第6話


 僕は勉強の邪魔にならぬよう、お茶の差し入れでもしようと部屋を出た。

 色々な意味で居心地のよい場所ではないので、立ち去りたかったというのが本音だ。


 僕は給仕室でお茶の用意をしていた。


 「あの、アルレ様の従者様ですよね?」


 と、先程パラネル先生を連れてきたメイドの少女が、きょろきょろと周囲を見回して、誰も居ない事を確認し、小声で話し掛けてきた。

 何度か見かけた事はあったが話をするのは初めてだ。


 頭に生えた羊のような小さな角を見ると、獣人系だと思う。

 王女よりは少し年上か?

 幼さの残る可愛らしい顔つきとは裏腹に、大きな胸が目立つ。


 「ええ、そうですよ。何か?」

 「いえ、特に何という訳では無いんですが、どんな方か気にはなってて……でも、なかなかお声掛けする機会がなくて」


 1年近く城に出入りしているが、他の城内勤務者と殆ど話しをした事が無い。

 思い当たる節が無い事も無いので、避けられているのかと思っていた。

 ちょうどいい機会なので、その辺も探ってみよう。


 「そうでしたか。話し掛け辛かったですかね?」

 「えっ?だって、アルレ様の従者様じゃないですか。私なんかが御声掛けして良いものかと……」


 なるほど、確かに城内勤務のメイドさんよりは、王女の侍従の方が少し立場は上かもしれない。

 気にした事も無かった。


 「いえいえ、僕はそんな大した者じゃないですよ」

 「そんな事は無いですよ。アルレ様は従者様に決まるまで何人もの候補の方をお断りしていたと聞きますし」

 「お断り?」


 それは初耳だ。

 僕の前にも候補者が複数人いたのか。


 「はい。えっと……その前に、お名前をお聞きしても」

 「セルム・パーンと申します」

 「あっ、と、はい。パーン様の前に数名いたんです。ただ、どの方もお気に召さなかった様子で」

 「それは何故ですか?」

 「すみません。理由までは」

 「……そうですか、すみません」


 理由までは一介のメイドさんが知る筈も無いか、と、勝手に納得した。

 前任者が王女の本当の性格に付いていけなかったのか、王女自ら解雇にしたのか、どちらにしても今の僕には関係無い話かもしれない。

 そうは思いながらも、全く気にならないという訳では無い。


 「いえいえいえ、こちらこそ何かすみません」


 慌てて頭を下げるメイドさん。

 僕もいたたまれなくなる。


 「いえ、本当に、僕なんかに頭を下げる必要は無いですよ」

 「そんな、アルレ様の従者様に……」

 「だから、それも……偶々で……」

 「またまた御謙遜を」


 自分でも就任の理由が分からない為、説明のしようがない。


 「あっ、そうだ、ならばもう一つ教えて頂いてもよろしいですか?」

 「何でしょうか?」

 「いえ、少し気になっていたんですよ、ひょっとして僕等アルレ様の従者は城内で疎まれていますか?」


 敢えてストレートに聞いてみることにした。

 答えが返ってこないならば、それはそれで仕方ないと最初から諦めながら。


 メイドさんは少し考える素振りをしてから話し始めた。


 「えっと、パーン様の事については……それに私は全然そんな事を思っていませんし、アルレ様が選んだ方を信じています。ただ……実際、色々とその……良くない噂とかも流れてて。私はあまり面識が無いのですが、同僚の方達はアルロキア様の事をあまり快く思っていないようで……」

 「噂って、どんな?」

 「えっと……何と言うか。その……」


 戸惑う様子のメイドさんを見て、それ以上の詮索はしない方が良いかと考えた。

 まさかミレイの方が噂されているとは。

 じゃあ、僕は別に避けられている訳ではなかったのか。

 まぁ、そういう噂が流れていると分かっただけでも良しとしよう。

 ミレイも同僚と上手く付き合えそうな人物では無いし、軋轢があっても何らおかしくは無いか。


 「やっぱりいいです。何となく理解出来ましたから」

 「すみません……」


 メイドさんは申し訳なさそうに縮こまる。


 「むしろ変な事を聞いて申し訳ありません。貴方だって抵抗はあるでしょうに」

 「お気になさらず、私はアルレ様の信者ですから。アルレ様が信用する方を信じています」


 真剣な表情で言い切るメイドさん。

 いつも思うが、王女の信者って……いつから王女は教主になったのだ?


 「分かりました。では、お言葉に甘えて、もう少しだけ。僕の前にはどんな方が従者候補になっていたのか知っていたりしますか?」

 「えっと……確か……。上級貴族の方とか、ベテランの方とか」

 「あぁ、なるほど」


 まぁ、候補と上がるならばその辺りが無難かと思うと同時に、王女が断った理由にも頷けた。

 体裁を気にする王女は、万一に備え、そういった相手には本性を見せる事は無いだろう。

 言い換えれば、外に漏れたとしてもいくらでも潰しが利くように、脛に傷を持つ僕を選んだという事だろうか?


 「?何が、なるほどなんですか?」

 「いえ、何でもないです」

 「気になるじゃないですか!」


 問い詰めてくるメイドさんに、なんと答えるか?

 まったくの嘘も難しいし、多少は真実を織り交ぜた言い訳でも考えるか。


 「……そうですね。アルレ様は王族とか貴族とか、そういう柵から開放される時間が欲しいと仰っていました。だから僕みたいに、何でもない一般人や、他人に無関心なミレイを傍に置いたのかと思います」


 実際に王女は似たニュアンスの事を口走っていた気がする。

 どこまでが真実かは知る由も無いが……。


 「そうだったんですね」

 「そういえば、まだお名前を聞いてませんでしたね?」


 僕は思い出した様に彼女に尋ねた。


 「えっ?ああ、そうでした!!失礼いたしました。私はエレンテ・ムルシュと申します」

 「はい、ムルシュさんですね。多分、忘れません」

 「ふふ、何ですか?それ」


 ムルシュさんは笑って答えた。

 冗談で言っている訳ではなく、僕は人の名前を良く忘れる。

 わざわざ憶えている必要が無いからだ。


 「では改めて、ムルシュさん。これから城内の事で分からない事とか訊くと思うので、ご協力をお願いします」

 「こちらこそ、よろしくお願いします。どんな方かと少し怖かったんですけど、話し易くて驚きました」

 「そう言って頂ければ光栄ですよ。あっ、あと、僕には”様”を付けなくて良いですよ。元が庶民ですから気が引けるので」

 「……ですが」

 「流石に呼び捨てはお互いに抵抗があるかと思いますので、”さん”くらい付けて貰えれば十分です」

 「分かりました。パーン……さん」

 「はい。有難う御座います」


 僕は笑顔で応えた。

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