第60話


 領主邸内、応接室。


 ルディーデ君は別の仕事があるという事で、応接室には来なかった。

 僕はガウェン様とテーブルを挟み向かい合い、ソファに座っている。



 「そこまで気に入って貰えましたか」


 ガウェン様は嬉しそうに話す。


 「ええ、お陰様で厄介な事になりました」

 「はは、私は素敵だと思いますけどね。小説で世界を変えようなんて」

 「全く、王族も貴族もお気楽ですね」


 僕は呆れたように答える。


 「……そう見えるかもしれませんね。ですが、そういう息抜きはあっても良いと思うのですよ」


 ガウェン様は柔らかな態度ながらも真剣な表情で前置きし、立ち上がる。

そして、ゆっくりと室内を歩き始める。


 「えっ?」

 「勘違いして欲しくはないのですが、これから言う事は単なる愚痴です。別に戒めている訳ではありません」

 「何の事でしょうか?」

 「我々のような立場の者は、不自由など何も無く、常に悠々自適な生活を送っていると思われがちです。しかしその実、立場に縛られ、行動や発言の一つ一つに気を配り、怯えている。挙句に身に覚えのない恨みすら買うのです。理不尽と感じる事は多々あります。その理不尽さを払拭する為にも、気楽でいる様に振舞わなくてはやり切れないのです。……あくまで私の場合はですけどね」


 ガウェン様は遠い目をして言い放った後に、僕を見る。


 反省した。

 普段があまりに朗らかで優雅に振舞っている為、当たり前の事に目を向けていなかった。

 そして、そういった部分は王女からも感じていたというのに……。

 失言だ。


 「……申し訳ありません。分をわきまえず御無礼を」


 僕は素直に深々と頭を下げた。


 「いえ、そう萎縮しないで下さい。私の方こそ、はるばる訪ねて来ていただいた友人に愚痴などこぼし申し訳ありません。貴方なら理解してくれると思い、つい喋り過ぎました」


 困ったように苦笑するガウェン様。


 「ここだけの話に留めておきます」


 僕は頷いた。


 「そうして頂けると有難いです」


 ガウェン様は微笑んだ。


 内容は理解出来たが、納得出来ない部分も残っていた。

 どうにもガウェン様は、僕を過大評価している気がする。


 ウォレンの友人という事や、王女の従者である事、膨大な魔力の事など……。

 それらを加味してなのかもしれないが、実際の僕はそんなに大した者ではない。

 その過大評価が僕への信頼に繋がっているのならば、それはやはり、どこかで誤解を解いておかなくてはいけないと考えていた。

 そして似たような疑問は、他の者達に対しても抱いている。


 先ずは王女。

 今だから分かる事だが、人見知りの王女が、僕に対しては異例の速さで”地”を見せた。

 いや、時間だけの問題でなく、地を見せるという事自体が異例なのだ。

 肉親に対しても一定の距離を置いているように見える、あの王女がだ。

 ルディーデ君の例を見てもそうだ。

 友人になったとはいえ、彼には地を見せてはいない。

 もしかしたら普段僕に見せている”あの姿”すら”地”では無いのか?


 次いでミレイ。

 ムルシュさんに聞いた話だが、メイド時代の彼女は必要最低限の肯定と否定くらいしか、言葉を発しなかったという。

 そこに自身の感情表現など、まったく無かったと。

 少なくとも今のミレイは僕に嫌味を言ったり、皮肉を言ったりと感情を出している。

 これは彼女自身が言っていた、楽しんでいるという事に繋がるのか? 


 そういった、二人の印象が周囲の認識している”それ”と大きく異なる為、違和感を感じざる負えない。

 不快に感じている訳では無いが、何かしら裏があるのでは?と、勘繰ってしまう。


 更には、冤罪になったとはいえ十分に不審な僕を、娘の従者に任命するという王の行動も不可解。

 僕が王からそこまでの信用を得る要素は何一つ思い付かない。


 様々な疑問の原因を、セントラルに戻ってから空いた時間を極力使い、情報を集めて、僕なりの推論っぽいものを立てた。

 正直、調べながら自身の中にある拒絶感と罪悪感に向き合う形になり、気分の良いものでは無かった。

 だが、目を背けているのも気持ちが悪かった。


 ガウェン様に尋ねるのなら今が好機。

 まさか、こんなにも早く訪れるとは予測していなかった。


 「……失礼ついでに、一つ質問しても良いですか?」

 「何でしょうか?」

 「僕とアルシェット様は何かしら接点があるのですか?」


 色々と飛び越した、意味不明な質問ではあるが、心当たりがあるのなら喰いつくだろう。


 推論……というには浅すぎて、思い付きに近いものだとも思う。


 王女やガウェン様はアルシェット様に敬意を表している様子だった。国王も一応身内だ。

 もし、アルシェット様の手引きが前提にあったのならば、彼等の動向にも納得はいく。

 ミレイとの関係は不明だが、ここは一旦無視しておこう。


 確証も無く可能性は薄いが、僕の推論として、魔力の使い方を教えてくれた正体不明の人物こそがアルシェット様だったのではないか?と考えている。

 一応、僅かながらだが思い当たる節も有る。

 取り敢えずカマを掛けて見て、その反応を伺おう。


 正直に答えるとは限らないし、見当違いであった場合はカマかけにすらなっていない。

 そして、後の展開に不安が無い訳でもない。

 気付かぬうちに地雷を踏んでいる可能性もあるのだ。

 しかし、この疑念が晴れぬ以上、ガウェン様はおろか、王女すら信用する事が出来ないのも事実。



 突然、ガウェン様は拍手を始めた。


 「素晴らしい。やはり面白いですね、貴方は」


 満足そうに笑うガウェン様。

 カマを掛けるつもりが、予想以上に色々飛び越えてしまったようだ。

 質問した僕が置いて行かれているのは微妙だが……。


 「その反応を見ると、やはりアルシェット様は僕と何か関係があるのですか?」

 「ええ。私は”盾”となる者ですので」

 「盾?」


 ガウェン様が何を言っているのか、まったく理解出来ない。


 「取り合えず、今はその話は置いておいてください。順を追って説明します」


 ガウェン様は軽く笑った後、顎に手を当てて考え始めた。

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