリババア…レアの真っすぐで真剣な目に感嘆する。
「っ…。分かったよ、行くよ。異世界」
僕はやれやれと言うような表情でそう言った。
「良いの?」
「ああ」
「分かったわ。じゃあ、飛ばすわね」
レアが椅子から立ち上がり、僕の背後に回って背中の中心に手をやった。それと同時に、目の前に車が三台入りそうな大きな穴が出現する。
「なぁ、行く前に言いか?お前知ってただろ。後悔の他に僕の過去も。お前はいったい何者なんだ」
レアは大きく息を吸って吐く。
「言ったでしょ?私は雇われ者の神だって」
「そういう意味じゃな…」
僕は言いかけていたのにもかかわらず、レアはそう言って僕の背中をトンと押した。
僕は穴へと落ち始めた.
僕は言いかけていた言葉を言おうと、落ちていく中、後ろを振り返る。
その瞬間、「あなたにはまだ何も言えない」と口パクで言われた気がした。
そして、僕は闇に包まれた。
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