第8話 入江泰吉のごとき入江向一
〇法隆寺から法輪寺への道
初春ののどかな日差しのもと連れ立って歩く向一と志那乃。
志那乃「そうですか、東京からお寺はんを撮りに…お寺はん好きなんですか?」
向一「(志那乃の美しさにのぼせながら)はい。それと仏像が。そ、それに、いま歩くこの斑鳩の里の風景も、やはり好きです」
志那乃「そうですか。お若いのに古風なことどすなあ。学校のお仲間うちでも、珍しいんとちゃいますの?」
向一「仲間と云っても……ぼくには友人があまりいなくって、よくわかりません。あの……ぼくにはここが、この斑鳩の里が、極楽浄土のように思えるんです」
志那乃「極楽!?(多少吹き出す)なんで?なんでここが……?」
向一「は、はい。あの、その……芭蕉の、〝夏草や強者どもが夢のあと″……が連想されてしまうんです……そ、その……人間たちの争いの果ての、夢浄土のような気がして……あ、あの、失礼ですがあなたは、ここや京都あたりが、昔の凄まじい権力闘争の場だったことをご存知ですか?」
志那乃「へえ、まあ……学生はんほど詳しくはおへんけど」
向一「親兄弟であっても血で血を洗うような、千年以上にわたる権力闘争の、凄まじい一大縮図だったのです。だからこそ彼らは寺を建てた。おのれの罪業消滅と、万一の際の厭世出家の場ともしたわけです。でも今は、その権力も東に移って久しい。だから……極楽浄土なんです。争いの凄まじい念と、反対にそれゆえに浄土を求めた強い念がかつてあって、そしてその両方ともがいまは嘘のように消え失せて、ただ寺と仏像があるばかりです……
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