第2話 英雄への憧れ

 ピロンッという電子音。ゲーム庁からの通知だ。確認するとゲームダウンロード案内のURLだった。


「九月一日二十四時にこのURLは有効になります。か」


 クリアした時の報酬は確かに魅力的だが、そんなのは些細なことだ。俺の求めた理想のゲーム体験、それがこのゲームにはあるかもしれない。そう考えながら、アラームを二十三時五十分に合わせ眠りに落ちた。




 ──圧倒的な力、技、頭脳、カリスマ性で人々を、世界を救う。子供の頃読んだ数多あまたの物語の英雄達はまぶしすぎるほどに光り輝いていた。俺もいつかはあんな風になりたい。その願いはフルダイブゲームで叶うはずだった。


 しかし現実はそう甘くない。どこか人間離れしている高機能AIを搭載したNPC、枠にハマった予定調和な物語。まるで最初から俺が英雄になることが決まっているかのような。世界を救い、人間に似た何かにたたえられる体験は、少しの満足感と寂寥感せきりょうかんを残すだけだった。


どのゲームも同じだ。いつしか俺は期待することを辞め、光り輝く物語への憧れにそっと蓋をした。


 そして生涯しょうがいを終えるベッドの上で後悔をにじませながら願う。今度こそあの英雄達のような人生を送れますように。──




 アラームの音を自覚すると、反射的にアラームを止めようと手を伸ばす。


「久しぶりにあの夢を見たな」


 結末はいつも同じだった。生涯を終える最後の瞬間までも後悔し続ける自分の姿は、妙に現実感を帯びている。


「このゲームが駄目だったら受け入れるしかない、か」


 若いころの感性は特別なものだ。この世の全てを手に入れたとしても時間を巻き戻すことは出来ない。それはまだ十八歳の俺を焦らせるのには十分すぎる事実だった。ふと時計を確認すると、時刻は二十四時を示していた。<バーチャルリンク>を装着し起動させる。


「バーチャルリンク・オン」


 見慣れたスタート画面の中でゲーム庁から送られてきたURLを探し出し、タップする。


『クロニクル・オブ・ソードをダウンロードしますか?』


 ポップアップが表示された。俺は迷うことなく『はい』をタップする。

 ダウンロードが開始された。ダウンロードを待っている間にいくつかの規約への同意を求められる。サッと目を通すと、よくある注意事項と、ニ時間前の説明と同じようなことが書かれていた。


「問題ないか」


 全ての規約に同意ボタンを押した後、ダウンロード完了を告げる通知。

 理想の体験への期待を胸に抱きながら、新たに追加されたアイコンをタップする。




 視界が切り替わった。何も無い真っ白い部屋に、1人の女性が立っている。こちらに気付くと、声を掛けられる。


「はじめまして。クロニクル・オブ・ソードへようこそ。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」


 ゲーム開始前のちょっとした設定時間か。一瞬プレイヤーかと思ったがNPCか? こんな所にNPCを配置しているのは珍しいなと思いながらも、答える。

 

「カタカナでカズト、です。」


 俺はいつもゲームをプレイする時はカズトという名前を使用している。本名を使用するなんてネットリテラシーの欠片もないなと言われるだろうが、それには理由がある。

 世界を救った後に称えられる名前が本名以外だったら嫌じゃないか。生まれた時から共にある名前を世界に残したい、ただそれだけだ。


「カズト様、ですね。承知致しました。ゲームをプレイする前にゲームについて少し説明させていただきますがよろしいですか?」


「はい、お願いします」


「ありがとうございます。クロニクル・オブ・ソードは、〈アルカディア〉という世界が舞台となっています。〈アルカディア〉は始まりの街、そして十の国とダンジョンで構成されています。国とダンジョンは一対になっており、ダンジョンを攻略するごとに次の国に進めるようになっています。ダンジョンの攻略というのは、最奥部さいおうぶに存在するボスを倒すという意味です。ここまでで何か質問はございますか?」


「この説明はゲーム内でも確認できますか? できるのであれば質問はありません」


「可能です。では次の説明に入ります。プレイ人数の上限はニ人となっています。もちろんお一人でのプレイも可能です。ただし例外として、始まりの街だけは全てのプレイヤーがリアルタイムで交流できます。様々な施設の利用や、情報交換、パーティーの勧誘など有効にご活用ください。その他の細かい仕様はゲーム内で開けるメニュー画面から確認することが出来ます。メニュー画面は右手人差し指を上から下に振り下ろす動作で開くことが可能です」


 おもむろに右手人差し指を振り下ろすとメニュー画面が出現した。一応確認はしたが、今はメニュー画面を操作する必要もないだろうとすぐにメニュー画面を閉じる。


「説明は以上になります。何か質問はございますか?」


「大丈夫です」


「それでは始まりの街へ転送いたします。良い旅を」


 軽くお辞儀をすると同時に目の前が真っ暗になった。

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