異能が日常となった世界で異能を持たない俺は拳で抵抗する
Umi
第1話 異能がない少年
異能……それはこの世界においては日常だ。
そして俺はそんな世界で異能に恵まれなかった劣等種だ。
「この世界」と言ったように物心ついた頃には前世と呼ばれる別世界を生きていた男の記憶が頭の中にあった。その世界の俺はボクシングというスポーツで生計を立てていた。ただ生計を立てていたと言っても試合のない時にはバイト漬けの日々で、収入の半分以上はバイトによるものだ。前世の俺も今世の俺と同じ劣等生と呼ばれる部類の人間だった。
ただ、前世の俺も決して努力を怠った訳ではない。単純に才能がなかったのだ。いくら努力を重ねても天才と呼ばれる人間には勝てなかった。それでも死ぬ寸前まで努力を続けた。だが、それが原因で過労死するという悲しい結末で俺の寂しい人生は幕を下ろした。
そんな俺に前世の記憶が目覚めたのは、今世の父親に買ってもらったサンドバックを殴った時だ。ちなみになぜサンドバックを買ってもらったかというと、記憶が戻る前の俺が求めたかららしい。
この体がサンドバックを求めたのは運命だと思い、記憶が戻った瞬間から今日このときまで毎日殴り続けた。
「ランス、今日もサンドバックを殴っていたのか?」
「父上!今日も100回殴りました」
「まだ13歳なのにそれだけ殴れるなんて、ランスはすごいなぁ」
「あなた!この子ったら鍛えることばかりで、全然同い年の子と遊ばないんですから誉めないで下さい」
母上は俺に友達を作れと言うのだが、異能を持たない俺と仲良くしてくれる人など滅多にいない。そもそも俺自身が友達を欲しいとは思っていないから出来るはずがないんだがな。前世と違ってこの体は鍛えれば鍛える程強くなれている実感が湧くため、友達と遊ぶ暇があったら、体を鍛えていたいんだ。
「まあ15歳になれば学園に入ることになるんだ。嫌でも友達が出来るさ」
この国では【異能力共通測定テスト】略して【共テ】というものに15歳になったら受ける義務がある。そしてテストを受けた全ての15歳がテストの成績に応じた学園に割り振られる。最も優秀な40名はこの国の首都に置かれる王立異能学園に在籍出来る。
ただ異能力テストと言っても異能を使わずとも実力さえあれば良い成績を残せるらしいので、俺でも王立異能学園に在籍出来る可能性もある。
友達が居ない俺は自分自身の実力が同い年の子たちに比べてどの程度のものか分からないため、普通に辺境の底辺校に入学する可能性もあるがな。
「父上と母上は学園で出会ったのですよね?」
「そうだぞ。そうだな……お前も頑張ればマリエみたいな女と付き合えるかもしれないぞ。学園の目的の一つに優秀な者同士の子供を産ませるというものがあるから、同じ学園の者同士の恋を支援してくれるんだ」
マリエとは俺の母上の名前だ。
「クレインは学園の支援がなかったら私に告白出来なかったでしょうから、学園の支援をありがたがってるのよ。だからランスも存分に学園のシステムを利用して私みたいないい女を捕まえなさい」
クレインとは俺の父上の名前だ。
学園の支援は上の学園ほど厚くなっていくらしく、王立異能学園までいくと学園に併設されている店で買い物をする際にカップル割で最高90%が割り引きされるらしい。
母上は自他ともに認めるいい女だ。13歳の子を持ちながらそのスタイルを崩すことなく、それどころかさらに磨きがかかり、母親でなければ欲情してしまうほどの色気を放っている。
「昔はあんなにしおらしい感じでいい女だったのに、今じゃがみがみ言うようになっちまったがな」
「何か言ったかしら?」
母上の眼光に俺や父上は縮み上がってしまい、何も言えなくなってしまった。父上はこの国の陸軍将校で強いはずなのだが、そんな父上を委縮させる母上何者なのだろう。いや、家庭での母は強しというだけか。
「あはは……俺は何にも言ってないぞ。きっとランスが何か言ったんだろう」
父上……そのごまかし方はどうかと思うよ。それに俺と父上の声は全然似てないから、間違うわけないじゃないか。
「……まあいいわ。何も聞かなかったことにするから、共テ用の参考書をランスと一緒に買いに行ってちょうだい」
母上のジト目はどこか来るものがある。母上の身長は165cm程あり、大きく膨らむ胸にキュッと引き締まったウエストを持つ彼女のジト目は全てを見透かしているようなものだ。
「よし!早く行こうじゃないか!!」
「父上……」
俺は残念なものを見るような目で父上のことを見たのだが、父上は俺の視線を気にする素振りなど見せずに外へと足を運んだ。自分の子供に残念なものを見るような目で見られても、気にする余裕がないほどうちの母上は怖いのだ。
町へと繰り出した俺たちは共テ専門の書店へとやってきた。この店はどんな田舎であろうと1店舗はある国営の店であり、貴重であるはずの書物を良心的な価格で販売してくれている。
「ランスいいのか?もう少し高いのでも買えるぞ」
「うん。僕のキャパ的にここら辺が限界だと思うから。それに肝心なのは実技点なんでしょ」
「そうだな」
父上は少し悲しそうに返事をした。
きっと俺が異能を持っていないからだろうな。異能を持たないものがいくら鍛えようとも、異能持ちには勝てないってのが常識だからな。
ちなみに一人称が僕なのは、できるだけ子供らしく振舞うためだ。
「ほかに欲しい物はないのか?」
「別にないよ。だから早く家に帰ろう」
「い、いやまだ何かあるはずだ!」
「父上……母上が怖いからって僕を利用しようとするのはやめてください」
はぁ、こういうところがなければ尊敬できる完璧な父親なのに……。勘違いしてほしくないのは、尊敬はしている。ただ残念なところが多くて尊敬できない点があるというだけだ。
「ですから、早く帰りますよ父上」
「はい」
いくらイケメンでも父親のしょぼん顔はきついだけだぞ。
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